52 不退転のブラックメール
俺は
俺が目の前に立って、ようやく気づいたとでも言うように
「あら、柴田君。奇遇ですね」
「なわけないだろ」
きつい口調で言ったが、内心ビビりまくっていた。
華子の背後、雑踏のなかにこんもりとした小山ができている。トリモチのように道に貼り付いて、しきりに身震いする真っ白な化物。華子の
なぜ前のようにすぐ攻撃してこない。
まだ力が十分ではないのか、こいつがコントロールしているのか。
「なんの用だよ」
「……先日の話ですが」
「断っただろ」
生徒会長選挙に負けたら、華子の下僕になるとかいう話。
「不退転の覚悟。────私はそれを見たい」
華子がサングラスに手をかける。
俺は思わず、その腕を掴んだ。
「なにをするのですか」
ただの勘だ。
もしほかの仕草をしても、俺は止める。
華子の
「お前、その力がどういうものか分かってるのか?」
「……あなたは知っているんですか?」
「人を傷つける力だ。誰にも気づかれずにな」
「眉村さんも同じ力を持っているんでしょう?」
ガラス越しに和の不安げな顔が見えた。
こいつに余計な情報を与えたくはないが、誤魔化せないだろう。
「……和には自覚がない。お前みたいに分かって刃物を振り回してるわけじゃねえよ」
「まるで狂人とでも言いたげですね」
「その力を使うのはやめろ」
「あなたが賭けに乗るなら」
もちろん、そうだろうさ。
「……分かったよ」
俺が答えると華子はすっと立ち上がった。
「柴田君、その力を使ったことは?」
「人を傷つけたことはない。お前とは違う」
「あなたのほうこそ……」
華子はそれ以上なにも言わず、立ち去った。
☆★☆★
エレクトラの言った「ちょっとしたこと」ってのは、このことだったのか。
だけど、ああ言って約束したんだから、少なくとも選挙戦まで華子の横槍が入ることはないはずだ。
「エレクトラ、これで和の
「その可能性は高いでしょうね」
「なんだよ、まだあんのかよ」
「いえ……。純粋に倒し切るには、もう少しお供えパワーか柴田さんの
「……具体的にはどれぐらいだ」
「申し上げたとおり、お供えパワーなら10万。いまのままで行くなら、
「もうこれ以上、先延ばしにしたくない」
あの事件以来、和へのイジメは収まっている。
でもそれは積極的なものから消極的なものへ変わっただけだ。加害から無視になっただけ。むしろイジメを知らなかった生徒たちが、和のことを恐れている。
俺もそのはずなのだが、「殴られていた」という情報がバイアスをかけている。無傷だった和が不自然に見えるのか。いや、それとも華子のように生徒たちは「なにか」を感じているのか。
男子生徒は一部登校していたが、主犯だった女子生徒はいまだに一人も戻ってきていない。山崎の話だと和が説得したりしているらしいが、俺がエレクトラを使って女子生徒たちのスマホのやり取りを見た限り、いいほうへ変化する兆候は見られなかった。
学校授業が再開された初日に絡んできた連中のように、イジメとはべつに新たに恨みを持つ連中だっている。
女子生徒たちがこのまま登校しないのか、学校に戻ってくるのかはわからないが、それが明らかになったときどうなるのか。
「選挙戦が始まれば、柴田さんの
「……選挙が始まったら華子がなにをしてくるかわからないだろ」
「柴田さん。焦る気持ちはわかりますが、ここで失敗すると立て直すのがもっと大変になりますよ」
「分かってるって」
和と華子のことだけじゃない。
リョウメンと言われる
「
「アテはあるんですか?」
「月末に親父が生活費を下ろしてくるから」
「……まさか」
「一時的に借りるだけだって。必ず返す」
「柴田さん、それは方便ですよ」
とんだ親不孝だ。
それとも、RMTのほうがいいんだろうか。
「いや、やっぱダメだよな。────
「せめてそうしてください。家から盗んだお金なんて、私は受けたくありませんよ?」
「そうだな……」
善は急げだ。
スマホを起動して、男衾にメッセージを送る。
事情を知っているし、頼みやすい。
☆★☆★
翌朝、俺と男衾、和はいつものように校門をくぐる。
俺が通るあいだ、華子はずっとこちらに視線を向けてくる。
いつものきつい視線ではなく、他の生徒に接するような柔和な笑みだ。
昨日の約束でとりあえず矛を収めたらしい。それはそれで不気味だ。
いつもと違っていたのは、華子だけではない。
取り巻きの連中もじっと視線を送ってきていた。今までもそうだったが、今朝はいつにもまして厳しい。冷眼というより憎悪だ。消極ではなく積極的な感情。
「柴田さん、和さんの
まさか昨日話して、今日ってことか?
「和、あの女子生徒たちに会いに行ってたんだってな」
校門を離れたところで俺は和を振り返る。
「……はい」
「どうして相談してくれなかったんだ」
「相談したら、先輩はどうしましたか?」
和は目を背けず聞き返してきた。
「でも、自分は学校を辞めるから来いだなんて説得は間違ってる」
「……」
「俺がなんとかするから、無茶しないでくれ」
もう少しだ。
あともうちょっとで決着がつく。
「これは私の問題なんです」
「和だけの問題じゃない。これは俺も含めて学校全体の問題だ。だから自分を犠牲にしてことを納めるってのは違うだろ」
「先輩だってそうじゃないですか」
「俺が?」
「自分がなんとかするから、私にはなにもするなっていま言ったじゃないですか」
「そういう意味じゃなくて……いや、この話はまたあとにしよう」
「……」
俺は決心していた。
今日、和の
あとのことはどうとでもなる。
「男衾、昨日の」
「ああ、持ってきてるぞ」
和と別れたあと、2年校舎へ行くあいだに男衾から金を受け取った。
あとはお供えをして、休み時間和に会って
俺はトイレに向かうと、個室に入る。
「柴田さん、調べますか?」
「もし女子生徒たちが戻ってきたならすぐ分かる」
この期に及んで無駄なお供えパワーは使いたくない。
俺はライターを出して、1万円札を燃やす。
いきなりドアが手荒く叩かれた。
もちろん俺は飛び上がる。
ライターを持っていることがバレるのはマズい。
「眉村のお兄さんです。こちらに来るとは思いませんでした」
慌てて俺は燃えかけの1万円札を握りつぶし、ポケットに突っ込む。ライターもだ。
「柴田、出てこい!」
間違いなく眉村尊の声だ。
「トイレの邪魔するんじゃねえよ!」
「出てこい!」
ガチャガチャと眉村がドアを揺らす。
このままじゃよじ登ってきそうな勢いだ。
俺は水を流すと、ドアを開けた。
「……なんだよ」
眉村の息が荒い。
俺を待ち構えていたというより、探して追ってきたという感じだ。
「お前がやったのか」
「なにを」
「とぼけるな。生徒会長選挙のことだ」
「取り下げとかしねーからな」
「お前……!」
眉村が俺の胸ぐらをつかむ。
いまさらなんだってんだよ。
「やめろって。お互いにこれはマズいだろ」
華子と比べりゃ、こいつの脅しなんて怖くもなんともない。
選挙戦になれば別だろうが、いまはそれどろこじゃない。
とにかくさっさと追い払って、お供えを終わらせたい。
「放してくれる? 俺、トイレ途中だから」
俺の言葉に眉村は耳を傾けていない。
こうやって間近で改めて見てみると、目元とか和に似てるな。
「……和を立候補させたのは、お前なんだな」
「……なんだって?」
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