サタデーモーニングフィーバー
雪邑 基
第1話
大学の頃、映画がマイブームになったことがある。週末の夜は、映画のテレビ放送が楽しみだった。
そんな生活を続けていると、段々週末だけでは我慢ができなくなる。我慢できないといって、毎日映画館にいく金もない。だから投売りされる安いDVDをまとめ買いして、自宅で鑑賞会をしたものだ。
サタデーナイトフィーバーは、その頃見た映画の一つ。走りながら、そのことを思い出した。
「ヘイ、こっち!」
僕が叫ぶ、Mが敵の頭上を越すロングパスを蹴った。自ら呼びながら、そのボールに焦る。
予想より高いボールを胸でトラップ、足元に落ちるはずのボールがやんちゃに跳ねた。こぼすすんででキープ。背中を向けてボールを守ろうとするものの、敵のプレスでそうもちそうにない。
苦し紛れにパスを出す、走り込んでいたYが拾ってくれた。ボールが取られなかった安堵の暇もなく、僕はYのかわりに下がる。あっという間にゴール前はお団子だ。
ゴールへの道をこじ開けようとするのだが、守りを固められると容易じゃない。あちこちへ転がったボールが、こぼれたともつかないパスで僕の足元へ。
「いけ!」
それが誰の声だったか、僕にはわからない。チャンスをのがしちゃならないと、夢中でボールを蹴った。
頭の中ではネットに揺らしたはずのボールは、見事に場外ホームラン。
「取ってくる」
ボールを取りに動こうとしてくれた相手キーパーを制止して、また走る。
愛知県知立市重原。名鉄と新幹線の高架が交わるそこに、小さな調整池がある。この調整池にゴールを置いたのは、お役所仕事にあってウルトラCだ。
土曜日の朝、仲間で集まってはフットサルをしている。普段はしがない男達が、その日だけはコートの中で輝く。サタデーナイトならぬサタデーモーニングフィーバーだ。
いや、あの映画のトラボルタは伝説だったが、ここにプロ級のプレイをする選手はいない。ボールに足が追いつかない、息切れ激しい、腹回りも気になりだした30がらみの男達が、心だけはガキのまま格好悪い姿をさらしている。
と、7分経過を告げるアラームが響く。
「ラストワンプレイ!」
発破をかける叫び声。よっしゃ最後だ気合を入れろと奮い立たせても、心ほどに足がついてこない。Mのキラーパスは、僕の足にもとどかずラインを割った。
ゆっくりと歩いてベンチに戻ったら、まず水分補給。入ったそばから汗になるような感覚は、不快感と爽快感が入り混じった奇妙な感覚だ。
「ふぃー、ほんまえれえ」
「まだ3試合しかしてないだろ」
ベンチに根を張った僕に、Mが苦笑しながら言う。3試合をしかと言う感覚は恐ろしいが、5年も前なら新聞配達より先に試合開始で、ファミレスのランチが終わっても試合が終わらなかった。そう考えれば、3試合はまだしかか。
「おっさんチームはつらいわ。体力じゃ高校生チームに勝てん」
「もう高校生じゃないだろ」
「そうだった」
Mに訂正され、僕は相手チームを見る。出会いは十年近く前の春。彼らは中学を卒業してピカピカの高校一年生になるまでの春休みに、フットサルをやりにきていた。その頃は彼らも体ができていなかったからまだ利があったが、高校・大学と卒業した彼らには、自他共に認めるおじさんチームではきつい。
「神戸はどうだ?」
タオルで汗を拭っていたYが、横目に見ながらMに聞く。
「まぁぼちぼち。もうしばらくは帰れそうにないけど」
春の終りから、Mは神戸に出向している。休みに疲労困憊をしたがるのだから、Mも変わり者だ。
「早ければ秋までって話だったけど、やっぱ半年コースか。大変だな」
「仕事があるってことだろ。トヨタも調子がいいし、リーマンや東北地震の時を思えば、仕事があるのがありがたいわ」
苦労をねぎらうYと、皮肉る僕。
愛知は名古屋県とか言われるが、僕に言わせればトヨタ県だ。トヨタが中心で、みんなトヨタにあわせて動く。
「神戸って可愛い子が多いんだろ。コレとかできてないの?」
小指を立てながら僕が聞く。しかし、Mはすました顔で、
「いるわけないだろ。仕事いって寝て、また仕事の繰り返しだよ」
と苦笑で返す。
「でも、職場に女の子もいるだろ」
「手を出して微妙な空気になりたくないしなぁ。つき合っても、愛知に帰ったら遠距離恋愛だろ。そんなことやるほど元気ない」
Mが冗談めかして言った。三十路男は、男の責任を考えずにおつき合いもできない年頃らしい。
このチームで煙草をやるやつはいないし、ギャンブルもたしなむ程度。酒は職場のつき合いくらい、身持ち崩す程に女にいれあげたりもしない。女の尻じゃなくボールばかり追い回すのだから、なんとも健全に不健全だ。
さて次の試合だとぽつぽつ立つ。伸びをしながら視線を上げれば、調整池に下りてくる一団が見えた。
一団の一人、若い男性が近づいてくる。いや、ほりの深い顔つきで正確な所は分らないが、少年と表現する方が適切な年齢だろうか。
「アノ、いっしょに、やりませんカ?」
イントネーションにぎこちなさを感じる言葉遣い。最初に彼らと会った時は緊張もしたものだが、今は違う。
「いいですよ。すぐやれます?」
「イヤ、準備がアルんで」
「じゃあ、先にこっちで1試合やりますね。その間に準備してください。こっちは2チームなんで、1試合7分の連続2試合して1試合休憩でいいですか?」
「はい、お願いシマス」
僕の提案を受け入れて、少年が自分のチームへ戻っていく。
「ブラジか」
Yが難しい顔で呟く。
彼らの国籍がブラジルかどうかはわからない。単に近くの知立団地はブラジル系が多いから、ここに来る外国系のチームを勝手にブラジ呼ばわりしているだけだ。
「気合入れるぞ」
Yがに声をかける。何週か前に対戦したブラジチームにやられ、今度こそはと意気込んでいるのだ。
今日の対戦相手は前対戦したやつらとは違う。分っていながら吠えるのだから、負けず嫌いなYらしい。
Yの気迫を笑いながら、僕も頬を叩いてコートに入った。
サタデーモーニングフィーバー 雪邑 基 @motoi
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