memory
雨季
The time that passed once doesn't return.
1
ソファーに横わり、綺麗に整頓された部屋の中を見た。
この部屋、狭い狭いとずっと思ってたけど以外に広かったんだな・・・。
そして目を閉じた。
カンカンカンカン・・・。
遮断機の下りてくる音が聞こえてきた。
おかしいな・・・。
この家の近くに電車は通っているはずが無いのに・・・。
そう思い、目を開けた。
最初に目に飛び込んできた物は夜の遮断機の下ろされた踏み切り、次にその踏切をわたろうと待っている人達・・・。
僕は今まで家でソファーの上で横たわっていた・・・嗚呼、そうか。
あれは夢だったのか。
僕は家買い物帰りの愛する妻の香奈とばったり出くわして家へ帰る途中だったんだ・・・。
ほっと胸を撫で下ろした瞬間、後ろから誰かの悲鳴が聞こえた。
何が起こったのかと思った。
遮断機の中を見ると中に人がいた。
良く見るとその人影は香奈だった。
「香奈!」
言った瞬間、電車がやってきた。
そして、香奈の上を通過した。
電車が走り去った後、見るも絶えない姿になった香奈の姿がそこにあった。
血まみれの姿で香奈は僕の顔を凝視した。
「何で・・・何で助けてくれないの?痛い・・・。痛い・・。」
「わあああああああああああああああああ!」
目を覚ますとソファーの上にいた。
どうやら考え込みすぎてそのまま眠ってしまっていたのだろう・・・。
「香奈・・・。ごめん・・・。ごめん・・・。」
2
気分転換に外に出てみた。
あの悪夢から逃げるかのように・・・。
空はどこまでも青く澄み渡っていた。
しばらく歩いていると見覚えのある公園が見えてきた。
公園の中に入ってみると若いお母さん達と小さな子供達が遊んでいた。
公園の隅っこのベンチに座り、幸せそうに遊んでいる子供達を見つめた。
まだ香奈が生きていた頃、この公園へ幸せそうに遊んでいる子供達の姿を見る為に良く来たなぁ・・・。
香奈はこの公園に来るたびによくこんな事を言っていた。
‘子供が幸せそうに遊んでる姿を見るのが私は好き。誠はどうなの?”
僕は必ず、‘香奈と一緒の答えだよ”と言う。
でも、そんなやり取りはもう一生出来ないと思うと涙が出て来た。
「おじさん。大丈夫?どこか痛いの?」
ポニーテイルをして赤いワンピースを着た女の子が心配そうな顔をして声をかけてきた。
涙を拭いて女の子の顔を見た。
「心配してくれて有り難う。でも、大丈夫だから向こうの方で遊んでおいで。」
女の子はうなずくと向こうの方へ走り去っていた。
あんな辛い思い出を早く忘れなきゃいけないな思いながら立ち上がろうとした時の事だった。
「君はそれが本当に言いと思っているのかい?あの事故が自殺だと君は本当に思っているのか?」
後ろから声がした。
「誰だ!」
後ろを振り返った。
そこに居たのは前の会社の同僚の片村が立っていた。
「いきなり誰だ何て酷いなぁ。君は。」
そう言いながら誠の隣に座った。
「自殺じゃないのか?あの事故が・・・。」
その言葉を聞いて溜息を吐いた。
「君、その言葉は香奈に失礼だと思はないのか?彼女は自殺するような人ではないって君が一番分かっている事だろう?」
「だけど、香奈は、香奈は僕の目の前で踏み切りに・・・。」
と俯いた。
「君は何も見ようとしないんだな。失望したよ。」
そう言って片村は公園から出て行った。
3
何も考えたくない・・・。
そんな事を思いながら公園から帰ってきた直後、玄関に倒れこむように横になった。
彼女が死んで、僕の人生が全て狂っているように感じる。
仕事をしてもいつも彼女のあの時の死に顔が思い浮かび、仕事にならずにやめてしまった。
彼女が死んで二ヶ月が経つ・・・。
一時はこのままでは駄目だと思い、社会に復帰しようと精神科に行ってみようとして見たが行けなかった。
ドアノブに手を掛けた瞬間に足が急に重くなり、身動きが取れなくなる。
今日、外に出れたのも奇跡に近いのだろう・・・。
そんな時、奥の部屋から電話が鳴る音が聞こえてきた。
取る気がしない・・・。
しばらくの間ほっといていたが鳴り止む気配はなかった。
音が鳴るたびに体のどこかで早く出るんだと言われているような気がした。
受話器を取った。
このうずうずを取りたくて・・・。
「もしもし。」
‘俺だよ。智樹だよ。最近どうしたんだ?二ヶ月も姿を見せないなんて。”
「仕事、やめたんだ・・・。」
‘そりゃ、唐突にやめたんだな。そうだ。今度の日曜日にどこか遊びに行かないか?”
