季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く

櫻井 音衣

渡りに舟は在らず



「朱里…別れてくれないか。」



え…?今なんて言った?



私の手からすり抜けたジャガイモが、ゴロゴロと床を転がった。


私は転がるジャガイモを呆然と目で追った。


ジャガイモは鈍い音をたてて壁にぶつかり、その行く手を遮られて止まる。



「ちょっと待って…どういう事?」


私は散らかった頭の中を整理しようと、壮介に詰め寄った。


「とにかく別れて欲しいんだ。」


「なんでそうなるの?結婚式は1週間後だよ、わかってる?」


「わかってるよ…。だから、その前に別れようって言ってる。」


結婚式を1週間後に控えているのをわかっていて別れようなんて、正気の沙汰じゃない。


その気がないのなら、最初から結婚しようなんて言わなければ良かったんだ。


「いや…どう考えてもおかしいでしょ?もう招待状だって送ったし…。」


私が頭を抱えてそう言うと、壮介はため息をついた。


「それだよ…。」


「え?」


「普通さ…ここは、どうして?って理由聞くとこなんじゃないの?」


「だって…。今になって結婚辞めるなんて、親にも友達にもなんて説明すればいいのよ?」


結婚するにはたいした理由は要らないかも知れないけれど、決まっていた結婚を辞めるとなると、それなりの理由が要るに決まってる。


交際期間の3年間のうちの2年間は同棲していて、このまま壮介と結婚するのが当たり前だと思っていた。


これでやっと結婚できると思ってたのに、29歳にもなって結婚式の直前に相手に捨てられるなんて惨めすぎる。





しばらく黙っていた壮介が、重い口を開いた。


「他に好きな人がいる。」


「は……?」


何それ?


なんなの、その中学生カップルの別れ文句みたいな言い訳は?


「好きな人って…本気で言ってる?」


「本気だよ。だから別れて欲しい。」


「婚約を破談にして、結婚式をキャンセルしてまで?」


「式場はもうキャンセルした。直前だから支払った内金は戻って来なかった。」


「何それ、なんでそんな勝手なの?有り得ないよ、いくらなんでも無責任過ぎる!!」


結婚を決めてから今日までの半年間、どれだけその準備に時間と労力とお金を費やしてきたと思ってるの?


壮介は仕事が忙しいってロクに手伝いもしなかったけど、私は仕事の後とか休みの日とか、あれこれ考えて必死で頑張ってきたのに。


「朱里には悪いけど…俺はこれから、それ以上に重い責任を背負うから。」


「なんの事…?」


「子供ができた。」


「え…?」


「俺は彼女と結婚する。」


壮介は真顔でそう言い放つと、深々と頭を下げた。


「だから、俺と別れて下さい。」






翌日の仕事帰り。


いつものカフェの窓際の席に座り、私は一人でカフェラテをすすった。


結婚式を目前に控えて別れ話をしたのが昨日の今日であっても、同棲しているのだから、どちらかが出て行かない限り、帰る家は同じだ。


どう考えても腑に落ちない。



“朱里にとっての結婚は世間体なんだろ?そういうところがイヤなんだ。”



壮介の言葉が何度もくりかえし頭の中に響く。


3年も付き合っておいて、なんで今更そんな事を言うのか。


イヤならもっと早く言ってくれれば良かったものを。


そういえば、壮介のプロポーズの言葉はなんだっただろう?


私はカフェラテを一口飲んで首をかしげた。


あれ?


覚えてない…。


というかむしろ、プロポーズの言葉はなかったような…。


なのになぜ結婚する事になったんだっけ?


記憶をたぐり寄せると、割と簡単にその答えは見つかった。


そうだ。


半年前、二人でショッピングモールを歩いていた時に、ブライダルサロンの前を何気なく通りかかったのがきっかけだった。


何かイベントをやっていて、その時私は、有名デザイナーの新作だというウエディングドレスを眺めていた。


もうそろそろ結婚したいと思っていたし、いつになったら壮介はプロポーズしてくれるんだろうと思っていた。


ウエディングドレスをしげしげと眺めている私を見て、私たちの事を、結婚を予定しているカップルだと思ったんだろう。


口のうまいサロンの店員が私たちを店の奥に案内して、最近流行りのウエディングプランに今ならこんな素敵な特典がついてお得ですよなんて言って、あれよあれよという間に式場を予約していた。


