YUKIKAZE ――白劫――

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第一章

第1話 やっと、見つけた

これが恋なのだとしたら、どこにも救いようなんてありゃしない。


――『二人きりでどこまでも堕ちて行けたら、きっとそこは天国なのに』――


「君が私の、義理で良い、弟ならば良かった、と思ってね」

俺がシロの言葉の本当の意味に気付くのは、大体、後の祭りになってからだった。




 俺が処女じゃ無くなったのは一〇歳の時。

嫌われていたのは知っていた。

俺の母さんが死んでから、ずっと親戚中をたらい回しにされて、虐待ばかりされていた。

だから、犯された時もそれほど不思議には思わなかった。

ただ、痛くて気持ち悪かったからなのか、死んだ母さんの事を思い出して、涙が出た。

幸せだった。母子家庭だったけど、そんなの関係なかった。

ほかほかのご飯、お日様の匂いがする布団、テストで一〇〇点取ると頑張ったねって褒められて。誕生日にはまん丸いケーキとジュースでお祝いして、いつもケーキの食べ過ぎで俺、叱られたっけ。初めて行った遊園地、メリーゴーランドが凄く楽しかった。世界がキラキラしていて、寝るのが勿体ないくらい昼も夜もワクワクしてた。


 でも、母さんは死んだ。


 駅前でスマホをいじりながら、ぼーっと立っていた。今日の相手はデブのはげたおっさんだ。

しばらく待っていたけれど予定の時間になっても来ない。騙されたのかな、と俺が思った時だった。

葛城カツラギキヨだな?」

やばい!俺は咄嗟に逃げようとしたが、もう俺の肩はぎっちりと捕まれていて、振りほどけなかった。目の前にはがっしりとした体格の、日焼けした刑事が立っていた。突きつけられる警察手帳、そして、

「何でお前がまた補導されるのかはもう分かっているな?」

「……」俺は嫌々ながら頷くしか無かった。

「よし、こっちに来い」

そして俺は隠すように止められていたパトカーに連れ込まれ、警察署に連れて行かれた。

警察署に連れて行かれた俺は、てっきりこの前みたいに散々絞られてから少年更正施設に送られるんだとばかり思っていた。

だけど、今度は警察署の応接室みたいな凄く良い部屋に連れて行かれた。

その部屋では、色白で酷く細い、縁なし眼鏡の美青年が落ち着き無くうろうろしていて、俺が部屋に連れ込まれるなり、

「やっと見つかった……!」

と言って倒れるように、革張りのソファに座り込んだ。

「シロさん、コイツで間違いないんですね?」

扉を閉めて、刑事が訊ねると、

「間違いない。 ありがとう、大井オオイさん」と青年は俺をじっと見て、頷いた。

「いやいや。 これで借りはチャラですよ?」

「ええ。 彼を見つけてくれたんです。 これからも、存分にご協力いたしましょう」

「……そいつはどうも。 じゃあ、俺はこれで」と刑事は部屋を出て行った。


 俺はどうしたら良いのか分からなくて、目の前の美青年をぼーっと見つめていた。

「そうだね、まずは自己紹介からだ」と美青年は突っ立っている俺の前で恭しくかしずいた。「葛城清君、私はシロ奈儀ナギと言う。 シロと呼んでくれ。 君を見つけるのが遅くなって本当に済まなかった」

「……」

「君はとある高貴な御方の庶子なんだ。 いや、本来ならば嫡子の一人になっていただろう。 君のお父上は君のご母堂と一度は正式に結婚されていたんだ。 だが君のお父上は再婚される前に急逝され、君のご母堂も時同じくして亡くなられてしまった。 私達が君の存在を知ったのは、他でもないお父上の遺言書を開封した時だ。 君が行方不明になった後だった。 ……本当に、済まなかった」

