37 邪眼のエンプレス
食堂の天井に、それはいた。
人間の形をしているが、大きさは軽自動車ぐらい。手足を伸ばして逆さまにベタッと張り付いている。
顔はのっぺらぼうで目も鼻も口もない。
全身が真っ白でヌメっと光っている。
「あれが華子の
「そうです! 柴田さんだけを狙っているので、他の生徒に被害は行かないようですけど!」
「俺だけぇっ?」
べり……べりべり……べり……
手足を震わせ、身体を揺さぶるたびになにかが破れる音がする。
俺は思わず手の中にある白い棒きれを確認した。
最低ポリゴン数の無機質なそれは、あまりにも心細い。
「あ、あ、あれ、なにしてんだよっ!」
「あの
「名前なんてどうでもいいわ! どうすりゃいいんだよ!」
「慎重に行動してください! お供えパワーが少ないですから、無駄遣い注意ですよ!」
「アドバイスになってねえし!!!」
べりべりべりべり!
それは天井に張り付いた自分の皮を引き剥がす音だった。半透明の皮膚を天井から離すたび粘液が流れ出す。痛いのか
他の生徒に影響がないってなら、こりゃ戦略的撤退の一択だろ!
「サヨ! オナラー!!!」
俺はスライディングして
「このまま時間圧縮が終わると、柴田さんの身体は
「くそ! やっぱそうなるのかよ!」
「
「手ぇーの鳴ーるほうへー……とか、俺もう高校生だが!」
後ろでドサっという音がした。
振り返ると、グニャグニャの手足がおかしな方向に曲がったまま、
コヲコヲコヲコヲコヲ……
胸のあたりをベコベコさせてヤツが鳴いた。
「なんなんなんだよ、あれぇ!」
ヘビのごとく身体をにじらせて、こちらに突進してくる!
「ふうわぁ!」
間髪でかわす。
デカいのに速い!
また壁にくっついたのか、手を踏ん張って引き剥がそうとする。
べり、べりべり!
皮膚が壁にくっついて残っている。
ぬるりと身体を曲げて頭をこちらに向けた。
俺は慌てて走り出す。
「たしかに俺だけ見てるぅ~!」
俺は前転ダイブして逃げる。
「……エレクトラ、もう武器いらね。時間圧縮と防御に全振り!」
「アイサー!」
棒きれが光の飛沫になって消える。
こうなりゃ消耗戦、持久戦だ。
現実世界で考えるならあっちのほうがデカいわけだから、スタミナ消費は多いはず。
俺は跳躍して食堂の屋根へと着地する。
ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ
「飛び道具でもありゃ、一方的に殴れるんだがなー」
「とにかく時間を稼いでください」
俺はお供えパワーを消耗しないよう、屋根を歩きながらできるだけ離れる。
そのまま反対側の端で待ち構えた。
「こいやー!」
俺は目前までひきつけると、屋根から飛び降りた。
そのまま身体を反転して屋根の縁に掴まる。
「ざまあぁぁ!!!」
また登ってきたら落とす。
たぶん、これを繰り返すのが一番効率良さそうだ。
こちとら伊達にクソAI相手してMMORPGやってきたわけじゃねえぜ!
「はら?」
俺の身体は屋根から引き剥がされた。
腰に
「隠しモーションとかあぁぁぁ……!」
なんとか手を振りほどいて、隣のテニスコートに着地する。
いや、足が地につく前に
テニスコートに張り付いた皮を無理やり剥がしながらの
「ぐっは」
回避不可能。
そのままボールみたいに転がる。
「くそ……!」
「柴田さんっ!」
え?
俺は横に転がってかわそうとしたが、腰から下を巻き込まれた。
そのまま
「……ぐっ」
力が違いすぎる。
いまの俺は
こいつが華子の
コヲ、コヲ、コヲ、コヲ、ヲ、ヲ、ヲ、ヲ、ヲ、ヲ
嬉しげに
「ぐぞおおおおおお!」
なんでいきなり華子の
そして襲ってきた!?
だめだ、こんな半端で終わるわけには……。
「……我が主、
そんな渋い声がした。
「あ? えっ?」
ヒョウみたいな黒い獣が俺の首根っこを咥えていた。
「臣従のことお
「ふっふふー。くるしゅうない、よきにはからえ、です」
エレクトラの偉そうな声が聞こえる。
「……ん? あれ、もしかしてあのときの爺さん!?」
「柴田殿、助太刀いたす」
再びやってきた
「爺さん──」
「ギビョウと」
「──ギビョウさん、あれ倒せる?」
「無理だな」
「そうか……じゃあ、できるだけ障害物を通りながら、あの階段を登ってくれ」
「分かった」
ギビョウは俺を背中に乗せて
その後ろからフェンスや外灯をなぎ倒し押し倒しして、それを巻き込みながら華子の
心なしか速度が落ちている。
やはりこの世界でも「重さ」は働いている。
ギビョウは階段を駆け上がっていく。
脇道には、
「よーし、上まで!」
この先は第2グランドだ。
そこにたどり着くまでも
「このまま、まっすぐ!」
ギビョウは返答代わりに一声吠えると速度を上げた。
開けたグランドを好機到来とばかり、土煙を巻きながら
俺たちがグランド端のでかい防球ネットをかるがる飛び越えて着地すると、
「ジーャンプッッッ!!!」
ギビョウが宙を駆ける。
眼下には町並みが広がっていた。
第2グランドはこの学校の立つ丘で一番高い場所、さらにその裏は崖。下まで高さ4,50メートルはあるだろう。
ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ………
またしても手を伸ばしてきたが、ギビョウはそれを後ろ足キックではねつけた。
「さよならバイバイまたあしたぁー!」
くるりと回転してギビョウが着地。
なんとも表現しがたい音を立てて、車道に叩きつけられた。
べったりと潰れた餠みたいにアスファルトに貼り付けにされ、しばらく
「ふう……助かったよ、ギビョウさん」
黒豹の背中から飛び降りる。
俺が遠目から崖の下を眺めていると、横のギビョウが爺さんの姿に戻って俺に平伏する。
「主上エレクトラ、遅まきながら申し
するとエレクトラが俺の頭上にポップアップする。
「あな
「
そう言うとギビョウは消えた。
「さーて! お供えもったいないので、
「おい、頭踏んでるぞ!」
世界が明滅。
瞬きした間に世界がもとに戻り、俺は食堂にいた。
「……」
俺は院華子と睨み合ったままだった。
食堂はざわついている。
ひと睨みで人を殺すとか、邪眼使いかよ。
俺は意地悪い顔で笑って見せた。
華子はそれを切るような視線で見つめ、取り巻きを従えて奥へと行った。
「ふー……」
俺は深い溜め息をついて肩の力を抜くと、少しのびたそばをすすった。
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