壮介も結婚するつもりでいるんだと私は思っていたし、何より私は早く結婚したかった。


正直言うと、なかなか結婚を決めてくれない壮介に、少し…いや、かなりイライラしていた。


だからプロセスはどうであれ、私にとってその話は、渡りに舟、棚からぼた餅。


これでやっと結婚できると思うと嬉しかった。


だけど、そう思っていたのは私だけだったみたいだ。


壮介には、私との結婚が決まる少し前から、他に気になる人がいたらしい。


もう2年半も付き合っていたし、年齢の事を考えると、成り行きとはいえ私と結婚する事になったんだから、その人の事はこのまま胸の内に納めておこうと思ったんだそうだ。


それなのに、なんの運命のいたずらか、彼女と深く関わる機会がやってきたんだと壮介は言った。


そこらへんの詳しい事は話さなかったので、二人の間に一体何があったのかは、よくわからない。


ただ、ひとつだけ言えるのは、私とは避妊を欠かさなかった壮介が、彼女との間になら子供ができてもいいと思ったという事だ。


彼女と子供の人生を背負って生きていくと決めた壮介は、私のこの先の人生なんか眼中にないみたいだった。


ついでに言うと、壮介は3日前に彼女の妊娠がわかったと同時に、私にはなんの相談もなく結婚式場の予約をキャンセルして、自分の親には事情を説明したと言っていた。



私の結婚をあんなに楽しみにしていた両親に、私はなんと言えば良いのか。


正直に話すしかないのかな。


みっともないと言ってがっかりする両親の顔が目に浮かぶ。


とりあえず、このままここでぼんやりしているわけにはいかない。



今後の事も考えないと。



仕方ない、帰ろう。




愛の無いあの部屋に。






重い足取りでマンションに帰った私は、信じられない光景に直面して、視力1.5のこの両目を思わず疑った。


リビングの入り口に私が立っている事にも気づかずに、壮介がキッチンで見知らぬ女と楽しそうに肩を寄せ合って、料理なんかしている。



なんだそれ?


私が何を頼んでも“めんどくさい”と言って、家事もロクに手伝ってくれなかったくせに!!


…っていうか、なんでここに新しい女を連れて来られるの?


いや、むしろその女。


なぜ平気な顔をして、当たり前のようにここにいる?


ここはまだ私の住居でもあるはずなのに、その図太い神経を疑うよ。



「壮ちゃん、お料理上手なんだねー。」


キッチンから、鼻に掛かった甘ったるい声が聞こえてきた。



は?誰だよ?


“壮ちゃん”って何?


私が“壮ちゃん”って呼んだ時は、“そんな呼び方気持ち悪いからやめてくれ”って言わなかったっけ?



「俺が上手なんじゃなくて、みいながヘタなんじゃないの?ニンジン繋がってる。」


「もーっ、壮ちゃんったらひどーい!!」



なんだこれ?


何この不快感。


いかにも頭の悪そうなこの女に、婚約者を寝盗られた訳だな、私は。


壮介には私という婚約者がいる事をわかって付き合ってたくせに、子供まで作って。


妊娠が切り札か免罪符かなんかだとでも思ってるわけ?



バカらしい。


壮介は、3年間一緒にいた私より、男受けしそうな顔のその女が好きなんだ。


同棲した2年間、毎日壮介のために料理を作って洗濯して掃除して、ワイシャツのボタン付けもアイロンもやってきた私より。


私と一緒にいても、そんな甘ったるい態度は取らなかった。


わかったわかった、よくわかりました。



私はわざとらしく大きな足音をたてて歩き、そのままリビングを突っ切って自分の部屋へ向かった。


「なんだ、いたんだ。」


“なんだ”ってなんだよ?


しかも“いたんだ”だって?!


二人の世界の邪魔をするなとでも言いたいの?



「早くも夫婦気取りで楽しそうね。」


「気取ってる訳じゃない。今日入籍したから本物の夫婦。」


「はぁっ?」


「新しい部屋が見つかるまで、ここに彼女も住むから。」


「ちょっと、なんで勝手に決めるわけ?」


「この部屋の賃貸契約者は俺だろ?元々、俺が住んでた部屋なんだし。とは言え今月末で引き払うから、朱里も早く新しい部屋見つけて出てって。」



信じられない。


壮介がこんなにも自分勝手で非常識な人だったなんて。


クローゼットから取り出したボストンバッグに手当たり次第に衣類や化粧品を詰め込んだ。


「どんだけ無神経なの?!言われなくても出てくよ!バカ!!」


「残りの荷物、ちゃんと取りに来いよ。」



私はボストンバッグを手に部屋を出た。


行く宛もないのに。





ボストンバッグを肩に掛け、仕方なくさっきのカフェに向かった。


夜になるとそのカフェは、バーに変わる。


会社帰りに何度か寄った事がある。


バーなら遅くまで営業しているはずだし、こんな有り得ない状況に置かれた今、とてもシラフではいられない。


お酒でも飲みながら今後の事を考えよう。


バーに入ると、まずはボストンバッグをジロジロ見られた。


こんな大荷物、邪魔だと思われるか、もしくは家出と勘違いされるかのどちらかだ。


どうしようかと思ったけれど、とりあえずカウンター席の足元に押し込んで、モスコミュールとチキンバスケットをオーダーした。



さて、どうしたものか。


結婚の話は白紙になったとまずは両親に報告しなくちゃいけない。


それから招待客にも、結婚式を中止しますと連絡しなくては。


これから住むところも探さなくちゃ。


結婚式場に支払った内金は半分以上が壮介のお金だったけれど、私だって支払ったんだから、壮介の事情でキャンセルした訳だし、請求してもいいはずだよね。


それがないと、新しい部屋を借りる事もできない。


両親になんと言おうか。


私の結婚をあんなに楽しみにしていたのに。


チキンを頬張りながらモスコミュールを飲み、私はぐるぐると考える。


父の仕事の都合で海外に住んでいる両親は、まだ壮介に会った事がない。


結婚式の二日前には日本に帰ってくると両親は言っていた。


派遣の仕事をしている事で、職場の人は招待していないのがせめてもの救いか。


招待した友人の数なんてたかが知れている。


それにしても、何かと小煩い大勢の親戚にこの事を説明するのは、やはり面倒だ。


何より両親が肩身の狭い思いをするだろう。



いっそのこと、嘘をついてしまおうか。


結婚はするけれども、わけあって結婚を延期しますと。


とりあえず食事会と称して、顔合わせ的な集まりだけを開くとか?