「……で、アンタはこれから俺をどうするの?」

「……君は、亡きお父上や兄君に本当によく似ている。 どうか私達の所に来てくれないか。 君は、私達『遺臣』の最後の心の支えなんだ」

俺を見上げた美青年の目が、少しだけ泣き出しそうだったのは、気のせいだろうか。

「別に良いよ」俺は言った。「どうせこれ以上悪くなんてならないし」


 その瞬間から、俺の生活は一変した。


 おんぼろの数階建てのビルには『丑寅ウシトラ心霊探偵事務所』と言う汚い看板がかかっている。

一階にある大きなドアを開けると、真正面にあるのはカレンダーのかかった玄関だ。汚い外見に似合わず小綺麗な玄関から奥に進むと、肝心の探偵事務所がある。客の応接のための豪華な布製のソファと黒檀のテーブル、そしてそれを囲むように事務的なデスクが三つ。これは所長一人と探偵二人のためにあって、ドアで隔てられた隣の部屋は畳が敷かれていてくつろぎスペースになっている。更にこの畳の部屋の隣は物置になっていて、人体模型とか変なものが山ほど置かれていた。

この探偵事務所の上がアパートになっていて、所長と探偵二人と探偵の助手が居住している。

だけど、不思議な事に、彼らの他には誰も住んでいないはずなのに、大勢の誰かが住んでいるような物音が良く聞こえるのだ。

俺がここに初めて入った時、いきなりクラッカーが鳴らされて、同時に号泣する声が聞こえたものだから、驚いた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」と派手に泣いているのは壮年の男で、所長の虎弥トラヤさんだとシロが紹介した。

