8−2
その後も何度か宇賀神さんから連絡はあったが、いずれも空振りだった。
(こんな方法でいいのかなあ)
さすがにわたしも考える。
今の方法はあまりに受け身に過ぎる。
パトロール中のお巡りさんがキョウヤたちを見つけたところで、わたしたちが駆けつけるのは三十分近く経ってからだ。
これではキョウヤたちに逃げられても仕方がない。
(こっちから打って出る方法があればいいんだけど……)
現国の授業中。
現国は苦手だ。漢字を覚えるのはともかく、好みでもない小説を読まされるのは苦痛以外の何物でもない。
なーんにも頭に入ってこない。
教科書を机に立て、それを目隠しにしてぱたっと突っ伏す。
一方、理沙の目は輝いていた。
この子は現国が大好きだ。
全く、何が楽しいんだか。
ふと、わたしは閃くとハムスターを引っ張ってバックパックから携帯電話を取り出した。
膝の上で先生に見えないように携帯を操作しながら着信履歴を表示する。
宇賀神さんからの電話はいつも午後の授業中にかかってくる気がする。
左手で携帯を操作しながら、宇賀神さんから電話のあった時間をノートに書き写す。
一時三十八分。
二時二十四分。
三時二分。
二時十六分…………
最初の電話は気が狂ったおじさんの件だったから、これを除外すると、あとはいずれも二時過ぎだ。それに四時前にはかかっている。
(二時から四時の間……)
うちの学校の下校時間は大体いつも三時三十分だから、これなら間に合うかも知れない。
(わたしもパトロールしてみようかな)
危ないことはしてくれるなと宇賀神さんには言われていたが、わたしは今日から下校途中に中野に寄ってみることにした。
夕方の中野は閑散としていた。駅前には人がたくさんいたけど、例の三角形の中にはほとんど人がいない。
まあ、考えてみれば住宅街だ。人がわさわさしている訳がない。
三角形の周辺でまだ何も起きていないコンビニは八軒ほどあった。
これなら回れないことはない。
それに、足腰のいい鍛錬にもなる。
相変わらずわたしは木刀と竹刀をエンジ色の竹刀入れに入れて持ち歩いていた。休み時間に木刀で鍛錬するためだ。
おかげで理沙以外には一向にお友達ができなかったけど、気にしない。
どうせ怖がられているのだ。この身長にこの目の色、近寄り難いのもなんとなくわかる。
そもそも話が合わない相手と友達になれる訳がない。
むしろ理沙が例外だ。あの子、何にも気にしていないみたいだもん。
席が隣になった翌日には、理沙は勝手に席をくっつけてお弁当食べてた。
理沙のお弁当は購買で買ったサンドウィッチがほとんどだったけど、理沙と話すのは楽しい。
理沙は小さくてわたしはノッポ。
端から見たらデコボココンビだ。
理沙のお父さんが警視正(より正確には麹町署の署長さんだ)ということもあって、理沙にも友達はほとんどいない。
話すことも警察のことばかり。そんなんじゃ友達ができる訳がない。
でも、だからこそわたしとは仲良くなれたのかも知れない。
そんなことをぼんやりと考えながら中野の住宅街をそぞろ歩く。
地図にマークしたコンビニを中心のとして、隣の小学校の周りを遠巻きに巡回する。
あの小学校がたっくんの小学校なのかな?
このあたりは大通りと細い通りが蜘蛛の巣のように入り組んでいる。
だからの集団登校だったのだろうが、それが裏目に出た。
集まった子供たちに自動車をぶつけるのはキョウヤにしてみたら簡単なことだっただろう。
一撃で十二人。五人が亡くなり、七人が入院した。
しかし、コンビニ突撃は違う。
せいぜい怪我人が出ても二人か三人だろう。運が悪い人がいたら亡くなる事もあるかも知れないが、それにしても集団登校の襲撃に比べれば効率が悪すぎる。
キョウヤは何をしようとしているのだろう。
狙いは何?
わたしは頑張ってキョウヤの気持ちになって動機を考えてみようとしたが、答えは出なかった。
まあ、いいか。
動機はともかく、キョウヤは必ずこの辺にはいるのだ。
ホテルやコンビニ、スーパーとかには宇賀神さんが網を張ってくれている。
わたしも毎日パトロールして、少しでも前に進みたい。
ひょっとしたら何か痕跡みたいなものが見つかるかも知れないし。
わたしは自分を鼓舞すると、バックパックと竹刀入れを背負い直し、自分で作った巡回ルートの先を急いだ。
…………
……
中野のパトロールを始めて九日目。
初夏の小雨。
でもなんだか気分がいい。
濡れるのは嫌だったけど、匂いが素敵。
雨の匂い、土の匂い。
雨粒がビニール傘を叩く音すら心地よい。
なんとなく浮かれた気分でいつものようにコンビニを巡回する。
途中のコンビニではブラックサンダーまで買ってしまった。
いつもは間食しないのに。
「一目で義理とわかるチョコ」
一個三十円の安いチョコレートだけど、サクサクしていてなんでか美味しい。
結局コンビニ巡回は今日も不作だったけど、わたしはなんだか機嫌が良かった。
最後のコンビニを回り、駅に向かう。
時間は五時に近い。
もう今日はいないだろう。
駅前はさすがに混雑していた。
中野駅の南側はバスロータリーになっていて、そろそろバス待ちの人が集まり始めている。
その人たちをやり過ごしてJRの改札に向かったその時。
「だから、やれって」
『嫌だよう、あのバス、ママが乗っているんだもん』
「だからいいんじゃねえか、ママと一緒になれるぞ、ん?」
『嫌だよう』
聞き覚えのある声。
それはキョウヤとたっくんの声だった。
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