2-1 誰が為の創世記(3)

 答えは、アブラハムをカルデラのウルから導き出した張本人です。


 □□はその子アブラムと、ハランの子である孫ロトと、子アブラムの妻である嫁サライとを連れて、カナンの地へ行こうとカルデヤのウルを出たが、ハランに着いてそこに住んだ。創世記十一章三十一節の主語である□□こそが、カナンを目指していた当人だ。


 アブラハムは□□に付き従い、カナンに向かったにすぎない。だから、□□が死んだ後は、そのままハランで暮らしていた。□□はハランに留まるアブラハムにカナンに行くよう告げ、カナン到着後にも、

「あなたをカルデヤのウルから導き出した主です(創15:7)」と自分のしたことを告げた。


 □□とは誰のことだ?


 答えは、アブラハムの父、テラである。


 天の父はアブラハムの父だった。


 生前のテラは、息子アブラハムをウルから導き出した。テラの意識の中では、ハランでの啓示はウルからの長旅の途中にすぎないため、「父の家を離れ」と表現してしまった。第三者の場合だったら、「ここハランを離れて」という表現をとるはずだ。


 啓示を下した場所はウルという後世の誤解は、主がテラだったことで解決できる。主から啓示が下った時点では、テラはすでに死んでいる。それは、主の正体が亡くなる前のテラではなく、亡くなった後のテラだからだ。宇宙の創造主が、人間を民族で差別したわけではなく、テラが自分の子孫に肩入れしただけのことだ。


 ここまで長たらしく書いてきたが、創世記十一章三十一節と、十五章七節の二つの文だけで、主の正体は導き出せる。この二つの文をわかりやすくしてみる。


1 テラは、息子アブラハムを連れて、カルデアのウルを出発し、カナンに向かった。

2 主は、アブラハムをカルデアのウルからカナンに導き出した。


 アブラハムがウルを出てカナンに向かったのは、一回限りと推測できる。この一度の出来事に対し、1と2から二つの異なる主体がアブラハムに働きかけたことがわかる。双方の働きかけが偶然一致したと思われないので、1と2の主語は同一人物と判断できる。従って主はテラである。


 このロジックには大きな欠陥がある。2の導き出された対象が複数の場合だ。主が導いた対象は、アブラハム一人とは限らない。ロトやサラは、アブラハムに付随する要素と判断し、ここでは考慮に入れずにおく。残る唯一の可能性、主が当主テラとアブラハムの両者をウルから導き出したというケースをうち消さなければ、主がテラだとは断定できない。


 アブラハムの移住で考えられるのは四パターン。


A 主はウルでテラに働きかけ、間接的にアブラハムを導き出した。 

B 主はウルでアブラハムを導き出し、テラはアブラハムに従った。 

C 主がウルでアブラハムを導き出すのと、テラが連れ出すことが偶然重なった。

D 主はテラで、ウルからアブラハムを連れだし、ハランで催促した。


 さきほど、アブラハムへの啓示はハランで下ったことを説明した。BとCはウルでアブラハムに啓示が下ることになるので、否定される。さらにBの場合、テラがアブラハムを連れて出発したとは表現しそうにない。


 主がウルでテラに啓示などで指示し、アブラハムがテラに連れ出されたAの場合、聖書にその記述がないことが問題になる。「テラは“主に従い”、その子アブラムと……」のように、数個の単語を追加するだけで充分なはずなのに。


 主がモーセの後継者ヨシュアに語った、と思われる言葉。

「あなたがたの先祖たち、すなわちアブラハムの父、ナホルの父テラは、昔、ユフラテ川の向こうに住み、みな、ほかの神々に仕えていたが、わたしは、あなたがたの先祖アブラハムを、川の向こうから連れ出して(ヨシュア記24:2-3)」


 テラについて言及しているのに、連れ出したのはあくまでアブラハムだと主は語っている。アブラハム親子を連れ出したとか、アブラハムとその父を連れ出したなどと表現していない。


 その後も主は長きに渡り、預言者達に語り続けていくが、アブラハムの召命に関連して、その父を導いたという記録はない。それにもし主がテラを導き出したとしたら、テラは主に従ったはずであり、ほかの神々に仕えていたなどと、批判的な評価をするはずがない。


「あなたがたの父アブラハムと、あなたがたを産んだサラとを思いみよ。わたしは彼をただひとりであったときに召し、彼を祝福して、その子孫を増し加えた(イザヤ51:2)」


 サラのことも眼中にないようだ。家族四人でカナンを目指したのに、あくまで主はアブラハムただひとりだけを召した。

 それでも、まだ主がテラを導いた可能性は残っている。アブラハムは決して父には逆らわない孝行息子だった。一方、テラは他の神々に絶対忠誠を誓い、主の言うことを頑迷に拒否した。そこで主は一計を巡らし、他の神と偽ってテラを導いた。それは主にとっては消し去りたい苦い記憶となり、そのやりとりを預言者に語ることは憚られた。


 その場合でも、ヤコブとラバンとの駆け引きをくどくどと書くくらいなら、一言、テラにも召命があったと記して欲しかった。もちろんそれだけでは説明不足だ。家長である父テラが他の神々に仕えている状況で、主はウルにおいて、どのようにアブラハムを導きだしたのか、創世記に記されていないのは不自然である。


