異世界にて死にスキルを掴まされたので、死神になりました。

橋本ジェミニ

   

プロローグ

コウガ、蛇腹剣を振り回して死亡する


 満月のまばゆい月明かりが、王都バルデンハイムの街並みを死者の世界のごとく照らし出していた。

 深夜に近い頃、人気のない運河沿いの道を歩く二人の男がいる。

「この俺にかかっちゃ、ミームの十匹だろうが二十匹だろうが相手にならねえって……ヒック! ならねえってわけよ。わかる? ウィック!」

 顔を真っ赤にして酔っ払っているの男の名はマクルーン。三十代のベテラン冒険者である。

 この日は依頼を解決した報酬が入ったこともあり、あちらこちらの酒場を飲み歩いていた。どこも店じまいする時間となり、ねぐらへ帰ろうとしているところである。

「ところでコウガ。ところで最近は腕、磨いてるか?」

 マクルーンは、自分の肩を抱いて支えている少年に呼びかけた。

「それなりに頑張っているところですよ」

 少年の名はコウガ。マクルーンに酒臭い息を浴びせかけられても嫌な顔一つせず、先輩冒険者を支えて導いている。

「まだまだ駆け出しですんでねー。先輩方からまだまだ教わることは多いです」

「いい心がけだ。冒険者の価値は、どれだけスキルを持ち、鍛えているかに尽きるからなあ。この俺が食っていけるのも、このスキルのおかげよ」

 腰に提げた剣の柄に、マクルーンは手をかけた。

「先輩の蛇腹剣の腕はいつ見てもすごいですよねえ。あんなの落とすとか、楽勝でしょ?」

 コウガは前方を指さした。

 運河と反対側のサイドには、赤煉瓦の壁がまっすぐに伸びている。壁の向こうにはオレンジの木が林立していて、枝葉が道に大きくせり出していた。暗闇の中、たわわに実った黄色い果実がいくつも垂れ下がっている。

「こいつはいいや。ちょいと喉が渇いていたところだ」

 マクルーンはコウガから離れ、腰の剣を引き抜いた。

 蛇腹剣。遠目には長剣に見えるが、その実は小さな刃の連結体。芯を通るワイヤーによって直列につながれ、鞭のように伸び、しなる。剣と鞭、二つのモードで使用できる優れた武器だが、使い手には高い技量が要求される。

