79 ヒトリシズカ

「軽運動部? ……運動部なのかな?」


 井筒先輩がゆっくりと観衆の注目を集めるように問いかけてくる。

 言うまでもなく、あらかじめ知っている内容だ。


「ええ、体育会系です」


 眉村は怪訝そうに、華子はいつもの笑みで俺を見つめる。


「その名の通り、軽い運動をするだけの部活ですね。体育の授業の延長というか」

「部活の目的はなんなの?」

「それは個々人が決めればいいってことです。毎日参加してもいいし、他の部活と掛け持ちで好きな時だけでもいい。『身体を動かしたいけど、ガチの部活をやるのはちょっと』とか、『ほかにやりたいこともあるし、そんな時間が取れない』といった生徒のためのものです。道具や施設も授業でやっているものを学校から借りればいいので、部費もそれほどかからないはずです」

「ふむ……サラリーマンが仕事終わりにジムに行くようなものか」

「ああ、イメージはそんなところです。年々高校生の平均身長は伸びていますが、同時に肥満化も心配されています。学校や親からの理解は得られるんじゃないでしょうか」


 これぐらい緩くすれば、参加したいという生徒は大勢いるはずだ。文化系の生徒だって身体を動かすのが好きなやつはいる。男子だけではなく、女子だってダイエットのために毎日ランニングしてるやつがいるんだから、学校の設備を使って友達とやれるならこれ幸いと利用するんじゃないだろうか。

 文化部会と俺の狙いは、体育会に文化系や一般生徒を食い込ませることだ。体育会の内情が分かるようになるだけでなく、部員数が多ければ発言力も上がる。眉村みたいな、一部私益のための立候補者が出にくくなるだろう。


「待ってくれ」

「はい、眉村君」


 案の定。

 井筒先輩が眉村を指さす。


「一見いいアイデアに思えるが、いきなりそんな部活を始められても場所の取り合いになるだけだ」


 まあ、お前らからすれば迷惑だろうな。

 俺は涼しい顔をして答える。


「そこは体育会で決めりゃいいんじゃないの? そのための集まりだろ?」

「生徒会主導で部活を創設するなんて聞いたことがない。職権の濫用だ」

「べつに俺が作るとは言ってない。賛同する生徒がいるなら学校側との交渉が円滑に進むよう支援しますよって提案してるだけだ──そもそも第二グランドだって一部の部活しか使ってないし、これだけ広い敷地で場所が見つからないなんてないだろ。軽い運動なんて、べつに教室や廊下でだってできないことはないからな」

「風紀委員として、それは聞き捨てなりません」


 今度は華子の茶々が入る。


「運動のためでない場所を使うのは安全面で問題があります。事故が起こった場合、誰が責任を取るのですか?」

「そりゃ顧問じゃないの? どこの部活もそうだろ。──まあ、そうならないよう配慮するのが部活の意味じゃないか? 昼休みや放課後、ふざけて校舎を走り回ってる生徒を放置するよりはマシだろ」

「そうならないよう風紀委員が仕事をしています」

「いや、ムリ。放課後まで学校中を見回るのか?」

「ええ。やっていますよ」

「俺には、いろいろと見落としまくってるようにしか思えないけどな」

「主観で述べられても答えようがありません」

「一か所に集まってルールを決めてやったほうが効率もいいし、なにかあったときも対処しやすい」

「まるで刑務所のような言いぐさですね」

「その論で行くと、院さんのやり方は勝手やってる無法地帯を虱潰しにしていくってことになるけど。俺は政治で解決しようと思ってるけど、キミは警察にでもなりたいの? いや、軍隊かな?」


 華子の目がすっと細くなる。

 わぁ、怖~い。


「あと、今言った場所は例えであって、本当にそこでやるって言ってるんじゃない。──けど、部活でも雨の日に廊下で筋トレとか、階段ダッシュとかやってるよね、眉村君?」

「……」

「風紀委員もなんで取り締まらないの?」

「……」


 そりゃ届け出が出されて顧問の先生がいるんだから、口を挟めるわけないよなあ。

 でもそれを言ってしまうと、さっき俺の言ったこととつじつまが合ってしまう。黙っておくしかない。


「部活をやるのはダリぃけど、掃除の時間にホウキ振り回して窓ガラス割っちゃうような生徒諸君! 友達といい汗流してみないか!」


 俺が観衆に向かって言うと、笑い声と拍手が起こった。


「あとはトレーニングルームの使い方が分からない生徒に教えてもっと活用してもらうとか、試合に出ている部活の使っていないコートを利用させてもらうとか。全校生徒のために用意されているに、一部の部活にしか有効活用されていない設備がたくさんありますからね」

「なるほどねえ」

「それからもう一つ。これはまだ公約にも書いていないのですが、部活の予算配分について。──これまでの単年度ではなく、複数年度予算制度を導入します」


 みんなの反応はイマイチだったが、その意味を即座に理解した奴がいた。

 華子だ。


「私は反対です。予算を早々に使い果たして、活動継続できない部活が出る可能性を考えれば、あまりにリスクが高すぎます」

「あ、院さんちょっと待ってね。──まず柴田くんの言っていることなんだけど、単年度予算と複数年度予算っていうのを説明してくれる?」

「今までは単年度予算──つまり毎年予算を配分していたわけですけど、これを2年とか3年分まとめて渡すのが複数年度予算です」


 ネットの遅延ラグのように、理解し始めた生徒たちからざわめきが広がっていく。

 そのざわめきを背負うように、井筒先輩が口を開いた。


「それで。複数年度予算になったら、何が変わるの?」

「まず部活は長期的な目標を立てやすくなります。1年で結果が出せなくて予算を削られるという心配をしなくて済むので、いままで断念していた大きな計画も実行できるようになります」

