題名 後でいいですか?

我是空子

第1話

彼に見送られ乗せられた終電で、なれないヒールをはいたせいか右に左にと私は踊らされ、つり革の輪をギュッと掴んだ。

付き合いだけが長くなった彼との付き合いに不安と焦燥感を隠し切れない。

終電の車窓の向こうに広がるのは、ギラギラではなく、なんだかあったかく灯りがともった家々。

「お帰り~。」と明るい子お母さんの声に迎えられるお父さんがいて、風呂につかるじいちゃん、テレビを見る息子。初めてできた彼氏とラインでで喧嘩してる娘。

いろんな色で家が灯り、一日の終わりを灯す。

夜の家に灯る火は、ここが家だと外にいる人間が迷わぬように優しくあちらこちらに点在する。

「いつまで」と口にしてため息で残りの言葉を飲み込む。

いつまで家の灯りを見れば、その火の灯る家に落ち着くことができるのだろう。



そんな車窓に、実寸大の年老いた男女がリフレクトした。

そんな、人生の全てを透かし映し出しす夜の車窓に、人生が終わりに近づいた男女が映し出された。


互いに、片手をつり革にかけ、もう片方の手は寄り添うように組んでいる。


手書きで書くヒトは、一方が一方を支えているような造形文字。

でも、その温かく灯った家の灯りにする夜の車窓に映る二人は、

パソコンで変換されたヒトのようだ。

お互いの頂点でどちらかが一方に依存するのではなく、同じチカラ加減で支え合っている。


その日は、10月だというのに朝から真夏のような朝だった。

電車で遭遇した年を老いたというより、人生の先輩方は、

紐ネクタイにジャケット、オシャレウィッグに薄く紅を肉が薄くなった唇に初めて紅を引いたようにのせていた。

お互いに、残る、いや、生きてきた人生で最高のお洒落をして、腕を絡めあう。

他方の手はつり革に掴まり、もう一方の腕はお互いにお互いの負担にならぬように、お互いの体温を確かめ合うように、ただ、ただ寄り添うように腕を絡め合っている。

その様が、人生の酸いも甘いも乗り越え、人生の頂点で出会った「人」のようだ。

電車が少し揺れ、二人も揺れ、お互いに「大丈夫?」と笑いあうように見つめ合い、つり革を手放し、開いたドアから、二人は降りて行った。

ゆっくりと、あたたかい灯へと遠のいて行く。

キー――――ン。

ホームで電車の発車を示す笛が私の頭の中で鳴り響いた。

脳天に乾ききったコルクにワインオープナーをねじ込められるような痛み。

激しい耳鳴りで私は目を瞑っているのに、瞼の裏で閃光が走る。

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