59 ラブヘイター

「……おい」


 声をかけると、下駄箱に靴をしまっていた女子生徒が俺を見た。

 すぐに誰か気づいて、硬い表情になる。


「西野ミリア、だよな?」

「……」


 女子生徒は黙って足早に歩き出す。

 俺はその肩に手をかけた。


「やめてください」

「逃げんなよ」


 女子生徒はスマホを出して電話をかけ始める。

 俺はそれを取り上げた。


「お前らは卑怯だよな。なにかあると、こうやってすぐお友達を呼んで──いや、群れる動物なら当然か」

「……」

「眉村やまとを生徒会長選に推薦したやつのことで聞きたいんだけどさ」


 女子生徒は下を向いて答えない。


「やらせたのは、お前だろ?」

「……」

「バレてるぞ」

「……なんのこと」


 俺はため息をついてスマホを女子生徒に返した。


「お友達、呼べよ。俺、コミュ障だからどうやってお前をしゃべらせればいいか分かんねえし、めんどくさいわ」


 女子生徒がスマホをタップする。

 その手が震えていた。


「もしもし、あたし。いま下駄箱なんだけど、あいつに絡まれてて……」


 小声でぼそぼそとしゃべるのを俺は見つめる。


「──柴田さん」


 女子生徒のスマホをスキャンし終わったエレクトラが、俺のスマホにデータを転送してきた。

 女子生徒は応援要請が終わったらしく、スマホを両手で握ってまた下を向く。


「……ふーん。お前、和と同じ中学なのか」


 俺がスマホを見ながら言うと、驚いたようにその肩がすぼまる。


「中学の時から、こんなことやってたのか?」

「あいつが悪いんだろ……」


 吐き捨てるように女子生徒が言った。


「お前の思い通りにならなかったら、みんな悪いのか? 気に入らなかったら集団でリンチするのかよ」


 俺がせせら笑うと女子生徒は堪えきれなくなったのか、声を荒げた。


「眉村先輩の妹だと思って、ムカつくんだよ! 優しくしてやったら調子に乗りやがってさあっ!」


 それでも俺とは目を合わせようとしない。

 どれだけビビってんだよ。


「お前がみえみえの下心で寄っていったから、お断りされたんだろ。憧れの人気者とお近づきになって、ショッボい自慢するためだろ?」

「じゃあなんで同じ高校に入ってきたんだよ! イヤなら別の学校に行けばいい! ムカつくんだよ!」

「なんで他人のお前を優先しなきゃいけないの?」

「お前こそ、関係ないだろっ!」


 初めて女子生徒──西野ミリアは俺をにらみつけるようにして顔を上げた。

 流行のメイクで、髪も栗色でふわっとカールがかかっている。

 制服を着ていなければ、高校生かもわからない。

 いかにもモテそうだ。


「逆恨みで無関係のやつを推薦人にさせた無関係なお前に、無関係な俺が文句を言いに来る──辻褄はあってるぜ」

「あたしは無関係なんかじゃない。あたしは眉村先輩の……」


 西野ミリアの様子でピンと来た。


「ああ、そういう。……やっぱ無関係じゃねえか」

「うるさいっ!!!」


 腹を立てた西野ミリアが、カバンを振り回した。

 それが思い切り俺の横面を叩く。


「なんだよ、お前! お前はぁ!!!」


 西野ミリアは俺より一回り小さい。

 ヒョロガリとはいえ、その程度ならどうってことはない。

 俺はカバンを手で払いながら、


「言い返せなくなったら暴力かよ」


 呆れるしかない。


「やめなさい、柴田くん」


 向こうからお出ましになったのはいん華子はなこだった。

 後ろに西野ミリアの仲間らしい女子生徒が従っている。


「見てわかるだろ。俺がやられてるんだよ」

「あなたが怖がらせるからでしょう」

「こんな陰キャが? 冗談だろ?」


 ようやく西野ミリアが手を止める。

 はあはあと息をついているのを、仲間が助け出す。


「柴田くん」


 華子が眉の上を指さす。

 俺が自分のそこに触れると、指に血が付いた。

 カバンの金具か何かが当たったのか。


「もめ事は駄目と忠告したはずですよ」

「そんな大層なものじゃないだろ」

「あなたは普通ではないのですよ。自覚なさい」


 そう言うと華子は西野ミリアたちを連れて行った。



☆★☆★



 中学の頃、西野ミリアは眉村たけると付き合っていたらしい。

 小学生から雑誌モデルをしていて有名だった西野ミリアと、あの見た目でサッカー部のエースだった眉村のカップルなら、目立つなというほうが無理だろう。スクールカーストの頂点だったはずだ。