「有望な1年生が入ってきて育てたくても、2,3年生が活躍できなかったら予算を削られてしまう、みたいなこともなくなるかもね」

「大会やコンクールでいいところまで行ったのに、『あと一押しの予算があれば……』という時にも、集中的に使うことができます。それぞれの部活の裁量で有効活用できるわけですね」

「なるほど」

「それからなんといっても、予算の無駄使いを防げます。次年度で予算が余ったとわかると削減されてしまうので、1年ごとに使い切ってしまおうという不正がなくなるわけですね。おまけとして、予算交渉のための手間や経費も削減されます」

「ああ、そりゃそうだ」

「予算配分は、そんな単純なものではありません」


 井筒先輩が華子の言葉を拾う。


「それは僕も同感だな。院さんなら、なおさらわかってるだろうね」

「さきほども述べましたが、複数年度の予算を1年で使い切ってしまったら、その部活は残りのあいだ活動ができなくなります。もしそうなった場合、どうするんですか?」

「そりゃケースバイケースで追加予算を出すか判断するしかないですね」

「それでは全体予算が増えることになりかねません。効率化と謳いながら、非効率なことをやるのですか? 廃部というリスクを作ってまで」

「……余った予算をプールしたり、父母会で呑み食いするような不正使用よりいいんじゃないっすかね」


 俺は眉村のほうを見やったが、やつは微動だにしなかった。かといって何を言うでもなく黙っている。

 山崎が仕入れてきた情報だが、あくまで噂レベルのものだ。


「そういうことってあるの?」

「いえ、私は確認していません」


 即座に華子が否定した。

 しかし内部進学生なんだから、耳にしたことぐらいはあるはずだ。まあ、「確認」はしていないんだろう。


「あくまで仮定の話ですよ。ただ、珍しくもない問題なんですけどね。普通にありませんか? ワリカンしたら半端にお金が余って行き場がなくなったんで、次の時に使おうと決めたり。──親から好きなものを買っていいけど、おつりは返せって言われたら、使い切ったほうが得だと思うようなもんですよ」

「あるね、そういうの」

「そういう無駄をなくすのと比べれば、小さいリスクだと思いますけど」


 華子は何かメモを取ってから、顔を上げた。


「複数年度予算では、その年を担当する生徒会と部長の責任が大きくなりすぎます」

「それも足し算引き算で、どっちのほうが効率的かつ、生徒の学校生活を良いものにできるかって話ですよ。完璧な予算配分方法なんてないんだから、生徒のみんながどちらのほうを求めるか、投票で決めればいいんじゃないですか?」

「そうだね。──柴田君。時間の関係もあるのでここらへんで」

「ああ、僕ばかり喋ってすいません。最後に一言だけ」


 俺はわざと申し訳なさそうに頭をかいた。

 部活に関して俺が主張したいことは終わったので他は別にいいのだが、ガッツリ言わせた後にカットさせることで、バランスを取ったという錯覚をさせる。井筒先輩の意地の悪い知恵か。


「他にも文系部活の部員勧誘のため、食堂でのオープン部活だとか色々提案しています。詳しくは、僕のブログへどうぞ。ミニゲームもありますよ~!」


 俺の選挙ポスターには、QRコードがつけてある。そこからいける仕組み。

 ミニゲームは男衾が1日で作ったクソアプリだが、とにかくアクセスさせて選挙についてスマホをいじる機会を増やすことだ。そうやって投票率を上げる。

 効果があるかどうかはわからないが、学校SNSでは選挙の話題が増えている。

 水川苺花たちが仕掛けているせいでもあるが。


「じゃあ。もう残り時間も少ないけど、次の議題に移ろうか……」


 その後も討論会は続いたが、クライマックスはここまで。

 山崎の反乱と俺の攻撃で眉村陣営を崩すことが前半戦の目標だが、あまりもたもたして三つ巴の乱戦にもつれ込んだ場合、不利になるのは一番弱い俺だ。


『陸上部が眉村支持から下りた』


 討論会のあと、そんなメッセージが山崎から送られてきた。

 俺はすぐさま返信する。


『部長さんに会えますかね?』

『じつはいま一緒にいる』


 意外と早くけりがつくかもしれない。

 俺の言ったことが連中の心をどこまで揺さぶったかは分からない。コミュ障ボッチにそんなものが理解できるはずが、そもそもない。

 揚げ足取りを正論ぽく言って正義のフリをし、生徒たちのためとエサをぶら下げて大義名分を掲げる。ひたすらそれを続けるしかない。欲しくもないものを要らないと言えば清廉潔白だと勘違いされ、自分と同じ負け犬の世話をしてやれば味方だと信じてくれる。俺のことなど知りもしないで。


 なんの感慨もない。

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