第3話

 受付をして、控室のようなところで談笑しつつしばらく待った。

 受付の時に配られたパンフレットは、二人の趣味だというキャラクターやデザインがふんだんに使用されていた。

 わたしの知らない翔馬兄さんが、そこにはたくさんいて……わたしはますます微妙な気持ちになったけど、平静を装ってみんなと「面白いね」なんて言って屈託なく笑い合う。

 三十分ほど経ったあと、予定通り午後二時から挙式が行われた。

 スタッフさんに連れられ向かった場所は、想像していたものとずいぶん違っていた。テレビでよく見るような教会っぽいところではなく、神社みたいなところ。端に控えているのも神父やシスターじゃなくて、神主と巫女だった。

 こっそり兄に尋ねてみたところ、これはいわゆる『神前式』というタイプの結婚式なのだそうだ。普通は神社でするものらしいが、こうやって式場でもできるようになっているらしい。

 わたしたちは親族なので、前から二番目の席へ案内された。左から父、祖母、兄、わたしの順に座り、一番前の席には叔父夫婦と茉希姉さん、そして茉希姉さんの旦那さんと思しき男の人が座った。

 そして、わたしたち親族の席には、一つずつ三方さんぽうが置かれていた。三方とは神事に使われる台で、お月見の時に団子を乗せたりするアレだ。その上には引っくり返された小さな杯が置かれている。

 きっとわたしたちも、何かするんだろうな……めんどくさいな、なんて失礼なことを思いながら、わたしは姿勢を正した。

 巫女さんの合図とともに、後ろの扉が開き、新郎新婦が――翔馬兄さんとその奥さんが、姿を現す。艶やかな赤い着物に身を包み、頭には白百合と思しき花飾りがふんだんにあしらわれている。

 生まれて初めて御目にかかった花嫁は、とても美しかった。

 そして、その横に並んでいる袴姿の新郎――かれこれ十年近く顔を合わせていなかった翔馬兄さんは、しばらく見ないうちに大人の貫録を醸していて。記憶にある、あの頃よりずっと……。

 ――あぁ、春生さんに似てきたなぁ。

 余計なことを考えたくなくて、すぐに取り繕うようにそんなことを考えた。

「ではこれより渡辺家、桧山ひやま家の結婚式を執り行わせていただきます」

 桧山佐都さと。それが、翔馬兄さんの奥さんになる女性の名前。……いや、苗字が変わるから、これからは渡辺佐都さんになるのか。

 あの人が、わたしの義理の従姉になるわけか……。

 じくり、と胸の辺りに痛みが刺す。それはナイフで抉られるというより、昔に負った古傷が痛む、という感じだった。

 ……馬鹿だなぁ。今更感傷に浸ったって、意味がないのに。

 しばらくぼうっとしながら、目の前で繰り広げられる巫女さんたちの舞や、神主さんの楽器を演奏する姿を眺めていた。

 そんな中、ぐるぐるとよみがえってはわたしの脳内を次々と駆けまわっていくのは、かつてわたしたち兄妹と翔馬兄さんたち兄妹の、四人で遊んだ遠い日の記憶――あぁそうだ、そういえばそんなこともあったんだな――だ。

 そんなことを思い出しているうちに、新郎新婦が立ち上がった。これから、いわゆる三々九度という儀式を行うのだ。

 三方に乗せられた真っ白な杯に、巫女さんが日本酒を注いで手渡すと、新郎新婦が互いに口をつける。それを小さな杯で行った後、次に中くらいの杯、そして大きな杯でも行う。

 わたしたち参列者だって、見ているだけで済まされるはずなどないのだから、ぼんやりとしている暇はない。けれど一瞬だけ、ノスタルジックな気分に浸ってしまった。司会をしている巫女さんの声で、ハッと我に返る。

「――参列者の皆様は、御起立ください」

 一歩出遅れたわたしに気付いたのか、兄がちらりとこっちを見る。わたしは内心慌てつつも、周りに倣って立ち上がった。

 目の前に置かれていた杯を、引っくり返すように指示される。それから巫女さんが来て、わたしたちが持つ空っぽの杯へ、一人ずつ順番にお酒を注いでいった。

 全員に注ぎ終わると、司会の指示で、わたしたちはそれを口へ含む。成人済みではあるものの、実はわたしはあまりお酒が得意ではない。そのため飲んだ後、僅かに咳き込んでしまった。隣の兄が、さり気なく背中をさすってくれて、涙目になりながらも申し訳なく思ってしまう。

 幸い、周りの参加者たちは特に気にした様子もなかったので、その点にだけは安心したが。

 そんな風にして、何とか結婚式は終わった。

 親族と新郎新婦で写真を撮り、二人がいったん退場した後、巫女さんの案内に従って、わたしたちも披露宴の会場へと続いて歩いて行く。

 途中の階段を降り、広めの踊り場へ着くと、何故かそこで袋を渡された。何をするのだろうと思っていると、先ほどわたしたちが降りた階段に、さっきと同じ格好の新郎新婦が現れる。

「これは、お菓子投げ用の袋ですよ」

「お菓子投げ?」

 袋を渡してくれたスタッフの人に尋ねると、そんな答えが返ってきて、わたしは思わず首を傾げた。

 きょとんとするわたしに苦笑しつつ、スタッフの人は丁寧に教えてくれる。

「この地方の結婚式では、慣例の行事なんです」

「へぇ……」

 納得しつつ階段を見上げると、翔馬兄さんと佐都さんが、それぞれ大きな段ボールからお菓子の袋と思しきものを取り出しているところだった。

「ほら、始まりますよ。いっぱい取ってくださいね」

 スタッフの人のにこやかな掛け声と共に、それぞれお菓子を手に取った二人が、こっちに向かってお菓子を投げてくる。

「きゃあ!」

 思いのほか落下速度の速いお菓子に、わたしはびっくりして兄の腕を引っ張る。しかし無情にも、お菓子は次々と降ってくるので、わたしはひたすら兄に隠れてその場をしのぐしかなかった。

「あっ、危ないじゃない!」

「ふふっ。凛……」

 兄はわたしの怯えように笑いながら、キャッチしたらしいお菓子をわたしの持っている袋へ入れてくれる。

「ほら、凛もお菓子取んな?」

「怖い……」

「まだ一つもお菓子取ってない人、積極的にアピールしてくださいねぇー」

 兄の言葉の後に、追い打ちをかけるようにスタッフさんがそう声を掛けてくるけど、怖いものは怖い。

「次は煙草投げるってさー」

「何で煙草なのよ! お菓子じゃないじゃない!」

「まぁ、口にするものではあるけれどねぇ」

「お父さん、せっかくだから取ったらどうです」

「行ってきなよ、辰巳」

 兄と祖母に薦められ、うちの家族の中で唯一喫煙者である父が、積極的に煙草を取りに行こうとする。

「おーい、翔馬! こっち投げろこっち!」

 父が無事、煙草をキャッチできたのかは……終始怖がって兄の影に隠れていたわたしには、知る由もない。

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