その隣でもらい泣きしている美男子は探偵のケンさんだった。

「良かった、良かった、本当に良かった……グスッ」

「健さんまで、泣かないで……」クラッカーを手にした妖しい美少年が健さんを抱きしめている。健さんの助手のヒロ(一六歳、♂、高校生)だった。

「ええ、泣いている場合ではありませんよ」とシロが言った。「これからは、清君をしっかりと守っていかなければいけないんですから」

「ああ!」と虎弥さんはしっかりと言ったが、「畜生、兄君にそっくりだ、畜生!」とまた泣き出した。

この時俺は不思議な感じだった。何と言うか、このあまり広くない事務所の中に人がぎゅう詰め状態で、その全員が俺を大歓迎している、そんな感じがしたからだ。

でも見えるのはこの探偵達だけ。

「さあ、清君」

俺はソファに座るようにシロに促されて、座った。俺の向かいのソファに四人も一気に腰掛けたので狭そうだった。

「君について、ほとんどの事は知っている」ここでまた虎弥さんが泣き出して喋れなくなったので、健さんが代わりに言った。

「辛かったな。 でも、もう大丈夫だ。 引っ越しはいつにしたい? 何か大事な荷物だけ取りに行きたいのだったら、俺達が代わりに取りに行くぞ」

「何にも無いよ」俺は言った。

母さんと一緒に撮った遊園地の写真は、もう捨てられた。

「……そうか。 シロちゃん、頼むよ」

「はい」とシロが古いインスタントカメラを手にした。「ちょっと待っていてくれ」

「?」

シロが目を閉じた。一分ほどそうしていたけれど、目を開けると同時にインスタントカメラから一枚の写真が出てきた。

「撮れたよ。 これだね」とシロはその写真を俺に渡した。

それは、母さんと俺の、

「どうして、」と俺は絶句した。

「私も『心霊』探偵だからね、これくらいの芸当は出来るんだよ」とシロは穏やかに笑った。

 遊園地で撮った、あの写真。


 俺はシロと一緒に暮らす事になった。

朝起きるとほかほかのご飯があって、布団はお日様の匂いがした。

シロは俺と一緒に寝たがったけれど、絶対にセックスはしなかった。

「私が欲しいのは君の存在であって性的快楽じゃないんだよ」と俺が訊いたら答えた。

「でも、セックスすれば良いのに」

「分かった。 清君、おいで」とシロは両手を広げた。俺はその中に体を預けた。

俺の額に酷く柔らかいものが触れて、俺は包み込まれるように抱きしめられていた。甘い匂いがした。キスされたんだと俺が気付いた時、

「温かいね」とシロは言った。「君も本当に温かい」

……シロも俺も、本当は凄くさみしいのかも知れない。


 『丑寅心霊探偵事務所』には、潔いくらい客が来なかった。その癖、ヒロのヤツは超名門進学校『水之江ミズノエ学園高等部』の優等生だったし、虎弥さんは趣味が年代物のワイン集め、健さんは派手な外車をいじっていた。シロはシロで、着ているものはいつもハイセンスでシックなものばかりだった。

どこからその金が来るんだろう、と俺が不審に思っていた時、『事件』が舞い込んだ。


 依頼人は何と水之江学園の理事長だった。ハンカチで汗をふきつつ、出されたお茶を飲んで、

「実は警察からの紹介でこちらに来ました」と震える声で言った。

「警察の紹介?」虎弥さんが不思議そうな顔をして、「と言う事は、『御本家』でも解決出来なかった、と言う事でしょうか」

「ええ、その通りです。 警察はまず『御本家』を紹介してくれました。 ですが、その『御本家』の方が、全身大やけどで病院に担ぎ込まれたのです。 『御本家』はそれきり何もしてくれませんでした……」

「なるほど。 それで警察の方でこちらを教えてくれたのですね」

「はい」

「分かりました。 引き受けましょう。 具体的には何が起きているのですか?」

「ああ……!」と安堵の息を理事長は漏らして、「実は、高等部の寮で、不審火が相次いでいるのです」

「不審火? 失礼ですが放火……では無いのですね?」

「はい」と理事長ががたがたと震えつつ言った。「私も目撃したのです、火の気のあるはずが無い浴場の、水が溜まっている湯船が青く燃え上がっている所を……!」


 「ヒロ君」とシロは言った。「最近変わった事は起きていないかな?」

「シロさん、待っていました」理事長が帰ったのを見て姿を現したヒロが、「実はですね、とんでもないのがつい最近、高等部に転入してきたんですよ」

「どんなヤツだ?」と健さんが訊ねる。

「理事長の甥っ子なんですけれど、とんでもない不良でして。 何でもヤクザを半殺しにして少年院に送られたのを、どこにも行き場が無いからってコネでウチに転入させたらしいんです。 ほら、ウチは基本的に大人しい連中ばかりでしょう? みんな震え上がっちゃって、絶対に近寄らないんです。 おまけに彼、とんでもないのを背後に連れているんです」

「とんでもないの?」

「健さん、アレです、『神』ですよ」

「「!」」と健さんと虎弥さんが目を丸くした。

「『神』が相手か。 それは『御本家』の連中でも撤退するぜ」虎弥さんが困った顔をした。「シロちゃん、頼めるかい?」

「ええ、やってみます」とシロが頷いた。


 ヒロの案内でシロと俺は水之江学園高等部にやって来た。今日は休日だけれど、受験生の補修があるそうで、校舎は開いていた。

「あっちが寮です」とヒロが指さした時、シロがいきなりヒロや俺を庇うように前に出た。

ヒロがはっと息を呑んだ。

いかにも喧嘩狂の不良と言った姿の少年が、寮の方から歩いてきたからだ。

「シロ、おい!」俺が逃げよう、と言った時だった。

「こんにちは」と丁寧にシロがそいつに挨拶したのだ。「私はシロと言うんだ。 君は?」

「……テメエは誰だ」殺意のこもった声で不良が言った。

アカツキアキラか。 良い名前だね」だがシロは平然と言葉を続ける。「おっと!」

ここでシロは飛んでいた虫を捕まえるように右手で空を握った。

じゅう、と言う肉の焼ける音が握られた右手から、した。

「……!?」暁の顔が驚きに引きつる。

「危ない危ない。 結界を張らなかったら一瞬で病院送りになっていた。 さて、暁君」とシロは穏やかに言った。開いた右手は何の怪我も負っていない。「君はこのままだと己すら焼き尽くして、死んでしまうよ」

