67 冷たいスカート
「俺は何をしてるんだ……」
部活棟の近くにあるトイレの前に突っ立って、青すぎる空を見上げる。
トイレのほうからはじゃぶじゃぶと水の音がしている。
なんだかこの瞬間はいたく平和なのにな。
「さっき柴田くんが言ったことですけど……」
手洗い場で華子がそう言った。
トイレのドアは明りを入れるため、開け放たれている。
電球が切れていて、真っ暗だからだ。
というわけで、俺は見張り番をさせられている。
「え?」
「私に憑いているケキというのはどういうものなのですか?」
エレクトラは華子を怖がってスマホへ引っ込んでしまっていた。
まあ無理もない。俺だってこんなおっかねえ女、関わり合いたくないのが本音だ。
ポケットでスマホが振動する。
見るとスマホ画面に「
「だとよ」
俺は背中を向けたまま、スマホの画面を華子のほうに向ける。
蛇口を閉める音がして、布の水を払う大きな音が2,3度。
「……ふーん」
華子の手がスマホを取り上げる。
「あ、おい!」
俺は慌てて振り返った。
スマホは生命線だ。
一時的にこれを失ったせいで、このあいだ酷い目に遭ったからな。
「少し借りるだけですよ」
「いや、返せって──うわあっ!」
華子は下半身丸出しだった。
俺は泡を食って目を背ける。
「お、お前! なにしてんだよ!!! 露出狂かよ! 恥じらいってものがないのか!」
辛うじてシャツで隠れていたが、露わな白い太ももが目に焼き付いた。産毛一つもない、なめらかで、やわらかそうな。触ったら、きっとひんやりとしていて、しっとりとしているんだろう……。
いや、ダメだダメだ!
こいつはいつもこうやって俺を挑発してくるのを忘れてはいけない。惑わされちゃいかん! 罠だぞ!
「露出狂……とは、どういう意味ですか?」
「言わねえぞ、俺は!」
どうせまたこいつを喜ばせることになるんだから。
「ろ、しゅつ、きょう……」
「おい、俺のスマホで検索するな!」
「──性器などを露出することで性的興奮を感じる性的倒錯である……せ、性器……はぁはぁ……いま私は性器を露出して…………んんっ」
俺のスマホでなんちゅうことをしてくれるんだ。
性的な言葉を辞書で調べて興奮する小学生かよ。それよりのっぴきならない状態だと気づけ。
「お前は特殊性癖を網羅するミッションでも帯びてるの?」
「……柴田くんのおかげで世界が広いです」
「いやいや! 俺のおかげにするな! ぜんぶお前のせいだからな!」
俺は背中を向けながら、後ろ手を突き出す。
「返せ!」
素直に華子はスマホを渡してきた。
弱みを握られるわけにはいかないぞ、これは。
「そういうやり方をするつもりはありませんよ」
華子は俺の心を見透かしていた。
しまった。
華子の察しの良さを考えれば、俺の慌てようはあからさますぎた。
「一応、あなたには敬意を払っていますからね」
「紳士協定でも結びたいのか? 俺はそんな綺麗ごとで済まさないからな」
「ええ。柴田くんは柴田くんらしくすればいいのではないですか? それも含めて一目置いているということですよ──ここに来るまでも、私の…………汚してしまった廊下だって、掃除していただきましたし」
「そのままにしておくわけにもいかないだろ」
モップで拭いただけだけどな。もちろん、そのモップは洗ったので抜かりない。
「意外と……向いているのかもしれませんね」
「お前の性癖に興味はない」
「ふふっ」
なにがおかしいのやら。
最初から思っていた通り、こいつみたいな人間は歪んでいるんだろうか。人に秀でるということは、特異ということなのか。
「
「……」
華子の
あの白いのっぺらぼうは、あちこちに貼りついては悶えながら自分の皮をはがしていた。だから、
しかしこうやって華子を知るにつけ、
「あと付け加えておくけどな、あれはお前に憑いてるんじゃなくて、お前が呼び寄せてるんだぞ。お前の願望を聞き入れてる」
「んっ……濡れた下着は……冷た気持ちいいですね……」
「冷た気持ちいい、なんて単語はねえ! 伝統と格式を背負ってるようなやつが、言葉の乱れを生むな!」
びしょ濡れのパンツに足を通して悶えている華子を想像してしまった。
俺が悪いとはいえ、なんなんだこのろくでもないシチュエーション。
「5000年前のエジプト人も『最近の若者はけしからん』と言っていたそうですよ──出所不明のデマのようですが」
「くそ、ちょっと感心しそうになった!」
「でも。ありそうではないですか。新奇のものを嫌うのは、人の世の常です」
「そんなことより、お前の力。あれを言い訳に使うなって言ってるんだよ、俺は」
「そんなことより、あなたのズボンを貸してください」
「は、はあっ!?」
「このまま濡れた下着姿で教室に戻れないでしょう」
「濡れたスカートを履けよ」
冷た気持ちいいを満喫すりゃいい。
「それでは私が失禁したと、察しのいい人ならば勘づきます」
「いや、でもお前……」
「教室に戻るまでで結構です」
「あー! わかった、わかったよ! なんでこんなことになってるんだか、俺のせいだけど、なんでこんなことにね! ちゃんと責任とればいいんだろっ!!!」
俺は勢いに任せてベルトを外し、ズボンを脱ぐと華子に渡す。
「助かります」
「追いはぎのくせに」
「では柴田くんは、私のスカートをどうぞ」
「いらんわ!」
なんでびちゃびちゃのスカートを履いて付き添わなきゃならんのだ。
どれだけ惨めにさせるつもりだ。
「わが校はジェンダーについても理解がありますから、男子生徒がスカートを履いても校則違反ではありませんよ」
華子が俺のズボンに足を通す。
そのとき上げた脚がシャツを持ち上げて、太もものあいだから濡れて透ける下着が見えた。
「さて、向かいましょう」
華子はなぜかズボンの横を両手で引っ張り上げ、赤い顔をして歩き出す。……それサイズが合わないから、ずり落ちないようにってことだよな? けして股間をズボンに押し当ててるんじゃないよな?
考えたくない。
俺はパンツ一丁で背中を丸め、そのあとをトボトボとついていく。
「あ。柴田くん、『パンいち』ですね?」
「俺が教えた言葉で俺を傷つけるな!」
よく考えたら、パンいちの俺とズボンを履いている華子の対比でも、分かるやつはわかるんじゃないだろうか。まあ辛うじて、俺が紳士っぽく見えるかもしれないが、こいつ狙ってやったんじゃないのか。
「あのさあ、これ意味あったの」
「また堂々巡りですね……」
「いや、いまさら脱げとかは言わねえけどさ」
「柴田くんは私に力を使うなと言いながら、自分に憑いている──いえ、柴田くんが呼び寄せたものは違うというのですか?」
ああ、そっちか。
「俺はそいつの力は使ってない。別のやつだ」
「……なるほど。それで気配が二つ。──ですが、私にはその二つとも、同じようにしか感じられませんけれど」
「いや、だから」
俺はそう言いかけて、ふと思った。
ギビョウやスイキョウ、リョウメンのような
明確に線が引けるのか。
エレクトラは俺を選んだと言っていたが、もしかしてそれは間違いだったりしないか。
「……」
「ん?」
前を歩いていた華子が立ち止まったので、危うくぶつかりそうになる。
試験期間の午後ということで、ここまで目立たずに来れたのだが……見つかってしまったのか。華子が立ち止まらなければならないような相手──
「おやおや」
向こうから来たのは、生徒会長・
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