オオカミ店長
朝比奈ヨウ
第1章
第1話 巷で有名オオカミ店長
ガヤガヤと賑わうゲームセンター。ここで私は働いている。といってもアルバイトだけど。可愛らしいぬいぐるみをクレーンゲームの中に入れていく。この作業でどれだけぬいぐるみを盗もうとしたか。パタパタと歩きまわっているとどれだけチャラチャラした怖い男の人達にナンパされたか。
そんな治安が悪く、煙草臭いこの職場にももう1ヶ月働いているから慣れた。
----だけど、慣れないことが一つ。
「すみませえん」
短いスカートをはいた女子高生が2人、私に話しかけて来る。私も高校生だけど、生きてる世界が違う感じ。
「はい、なんでしょう」
私はにこりと愛想よく彼女たちに笑って接した。女子高生たちはにこにことした屈託無い顔で私を見ている。そして言ったのだった。
「オオカミさん、どこですかー?」
出た。出たよ。オオカミ目的で来る奴が。
顔をひきつらせたい気持ちだが仕事中だ。私は尚も笑って彼女たちに返す。
「オオ“ガ”ミですか?彼にどのようなご用事が?」
少し棘のある言い方になってしまった。いけないいけない、しかし彼女たちは気にしてないようだ。えー?と高い声で言いながらクスクスと笑いあっている。
「一緒に写真撮りたいんですう」
上目遣いで私に言ったってね…しかし客である。私はため息をつきそうになりながら、ピンマイクを自分の口元に近づけた。そして『ある人』に連絡をとる。『ある人』は「はいはーい」と陽気に私に応答した。
「店長、呼ばれてます」
『えー、なんで?』
「写真を撮りたいらしいです」
『面倒くさいなあ。適当に断っといて』
「ちなみに短いスカートの女子高生」
『ちょっと待って。どこにいるの?』
私は「ピーさんのクレーンの前です」と言って、内線を切った。そして女子高生達に笑いかける。
彼女達はやったあ、と可愛らしくその場でジャンプした。同じ年ぐらいなのに私が10歳ぐらい老いて見えるんですけど。私はそんな事を思いながらクマのピーさんをクレーンゲームに詰める作業に戻る。
詰め方にもコツがある、最初はなかなか出来なかったものだ。
---なんて、昔の自分に浸っていたら「キャー!!」と叫び声が上がった。先ほどの女子高生だ。
びっくりして振り返ると、このゲーセンの制服を着た狼が彼女達と握手していた。狼といっても、首の上だけ。明らかに被り物。首から下は華奢な身体だ。
「オオカミさんだあ」
女子高生達はキャッキャと狼の頭を撫でている。
いい気になってる。被り物してるから顔は分からないが、雰囲気で分かるようになった。絶対、いい気になってる。そんないい気になってる狼男は片手で顔を掻きながら彼女達に言った。
「写真、撮るの?」
「はっ、はい!!」
狼らしく低い声。彼女達は制服のポケットからスマホを出した。それを狼は手に取る。そして私に差し出した。
「一ノ瀬さん、あなた撮って」
なんだその言い方。いつもと違うだろうが。とか思ったが、私は無言で彼からスマホを受け取った。ぬいぐるみやらキーホルダーがジャラジャラついていて、それはそれは重たい。
「撮りますよー」
我ながらなんて棒読み。狼は両手で女子高生2人の肩を持って、ポーズ態勢をした。絶対、へらへらしてるよ。気持ち悪い。
「はい、チーズー」
パシャリ、と音がすると写真が画面に映る。うんうん、可愛い可愛い。私がスマホを女子高生に返すと、彼女達は嬉しそうにお辞儀をして去っていった。
「いやあ、人気者は困るねー」
狼は私の隣で感慨深くそう言う。彼の視線は先ほどの女子高生の後ろ姿である。私は無言でまたピーさんを手に取って、仕事を再開した。
「…一ノ瀬さん?なんか言ってくれない?」
「じゃあ言いますけど、困るなら被り物を脱いだらどうですか」
私がそう言い放つと狼はムリムリと大げさに否定する。
「俺、被り物と一体化しちゃってるから!!」
「…早く仕事に戻ってください、店長」
狼はちえっ、と言って仕事に戻っていった。被り物と一体化してるって、馬鹿か。
でもバイトを始めて1ヶ月、私は店長の素顔を見たことがない。長くここで働いているフリーターの先輩でもだ。 案外、一体化してるのは間違いではないのか?でも、プライベートまであんな格好なわけ…
「すいませーん。両替機の調子が悪いんですけどー」
「はい!!今行きます!!」
ガラの悪い兄ちゃんに呼ばれた。だめだめ、仕事に下らないことを考えたら。クレーンゲームに鍵をかけて、私は両替機へ向かった。
が、既に狼がそこにいた。
「あ、俺がしとくから一ノ瀬さんは違う仕事行って」
「は、はい」
店長は両替機を指差して私にそう言った。遠慮なく私は次の仕事へ行こうとする、が。ガコン!!後ろから大きな音がした。私は勢いよく振り返る。
「何やってるんですか!!店長!!」
「何って、両替機の修理」
「むしろ壊してますよね!?」
ガコンガコン、店長はしきりに両替機を足で蹴っていた。有り得ない、こんな人が店長なんて有り得ない。
いやそもそも狼が店長って時点で有り得ないけど。ガラの悪い兄ちゃんも呆気にとられている。
と、ジャラジャラと百円玉が出てきた。
「お、直った直った」
店長は両替機を蹴る足を止める。そして私の方を向いた。狼の被り物の何とも言えない顔が私を見ている。
「一ノ瀬さん、なにやってんの。早く仕事しなきゃ」
お前に言われたくねーよ。私は軽く睨んで踵を返した。これが、このゲームセンターの名物。『オオカミ店長』ならぬ大上(おおがみ)店長だ。
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