46 お供えダンスダンスダンス

「おごりだ」


 山崎が自販機で買った缶コーヒーを俺に投げた。


「ども」


 俺は素直に受け取る。


「もうお前にちょっかいはかけねえよ」

「そうすか」


 エレクトラの転送してきたSSは山崎と俺を拉致した連中の会話だったのだが、事の発端は停学処分になった山崎が空手の大会に出れなくなったというところからだった。

 あの連中は空手部のOBらしい。

 主将の山崎が出なかった大会は惜敗。3年生はそれが最後の試合になった。


「先輩、学校辞めないですよね?」

「ああ?」


 山崎は俺をにらみつける。

 だからこえーって。


「いや、辞めてほしくないんすよ」

「おめーに関係ないだろ」

「な、なくはないんじゃないっすか。大会、出れなかったんですよね」

「チッ」


 舌打ちすると山崎は俺の胸ぐらをつかむ。


「余計なお世話なんだよ」

「ぼ、暴力はやめましょう。タイマンで勝てないってわかりましたし」

「勝てるわけねえだろが」


 山崎は荒っぽく手を離すと、自分の缶コーヒーを飲み干す。


「お前、アホだな」

「ですかね」

「眉村の妹も同じようなこと言ってるみたいだし、そろっておめでたいわ」

「えっ?」

「知らないのか」

「いえ……」


 どういうことだ?

 和が俺と同じようなことを言ってるって?


「退院したあと、1年女子の家回って話しに行ってるってよ」

「……そう、ですか」


 驚いた。

 和はそんなこと素振りにも見せなかった。


「学校に行くのが嫌なら自分が辞めるから、学校に来て欲しいとか言ってるらしい」

「え……」


 いや、まてまて。

 そんなのは間違ってるだろ。

 なんで、そこまでしてやらなきゃいけないんだ?


「それは知らなかったです」

「……」

「でも俺は善意で言ったんじゃないっすよ」

「脅しにでも来たのか」

「そうっすね。控えめに言って、協力していただきたいってとこです」

「……言えよ」

「俺、生徒会長選挙に出るんですよ」

「……それで?」

「運動部は眉村尊を推すんですよね?」

「そう決まったからな」

「どれぐらいの部が参加してるか、教えてもらえませんか?」

「それだけか」

「狙いは部費ですよね?」

「それ以外でも生徒会が運動部の言うことを聞くなら都合がいいからな」

「言い出したのはサッカー部ですか?」

「そうだ。うちもだが、鳴子は大手部活動の予算をかなり削ったからな。1年ならまだしも2年続くと、さすがに堪える」

「えっ、2年……?」

「鳴子は2年連続で生徒会長やってるだろ」

「……そうでしたっけ?」


 俺が入学した時、2年の鳴子が生徒会長だったのか。印象が薄かったんで覚えていない。


「生徒会長はその削った分をどこに回したんすか?」

「一部は協力した部に回したらしいが、大半は生徒会活動費だ」

「生徒会費も部活予算なんですか?」

「……お前、立候補するくせに知らないのか?」

「すいません。まだそこまで手が回らなくて……」

「学校側から支給される部活動費は生徒会活動費も含めてだ。それを生徒会が各部活動の実績を見て分配する。それに異議がある場合、部活動が交渉するって流れだ」


 後半部分は俺も知っている。


「あいつは風紀委員会も生徒会に吸収して、その予算も生徒会に付けた」

「それで生徒会に風紀委員がいるんすね」


 院華子の役職だ。


「去年の生徒会長選挙で院が立候補するつもりだったのを、鳴子は説得したらしい。自分の生徒会で好きにしていいから、立候補は見送れってな」

「知らなかったです」

「出所のわからない噂だ。それがなかったにせよ、あいつは選挙で院に応援演説をさせたし、いい客寄せパンダだったんだろ」


 選挙の討論会や演説は自由参加だったから俺は見ていなかった。


「……それで増えた予算、何に使ってるんですかね?」

「さあな」


 山崎が空き缶をくずかごに投げ入れる。


「気味悪い野郎だからな。みんな鳴子とは極力話したがらないし、あいつも前に出てこないからそのへんは分からん」


 やはり同学年で身近にいると、鳴子の不気味さはわかるらしい。


「今からでも、俺に鞍替えしませんか?」

「はあ?」


 俺の唐突な提案に山崎が片眉を上げる。


「鳴子会長以前の予算より増やしますよ」

「勝ち目のないやつに肩入れするなんてバクチ打てるわけねえだろ」

「空手部がこっちに付いてくれれば、勝算はありますよ」


 空手部はサッカー部、野球部、テニス部の次に部員が多い。なにせ強豪校だからな。歴代の実績ならサッカー部の次だ。


「間違いなく院は運動部も切り崩してきます。鳴子のイメージを消したいでしょうから、今までより運動部に甘い条件を出してくるはずです。なにせあいつ弓道部にも籍置いてますし」