「遊びに?」
正直、どこも行く気がしない。
だが、何故か知らないけど戸惑う・・・。
「良いよ。それで待ち合わせ場所は?」
‘いつも、俺達が仕事で出会ってた駅の目の前だ。じゃあ、よろしくな”
智樹はそういい捨てて電話を切った。
受話器を戻した時、ふと疑問に思った。
何故、自分はこの誘いを断らなかったのだろうと・・・。
4
「誠、私ね、どうせ死ぬなら人に役立つような事して死にたい。」
夕方、土手の上を散歩している時に香奈が僕の隣で突然そんな事を言い出した。
「どうしたんだよ。いきなりそんなこと言って。」
香奈は少し黙り、山の向こうへ沈んでいく夕日を見つめた。
「別に・・・。ただ、これだけは誠に伝えたいって思っただけ・・・。」
香奈はそう言って歩きを早めた。
その時の香奈の後姿は何だか寂しそうに見えた。
何だかこのまま香奈がどこか遠くへ行ってしまいそうな気がした。
「待って!」
そう言って香奈の右手を掴もうとした。
その時だった。
突然、今まで歩いていた土手が消えた。
そして香奈の姿まで消えた。
まるで泡のように・・・。
「香奈!香奈!」
真っ暗闇の中、叫び続けた。
だが、香奈の姿はどこにも無かった。
諦めかけたその時の事だった。
背後からあの忌まわしい遮断機の降りてくる音が聞こえてきた。
ゆっくりと後ろに振り返ると遮断機が下りた状態の踏切があった。
踏み切りの真ん中には血まみれの姿になった香奈が居た。
香奈の顔を見ると何かを囁いていた。
最初のうちは何を言っているのか分からなかったが次第にその声はでかくなっていく。
「何で、何で助けてくれないの?痛い・・。痛い・・・。死にたくない・・。」
「あーあ。君が彼女を殺したんだよ?」
後ろを振り返ると片村がズボンのポケットの中に手を突っ込んでいる状態でそこに立っていた。
「君は彼女の隣に居たのにも関わらず、彼女の身の危険に気がつかなかった。」
「五月蠅い!」
そう言ったと同時に真っ白な天井が見えた。
側には電話があった。
どうやら電話を切った後、そのまま眠り込んでしまったのだろう。
時間は午前5時だった。
5
待ち合わせの場所に近づくに連れて足どりが重くなっていく・・・。
行きたくない・・・。
‘行きたくないなら行かなきゃ良いのに・・。そのほうが君にとっても良いんじゃないのかな?”
背後から声が聞こえてきた。
一度立ち止まり、後ろを振り向いてみたがそこには誰も居なかった。
‘ずっと家の中で引きこもってれば楽なのに、嫌な物から目を伏せて・・・。”
また前を向いて歩こうと足を前に踏み出したその時のことだった。
またあの声が聞こえてきた。
もう一度後ろを振り返って見たが誰も居なかった。
‘どこを見てるの?僕はいつも君の傍にいるよ。”
微笑していた。
前を振り向くとその声の主は居た。
自分と目と鼻の先の距離で・・・。
「君は誰だ!」
目の前で自分と同じ格好をしている人物にそう言うとその人物は口元を釣り上げた。
‘誰だって?僕の事、忘れたの?いつも身近にいる存在なのに・・・。”
そう言って男は顔を上げた。
顔を見て驚いた。
その人物の顔は自分にそっくりだった・・。
急に体の力がすべて抜けてそのまま地面にしゃがみ込んだ。
その時のことだった。
後ろから待ち合わせをしていた智樹が声をかけてきたのは・・・。
首だけ後ろに振り向き、智樹の顔を見た。
「何やってんだ?こんなところでしゃがみ込んで?」
不思議そうな顔をしながら言った。
「いや、何でもない。」
立ち上がった。
「それより、電車があと五分でやって来るから急ごうぜ!」
智樹はそう言って切符売場に向かって走って行った。
さっきの人物の事が気にかかり、立ち止まって後ろを振り向いたがそこには誰も居なかった。
「何してんだよ!早くしろよ!」
その言葉を聞いた瞬間、何かに背中を押されたような気がした。
6
電車はホームにもう着いていた。
中に入り、辺りを見回してみたが乗客はほんの2~3人しか居なかった。
僕達は四人掛けの向かい合った椅子に二人が向かい会う形で座り込んだ。
智樹は座り込むなり、右肘を窓の淵につけて窓の外をボーと見始めた。
何も話す事が思いつかなかったのでしばらくの間、沈黙が続いた。
そして電車の扉が閉まり、動き出した。
息が詰まりそうだ・・・。
僕は何で智樹の誘いに乗ってしまったのだろう・・・・。
今日の僕はおかしい・・・。
「誠。」
突然、沈黙を破るかのように言った。
「ここでクイズだ。今から行く場所はどこでしょうか?制限時間は10秒。はい。」
陽気な顔をして言った。
右手を顎につけて深く考え込んだ。
そして10秒経過した。
「時間切れ。正解は、お前の中にある。まあ、着いたら分かるよ。」
陽気に言ってまた窓の外を眺め始めた。
