78 けいうん!

 ばたばたと土日が過ぎた。

 選挙用アプリを導入することになった選挙管理委員会、支援者を増やすべく動いていくれている文化部会の面々、そして院華子と眉村尊の動きを見つつ、俺は月曜日の討論会へと挑んだ。


 会場は体育館。

 壇上に長テーブルが「ハの字型」に並べられ、向かって右のテーブルに俺、左のテーブルに眉村と華子が割り当てられた。

 この席順にしても、一見、立候補順に見えるが、俺と華子・眉村の対立構図を見えやすくする意図があるそうだ。生徒たちから見て右側、そして1対2という対比も心理的なにかがあるらしいが、この辺はすべて司会進行の弁論部部長・井筒先輩によるお膳立てだ。


 生徒会長選挙の討論会は伝統的に弁論部が取り仕切ると知って、選挙前に俺は井筒先輩にコンタクトを取っていた。

 選挙アプリ開発を代診していた電算部部長の武井を交え、密談をしたのが俺のバイト先である「ソロプレイヤー」だったわけだ。あのときバニャが言ったとおり、この二人はキレ者で、俺が話しを持ちかけるとすぐさま協力を決断してくれた。


 ただし、二人とも選挙管理委員会への協力という形になっているため、あからさまに俺への支持を表明することはできないし、選挙中の接触も避けることにした。華子に警戒されることや、攻撃の材料を与える可能性があるからな。


「では! 生徒会長選挙討論会を行いたいと思いまーす」


 少し離れた席に座る井筒先輩が、意外と軽いノリでマイクにしゃべりかける。

 体育館に集まった生徒たちから大きな拍手が巻き起こった。満員御礼とでもいうべきか、並べられた椅子はほぼ埋まっていて、壁や出入り口付近には立ち見の生徒たちまでいる。

 緊張する俺の顔を映画研究部の回すカメラが捉え、眉村、華子とテーブルの上を舐めていく。

 これも俺が鳴子に提案したもので、全教室のテレビへ生中継である。


「いくつか議題を用意していますが、まず紹介をさせてもらいますね~。川内さん、願いします」

「はい」


 井筒先輩の横に座る女子生徒が、原稿を読み上げる。彼女は放送部員で、もちろん俺や井筒の意図を知っている「こちら側」だ。


「院華子さん。2-A特進科。茶道部、弓道部所属。内部進学生」


 華子がいつもの柔和な笑みを浮かべ、頭を下げた。

 拍手と声援が起こる。

 声は女子生徒が多いな。相変わらずのカリスマっぷりということか。


「眉村尊さん。2-Kスポーツ科。サッカー部所属。スポーツ推薦で入学」


 少し緊張しているのか、硬い表情で眉村が頭を下げる。

 同じく拍手と声援。

 華子より数は劣るが、体育会系の声の大きさでカバーしているという感じだ。もちろんのこと黄色い声も上がっているが、思ったより声が少ない気がする。

 つぎはいよいよ……。


「柴田獅子虎さん。2ーP普通科。クラブ無所属。一般入試で入学」


 アナウンスにかぶり気味で拍手が起こり、声援が飛んでくる。

 声は男女同じぐらい混じっているといったところだろうか。野太いのもあれば、甲高いのもある。

 俺は心臓が飛び出しそうになりながらも、観衆に向けて応えるように笑顔で手を振った。


「では、一つ目の議題です」

「──部活動予算について」

「これ、みなさん増額と書いてあるんだけど、具体的に聞いてみたいね。……院さん、現役の生徒会としてどうですか」


 井筒が華子に話を振る。


「増額をしてほしいという声が多く寄せられていますので、検討していきたいと思っています」

「つまり今の額は少ないって判断ですか?」

「多寡は何とも申しようがありませんが、要望が集まっているのは事実です。とくに活躍して実績のある部活については、考慮していくべきだと思っています」

「以前のレベルに戻すということかな?」

「そこはバランスだと思います」

「なるほど……では、眉村君」


 眉村が緊張した面持ちでスタンドマイクの首を握る。


「部活をしている身としては、はっきり言って今の予算は苦しいですね。試合成績にも響きます」

「じゃあ院さんと同じように、活躍している部活に優先して部費を増やすという考え?」

「限られた予算ですから、それが一番だと思います」

「わかりました。──柴田君、キミの公約はちょっと違うよね?」


 俺は咳払いをして、マイクに向かう。


「そうですね。部活動全体で底上げをします。実績とか以前にまず活性化をさせないと、学校生活のなかの部活動というものがなくなりかねません」

「そこまで深刻なの?」

「細かいところまでは調べきれませんでしたが、過去10年と比べても体育会系・文化系併せて部員数は10~15%減です。予算も生徒会の出しているものだとはっきりしないですけど、全体で20%ぐらい減ってるんじゃないですか」