「……かもな」

「まあ、まだ調べてる段階なんでこれ以上は言えませんけど、眉村と院が潰し合ってくれれば、俺が有利になるはずです」

「ふん……」

「今すぐってわけじゃないんで、最後に考えてくれればいいです」

「いや、悪いが聞かなかったことにする」

「……そうっすか」


 俺もコーヒーを飲み干すと、くずかごに投げたが外れた。

 かっこわりい。


「お前、名前なんだっけ」

「え? 柴田です」


 俺が空き缶を拾い直してくずかごに入れると、山崎が聞いてきた。


「生徒会長の件って、眉村の妹のためか?」

「……そのつもりだったんですけど。さっきの話とか聞くと俺いなくても大丈夫そうっすね」


 和は俺より強くなっているのかも知れない。

 自分をイジメていたヤツに会いに行って学校に来るよう説得するなんて俺は賛成できないが、少なくとも和は自分で考えて行動している。それをやめろという権利は俺にはないし、正しさもない。



☆★☆★



「あの、これは……」

「マジキモぃ」


 VRMMORPGの俺の第二の家セーフハウスである。


「……先輩の趣味なんですか?」

「衣装はいいけどさぁ~、なんで密室なん?」


 和とバニャが巫女装束で俺に抗議を続ける。


「だから、ギルド勧誘の動画だって。協力してくれるつったよな?」


 俺はゲーム内アイテムのカメラを取り出して撮影場所を探す。

 わざわざカメラが存在するのは、VRMMO内での盗撮対策である。カメラを取り出すと、撮影アイコンが出て周囲の人にもわかるようになっている。対象人物が承認していないと、撮影しても映らない仕組みだ。

 グラフィックがリアルになったおかげで、VRMMOでも現実世界と同じようにハラスメント行為がたびたび問題になってきた。これもその一環。


「でも、なぜ巫女さんの格好で踊るんですか?」

「完全にぃ~タイガーの趣味じゃん」

「なに言ってるんだ、いまのトレンドは巫女だぞ! 海外でもMikoでもちっきりだぞ! Miko! Miko!」

「えー……」

「えぇ~……」


 ダブルジト目。

 

「べつに巫女装束じゃなくても私は一向にかまいませんが?」


 エレクトラが俺のシステムから言ってくる。

 何言ってんだ。

 せっかく俺のコレクションに巫女装束があるんだから、まずはこれだろ! せっかくガチャでゲットしたんだから使わないともったいない。

 いままではNPCベンダーに着せていたが、やっぱ中身入りは違うなあ……。こう血が通ってるっていうか。

 あ、もちろん二人が来る前にメイドキャラは全部隠しているし、誰でも入れる「パブリック」から「プライベート」へ屋敷の設定も変更済み。バニャにはバレてるが。


「だいたいさぁ~、メイド御殿の『謎の紳士X』がタイガーだったなんて、あたし知らなかったしぃ!」

「……メイド御殿? 紳士X?」

「わあーっと! や、和! 振付インポートしてきたか?」

「あ、はあ。よくわからないですけど、言われた通りにはしてきました」

「バニャは?」

「入れたけどよぉ~、やたらデータ重くて引くわぁ」

「じゃ、じゃあ一回リハーサルしようぜ! 場所は2階のテラスが良いな!」


 ゲーム内の戦闘以外のモーションは自分で設定できるのだ。

 外部ツールもあって、それで作ったモーションデータを入れれば誰でもそれを再現できる。それでダンス動画を作ったり、モーションデータを配布している人も多い。


「よし、じゃあアイテムの『神楽鈴』持ってくれ」

「はあ」

「これもぉガチャレアだし、いくら使ってんだよ~……」

「モーションタブでシンクロ押して、オリジナルリストの1番を再生」


 雅楽が流れ始め、二人の身体が動き始める。


「おお……」


 まさに優美。

 ゆっくりとしているが上品な踊りだ。

 ときおりシャンと鳴らす鈴の音が良い!


「すごい……!」

「こんなモーションデータあるんだなぁ~」 


 なんだかんだ言って、二人も楽しそうだ。

 まあ、普通じゃ巫女神楽なんて踊る機会無いもんな。

 徹夜して作った甲斐があるわ。


「おほー! いいじゃないですか! お供えパワーのたぎりを感じますよ!」


 エレクトラもご満悦。


「すごい技術ですね!」


 踊りが終わったところで、和は興奮気味に声を上げる。

 そりゃダンスをやったことがなくても、運動音痴でも、モーションデータさえあればその通りに動けるからな。俺も初めて使ったときは感動した。


「VRMMOってすげぇだるぉ~」


 バニャも乗り気になってきたのか自慢気な顔をする。

 よしよし、この調子だ。


「んじゃ、つぎこの衣装な」


 俺はメイド服を渡す。


「メイドさん、可愛いですね」

「やっぱこれかぁ」


 あれこれ言いつつも、二人はすんなり着替えて次の踊りを始める。


「エレクトラ、さっきの踊りでどれぐらいのパワー貯まった?」

「なんと、5000パワーですよ!」

「まじかよ! いやでも衣装のガチャ代を考えれば……」

「ああいう清楚なのもいいですが、もうちょっと派手さが欲しいですねえ」

「心配するな、本番はこれからだ」


 俺はにやりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る