智樹がこんな態度を取るのは珍しい事だった。
「お前、何か会ったのか?」
窓の外を眺めるのをやめて誠を見た。
「何で?」
「だって、お前いつもと行動が違う。」
「そっか?俺は昔からこんな感じだぞ?」
話していると目的地に着いたらしく、車内の中にアナウンスが響きわたった。
「降りるか。」
そんな感じではぶらかされた。
7
「いい天気で良かった。」
電車から降りるなり、智樹は背伸びしながら僕の隣でそう言った。
辺りを見回して見ると山と田圃と川、そして数は少ないが民家があちらこちらに建っていた。
「ここ、なんか来たことがある気がする・・・・。」
その言葉を聞いた智樹は微笑した。
「ここ、来たことあるのは当然だろ?だってここは・・・。」
言いかけたところで口を塞いだ。
「あぶねぇー。」
小声でそう言うと智樹は改札口に向かって歩いた。
僕もその後に続いた。
駅の表に出て改めて景色を見てみたがさっきのは気のせいだったのか全く見たことがある気がしなかった。
「おい!何にそこでボーとつっ立てんだよ。何か良い物でもあんのか?」
駅の表を少し行った先の小さな川の前で智樹は叫んだ。
「別に何にもない。」
僕はそう言って智樹の元へ走り寄った。
智樹の元にたどり着き、歩き出した。
しばらくの間歩き続けていると赤い鳥居が見えてきた。
鳥居の向こうは山なのか、草木が多すぎて何も見えなかった。
「この鳥居、潜るのか?」
「当たり前だろ?ここを取らなかったら俺ら、何しにここに来たのか分からなくなるだろ?」
智樹はそう言うと鳥居の中に草木をかき分けながら進んで行った。
僕もその後に続いて入った。
数十分後・・・・。
何分も歩き続けたが一向に出口らしき物は見えなかった。
「まだなのか?」
前をどんどん進んで行く智樹に話しかけたが聞こえてないのか返事が無かった。
そしてまた数時間が経過した頃、やっと智樹の反応があった。
「やっと見えてきたぞ。目的地が・・・。」
指差す場所を見てみるが太陽の光のせいなのかまっ白い光で何も見えなかった。
8
「あ・・・。」
太陽の光に慣れてきた。
そして目の前の風景を見て口を手で覆った。
「どうしたんだよ?そんな驚いた顔なかんかして。そんなにここが懐かしかったのか?」
隣に居る誠を茶化すように言った後、誠の目から一滴の涙が頬を伝って流れ落ちた。
「ど、どうしたんだよ?いきなり??ここ、お前ってもしかして湖とかで溺れたりとかしてそれ以来こういう場所とか来ると発作みたいなのが起きたりするのか?」
慌てた様子を見せている智樹に向って、右手で涙をぬぐった。
「そんな事は無いよ・・・。ただ、ここが本当に懐かしいと思って・・・。」
苦笑いしながら言って見せた。
「僕のせいだ・・・。」
小声で言ったその時のことだった。
‘違う・・。”
湖の方からあの日が来るまでいつも聞いていた声が聞こえてきた。
湖に目を向けてみるとそこにはあの日、僕の目の前で死んだ彼女の姿があった。
「香奈!」
自分でもびっくりする位の大きな声を出しながら湖の真ん中に立っている香奈に向って走り寄ろうとしたとき、智樹に右腕を掴まれた。
「おい!どうしたんだよいきなり!」
その声を聞いて踏みとどまった。
湖の上に立っている香奈の体は透けていた。
「香奈・・・。ごめん。本当に・・・・。」
言いながら地面に両膝をつき、両手をついた。
‘貴方のせいなんかじゃない・・・。だから、だから元気出して・・・。”
香奈はそう言いながら誠に近づき、頭をやさしくなでた。
感触は感じはしなかったけれど、頭を撫でられているような気だけはした。
香奈は泣き崩れている誠を撫でながら智樹の顔を見た。
‘ありがとう。”
その言葉を聞いて照れくさくなったのか右頬を人差し指で掻いて見せた。
ー帰りの電車の中ー
「あそこの湖、初めて僕と香奈が出会った場所なんだ。」
満足げ顔をしながらぽつりと誠は呟き、窓の向こうに移る真っ暗になった空を眺めた。
「そうだったんだな・・・。」
言って誠が見ている場所を見つめた。
「○○駅ー。○○駅ー。乗り換えの方はこの駅でお降り下さい。」
車内アナウンスが静かな車内に響き渡った。
電車から降り、改札口を通って駅の表に出たとき、誠が夜空に光輝く満点の星を見上げた。
「智樹、今日はありがとう。明日から僕、また頑張るよ。」
そう言って誠は智樹の顔も見ずに帰宅して行った。
智樹はしばらくの間、自分の家へ帰って行く誠の後ろ姿を見つめた。
「また明日・・・。」
小声でそう言った後、自分の家に向かって帰った。
終
memory 雨季 @syaotyei
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