1−2

 この子達が亡くなった事故。

 あの事故は酷かった。

 集団登校中のヒヨコみたいな小学生たちの列に軽トラックが飛び込んだのだ。

 三人が即死、二人は入院後に死亡した。残った七人も全員重傷だ。

 拓海くん、結菜ちゃんが小学校一年生。光ちゃん、大和くんに樹くんは二年生。

 亡くなった五人を天国にちゃんとお連れする。

 それが遺族のご意思だ。そのために五百万ものお金を集め、わたしにエスコートを依頼した。


 冥界にダイブしてすぐに、子供たちは見つかった。

 問題はその後だ。

 子供たちのいたお師様のお屋敷からカロンの船着場までは大人の足でも丸一日かかる。子供を連れて一日で着くのは無理だろう。

 仕方がないのでわたしは途中にあるLos Muertosで一泊することにした。

 手頃な空き家に子供たちと一緒に一泊する。


 熟考した上で、場所は街の中心の角の空き家にした。あの家は用心がいい。

 もしあの事故がリクルーターによるものなのだとしたら、この子達は狙われる。

 何としてもこの子達を守らないといけない。

 そう思って警戒していたのだが、わたしの勘はどうやら当たったようだった。

 早速襲われた。

 このタイミングでの襲撃。

 監視されているとしか思えない。


 オレンジ色の燠火が囲炉裏の中でゆらゆらと揺れる。

 遠くで犬が吠える声、誰かの話し声、虫の音。

 眠ってしまわないように気を張りながら、いつまでもわたしは子供たちの寝顔を見つめ続けていた。


 静かに夜が更けていく。

 五感を張り巡らしたまま、いつの間にかにわたしの意識は再び過去に浮遊していた。


…………

……


 気がついた時、わたしはどこかの河原の石の上に座っていた。

「ママ?」

 周囲を見回してみる。

 一緒にいたはずなのに、ママの姿はどこにも見えなかった。

 天気は曇天。

 周りでは見知らぬ子供たちが遊んでいる。

「ママー!」

 もう一回ママを呼んでみる。

 だが、ママからの返事はなかった。

 周囲を歩き回り、ママの姿を探す。でも、ここにいるのは子供ばかり。

 子供たちが追いかけっこをしたり、石を積んだりして遊んでいる。


「ママー、どこにいるの?」

 河原を走り回り、わたしはいつまでもママを探し続けた。

 ママの姿はどこにもない。

 もうどれだけ探しただろう。

 日が傾き始めている。

 薄暗くなってきた河原の石に座り込み、困り果てたわたしは一人でしくしくと泣きだした。

「ママ、ママ、どこ?」

 流した涙が新たな涙を呼ぶ。

 気づいた時には大声を出して泣いていた。

「ママーッ」


 と不意に、わたしは後ろから頭を撫でられてハッとした。

「童、何を泣いておる」

 白髪のおじいさんがわたしの後ろに立っている。

 背筋はしゃんとしているが、背は低い。百五十センチくらいしかないんじゃないかしら。

 白い髪をポニーテールみたいに高い位置で結ったその姿は、でも不思議な迫力を帯びていた。

 力が漲っている、そんな感じ。顔立ちは優しいが、眼光にも力がある。

「どうした? 何をそんなに泣いておる?」

「ママが、いないの」

 涙でぐちゃぐちゃになりながらわたしはおじいさんに答えた。

「そうか、それは困ったのう……」

 顎に手をやって考え込む。

「そうは言ってもいつまでもそこで泣いておる訳にもいかんじゃろう。どうじゃ? 行くあてがないなら、うちに来るか? ん?」

 変な人について行ってはいけないといつもママには言われていた。

 でも今はそのママもこの場にいない。

 このまま、この河原にいるのもとっても怖い。

「うん」

 そうしたわけで、その日わたしはそのおじいさんのお家に行くことにした。

「よしよし、ではおいで」

 おじいさんがグジグジと涙を拭くわたしの手を引いてくれる。


 こうしてわたしは、そのおじいさんの家に身を寄せることになった。


…………

……


(そうだ、そうやってわたしはお師様に会ったんだ。本当にこの子達と同じ)

 こうして出会ったお師様は、それなりの有名人だった。大昔にどっかの島で決闘して、船の櫂を削って作った木刀で額をカチ割られてあえなく撲殺されたらしい。


 冥界には奇妙なルールがある。

 冥界の住人は現世の人たちから忘れられてしまうと、やがて消滅してしまうのだ。

 だが、お師様の場合は何度も小説に書かれたり、映画になったりしているおかげで忘れられることがない。

 そのためお師様は消滅することもなく、今でもここにいる。


 お師様は優しい人だ。お師様の家にはわたしの他にも何人かの子供が身を寄せていた。お師様の話では、河原で迷っている子供を見かけるたびにこうして保護しているのだという。

「子供が泣いているのを見るのは忍びないのでな。それに、辛い目に会うことがわかっているのに放っておくのはもっと我慢がならん」

 お師様はわたしに言った。


 お屋敷はかなり、大きい。

 塀に囲まれた武家造りの屋敷の大きな庭には笹や名の知れない植物が綺麗に植えられていた。庭には敷石が置かれ、剣を振るうには十分な広さがあった。

 この大きなお屋敷で、あるものは剣術の指南を受け、あるいはただそこにいる。

 お師様は機会があれば子供達を集めて周囲の地図を示し、行くべき先を教えてくれた。それぞれの子供に合った道を示してくれる、そんな人だ。


 そして、わたしの場合は剣術だった。


「主はいずれ元来たところに戻るじゃろ。目を見ればわかる。主はどうやら昏睡しているだけのようじゃ」

 縁側に座らせたわたしの手足を手桶と手ぬぐいで洗ってくれながら、お師様はわたしに優しく言った。

「それまで剣術でもやってみるか。……ちょっと手を見せてごらん?」

「うん」

 わたしは素直に右手を差し出した。

「うむ……うむ。次は足を見せてごらん」

 わたしは靴を脱いだ左足をひざまづいたお師様に差し出した。

 同じように、揉むような手つきでわたしの足を丹念に調べる。

「主は、背が高くなりそうだの。六尺には届かないだろうが、それくらいにはなりそうだ。これは面白い女剣士になりそうだわい」


 こうして、わたしは剣士への第一歩を踏み出した。


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