「……」

「少し話をしよう。 あそこの階段に座って、ね」


 「よくある事だが、君も『封じ込めた』んだね」とシロはどこから取り出したのか、ミネラルウォーターのペットボトルを暁に差し出して言った。「思い出してみてくれ、かつて君も『見えて』『聞こえて』『触れられた』んじゃないかな?」

「……」ペットボトルを受け取ったきり、何も言わない暁。

「だが君自身が『封じ込んだ』んだ、そんなものは見えない、聞こえない、いるはずが無い、って否定されてね」

「……どうして」

「私は見えるし聞こえるし触れられるからさ」

「……」

「さて、端的に君の置かれている状況について説明しよう。 君は君自身が否定したはずの『力』に殺されようとしている。 人体自然発火現象、とよく言われる現象でね。 実際は君の『力』を君が制御できないから暴走しているんだ。 本当ならとうの昔に君は灰になっていただろう。 だが」

ここでシロは暁の背後を見た。

「君の背後にいる神様が、必死に君を守っているんだ。 夢に何度も出てきただろう、不思議な服の、全身が焼けただれた女の子。 それが君を守っている神様だ。 心当たりは……山ほどあるようだね」

「……家が無い、って泣いていた」

「それで君は、画用紙にその子の家を描いてあげたんだね」

「……」

「その子はそれが本当に嬉しくて、君に取り憑く事にした。 ずっと君といたい、君を守りたいと思って」

「……」

「よく一緒に遊んだ。 けれど君が大きくなるに連れてその子の存在は否定された。 大事な友達だったのに、無理矢理存在を忘れさせられた」

「……」

「それが悲しくて辛くて、君は君の力を無意識下に封じ込んだんだ。 しかし君が成長して行くにつれて、その力は暴走を始める」

「……」

「それでもこの子は必死に君を守った。 だが、もう、守ろうにも限界が来ている。 君が君の力を制御しない限り、この子もいずれ焼き尽くされて死んでしまうよ」

「……俺は……」

それまで優しかったシロの声が、険しくなった。

「良いか、私は君を一時的に『開眼』させる事が出来る。 それで君が自分の力を制御できれば、この子は助かる。 だが失敗すれば君も死ぬ。 覚悟が出来たら、私に言いなさい」

