塵都乱

澁谷晴

一~二

   一


 祝日の塵都ジントは暴風雨のち霧雨、過度に蒸し暑く過密的な都市型の気運。中央多層駅の地下待合室でくすねた舶来の煙草を吹かしシロは環状線の内側を徘徊する。さっき電気屋の店先で見たテレビの星占いの結果は最悪だがこの〈引越し〉で悪い仲間と手を切れたしツキが回ってくるはずだ。昔のなんとかって作家は「案内人は辻に立っている」と言ってたので交差点を目指したがドブや吐瀉物の悪臭に辟易しただけだった、とはいえ白も清潔ではなく大陸横断鉄道に乗っている間入浴せずずっと飲んでいたので止むを得ない話だ。

 胸を張れる方法で得たのではないが資金は潤沢にあったし元来猫背の白は躊躇せずに餃子をたらふく食い蝶の飛ぶ方角へ向かった。大都市は間違いなく蝶が飛んでいる。ここのは緑色で少し黄色が混じっている。いてもいなくてもどっちでもいい特権階級なのでほとんど存在感は煙だ。馬鹿と煙は高い所が好きというが自分は〈賢明な煙〉と白は自負し地下鉄へ降りた。

 見るからにギャング的な若造が血の付いた鉄棒を持って歩いている。何か毒ガスでも撒かれたのかガスマスクを着用の男達もいた。しかしまあ入り口に立ち入り禁止の札も無かったし大丈夫だろう。「中和剤持った中和剤」「あ忘れた、五リットル忘れた」「気をつけてよ安くないんだから」「安くはないねすいません」「昔から闇ある人だったよねあの人」「それはねお父さんを若くして亡くしたからなんだよね彼女はかわいそうなんだ」「何だってお前はそうやって借りてきた猫みてぇなんだ!」「借りてきた猫みたいってことはないでしょう」「若くしてお父さんを亡くしたんだよね」「あの女いけすかねぇ」

 一駅二〇〇エンって高いなと白は思った。無論自分はカネあるから良いけど市民の皆さんは日々大変でしょうと思ってたらやっぱどっかの小父さんが駅員にブチ切れてた、「お前らなあこんなんで庶民の生活圧迫して楽しいのかよ、ええ!? 楽しいのかよ」「お客様、私は楽しいってわけではないんですが今夜ちょっと海鮮ものとかで一杯やろうとは思うんですよ。そういう怒る気持ちも多少ながら分からなくないですがおたくも酒飲んで忘れたらどうですかお父さん」「バカヤロー俺は、独身だ!」それでしょうがないんで二〇〇圓の切符を買って隣の駅まで乗った。


   二


 短期労働者向けの安宿に転がり込んだ。三畳ほどで、無いほうがましってくらい汚く臭う浴室があり、お湯が出なかった。窓から見下ろす塵都はいつまでも雨が降ってて薄暗くて胡散臭い奴らが大量に歩いている。隣に激安で激マズな飲食店があり人造肉丼ばかり食べていた。ガスマスクの集団はいつもうろうろしていて日常的に毒ガステロがあるのかさもなくば都市の悪臭から逃避したい一心なのかと白は思っていたが、同じ宿に滞在している三十過ぎの男に聞いたところ彼らは、彼らにしか探知できないが彼らにとっては毒になりうる何かを探して処分する仕事に従事してるとのことだった。仕事を探そうという気にはどうもなれなかった、それは大抵の仕事は個人ナンバーと連絡の取れる携帯端末を必要としていたからでそうでない仕事は劣悪極まりなく、もちろん白が就ける仕事はどれも劣悪でそれらのうちでも指折りのやつって意味、白は端末も処分していたし個人ナンバーも失効していてどうする気にもならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る