そんなの知らない

千秋静

第1話

 私はずっと前から葵ちゃんのことが嫌いで仕方がなかった。


 葵ちゃんは可愛らしくて、いつもすてきな服や髪飾りを付けているおしゃれな子だった。

 

 普通の家庭で育っている私から見たら葵ちゃんはとても恵まれた家庭で育っているように見えたが、何故だか事あるごとに私の持ち物を欲しがった。葵ちゃんの持ち物に比べれば大したものではないヘアゴムやペンなどを執拗に求めてきた。私が渡すのを嫌がれば嫌がるほど葵ちゃんはヒステリックに奪おうとした。

 

 その日も私は葵ちゃんに綺麗な刺繍の入ったハンカチを奪われた。


 「返してよ!」


 「いいじゃん、これくらい」


 「お家の人に同じものを買ってもらえばいいじゃない」


 「私はこれがいいの」


 「買ってもらったばかりだから持って行かれたら私、お母さんに怒られるよ」


 「そんなの知らない!」


 葵ちゃんは笑いながらハンカチをひらひらと振りながら走り去ってしまった。


 私は家に帰って母にその時のことを話した。案の定、母はもっとしっかりと言い返さないお前が悪いと責めてきた。言い返したって簡単に返してくれるような子じゃないし、どれだけ私が辛かったかを訴えてみても母は聞く耳を持ってはくれなかった。


 押し問答の末に母はあることを教えてくれた。母の友人で、葵ちゃんの家のことをいろいろ知っている人から聞いた話だった。それは葵ちゃんのご両親はかなり前に離婚していて、お父さんは家を出ていき、最近お母さんが再婚して新しいお父さんと一緒に住みだしたという内容だった。振り返って考えてみると、母は私に葵ちゃんは大変な状況なのだから大目に見てやれと言いたかったのかもしれない。


 そんな話は学校でも、もちろん葵ちゃんからも聞いたことはなかったので驚いた。しかしそんなことは私に何の関係もない。葵ちゃんの家庭が複雑な状況になっていたとしても、それが私からものを取り上げていい理由にはならないではないかと思って余計に怒りが込み上げてきた。


 いつまでも怒っている私に母は愛想を尽かして夕飯作りに戻っていった。その日は眠りにつくまでずっとムカムカしていた。


 翌朝、私が登校する時に母から


 「最近〇○公園で夕方頃によく変な人が出るらしいから、一人でふらふら行かないようにしなさいよ」


 という忠告を受けた。その時私はこれだと思った。


 学校に着いたら葵ちゃんを探して、

 

「昨日お母さんに可愛いシールを買ってもらったんだけど、葵ちゃんも欲しい?」


と話しかけてみた。葵ちゃんはわかりやすく食いついてきた。


 学校には持ってきていないから放課後〇○公園で渡すね、と話して夕方公園に来るように伝えておいた。もちろんシールはないし、ハンカチを諦めたり葵ちゃんを許したわけでもない。ただ懲らしめてやりたかったのだ。


 最後の五時間目の授業が終わったあと、私はすぐ家に帰った。当然公園に行くことなどせず普通に夜を過ごした。


 次の日、葵ちゃんは学校に来なかった。担任の先生は急用ができたという理由で教頭先生が一日授業をしていた。葵ちゃんがいなくなったらしいという噂が私の耳にも入ってきたけど聞き流した。


 あの日の放課後、葵ちゃんがどうなってしまったかなんて、そんなの知らない。

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そんなの知らない 千秋静 @chiaki-s

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