 マクルーンは一番近いオレンジに狙いを定め、蛇腹剣を放った。

 瞬時に剣身がばらけて伸び、しなった刃がオレンジに絡みついた。切っ先が軽く皮に食い込み、がっちりと固定。

 力強く剣を引くと、オレンジは枝からもげた。宙を回転しながら飛び、マクルーンの手元にきれいに収まる。

「フッ。どんなもんよ」

 マクルーンは伸びた刀身を長剣に戻した後、オレンジをコウガに突きつけ、ドヤ顔をして見せた。

「さすがですね!」コウガは大喜びした。「その剣、ちょっと貸してもらっていいですか!? 俺もやってみたいです!」

「おまえにゃ無理だ。気をつけないとケガするぜ」

 と言いつつも、マクルーンは気前よく蛇腹剣をコウガに貸し与えた。

「ありがとうございます! いやー、よく手入れが行き届いてますね!」

 鼻息荒くコウガは受け取り、蛇腹剣をじっくりと眺め、右手に握ってみた。

「……ところで」

 不意に、コウガの口調が沈む。

「どうかしたか?」

 その変化に、しかしマクルーンはオレンジの皮むきに夢中で気づかない。

「最近運河に女の子の他殺体が上がったって話がありましたよね? なんでも死体には、小さな刺傷が規則的に並んでいたとか……」

 コウガの言葉に、マクルーンはわずかに目を見開く。

 次の瞬間、コウガは蛇腹剣を打ち放った――マクルーン目がけ。

「!?」

 完璧な一振りだった。

 伸びた蛇腹はマクルーンの首、胴と巻き付き、最後に両足首をまとめて絡め取った。

 足を取られ、マクルーンはその場に転倒。したたかに肩を打ち付けた。

 何が起きたか理解できず混乱するマクルーンに歩み寄り、コウガは踏みつけた。

「もがッ!?」

「あんたの仕業ですよね? マクルーン先輩……」

 感情の失せた冷たい瞳で、コウガはマクルーンを見下ろす。

「な……何が……どういうこった! てめえ、なんでこんなうまく蛇腹剣を……!?」

「質問しているのはこっちですよ」

 フン、とコウガは鼻を小さく鳴らした。

「ま、裏は取れてますけどね。死んだレイラのお姉さんは色々なことを教えてくれましたからね」

「てめえがなんでそのことを……」

 とまで言って、マクルーンは大きく息を呑んだ。

「まさかてめえ、ギルドの裏死神……!?」

「そんなところです」

 コウガはマクルーンを力一杯蹴飛ばした。

 マクルーンは転がり、ガードも何もない道の縁から運河へ落ちる。

 コウガは蛇腹剣をがっちりと握り、ショックに備えた。

 剣が伸びきったところでグン! とマクルーンは空中で急停止。首に引っかかっていた刃が深く食い込み、頸動脈を切り裂いた。

 深紅の噴水が、闇夜の中で派手に吹き上がる。

 十数秒そのままにし、噴水が収まるのを確認してから、コウガは柄を手放した。

 マクルーンは力なく落下、派手に水柱を立て、そのまま下流に流れていった。

 何事もなかったかのように、コウガは顔色一つ変えず帰途につく。

 少し歩いたところで、煉瓦塀にもたれる二つの影が前方に現れた。

 二つの影もコウガを見つけ、静かな足取りで近づいてくる。

 オレンジの枝葉が作る影の中から出て、二人の姿が月明かりに照らされる。

 少女二人だった。

「簡単な仕置でしたねえ」

 一人は黒い長髪をかんざしで結い上げた少女。

「マクルーンの野郎、もう少し抵抗してくるかもと思ったが、随分あっけねえな」

 もう一人は赤毛でセミロングの少女。

「あっけないのが一番さ」

 肩をすくめつつ、コウガは二人の間を通り抜けた。

「仮に死体が上がっても、『酔っ払いながら蛇腹剣を振ったら絡まって運河に落ちた』ってことになるだろう。孕ませた相手を惨殺したクソ野郎にふさわしい最期だろうよ」

「まったく、手短に済んで良かったですね」黒髪の少女が言った。「もう少し遅れていたら、死んでいたのはコウガの方でしたよ」

「何をおっしゃいますやら。俺がマクルーンごときに返り討ちに遭うはずが……」

 とまで言いかけて、コウガはハッと息を呑んだ。

「……もうそんな時間!? うわ、まずい! クッソ、マクルーンにつきあって時間を取られすぎたか! これだから酒癖の悪い奴は……!」

 あたりを見回すも、身を隠せそうな場所はない。ならせめて壁のそばに寄るか、と一歩踏み出した時。

「……時間切れか」

 がくり、とコウガの全身から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。そのまままったく動かなくなる。

「あ、こいつ! こんな場所で死にやがって! 後始末するあたしらの苦労を考えろってんだ!」

 赤毛の少女が文句を垂れつつ、両腕でコウガを抱き起こしにかかる。

「まったくですねえ。私は魔法使いであって、力仕事には向いてないんですけど……」

 黒髪の少女はコウガの足を掴み持ち上げ、地面から浮かせる。

 ぐったりとしたコウガの体を抱え、二人の少女は月明かりの闇の中へ消えていった。


 コウガは死んだ。が、同時に死んでいないとも言える。

 何故彼がこのような状況に陥ったのか。それを知るには、約半年程前、彼が異世界アリカムナードに喚び出された時からコウガの行動を追う必要がある。

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