偏差値2000の高校生
@Pontakorin
第1話
西暦2216年4月13日7時30分。「松下第一高校」の表札がはめ込まれた石門をくぐり、綺麗に舗装された石畳の上を歩く。
「はぁ…。」
2階の1番左端。自分の教室の窓だと思われる部分に目をやり、すでに電気がついていることを確認した。
入学してから1週間、すでにオレはクラスで浮いている。誰一人としてオレに話しかけた者はいないし、オレからも話しかけていない。いったい何が悪かったのだろうか? 原因がわからず、ここのところ少しばかり悩んでいた。少しばかり。
目の前を歩く女子生徒に近づきすぎないよう、ペースを調節しながら歩いた。女性のすぐ後ろを歩くのは妙な背徳感がある。2階へあがり、一番奥の教室へ向かう。
脈拍の上昇、呼吸数の増加。教室に近づくほどにその程度は増し、恐怖とも言える感情が体中を巡る。
この扉を開けると、そこにあるのは自分の教室。しかし恐怖がオレの体を縛り付ける。入らなければならない。でも入りたくない。
ガラガラガラ――――。
あ、扉が開いた。
オレはいかにも今来たかのようにスっと中へ入る。教室から出てきた男子生徒は明らかにオレにビビっていたが、何事もなかったかのように廊下を歩いて行った。
「くっ…」
だれだ!
だれなんだ、こんなことをするのは!!!!
オレの机には今日も生魚が置いてあった。フグである。
うおおおおお!
近くでみるとめちゃくちゃに気持ち悪いぞフグって! お前ら机の上にフグ置かれたことあるか!? ないよな! それが普通だ!
心の中で叫ぶ。オレは冷静を装いながら自分の席に向かい、持参したクーラーボックスにフグをしまう。一応氷も入れているので大丈夫だ。
入学式が4月6日。授業が4月7日から始まったのだが、4月7日以降、登校すると必ず机の上にフグが置いてある。ちなみに入学式の日は自分でフグを持って行ったので、今のところパーフェクトピッチングだ!
オレより先に教室についていたのは8人ほどだったので、その中に犯人がいるのだろうか? だれだか分からないが本当に迷惑な話である。
あ、入学式の日は自分でフグを持って行ったと言ったが、それにはちゃんと理由がある。
入学式当日、高校に向かっていたオレは、転んで泣いている女の子を見つけた。その子が膝から血を流していたため、心優しきオレは消毒をし、絆創膏を貼ってあげたのだ。
俺と同じく心優しいその子は、どういうわけか俺に新鮮なフグをくれた。体長40㎝ほどの大物だ。
そしておれはそのフグをリュックに入れ、入学式にむかったのだった。
明日はもう少し早く登校して犯人を見つけてやる!! そう心に誓い、英語の予習を始めた。
授業がすべて終わり、教室が賑やかになる。すぐに帰る者、部活の見学に行く者、友達と談笑する者――。この中のどれにも当てはまらないオレは、学級日誌を書いていた。副委員長の仕事である。
つい先ほど行われたLHR 、委員長は立候補により即決だったのだが、副委員長がなかなか決まらず投票で決めるということになった。はぁあ。なぜオレに…。今日の授業内容や欠席数などをだらだらと書き込んでいく。
「あの…」
あれ、生物の先生だれだったかな…。
「桐谷くん…?」
「ふぁっ!?」
高校生活で初めて同級生に名を呼ばれ、返事に失敗した。ああ、恥ずかしい。
「あの、クラス全員分の係を書かないといけないんだけど、黒板に書いてたやつ消されちゃって…いくつか覚えてたりしない??」
オレに声をかけてきたのは、このクラスの書記になった水野 美紀。身長は150㎝くらいだろうか、小さ目で華奢な体つきだ。髪は綺麗な黒色で幼めの顔。黒縁の眼鏡をかけている。
「全部覚えてるよ。」
せっかく話しかけてくれたのだ。俺よ! 笑え! 最高の笑顔を作るのだ! 脳みそ様からそのような指示が出され、おれは今年度一番の笑顔で答えた。
「え…全部?」
「うん、全部!えへへ!」
「全部??」
「全部だってば!!えへっ!」
オレは用紙を受け取り、記し始める。えへっ。
水野が見守る中、オレはつらつらと書き続けた。
「えっ、本当に全部覚えてるの!? 記憶力すごいね!」
半分ほど書いたところで、水野は目を輝かせ興奮し始めた。やっと信じてもらえたみたいだ!