「ナホルは二十九歳になってテラを生んだ。ナホルはテラを生んで後、百十九年生きて、男子と女子を生んだ。テラは七十歳になってアブラム、ナホルおよびハランを生んだ(創11:24-26)」


 アブラハムとモーセの時代の聖書の登場人物は、通常の倍程度の長寿である。創世記6章3節でも、人の寿命が百二十歳になったとあるので、二で割ると六十歳。幼児死亡率が高いので、平均寿命はもっと短かっただろうが、天寿を全うして死ぬ年齢はそのくらいだろう。


 テラの父ナホルより古い世代は、皆二百年以上生きている。ナホルが二で割った七十四歳で亡くなったのなら、信憑性が高い。しかし、テラは二百五歳と、二で割っても百歳以上生きていた。


 テラの先祖は三十(十五)歳前後で子供ができているが、テラは七十(三十五)歳で三人目の子供ができている。創世記は、主が後世の預言者に語った内容が基本になっていると思われる。主は、テラの父が亡くなったときの年齢と、三人目の子供ができたときの年齢を知っていた。


 その主がテラの寿命を知らないということはないので、主本人が嘘を吐いたか、後世の人間が改竄した。テラの世代になってから、急にリアルな数字になってはまずいからだ。さらに全員の年齢を二倍にすることで、テラ世代からのリアリティを消し去った。


 以上から、主がテラだとは証明できたわけではないが、蓋然性が高いことがおわかりいただけたと思う。ここまでの結論。


+++ 主がテラを導いていない場合、主はテラである。主がテラを導いた場合、聖書にその記述がない理由は神のみぞ知る +++ 


 果たして、テラは自分の意志でカナンに向かったのか、それとも主に導かれて向かったのだろうか。


 もし主がテラなら、神を名乗ったのにはそれなりの理由があるはずだ。病に倒れたテラは、アブラハムへの遺言として、自分の死後にカナンに行くように命じたが、息子はハランでの小さな成功に満足し、ここに留まると言い張った。

 家長の言うことも聞かないようなら、神を名乗るしかない。アブラハムの宗教の誕生の瞬間であるが、この時点ではとても宗教とは呼べない。アブラハムもテラも多神教徒だった。


 カナンに移住した後のテラは、時間の大半を一族の観察に費やすようになった。

 アブラハムと一族は啓示に従い、カナンに移住した。そして、ハランを出てから二十四年後、アブラハムにまたも神から啓示が下る。名前をアブラムからアブラハムにすること。妻の名をサライからサラにすること。カナンの地を与える代わりに、一族の男子に割礼をすること。


 神からの啓示とはいえ、人類全体にとって何の意味もなさそうな内容だ。赤の他人の名前を変えたいなどと、普通は思わない。長年一緒にすごした家族だから、二人の名前が気になり、改名させたのだ。割礼の必要性は彼の人生から学んだ子孫に是非伝えたい重要事項だったが、父親の立場からは言いづらく、神になって初めて告げることができた。


 契約の報酬としてカナンの地を与えると、神は本当に約束したのだろうか。これは、後世の預言者に主が嘘を語ったのだろう。カナンの支配は、イスラエル人口が増えた出エジプト時点で決めたと思われる。


 アブラハムの子孫にカナンを与えると告げてしまうのは、イシュマエルやエサウ、側女ケトラとの間の五人の子供の子孫もその権利を持つことになる。カナンがイスラエルのものとするのなら、ヤコブに啓示を告げなければおかしい。辻褄を合わせるため、

「イサクに生れる者が、あなたの子孫と唱えられるからです(創21:12)」

 とされ、イシュマエルやケトラに産ませた五人の子供はカナンの相続権を失い、エサウは主に憎まれることになった。


 カナンを与える啓示をヤコブに最初に下したと、主が預言者に語ったとしたら、アブラハムのカナン移住の意味がなくなる。イスラエル民族のための啓示ならヤコブに下すべきで、子孫の対象が広がるアブラハムにカナン移住が命じられたのは、それがアブラハム個人の利益のためだったからだ。


 本当にアブラハムにカナンを与えると啓示が下り、それが一族に伝承されたのなら、ヤコブ一家はのこのことエジプトに移住したりしないし、その子孫が何百年もエジプトに留まることなどありえない。主に言われるまでもなく、帰還運動が起こったはずである。


 たかが数十年のバビロン捕囚――捕囚といっても、比較的自由で、それほどひどい目には遭っていなかった。学者も研究ができ、ユダヤ教が生まれた――でさえ、ユダヤ人はエルサレム帰還を待ち望んだではないか。


 もし、ヤコブ一家がエジプトに移住せずにカナンの地に留まったら、歴史はどうなっていただろうか。イスラエルは、周辺の部族と交わり、民族としては残らなかった可能性が高い。エジプトに移り、ファラオに重用されたことで、異邦人の名門一家としての自覚が生まれ、それがイスラエル民族としてのまとまりにつながったのだろう。

 主のアブラハムへの召命より、ミディアン人がヨセフを隊商に売り飛ばしたことのほうが、民族の歴史にとって重要だった。

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