第3話、あるいは入学式およびある少年にまつわる人々の苦労(愚痴)話⑤

 『これより、第182回国立精霊騎士学校高等部の入学式を挙行いたします。一同、御起立ください』


 ホール内に響くアナウンスに従い、新入生、教職員、出席者各位、父兄の全員が立ち上がる音が響く。

 広大なホールの前半分は今年度の高等部新入生、後ろ半分はその父兄の席となっており、今年度の高等部新入生は246名となっている。そこに父兄を含めた人数が一斉に一つの動作を行えば、その音は床に振動をもたらすほどの大きさとなる。

 舞台上には学校長を始め、総理大臣や国防大臣などの政府関係者の姿も見える。国立精霊騎士学校の管轄は国防省(旧防衛省)が行っており、また厄霊の対策は国家の危急に直結する重要な案件であるため、毎年総理大臣をはじめとする政府関係者がその入学式に参加するのが習わしとなっている。



 国旗に向けて礼、国歌斉唱を行ったあと、アナウンスに従い一斉に席に座る。


 『始めに、学校長式辞――』


 そこまでを終えて、春翔は眠気に身を任せようと瞳を閉じた。普段よりも早く起きたため、睡眠欲が頂点にきていたのだ。


 学校長の挨拶から総理大臣、国防大臣の挨拶へと繋がっていったが、春翔はほぼそれを無視して微睡みの心地良さを享受していた。


 席は自由席であったため、春翔は新入生席の最後列、上手側の一番端を確保していた。そのおかげで、度々起立を求められる場面において無視していても、隣の生徒に白い目を向けられるだけで済んでいた。


 『続きまして新入生挨拶を、新入生代表セルフィーネ=レイリア=シュテルンノーツが行います』


 夢現(ゆめうつつ)の境地の中、聞こえてきた長ったらしい名前に春翔は意識を覚醒させる。

 そうして舞台前を歩く金髪の女生徒を見て、思わず声をあげそうになる。


 (あの娘(こ)、今朝の)


 その姿はまさしく、今朝に蒼銀の槍を振るっていた少女そのものだった。纏めていた髪は解かれて肩を越えるほどに降ろされており、今朝の少女とは違った落ち着いた雰囲気をかもしている。

 洗練された槍の技法、そして輝かんばかりのその美貌と同時に、失礼な態度で別れてしまったのを思い出す。


 (また話せるかな。今朝のこと謝らないと)


 そう思っていた春翔だったが、突然セルフィーネの身体が青く発光するのを見て瞠目する。光は一瞬で、その姿は制服姿から霊鎧へと移っていた。


 (えっと、霊鎧(ドレス)だけの限定霊纏(パーツインストール)?)


 霊装だけの限定霊纏であれば手合わせや鍛錬をするなどの目的に使われるが、霊鎧のみの限定霊纏は特に使われないと春翔は聞いていた。

 霊装のみの限定霊纏は使用者に魔力が帯びることはないため、魔法も使えない代わりに限定霊纏同士の霊装で傷付くことはない。


 しかしながら霊鎧のみなら魔法も使えない上に、霊装での干渉を受けてしまう。多少防御力が上がるものの、それでも鎧装霊纏に比ぶべくもない。


 こういった公的な行事では、霊鎧を用いるものなのかと春翔は当たりをつける。現にセルフィーネのその姿に、父兄席から決して小さくはない感嘆の声が漏れていた。


 そうして舞台に上がり、セルフィーネは壇上の学校長に向けて礼をする。そうしてマイクに向けて、


 『厳しい冬の寒さを耐えてきた草木が一斉に芽吹き、花々が生命を謳歌し始めた初春の候。私たちは、日本国立精霊騎士学校高等部へと歩みを進めることになりました――』


 今朝聞いた時とは違い、ソプラノの声音に人間らしい温かさはなく、初めて少女に抱いた、機械的な冷たい印象そのものの響きだ。それでもホールに響く高く澄んだ声は、ホール内全員の心へと直に届けられる。


 その声に聞き惚れながら、春翔はふと周りを見渡す。最後列の席ゆえにあまり周囲の生徒の表情は見えないが、それでも見える範囲でその表情を観察する。

 男子生徒の大半はだらしない表情を隠しきれずにいる。春翔も自身の表情がそうなっていないとは言い切れない。後ろ姿しか見えないが、その立ち居姿だけでも青少年の心を掴むのを想像するのに難くはない。


 女子生徒も大半は嫉妬と、それと同じくらいの彼女に対する憧憬の入り混じった、複雑な表情をする者がほとんどだ。同性にしか分からない思うところもあるのだろうと、春翔は軽く考えていた。


 挨拶を終えて、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こる。舞台から降りるその表情には安堵も緊張もなく、ただ淡々と作業を終わらせただけといった無表情だった。


 『続きまして、在校生代表挨拶を、生徒会長 月夜神輝羅(つくよがみかぐら)が行います』


 そうアナウンスのあとに、新入生に向けて立つその人物は――


 「なっ……」


 辛うじて抑えたが、思わず声が零れる。隣の生徒が白い目を向けて来るのを感じながら、春翔はその姿を見ていた。


 (あの人……生徒会長だったのか)


 驚きと同時に、どこか納得できる部分もあった。朗らかながらも力強く輝いていた瞳から只者ではないと感じていた春翔だったが、同時に入学式前のことを思い出し顔が熱くなるのを感じる。


 『高等部への入学、おめでとうございます。生徒会長を務めます、月夜神 輝羅と申します――』


 柔らかな響きを持つ声には、見た目通りの奥ゆかしさが感じられる。けれどその姿に絶対に騙されてなるものかと、春翔が決意していたとき。


 (あれ? 会長さんは制服姿?)


 気付いたのが、その服装。セルフィーネは霊鎧だったにも関わらず、輝羅の服装は制服のままだった。


 新入生挨拶の習わしなのかと少し混乱気味に考えている間に、輝羅は挨拶を終えて、これまた惜しみない拍手が送られていた。


 そうして式は滞りなく進行され、


 『これにて、第182回国立精霊騎士学校高等部入学式の全日程を終了致しました。新入生、ご退場ください』


 そうしてにわかに騒然となる会場から、春翔は目立たないように出て二階の生徒会控え室へと向かった。

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