 しかし、二人は突然破局する。

 西野ミリアがフラれたのだ。

 理由は興味もないが、眉村からの一方的なものだったらしい。

 眉村を前に半狂乱で泣く姿を、何人もの生徒が見ていた。そのあと、西野ミリアは塞ぎ込んでモデルを辞め、入院するほど痩せこけ衰弱した。


 そして眉村の卒業を機に、西野ミリアの怒りが和に向く。

 それから1年間、西野ミリアは和を徹底的にイジメ続けた。同情していた周囲が自主的にやるよう仕向けた。吹聴し、扇動した。

 高校でもそれが続く。眉村の目に留まらないよう、より巧妙になって。


 眉村が高校で手をこまねいていたのも、そのへんが理由か。

 自分から手ひどくフった相手があとを追いかけて入学してきて、妹のイジメを煽っている。よりによって部活の将来がかかる、次期生徒会長選出馬が決まった時期に。しかも西野ミリアが主犯だという確証はない。

 へたに介入すれば、過去の悪行がただ暴露されるだけになる。

 そんな苛立ちのなか、どこのどいつか分からない野郎が妹の周りで騒ぎ始めた。八つ当たりにはうってつけだ。妹を守っている気分にもなれる。


「……しょうもねえ」


 俺はさらにエレクトラが抜いたスマホのデータを漁った。


 西野ミリアには妹がいる。

 小学生だが、姉と同じく雑誌のモデルをしているらしい。

 ネットで名前を検索すれば、簡単に画像が見つかった。

 なるほど、顔が整っていて小学生とは思えない大人っぽさだ。メイクの力もあるんだろうけど。

 

 昼休み、俺は第二グランドの隅にあるベンチで待っていた。

 まえ言ったように、ここは校舎から遠すぎて昼休みは無人だ。


「……誰にも知らせないで来たか?」

「……」


 まあ、答えないでも分かってるけどな。

 エレクトラに監視させてたから。


「お前が汚いことばかりやってるから、俺もこういう手を使うしかなかったんだよ。心配しなくても、妹に危害を加えたりしない」


 西野ミリアは顔をこわばらせている。


「妹になにかしたら、あんたを許さない」

「自分に憧れてモデルまでしてる妹は可愛いだろうな。美しい姉妹愛だよ。どこかの兄妹とは違って」

「……あいつに頼まれたの?」


 俺は西野ミリアに笑いかけた。


「お前さ、和がそんなこと言い出すとおもうか? 曲がりなりにも中学からずっと知ってるだろ。こういうやり方をするなら、とっくに眉村に告げ口なりしてるはずだ」

「あいつがチクったから、あたしはフラれたんだけど」

「それ、女の勘ってやつ?」

「……あたしにどうしろっていうの」

「和に手を出すな。あの事件で俺が何をしたかは言わないが、分かるだろ。次は死人が出るぞ」

「……っ」


 西野ミリアはスカートのすそを指先で握る。


「あとお前、その物騒なもの使おうなんて思うなよ」


 その手首あたり、長いカーディガンの袖から黒いものが見えている。

 どん臭ぇやつだな。


「それ、預かっといてやるよ」

「……渡すわけないでしょ」

「約束を守って、お前は誰にも教えずここにきた。その勇気を認めて、親切心で言ってやってるんだが」

「はぁ?」


 ひきつりながらも西野ミリアが馬鹿にしたように笑う。


「人を脅迫しておいて……」

「なんならスマホに110打ち込んで、それ握りながらでいいから、早く渡せ。あとで返してやるから」

「わけわかんないんだけど」


 西野ミリアは袖からスタンガンを出すと、俺に放り投げる。


「で、さっきの返事は?」

「……」


「柴田さんのメール、削除しました。準備できています」


 横でエレクトラが告げる。


「まだやるってんなら、俺もやるぞ? お前の名前とメアドは山崎から聞いた。あいつに土下座させてな」


 その脅しが効いたのか。

 西野ミリアは悔しげに唇を噛んで叫んだ。


「……わかったよ!」

「なにがだよ、バカ」

「もう手を出さないつってんだろ!」

「はい、よくできました」

「これでいいだろ!」

「いや、よかーないね」


 俺は階段の降り口のほうを見た。


「尊くん、こっちおいでよ!」


 俺が声を上げて呼ぶと、陰から不審な顔をした眉村尊が現れた。

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