第50話エピローグ モミの木の下で

 竜二は通勤電車で珍しくスマートフォンを触りながら思案する。閲覧しているのはドラゴンバスターオンライン公式サイトで、ついにクリスマスイベントが開始されたことを告げていた。

 結局モミの木育成イベントには手をつけずだったなあ。来年は参加しようかな。

 弟から今度はクリスマスパーティしようとお誘いが来ていたので、竜二は某フライドチキンチェーン店にチキンの予約に行った後帰宅する。


 さて今日もドラゴンバスターするか! とゴルキチ・リベールと順にログインし、メッセージか来てないかチェックしていると、リベール宛にメッセージが来ている。

 竜二はこれまでリベールで必要な時以外ログインしなかったが、最近はメッセージチェックのみはしている。


 メッセージはなんと運営からだった!


<リベール様、本年度のMIPプレイヤーに選ばれましたので、セレモニーへのご出席を検討していただけませんか?>


 なんのことか分からなかったので、とりあえずドラゴンバスターオンライン公式サイトにアクセスする竜二。

 調べてみると、本年度のMIP――最も印象に残ったプレイヤーの投票が行われており、リベールが選ばれていた!

 次にセレモニーのことだが、クリスマスイベント初日にジルコニア広場で、運営主催のセレモニーを行うらしい。それのゲストとして出てくれないかということみたいだ。


 素敵なプレゼントも用意しているとメッセージには記載されているが、正直これまでの運営を見る限りプレゼントには全く期待できない。むしろ要らない!


 しかし、せっかく選んでくれたのだから行くべきだよな。竜二は多少不安ではあったものの、運営へ了承の意を伝えたのだった。



――セレモニー当日

 巨大モミの木が、ジルコニア中央広場に設置されクリスマスモードを盛り上げる。ジルコニアの街は電飾のような点滅する小さな丸い光で飾り立てられている。

 この光、一応設定では魔道具の一種となっているものの、現実の街にあるクリスマス電飾と見た目の区別がつかない。

 まんまクリスマス電飾を持ってくるとは......ゴルキチは戦慄していた。あまりの運営のやっつけ感に。ひとしきりジルコニアのクリスマス風景を楽しんだゴルキチは、そろそろ時間が迫ってきたので一旦ログアウトする。


 運営が提示した約束の時間の十分前、竜二はリベールでログインするとジルコニアに向かう。


 ジルコニアの広場はすごく、嫌な、予感が、する。


 リベールの予感通り、指定場所のジルコニア広場は大勢のプレイヤーでギッシリになっている。ラグで動かなくなるか心配なほどに。

 ラグとはドラゴンバスターを運営しているゲームサーバーに想定以上の負荷がかかった場合にプレイヤー側の処理速度が遅くなる現象のことだ。

 一言で言うと、あまりの人の多さにキャラクターの動きが鈍くなる現象のこと。


 ラグの心配は杞憂で、予想以上にドラゴンバスターオンラインの運営サーバーは頑丈らしい。リベールの動きは全く鈍くならない。


「リベールさん、お待ちしておりました」


 係員らしき、赤いサンタ帽子を被った街の人AといったNPCがリベールを見つけると中央に誘導してくれる。

 進むと、何やら高貴そうなガイゼル髭を生やした壮年の男性が待ち構えている。どうでもいいことだがこの男性、頭のテッペンの髪がない。天頂部の髪がなく、即頭部は白い巻き毛が肩あたりまで伸びていた。

 リベールがNPC名を確認すると、王国宰相と書かれている。うわあ。お偉いさんじゃないか。クリスマス電飾の光りが王国宰相に反射して実に神々しい。いや光々しい。


「宰相様、お待たせし申し訳ありません」


 リベールは片膝を付き、頭を下げる。


「よい、リベールよ。王がどうしてもそなたを祝いたいとおっしゃられていたのだが、さすがにジルコニアにいらっしゃっていただくのは不味い。王の名代として私が参じた次第だ」


「宰相様。宰相様が来ていただけるとは恐れ多いことです」


「よい、リベールよ。呼び出したのは私たちだ。あちらの壇上へ向かうがいい」


 抑揚に王国宰相が壇上を示す。騎士らしきNPCがそれを合図にリベールへ敬礼し、リベールはプレイヤーひしめく広場の壇上へ登らされることになる。

 リベールが壇上に登ると、何処からともなくラッパと汽笛の音が響き渡り、彼女を祝福する。


<リベールさん、本年度のMIP受賞おめでとうございます。運営より心からのプレゼントをお渡しいたします>


 運営から祝福の全体チャットが流れると、観衆はみなリベールを称える。


「リベール!」

「おめでとうリベールさん!」

「やったねね。リベールたん!」

「リベール殿、おめでとう!」

「ぺったん、ハアハア」


 変なのが何人か混じっているが、ここで気にしていたら最後まで乗り切れないと判断したリベールは心を鉄に、心を鉄にと呪文を唱えながらプレゼントボックスを受け取る。

 開くと、「サンタ仮装セット」と書かれたアイテムが見える。

 着てみないと詳細は分からないがこれは非常に嫌な予感がする。


 観衆は中身を知りたくてウズウズしている様子。


「この度はお呼びいただきありがとうございます。宰相様まで来ていただき、このリベール感激いたしました。アイテムを賜るとは望外の喜びでございます」


 リベールは全員に聞こえるようシャウトチャットを行い。敬礼のモーションを取る。


 観衆より再び盛大な声援が飛び......

 リベールは嫌な予感がしたので、ちょうど最前列で歓声をあげていたイチゴに「サンタ仮装セット」を手渡す。

 ビックリし過ぎて声が出ないイチゴをよそに、


「君にこそ似合うと私は思う。私には過ぎたものだったので、受け取って装備してくれないだろうか?」


 うまいこと言った! とリベールは心の中でガッツポーズをする。イチゴはリベールのお願いを快く受け入れ、「サンタ仮装セット」を装備してくれた。

 うん、予想通りこれはつけてはいけないものだった。リベールの嫌な予感は的中していた。


 「サンタ仮装セット」は頭は鹿を模した被り物で、上半身はクリスマスに相応しい赤色のブラ。下半身は赤色に白のモフモフした装飾がついたサンタ風ミニスカートであった。


「に、似合うかな?」


 イチゴが上目遣いでリベールを見つめる。


「ああ、とても良く似合ってる。君にこそその装備は相応しい」


 イチゴはリベールの言葉に、やーんやーんとモジモジしているようだ。リベールの目線はイチゴに行くが、彼女を見ているようで実のところ全く見ていない。

 心の中は、今回の危機を乗り越えたことでいっぱいなのだ。

 やはりブラジャーが来た。予想は正しかった! ざまあみろ! と。


<お気に召しませんでしたか、仕方ありません。特別に......>


 この流れは不味い! 逃げないと!

 リベールは駆け出そうとするも......小さいコウモリが追いかけてくる。


<トリックオアトリート!>


 コウモリが爆発し、リベールを中心に白い煙が舞う。

 煙が晴れると、ビキニのようなレースのついた黒のブラジャー、超ミニの黒のスカートを着たリベール。さらにお尻から悪魔の尻尾のような先の尖った尻尾が生え、背中からはコウモリの翼が生えていた。


「もうやだーーー」


 リベールは胸に膝を付け、両腕で膝を抱えこむような姿勢でしゃがみ込む。

 運営は最後の最後まで勘違いしていた。リベールはビキニ衣装が好きなのだと。リベールが目立った戦いのうち幾つかは、ビキニだったため運営は勘違いしていたのだ......


 こうして今日も竜二たちの日常は続いていく。


おしまい

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