親指エレジー

エレジー

第1話 面接



今、私は某全国チェーンのマッサージ屋で働いている。


60分2980円(税ヌキ)という、昔の相場からいうと半値。


しかも、完全歩合制という過酷な条件だ。


私の住んでいる近くで、新しくオープンするという店で働き始めた。


面接に行く為、問い合わせてみると、驚いた事に履歴書はいらないらしい。


ただ、講習があるとの事だった。


しかし、経験者は技量に応じて免除してくれるとの事だった。


私はカイロプラクティックの治療院を14年やっていた。


自分の治療院が流行っていたら、マッサージ屋なんかでは働かない。


流行らないという事は、飯が食っていけないという事だ。


では、何故、14年も続けているのか?


話すと長くなるので、また、後ほど。


新しい店舗に面接に行くと、ベテランの女性社員の方が、数人の人間に講習中だった。


その女性社員は、入ってきた私を、頭のテッペンから足のつま先まで無表情で見つめていた。


これが履歴書の変わりなのだろう。


面接が始まり、私の経歴を聞いてきた。


「ここは経験者よりも、まったくの初心者の比率が高いのよ。」


その女性社員は、相変わらず無表情だった。


「それと、絶対に矯正はしないでください!」


その女性社員は、初めて無表情から威圧するような顔で私に言った。


聞けば、矯正を入れてトラブルになるケースが、多々あるらしい。


「じゃあ、ちょっと施術してみて。」


カイロプラクティックには、一応「ほぐし」という矯正する前に筋肉を緩める技術がある。


それが果たして、マッサージ屋で、いいのかわからなかったけれど、今の自分にはそれしかないので、やってみた。


30分くらいやっただろうか。


通常だったら、20分くらいしかしないけれど、このマッサージ屋では、基本的に60分が主体なので、長めにやってみた。


「まぁ、一応、合格ですけど・・・。」


(ですけど・・・、な、何やねん。)


私は何かやらかしたかと、不安になった。


「今、少し矯正入れましたね!」


(へ?ぜんっぜん入れてないけど・・・。)


私はあれだけ、語気強く言われたので、細心の注意をしてやっていた。


「いや、入れてませんけど・・・。」


「まぁ、いいわ。とにかく、絶対に矯正はしないでください!」


って、どんだけ矯正にナーバスになってんねん。


この店には、マッサージの他に、足ツボのコースもあった。


足ツボはやったことがなかったので、数時間講習を受ける事になった。


ツボの場所と、どの臓器に関係しているかを覚えてしまえば、何て事なかった。


足ツボは実戦経験がない為、嫁さんに実験台になってもらった。


すぐにコツがわかり、「うん、これなら金とれるんちゃう。」と、嫁さんからもお墨付きをもらった。


そして、いよいよマッサージ師・・・いや、法律上では、マッサージといってはいけないらしい。


リラクゼーションセラピストとして、デビューする事になった。





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