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理由

第1話 戦場と香り



   ***



 ――戦場の匂いは、嫌いだ。


 砂埃と鉄と、それらに混ざり合うように香る、血の匂い。


 それだけが充満し、支配し、蹂躙する。


 前も後ろも右も左も、上も下も。


 どこを見たところで、どこにいたって。


 見渡すばかりに広がる、この草原。こんなにも、こんなにもここは広いのに。それなのに。


「はあ、はあ……っ!」


「頑張れ、あと少しだぞ!」


 かけられた激励に、応えられもせず。


 あちらこちらで、悲鳴が響く。


 鉄のぶつかる音が響く。


 怒号が、叫びが、鳴り止まない。


 砂煙と炎が巻き上がる、この場所を。


 ガシャガシャと鈍い音ばかり立てる鎧を鳴らしながら、どれだけ走っても。


「死ねえっ!」


「っつ!」


 意図せず襲われ、無意識にこの手は、握った剣は相手を貫こうとも。


「――がっ!」


 グシャリ、力なく倒れた者を見下ろしながらも。


「はあ、はあ、はあ……くそ! また、また殺した……」


「大丈夫か!?」


「また……オレは……」


「しっかりしろ! やらなきゃ、やられるだろうが!」


 どれだけ剣を振るわれようとも。


 どれほど剣を振るおうとも。


 ……殺されそうに、なりながらも。


 殺しながらも。


 その匂いからは、逃げられなくて。


 ――戦場ってやつは、一度踏み入れたならそこからは永遠に。果てしなく続いているようで。


 逃げ切ることなど、できそうにはなくて。


「……見えた! 味方の部隊だ!」


「やっとか!」


 だから。


 そこに例え、一筋の光が見えたとしても。


 希望があったとしても。


 それは、そんなものは。


「はあ、はあはあ……助かった?」


 そんな、ちっぽけな安堵と安心なんて。


「――魔女が降りてきたぞーっ!」


「え……」


 誰かの叫びのすぐ後に、あっけなく掻き消されて。


「伏せろっ!」


「うわああああああっ!」


 ゴウッ、と耳を破壊せんばかりに鳴り響いたのは一瞬で。


 目の前に、ほんの少し先に集まっていた味方たちへと轟く様に降り注いだ、巨大な炎の塊。


 飲み込むようにせり上がり、吹き上がった真っ赤な柱。


 目の前に落ちた、それが。


 瞬時になにもかもが焼けて、炭に変わっていく仲間たちを眺めながら。


 巻き上げられ、降り落ちてくる土や石にまみれたまま、見つめた先。


「……魔女めっ!」


 また、誰かが強く呟く。


 眼前に降り立つ、それを見て。


 金に輝く長い髪を揺らしながら、まるで散歩でもしているかのように、穏やかに。和やかに。柔らかな笑みさえ浮かべて。


 空から降りる――彼女を見て。


 より一層濃くなった、嫌な匂いに包まれながら。


 誰もが皆、思うのだ。


 ――ああ、死ぬのって、こんなにも簡単なのか。と。


「……こんな、終わり方なのかよ」


 だとしたら、きっと自分は間違えたのだろう。


 でも、間違っていなかったのだろう。


 だって。


 歩み寄ってきた彼女の、


「ねえ、私……笑えてる?」


「……はっ」


 美しいという言葉すら翳む、その笑顔は守れたのだから。


 最後にそれを見て、死ねるのだから。


 だったら。


「幸せ、だった?」


「そう思って欲しいなら、泣くなよ」


「……そうだね」


「……ばかやろう」


 こんな終わり方も、本望だと。


 いまはそう、思えるのだ。


「――バイバイ」

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