51 ひみちゅユニフォーム

 うん、俺がバカだった。

 女子が男子に秘密で作戦会議つったら、リリカルでマジカルな変身を想像するもんじゃね?


 ちょっぴり大胆に夏を先取り! みたいなコーデの服着て、女友達にメイクしてもらったりなんかして、「ど、どうですか……?」「お、おう。に、似合ってる……」とかやり取りしたら、背景で満開の花背負うやつ。


「はい、ポーズ取ってくださいっ!」

「こ、こう?」


 俺は公園の砂場の前でポーズを取る。

 なぜか学ラン姿で。

 俺が両腕を上げて力拳を作ると、やまとがカメラのシャッターを切りながら指示を出してくる。

 その服装は実に動きやすそうなTシャツとジーンズ。足元はスニーカー。慣れないヒールで転ぶ心配もないね!


「いいですね! 大胆に夏を先取りした感じでっ! もっと力強く!」

「ふんむっ!」


 ロマンティックな展開だと思った?

 残念! 俺がリリカルでマジカルに変身する会議でしたー!


「やっべ! クッソ弱そう! ワンパンだわ~、ワンパンっ!」


 さっきから横でバニャがレフ版を広げながら、ずっとゲラゲラ笑っている。

 俺も同感だが、人に言われると腹立つわー……。

 いまは羞恥心が勝ってるけど!


「次は鉢巻きしましょう。どうぞっ!」


 和から渡された長い鉢巻きを頭にあてがう。


「ぐっと絞めて、気合を入れてる感じでっ!」

「……ぐぬっ!」

「ぶっはっ! ぐぬ、だってぇ~! ぐぬ、って……!!! それぇ~絞めるつ~より、絞められた時の声じゃねえっ?!」

「ブフッ」


 カメラの向こうで吹き出す声が。


「……笑った?」

「いいえ?」

「いま、笑ったよね?」

「笑ってません」

「……ぐぬっ!」

「ぶっ」


 さっと和が後ろを向いて肩を震わせる。

 バニャは笑いっぱなし。

 俺って、なんなんだろうね。

 笑われるために生まれてきたの?


「ゼロだわ。俺のライフゼロ……」


 俺は学ランのボタンを外してベンチに座る。

 打ちのめされて、完全に猫背。

 まだ笑い声聞こえるし。女子ってのは笑いの連鎖が起こりやすいのかね。


「あっちぃ……」


 本日はまさにピーカンの撮影日和。

 今年は空梅雨で、ダムの渇水が心配されるとか何とか。

 それでも蒸し暑いのは変わらない。

 こんな天気に野外で学ラン着たうえに、胸板作るためにタオルやら巻いてガムテープで止めてるもんだから汗が止まらねえ。


「ふっふふー。ものの見事にこのあいだの仕返しをされてますねー」


 横でのんきそうにエレクトラが笑う。

 今日はいつもの黒ゴスロリ姿だが、見ているだけで体温が上がりそうだ。セーラー服も冬物だったし、ちょっと余裕ができたらこいつの衣替えも許してやるか……。


「まさかコスプレで仕返しされるとは思わなかった……」

「あのドでかいバッグを見るに、あと何着あるんでしょう」

「間違いなく俺が着せた回数より上……」

「巫女さん、アイドル、メイド、バニーですから、柴田さんの場合も過激度と露出度がステップアップして行くんでしょうか?」

「おい、怖いこと言うなっ!」

因果応報いんがおうほうですよ。いっそ柴田鳳凰ほうおうとかに改名されてはどうですか?」

「なにそれカッコいい……」


 少なくともワンパンではやられなさそう。


「ちょっとぉ飲ん物買ってくるわぁ~」

「荷物見ておいてください」


 俺は了解とバニャと和に手を振る。


「……それで。このあいだの録画データ、いつくれるんだよ」

「柴田さんはえっちぃ~ですねえ。高校生男子ですから無理からぬことではありますが」

「お前が四六時中いるせいで、いろいろ不自由してるんだからなっ!」

「ハッ……」


 エレクトラがいかがわしいものを見る目つきをして胸を両腕で隠す。


「ないわ! お前こそ、俺のことずっと監視してるだろ!」

「……なにいってるんです。戦時国際法の捕虜条約に則って、柴田さんのプライベートは尊重しておりますよ?」

「いや、ベースがおかしい!」

「柴田さんが夜中に小さい声で私の名前を呼んで、辺りにいるかどうか確認してる時なんて、じっと目を閉じて耳を塞いでいるんですから、感謝してほしいですよ!」

「それはありがとうね! 直に言われるとすごい恥ずかしいけど! ありがとうね!」

「ああ、また柴田さんがおっぱじめる気だ。今夜も知らないふりをしてあげようって思ってるんですから」

「うん、もうお前黙って!?」


 この話題はヤブヘビだった……。


「録画データのほうはいま編集していますから、もう少し我慢してくださいよ」

「わかったよ……」


 絶対二人に知られちゃいけないが楽しみである。

 外付けメモリーに保存して、新世界の神ばりに巧妙な仕掛けの引き出しに隠すつもりだ。家が燃えたら怖いからガソリンとか使わねえけど。


「……いま、俺とお前の総合戦力ってどれぐらいだ」

「私の神格ゴッドランクが38、柴田さんの起点マーカーレベルが348。お供えパワーは7万5000です」

「和の起点マーカーレベルは?」

「少し下がって290あたりです。──やるんですか?」

「それなりの武器を作って倒す時間はあるか?」

「柴田さんの動き次第ですが、ギビョウとスイキョウもいますし勝算は高いかと」


 勝算が高い?


