7−4

 調べ直してみると、わたしがノートにペタペタしておいた事件のうち、中野周辺で起きた事件は六件あった。いずれも自動車がらみの事故だ。

 そのうち一件はおじいさんが本当にアクセルとブレーキを踏みまちがえたのが原因の交通事故、もう一件は後から飲酒運転だとわかった。どうやら前の日に飲みすぎて、二日酔いのまま自動車に乗っちゃったみたい。

 でも、残りの四件はいずれも説明がつかない。

 加害者のうち一人は亡くなっていたが、残りの三人はどの人も記憶がないという。どの事件も事故を起こした人の回復を待って事情聴取を行うと書かれていた。

 一件は謎の暴走、残り三件はいずれもコンビニへの突撃事故だ。

 この短期間にコンビニで事故が起きているのは中野区だけだった。


 以前に宇賀神さんがくれた東京都の地図のコピーを取り出す。A3版の大きな地図だ。

 机に広げて、事件のあった場所に赤く丸印をつける。

 だが、つなげてみても綺麗な形にならない。

 さらに横に事件のあった日付を書き足す。

「うーん」

 腕組みをして地図とにらめっこをする。

 不意に、閃くものがあった。

 一番古い事件(これはコンビニ突撃事件だった)を除外して、残りの三つをつなげてみる。

 三つの丸は綺麗な三角形を描いた。

 それに、一番古い事件はその三角形の真ん中ら辺にある。

 わたしはぬいぐるみ型のストラップ──美百合さんのハリネズミが可愛かったのでわたしも欲しくなってハムスターのストラップを買っちゃった──を引っ張ってカバンから携帯電話を取り出すと、美百合さんに電話をかけた。

「……もしもし、美百合さん?」

『あら、あなたから電話してくるなんて珍しいわね』

 柔らかな美百合さんの声が耳に心地よい。なんか面白がっているみたいでクスクス笑っている。

「あのね、たっくん、拓海くんのお家の住所って判りますか?」

『判るわよ。ちょっと待ってね……よっと』

 電話越しにファイルか何かを開いている音が聞こえる。

『いい? 読むわよ? 東京都中野区中央……』

 電話を首に挟んで、教わった住所を地図の隅っこに書き留める。

『それが、どうしたの? キョウヤの件?』

「そんなところです。なんか繋がりそうなの。ありがとうございます」

『それより宇賀神さんとはどう? 禁断の恋は芽生えそう?』

「芽生えません!」

 しばらくバカな話をしてから電話を切る。

「中野区、中央……」

 指で辿りながら地図の上でたっくんの家を探す。

 あった。

 そこは、最初の事件があったコンビニからすぐそばの場所だった。


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


「宇賀神さん、大変大変、繋がったの、繋がりました!」

 わたしは慌てて携帯を手に取ると、宇賀神さんに電話をかけた。

『繋がったって、何がだ。アリス君、少し落ち着いて。順を追って話してくれ』

「中野区の件です。わたしがメモっていた事件を地図にマークして、つなげてみたら綺麗な形になりました。しかもその場所ってたっくんの家のそばなんです!」

 まだ胸がドキドキする。

 多分顔も赤くなっているだろう。ほっぺたが熱く火照る。

『ふーん、面白いな。今行く』


 宇賀神さんは一方的に電話を切ると、早足でわたしのいる部屋に入ってきた。

「どれ、見せてみ?」

「これです」

 と地図を見せる。

「この丸印が事件のあったところ、この星マークがたっくんのお家です。最初の事件はたっくんのお家のすぐそばで起きています。そして、残りの三件をつなげると、綺麗な三角形になるんです」

「…………」

 宇賀神さんの眼光が鋭くなっている。

 顎を撫でながら無言で地図を見つめている。

「これは面白いな。うん、面白い……お手柄だ、アリス君。君の女の子の勘を信じてこの辺りを重点的に洗ってみよう」


 翌日、宇賀神さんは大きな箱ファイルを三つも持ってきた。

「どっこらせッと」

 ドンッと机の上に箱ファイルを積み上げる。

「これは、何ですか?」

「所轄から回してもらった、アリス君が地図でマークしたあたりの事案だよ。リスト化する時間がもったいなかったから、最初の事件の二週間前から今までの事案書そのものをコピーして送ってもらった。主に不審者情報だな」

 不審者情報か。でもこんなにあるの?

「しばらく新聞は後回しでいい。今日からはこれを洗うんだ。もしキョウヤがたっくんを連れているとしたら必ず不審者として通報があったはずなんだ。最近は通報してくれる善良な市民の方が多くてね……所轄の連中としてはたまったものではないだろうが、こういう時には役に立つ」

「でも、たっくんは霊体だから見えなくないですか?」

「中には『視える』人もいるのさ。君みたいにさ」

 ことも無げに宇賀神さんは言った。

 S課ってやっぱり変なんだ。

 そういうのを警察が受け入れるとは思わなかった。

「それに誰もいないところで話していたらもっと不審だろうが。そこにキョウヤが潜んでいるんだったら、絶対に目撃者がいるはずだ」

 量が多くて済まないが、と言いながら部屋を出ようとする宇賀神さんに慌てて声をかける。

「て、手伝ってはくれないんですか?」

 これ、全部わたしが見るの!?

「俺は他にやることがあるんだよ。それにな、俺がこの部屋に入り浸ってみろ、JKと何をしてるんだって言って妙な噂が立っちまうよ。今だって冷やかされて大変なんだからな」


 それからは手書きの書類をコピーした事案書との格闘だった。

 警察の人はみんな字が綺麗だから読めないってことはないんだけど、何しろ数が多い。

 ほとんどの事案はロクでもない内容だった。

 曰く、小学生の女の子におじいさんが声をかけた。

 パンツを履いていない人が歩いていた。

 子供になぜかお菓子をくれた青年がいた。

 裸にビニールのレインポンチョだけを着た女性が深夜のコンビニに一人で来た。

 どうでもいい話ばっかりだ。

 つまらない書類を一枚ずつ、それでも丁寧に読みながら先を急ぐ。

 時間ばかりが過ぎていく。

 だけど、見落とすわけにはいかない。

 一枚、一枚、丁寧に読んでいく。

 一つ目の箱ファイルを片付けて二つ目の箱ファイルの中ほどに来た時、ついにわたしは怪しい事案を見つけた。

『カウボーイ姿の少年を激しく叱りつける男性を目撃。親子ではないと推測される。声をかけるも、二人はすぐに姿を消した』

 たっくん。

 たっくんに作ってあげた服はカウボーイの服だった。

 今時カウボーイの格好をしている子供はほとんどいない。

 この事案は怪しい。

 わたしはこの書類に付箋を付けると、さらに先を読み進めた。

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