43 忘却と両面の神
俺は住宅街の路地の暗がりで息をひそめながら考えていた。
スマホと財布がなけりゃ、どうしようもない。
でも、デタラメに逃げ回ったせいで、ここがどこかもわからない。標識で住所が分かっても、スマホがないので調べようもない。
いや、PCからGPSでスマホの位置がわかる。
徒歩で家に帰るのは遠すぎるから、「ソロプレイヤー」に戻るのが最善手か? そこでなら帰りの電車賃も借りられるだろう。
方針が決まって少し気分が楽になった。
あの様子なら、たぶんあいつらも深追いはしてこないはずだ。
逃げ出してすぐ気づいていれば、遠巻きに様子をうかがうこともできただろうに……。
俺は信号機の光る大通りに出た。
できるだけ人通りの多いほうへ向かい、ときおり設置してある地図の看板を頼りに駅を目指す。駅なら電車賃ぐらいは貸してもらえると聞いたことがあるからだ。
「
「外津神の氏子じゃ」
「独りか」
「独りじゃ」
「
「孤じゃ」
囁くような声が聞こえて、俺はそちらを振り向く。
崩れかけた廃屋の塀の上に小さな何かがいた。
人のような形をしているが、ハトより少し大きいぐらいのサイズ。
目だけ赤く光っているそれが、何匹も塀の上に並んでざわざわと揺れている。
「……!」
俺は早足で歩きだした。
まずい。
エレクトラの
「物見か」
「物見じゃ」
「我らの土を盗るつもりか」
「盗るのか」
嘘だろ……。
後ろをついてきている気配がする。
変な汗が出てきて背中を伝う。
刺激しないように、相手しないように、さっさと逃げないと……!
「我らは
「服うものか」
「忌々しき渡り神め」
「忌々し」
「憎々し」
なんだか数が増えている気がするんだが!
じ、冗談じゃねえぞ!
俺は小走りになった。
すると後ろも同じ速度で追いかけてくる。
やばい、やばい、やばい!
どこの昔話だよ!
俺はとうとう我慢できなくなって走り出した。
その間も背後でざわざわとささやく声がしていたが、横断歩道を渡ると唐突に気配が消えた。
「はあ……はあ……はあ……」
あいつらの土地から出れたのか?
俺は息を整え、場所を確認する。
道路の青い標識に、見覚えのある地名がある。これ、「ソロプレイヤー」のある繁華街の隣駅だ!
喜んで俺が一歩踏み出すと、アスファルトがずぶりと沈んだ。
「えっ……?」
慌てて足を引き戻そうとしても離れない。
どころか後ろの足もずぶずぶと沈み始める。
いや、アスファルトだぞ!
こんな柔らかいわけねえだろ!
「ちょ、ちょっと、なんだこれ」
あっという間に腰まで呑み込まれる。
抜けようともがけばもがくほど沈んでいく。
もしかして
いつのまに……。
「た、助けて!」
思わず俺は悲鳴を上げた。
すぐ近くに人がいたからだ。
「おやおや」
その声は、男と女二人の声が重なっていた。
すぐ俺は自分の失敗に気づいた。
この異界に人がいるはずないのだ。
「
そいつはレザーパンツにジャケット、両腰にそれぞれ剣を下げている。ちょっとサイバーパンクなゲームに出てきそうな格好だが、光が当たってその姿がわかると俺は固唾を呑んだ。
腕と脚が4本づつ。
そして顔は無精髭を生やした渋いオッサンなのだが、身体は女のものだった。
「きみは近頃のこのあたりに渡ってきた外津神の子だろう」
オッサンから男の声が、そしてその後頭部あたりから女の声がする。
「……」
俺はどうするべきかためらって黙った。
「そう怖がるな。私はどちらかに加担するつもりはない」
そう言うと、そいつは俺の肩を二つの手でつかみ、脇に残りの二つの手を回して俺の身体を引き抜いた。
あっさりと俺は抜けてそいつの足元に這いつくばる。
恐ろしく怪力だ。
「あ、ありがとうございます……」
「スイキョウはそちらに付いたのか」
「……はい」
「なるほど」
向こうから馬の駆ける音がする。
「あはは!
スイキョウだった。
俺は心底ほっとして、身体から力が抜けた。
「スイキョウ、今回は私の縄張りに足を踏み入れたこと目をつぶるが、わきまえろよ」
「や~だ! 土臭い
「ならば、はっきりさせようか」
「あっは! そういう白黒つけたがるとこが、うっざいんだよねー!」
「いやさ、
「リョウメンはさー、口は二つあってもおバカだよね~。昔っから!」
「ほう……私を愚弄するか」
リョウメンと呼ばれた
「んふんふ、やるの~?」
酔眼を凶暴に光らせて、スイキョウも背中から弓を取り出す。
異様な気配とともに、またどろどろと尻の下でアスファルトが溶け出した。
「わー、まってまって! 戦いイクナイ! やめましょ、ね? ホラ、この通り!」
俺はその場で土下座する。
ここまで来て
俺はペコペコしながら、スイキョウにも声をかける。
「スイキョウ! 俺がこうしてるんだから、お前も引いとこ? ここはいったん引いとこ? な? な?」
いざとなりゃ、リョウメンのブーツを舐めよう。
四つ全部。
「うわ~、柴虎ちゃんカッコ悪い。スイキョウまで恥ずかしいよ~」
「恥を捨てる勇気!」
「あははは! おもしろー!」
「やれ、気が削がれたな……」
リョウメンは柄から手を離すと、男の顔が俺に向き直る。
「きみ、名前は」
「……柴田っす」
「柴田君、きみを通して媛神に忠告しておく。これ以上、騒乱を起こすな。誰も望んではいない」
「……わかりました」
「二言ないようにな」
「いー!」
スイキョウが歯を出して挑発するが、リョウメンはそれを無視して消えた。
「ふう……。で、エレクトラは何か言ってる?」
「あ! 忘れてた、えへへ! ぱそこんから話しましょう、だって!」
「わかった。ありがとな、スイキョウ……」
「なんのなんの~! このまま護衛するから、安心しなさい!」
スイキョウが頭をフラフラさせながら胸を叩く。
「あとさっきのアレだけど、あいつらどうなったの?」
「どうもなってないよ~? ただちょっと忘れさせただけ」
「忘れさせたって……?」
「えっと~、車の使い方とー、あと息するの忘れさせたー! あはははは!」
「はあ、なるほど」
左右が分からなくなったり、車の運転ができなくなったのは、そのせいか……。
しかし、呼吸を忘れさせるって、無茶苦茶だな。それ使えば人間なんて簡単に殺せる。何の証拠もなく。
「じゃあ、とりあえずソロプレイヤーに行くわ」
「あーい!」
俺の視界が晴れる。
スマホと財布、なんとかならねえかな。
スマホはエレクトラのために絶対にいるし、財布にも多少の金が入っている。
「まあ、こっちが無事なだけでも良かったか……」
俺は後ろポケットから金と宝石の粒が入った袋を取り出して、ため息を付いた。
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