「……」

暁はペットボトルの蓋を開けて、一気に飲み干した。荒く呼吸してから、言う。

「出来た」

「分かった。 行くよ」

シロは暁の顔の手前に拳を一つ突き出し、そして花開くように手の平を広げた。


 そこは、青い業火が燃えさかる灼熱地獄だった。離れていても伝わってくる酷い熱さに俺は思わず悲鳴を上げた。

「大丈夫」

シロの声がして、気付けば俺はヒロと一緒にシロの側にいた。

「結界を張った。 だが、問題はこれからだ」

シロの視線を追いかけると、焼けただれた小さな人間らしきものと、その前に立ち尽くす暁がいた。

『……!』焼けただれた人間らしきものは、声が出なかった。けれど、必死に暁を焔から守ろうとしていた。

「お前、どうして、」暁が絶句する。

『……』何故か、それの言いたい事が分かった。

友達だから、大丈夫、守るからね。

「……畜生!」暁は膝から崩れ落ちて、焼け焦げて灰になっていく『友達』を抱きしめる。「畜生、畜生、畜生!」

業火が化け物の形になった。守る力が失せていくから、本性を取り戻しつつあるのだ。

それは牙をむいて、暁達に襲いかかった。

「畜生!」その瞬間に暁が立ち上がった。「俺だって守りたいんだよ!」


 化け物の顔面にめり込んだ暁の右手の拳。

それが、青く燃え上がった。

業火を飲み込んでいるんだ、と俺が気付いた時には灼熱地獄の熱が悲鳴を上げるように引いていた。

拳が全ての業火と熱を飲み込んだ。暁が、全身から湯気を上げつつ、両手を握りしめて、辛うじて立っていた。

その拳が開かれると青い業火が吹き出し、握りしめると消える。

『あきら!』幼い少女の声がした。『しっかりしろ、あきら! まろはここにおる!』

「……ああ」と暁は頷いた。「ミコト、大丈夫か」

『まろの名をおもいだしたか!』大昔(?)の服を着た少女が姿を見せた。火傷は、消えている。『もう大丈夫じゃ。 安心せよ』

「……ありがとうな」

『なんの。 そこの三人にも礼を言うぞ。 まろもあきらも、これで助かったのじゃ』

「カグツチノミコト」シロが恭しく一礼して言った。「彼は『開眼』しました。 何かお困りの事がありましたら、丑寅心霊探偵事務所までお越し下さい」

『うむ、あい分かった!』


 ……我に返った時には、元通りにあの階段に俺達は座っていた。

「!」と暁がはっとシロを見た。だがシロは、

「君の後ろだ」と穏やかに言った。「もう君は見えるし聞こえるし触れるんだよ」

「……あ、いた」と暁が振り返って、小さな声で言った。「良かった……」

何となく俺にも分かる。暁の背後に、あの子がいるって事、そして喜んでいるって事が。

「暁君、一つ頼みがあるんだが」そこに、シロがいやに仰々しい口調で言った。

「あぁ? 何だよ」暁はシロをにらみつける。

「君の伯父さんにね、たっぷりと報酬を払うように頼んでくれないかな。 この騒動は君に取り憑いた化け物の仕業で、それを私が退治したと言う事で」

「はぁ!?」

「まあ良いじゃ無いか。 君は友達が助かった、こちらは懐が助かった、それでWin-Winだろう?」

シロ、お前、えげつないよ……。

「……分かったよ」

暁は空になったペットボトルをシロに投げ渡して、行ってしまった。


 「シロちゃんお疲れー」と健さんが一階の隅にある車庫からスパナを片手に姿を見せた。「無事解決したんだってな。 流石だぜ」

「健さんも少しは仕事をして下さい」

「悪ぃ悪ぃ」とちっとも悪びれていない顔で健さんは言う。「明日こそ頑張るって」


 「お帰り、シロちゃん」と事務所に入ったら、虎弥さんがソロバンをはじいていた。「うし、これで俺のコレクションがまた……!」

「はいはい」とシロは適当にあしらった。ヒロは夕飯作りのために既にアパートの方に昇っていった。「ところで、清君、学校に行きたくなったんだね?」

ぎくりとした。水之江学園に行って、俺は確かに制服を着た暁を羨ましく思った。

俺は一応は中学生だけれど、ずっと学校には行っていない。行っても虐められるだけだったし、俺の学力は最低に近い。生きるためにずっと必死だったから、そんな余裕なんて無かった。

「よし、じゃあ俺が水之江学園の理事長と交渉してみるぜ」虎弥さんがソロバンを放り出して、俺を見た。ふてぶてしく笑って、「勉強はシロちゃんとヒロに教わるんだぞ。 大丈夫だ。 まだ間に合う」

「ついでに私も教師として水之江学園に入れるようにお願いしますね」シロが言った。

「OK! 俺の交渉術を見ていなさい、はっはっはっ」


 夢じゃないよな。俺は何度も俺の頬をつねる。これは、夢じゃないよな?