「ははは、さっきも言ったでしょ。」
できるだけ高めのトーンで返す。自分で言うのもなんだが、オレの記憶力は「異常」だ。
記憶は3つの過程から成り立っている。①記銘 [情報の取り込み] ②保持 [情報の保存、貯蔵] ③再生 [情報の思い出し、アウトプット] これらの3つ。
俺はこの3つの要素すべてを驚異的なレベルで備えているのだ。1度でも俺の感覚器官を通したものは、全て鮮明な情報として取れこまれる。
何10年、何100年経とうがその情報が色あせることはない。そして、その膨大すぎる情報を正しい秩序をもって整理し、いつでも想起することができる。
「よしっ。」
40人すべての係を書き終え、顔を上げた。休まずペンを動かし続けたため、右腕にずっしりとした疲労感を感じる。
産業革命から300年以上が経ち、筆記具も様々な進化を遂げた。今オレが使っているペンは芯、インクを必要としない。紙に含まれる炭素の構造を直接変化させ、文字を浮かび上がらせるものだ。
「わー!! ありがとう!! 本当に助かりました!!」
「全然いいよ! また何かあったら言って。(にこっ)」
決まった!! これめっちゃ好感度上がったんじゃないか!? 確かな手ごたえを感じ、心の中で歓喜する。どのくらい歓喜したかというと、食べ終わったはずのパンダのマーチがまだ1個残っていた時のそれに匹敵するレベルだ。やったぜ。
「あの、それともう1つ…」
体中の穴という穴から喜びオーラを出すオレの前で、水野が重々しく口を開く。あぁ、あれだ。告白だ。
「ごめんなさいっ!!」
「え、えーと…ん? どうした?」
突然の謝罪に困惑する。もしやフラれたのか!? あれ、オレ告白とかしたっけ!?
「あの、入学式の日…私が桐谷くんのリュックサックを倒しちゃったから…。あれのせいで桐谷くん、なんか変な人みたいに思われてるよね??」
あれというのは、まあ要約するとフグのお話だ。水野が倒したオレのリュックサックからフグが飛び出し、教室が騒然となった。しかし…オレがこのクラスで浮いているのはフグのせいだったのか!?
「まじで!? リュックにフグを入れてたせいでオレは引かれてるってこと!?」
「そ、そりゃあ学校にフグを持って来るなんて普通じゃないし、変な人と思われるんじゃないかなぁ。とにかくごめんなさい!」
「ごめんなさいじゃねえよ! 半分お前のせいじゃねえか!! あほ!! オレの高校生活返せ!!」
「ふぇっ!? いや、あの…本当にごめんなさい。」
許されることを期待してたのか、水野の顔がひきつる。やや涙目だ。
「あの日から毎日フグをプレゼントされるし大変なんだからなっ! 家にフグを捌ける人なんかいないし…」
「じゃ、じゃあ私が捌きます!! こう見えて器用ですし…」
「殺す気かっ! 器用とか器用じゃないとかそういう問題じゃないからな! フグなめるなよ!?」
「うぅ…」
水野は言葉を失ってしまった。2200年代でもテトロドトキシンは健在なのだ。
いつの間にか教室にはオレと水野だけになっていた。
「あ、もう18時じゃん。そろそろ帰ろっか。」
「え、うん、そうだね。」
水野はうつむき気味で自分の席に鞄を取りに行く。
と、そのとき、教室が突然の闇につつまれた。
はっ!? なんだこれ!?
停電の暗さではない。本当に何も見えないのだ。
「ブォォォォ」
あたりに低周音が響く。あぁ、この音は「可視光吸収装置」。1年前、この装置の試験運転を見学していたオレはその運転音を覚えていた。
野球ボール大の真っ黒な装置で、「可視光を吸収」する。この時代には、特殊な電界を発生させることで光の向きを操ることが可能になっていたのだ。「可視光吸収装置」から半径20mほどの球内において物体の観測は不可能となる。
しかしこの装置はまだ試験段階だったはず。仮に完成したとしても、一般に流通するようなものではないだろう。
「え、ちょっ…なんで!?」
水野の焦る声が聞こえる。視覚情報を突然奪われれば焦るのは当然だ。
「水野! そこから絶対動くな! 大丈夫だからちょっと待ってろ!」
だれだか分からないが、これを仕掛けた人物が「近くに」いるはずだ。
人間は80%の情報を視覚から得る。つまり、現在俺たちの得てる情報は8割り引き。この上ない大特価だ。
しかしそんなこと関係ない。恐れるに足りない。
なぜ?
俺は覚えているからだ。
すべてを。
完璧に。
この世に産み落とされる以前から、備えることを運命づけられていたこの能力。
さあ、驚異的な記憶力の恐ろしさというものを教えてあげよう。
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