「それは結構大きいね」

「待って下さい」


 華子が横槍を入れてくる。


「この10年間で生徒数も減少しています。当然ながら、部員数も減ります。柴田君の言っていることは正確ではありません」

「そう言ったって10%も減ってないけど?」

「予算減と部員数にも因果関係があるかはわからないでしょう」

「いやだって、院さんも泣きつかれてるんでしょ? 新入生に体験入部させたくても、使わせる備品がないとかさ。それってモロ予算の問題だよね?」


 俺は眉村に水を向ける。


「──眉村君のサッカー部だって、父母会からのカンパが増えてるって聞いてるけど?」


 眉村が頷くと、井筒先輩が俺の話を接いだ。


「眉村君はどう思う?」

「予算削減の影響が出ていることは確かでしょう」

「親御さんの負担を考えて、入部を諦める生徒もいると思う?」

「いると思います。そのなかには、優秀な選手がいるかもしれません」


 その言葉に俺が噛み付く。


「じゃあさ、いま成績を出していない部活でも、優秀な部員が入ったら変わる可能性だってあるよね? 今の成績だけで判断するなら、サッカー部とかの一人勝ちになるんじゃないの?」

「活躍しているのはサッカー部だけじゃない。それに苦しい状況でも続けてきた生徒は、本人の努力や親からの応援もある。可能性の話だけで、すべての部に等しく予算を分けるなんて現実的じゃない」


 険しい目つきをする眉村。

 俺は負けじと見返す。


「でも眉村君。キミとか、スポーツ推薦で入ってきたわけでしょ? スポーツ科は一般生徒と授業内容どころか、教科書だって違うんだし、すでに優遇されてるよね?」

「それとこれとは別の話だ! レギュラーになる一般生徒だっている」

「そこ調べてないけど、スポーツ推薦の生徒の割合の方が圧倒的に高いはずだよね。才能があっても、一般生徒のほうが不利だよね?」

「そんな、もしもの話をするなら────」

「はーいはい、話題を戻しましょう」


 いい感じで井筒先輩が話を遮る。


「柴田君。それで全体的に予算を増やすってことだけど、予算が足りなくならない?」

「調整できますよ。以前はそうやってたんですから」

「具体的には?」

「生徒会の予算を削ります。簡単な話です」

「──これは僕の個人的な感想だけど、今の生徒会でも手が回らない感じだし、予算を減らすと運営に支障が出るんじゃないの?」

「金じゃなくて人手が足りないんですよ」

「それは違います」


 院が俺を見て笑みを浮かべる。

 井筒先輩が頷く。


「そこは聞きたいよね。院さん、現状どうなの?」

「いまの形が新しい試みなので、どうしても支障が出る部分はあるかと思います。その点についてはご不便をかけているとは思いますが、生徒の皆さんには理解していただきたいと思います」

「新しい試みって?」

「例えば、生徒会と風紀委員会はこれまで別の組織でしたが、風紀委員会の不祥事をきっかけに統一することになりました」


 観衆の一部からざわめきが起こる。

 一連のことを知らない1年生だろう。


「詳しくは申し上げませんが、生徒会と風紀委員会という二重構造は生徒たちに混乱を招くだけでした。そういった長年放置されていた問題を解決するには、どうしても試行錯誤をする移行期間が必要です」


 君島先輩は元風紀委員長・天王寺綾葉をこの討論会へ誘ったが、彼女は断ったそうだ。それでもどこかで聞いていてくれるといいが。


「それが人手不足になってるんだろ」


 俺が野次るように言うと、華子が首を振る。


「ありえません。各学級の風紀委員はそのままですし、むしろ統一して効率的になっているはずです」

「さっき言ったことと矛盾してるぞ」

「さきほどのは全体の話で、風紀委員は一部の話です。すり替えはやめて下さい」

「いや、同じことだ。風紀委員は復活させて、以前のように生徒会とは別の組織にするほうがいいに決まってる」

「柴田くんは、それで生徒会の人手不足が解消すると言うんだね?」

「そりゃそうですよ。風紀委員って結構仕事多いですから。朝の挨拶だけじゃないよね?」


 俺が皮肉ると、院が余裕そうに笑う。


「ええ。ですが、わざわざ切り離してまた暴走されるほうが問題です」

「以前を知っている3年生はそんなふうに思ってないんじゃないか? 部活動でもっと深刻な実害が出てる」

「私はそうは思いません」

「部活動の場所取りとかで困ってるって話があるだろ」

「そこは適宜対応しています」

「対応できてないんだよなー」

「便利を優先して、風紀上よろしくないことを見逃すわけにはいけません」

「そこは意見の違いだね」


 井筒先輩が止めに入り、再び俺に話を向ける。


「ほかにも柴田くんは部活動について考えがあるそうだけど。公約には『今までにない新しい部活動』としか書いてない。ちょっと大げさすぎる気もするけど」

「大げさだとは思ってませんよ」

「内容を教えてくれる?」

「いくつかありますけど」


 俺はそう言うと生徒たちに向かって、指を一本立てた。


「まず1つ目は────『軽運動部』の設立です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る