「余裕ってわけじゃないんだな」

「そう、ですね……」

「……珍しく歯切れ悪いな。なにかあるのか?」

「いえ、まあちょっとしたことです。柴田さんが気にするほどでも」


 俺は誤魔化し笑いをするエレクトラをじっと見つめる。


「……また変な衣装とか作ったのか」

「ち、違いますよ!」

「これ以上、お供えパワーを減らすのだけはやめろよ。いつか好きなだけ使わせてやるから」

「マジほんですかっ!?」

「顔が近い!」

「や~! ほんとにほんとに約束ですよ! 言質取りましたからね!? あ、公正証書作っておきましょうか?」

「疑い深くテンション上げるな!」


 どこからそんな知恵仕入れてくるんだ。


「おらぁ! 差し入れっ!」


 戻ってきたバニャが俺にアイスを投げる。


「はあ、ちべたい」


 ひとしきり涼をとると、撮影を再開。

 学ランから羽織袴、浴衣、工事現場の作業服、サラリーマンのスーツ、白衣と俺は着せ替え人形ばりに着替えさせられていく。

 過激度も露出度も上がらなかったので、ほっとした。

 衣装のチョイスがさっぱりわからんが、二人の好みなんだろうか。

 トイレで着替えて出てくるたび爆笑され、ときおり二人でくすくす内緒話をするのが気になったが……。


「ぶぁっさっ~!」


 俺が白衣を翻して決めポーズをすると、オッケーの合図が和から出る。


「はあ。さすがに疲れたぞ」

「先輩がOKしてくれれば、つぎで済みますよ? 先輩しだいですよ? 先輩が決めるんですよ? ……みんなの時間、大切にしよ?」

「キミぃ~、なにしにぃ~、ここまでぇ~、来たのぉ~?」


 バッグを漁る二人が、殺意のこもった笑顔で俺を振り返る。


「やらせていただきますっ!」

「じゃあ、イってみましょう!」

「ぉぅぃぇ~~!!」


 悪魔の笑みで和とバニャが出してきたレスリングコスチュームを見て、俺はコンマ1秒で土下座モーションを開始した。



☆★☆★



灼熱と悪寒の撮影会のあと、俺はファミレスで二人に遅い昼飯を奢った。

すっかり仲良くなっている二人は今回のことでさらに親密になったのか、ひたすらキャッキャウフフしている。

 俺は完全に刺身のツマか、ステーキのクレソン状態。


「でよ~、なんつったと思う?」

「えっ? えっ? 言ったの!?」

「ふんどし!」

「きゃ~!」

「しかも特定の形だぞ! えーっと……越中えっちゅう、越中……これっ!」

「えぇええ! なんかおしり透けてる……!」


 和が楽しそうにしているのはいいことだし、バニャには感謝しかないが、それにしてもちょっとボディータッチが多すぎやしないですかね。

 バニャはもともとが馴れ馴れしいが、和もやたらバニャと身体くっつけてわーきゃー言っている。

 ハーフだし、本来はスキンシップ多いのか……?


 バニャが横目で俺のほうを見ながら、和にパイタッチをする。

 和も気にしていないようだが、俺の視線に気づいて恥ずかしそうにバニャの手をにぎる。


「先輩見てるからダメ」

「えぇ~、いいじゃん、いいじゃ~ん!」

「もう……」

「この大きさと形、たまんねぇ~!」

「ひゃん」


 えーっと。

 嬉しいけど即死にたくなるこれ、なんて感覚?

 ゲーム仲間(美少女)と後輩(美少女)がイチャコラしてるのを蚊帳の外で見ている、この隔絶の孤独と背徳の興奮。

 心が死んでいくのに意識だけが鮮明と……。

 ははーん、さてはネトラレってやつだなっ!


「また一緒に風呂入ろうぜぃ~」

「あ、うん。今度はラベンダーのバスフォーム使ってみたいね!」

「バラのやつ、よかったなぁ~」


 ユリだろうがそれはっ!

 いや、そっちじゃない!


「お、おふろって? バ、バイクの話かな……?」


 俺が冷や汗をかきながら尋ねると、二人は顔を見合わせて彼女たちにしかわからない笑みを浮かべる。


「ふふっ」

「ひみちゅ」


 あっ!

 今すぐ死にたい!

 拳銃持ってきて!

 こめかみじゃなくて口にくわえるから、ウェットティッシュも忘れずにね!


「──柴田さん!」


 俺が甘美な誘惑と戦っていると、唐突にエレクトラが現れる。

 二人がいるので俺が話せないことはわかっているのに。

 このパターンは、すごく嫌な予感がする。


「あれを──」


 エレクトラが店の外を指さす。

 白いワンピースに涼しげなサンダル。オシャレなバッグと高そうなサングラス。

 私服だがすぐわかった。


 いん華子はなこが街路樹の下にあるベンチに座っていた。

 その背後に魔鬼フラクを従えて。

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