「こら、遅刻するじゃないか」とスーツ姿のシロに言われて、俺は我に返った。

「シロ、ねえ、」

「大丈夫だよ」俺は頭を撫でられる。恥ずかしくて、でも凄くほっとして、泣きたくなった。

 健さんの車の中で一番地味な黒い車に乗って、俺達は出発する。ヒロは優等生なので、もう先に出ていた。

「シロ、あのさ、『御本家』って何?」

俺は溜めていた疑問をぶつけてみた。

「それと、どうしてシロ達は俺達の心をいつも見抜いているの?」

「……私達は『司鬼シキ』なんだ」シロは静かに言った。「分かりやすく言えば、超能力者さ。 『御本家』とは私達のような『司鬼』を統率する組織の事だ。 そして、君のお父上が先代の当主だった」

「……」

「だがもう私達は『御本家』を離れた。 現当主とは不仲なんでね。 まあ、君もあまり気にしない事だ。 それよりも、君は、君の将来を気にした方が良い」


 俺は2-Cクラスに入る事になった。

自己紹介が終わって席に着くと、俺の前の席のヤツがくるっと振り返って、

「僕はカスミカオルって名前なんだ、よろしく!」

「よ、よろしく」

「ところでさ」とカオルは暗い顔をして、「僕の名前って女っぽくないかい?」

「え? どこが?」と素で返してしまった。だって目の前にいるのは身長が一八〇はあるだろう、凄く体格の良い少年なのだ。

「え、い、いや、その、カオル、だからさ」

「風流で格好いい名前だと思うけど」

「!!!!!」

カオルがいきなり泣き出した。俺はビビった。

「お、おい!」

「ありがどう……!」カオルは泣きながら俺の手を握った。「ぼぐ、なまえがずっどごんぶれっぐずだっだんだ……!」

「そ、そうだったんだ」俺は困った。

「おい静かにしろ!」とその時言ったのはいかにも委員長と言った風情の真面目そうな少年だった。「先生がお困りだろうが!」

「分かったよ、宗谷ソウヤ君!」とカオルは素直に従う。俺も静かにした。


 カオルは良いヤツだった。俺を友達に紹介してくれたり、学校の案内をしてくれた。サークル(ここは部活の代わりにサークルがあるのだった)に入ると何かと良いって事や、勉強は真面目にしないと大変だって事、学食は早い者勝ちだって事、色々だ。

おかげで俺は何とか水之江学園に馴染めてきた。

「後はね、この人!」と最後に紹介してくれたのは、眼鏡をかけた、だらしなさそうな少年だった。「この人凄い情報通なんだ。 ね、阿賀野アガノ先輩?」

少年は気だるそうに、

「ああ、うん。 確かに俺は色々知っている。 例えば、そこの君と、今日から入ってきた凄い美人の先生が同じ車で来た事とか」

「えっ」カオルが目を丸くした。「な、何、あの凄い美人な先生と関係があったの、君!?」

「えっと……」俺は困った。シロと俺は確かに関係があるけれど、どう説明したら良いんだろう。

「何だ、言えないような関係なのか?」阿賀野先輩の目が光った。

「いや、その……」

「ああ清君」

そこにシロが来たものだから、俺はぎくりとした。

「あ……」

「駄目じゃないか、ネクタイが曲がっているよ」と手が伸ばされて、俺のネクタイを引っ張る。

「シロ先生」すかさず阿賀野先輩が問い詰めた。「清君とはどんな間柄なんですか?」

「あまり言わないで欲しいんだが……義理の弟なんだよ」その言葉に俺は思わず吹きかけた。「こら、動くんじゃない、ネクタイくらいいつも整えていなさい!」

「……そりゃ言いにくいよな」と阿賀野先輩が納得した顔をする。「閑話休題、シロ先生には恋人とかいますか?」

「恋人、か……」シロが少しだけ悲しそうな目をした。「もう、いないよ」

「「……」」俺とカオルは阿賀野先輩を睨んだ。阿賀野先輩が慌てて、

「シロ先生、すみませんでした!」

「気にしないでくれ。 さ、それより休み時間がもうすぐ終わるから、教室へ戻りなさい」

「「はーい」」

俺達は素直に教室に戻った。



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