それで、ほとぼりが冷めた頃に、壮介の浮気が原因で離婚したと言ってやろうか。


それでも何かしらグチグチと言われるんだろうけど、結婚式を目前に控えて破談になったと恥をかくよりはマシなんじゃないか?



だとすると。


問題は、壮介の身代わりを立てなくてはいけないという事だ。


ほんの一日だけ壮介の代わりに、身内にいい顔をしてくれる誰かを見つけなくては。


だけど…そんな人いたっけな。


気心の知れた人はおおかた結婚式に招待しているし、そんな面倒な事、いくらなんでも知り合いには頼みづらい。


結婚式に招待した友人たちにも、できれば本当の事は知られたくない。



結婚を延期にするのに適した言い訳ってなんだろう?


壮介の父親が亡くなったとか?


いや、作り話とはいえ、勝手に殺しちゃうのは

さすがに気が引ける。


病気くらいにしておこうか。


モスコミュールをもう一杯オーダーして、グラスを傾けながら策を練る。



『壮介の父親が大病を患い、結婚を延期する事になりました。とりあえずお詫びも兼ねて親戚の皆さんにご挨拶だけでも…。』


これでどうだろう?


あとは何食わぬ顔で偽壮介と一緒に、両親や親戚と食事をすればいい。



よし、決めた。


そうとなれば早速、偽壮介を見つけなくちゃ。


どうせなら、モテそうなイケメンがいいな。


そうすれば“壮介の浮気が原因で離婚した”と言いやすいかも知れない。



本物の壮介は、見た目は可もなく不可もなく、どこにでもいそうな普通の男だ。


遊んでいるようでも、特別モテそうでもないのに、私の知らないうちに浮気していた。


その浮気が本気になったというわけだ。



そもそも、どうして私は壮介と付き合い始めたんだったっけ?


確か当時の派遣先の社員に、人数が足りないと合コンに誘われ、珍しく参加した。


そこで壮介と出会って、なんとなく話が合ったのがきっかけだ。


特別好きとかいう感情があったわけじゃないけれど、その場の流れでまた会う約束をした。


二人だけで会っても、それこそ可もなく不可もなく、なんとなくまた次も会う約束をして、それが何度か続いた。


気が付けばいつの間にか、どちらからともなく付き合っていると認識していた。


思い起こせば、始まりなんてそんなものだ。



私は本当に壮介が好きだったのか?


嫌いではなかったと思うし、おそらく好きだから3年も一緒にいたんだと思う。


それなのに、どうして私はこんな時でさえ、涙のひとつも出ないんだろう?


それなりに恋人らしい事はしていたし、仕事の後に会って家に帰るのが面倒になり、いっそのこと同棲しようと言い出したのはどちらからだっただろう?


家事が面倒だった壮介だったのか、帰るのが面倒だった私なのか、よく覚えていない。


結局私たちは、お互いのメリットを同棲に見出だしたから、2年もの間一緒に暮らしていた。


それでもここ1年ほどの私たちの関係は、あまり甘くなかったような気がする。


義務のように生活を共にして、たまにお互いの性欲を満たした。


今となっては納得もいくけれど、一時期はまったくと言っていいほど、壮介が私を求めてくる事はなかった。


結婚が決まって少ししたら、また元のようにたまには求められはしたけど、私にとってはどちらでも良かった気がする。


そんな同棲生活をダラダラと続けるくらいならさっさと結婚したいと私は思っていた。


だけど壮介は、違ったんだな。


だからなかなか結婚しようと言わなかったのかも知れない。


どんなに一緒にいても、何度体を重ねても、壮介は私にはあんな顔を見せた事はなかった。



私が本当に壮介を好きだったかと考えるのと同じように、壮介もまた、私をそんなに好きではなかったのかも知れない。


それならせめてもう少し早く、そう言ってくれれば良かったのに。


付き合い始めた頃はまだ26歳だった。


壮介と3年の月日を過ごした私はもう29歳。


これから誰かと出会ってお互いを知って…なんてプロセスをまた一から始めて、ようやく結婚する頃には、私は一体いくつになっているんだろう?




とりとめのない事を考えながら、いつもより多めのお酒を飲んだ。


酔いの回った頭で、これからどうしようかと考える。


とりあえず今夜はどこに泊まればいいだろう?


勢いで出てきたのはいいけれど、行く宛なんてない。


この店だって朝までやっている訳じゃないし、

駅前のネットカフェにでも行ってみるか。


けれどなんだか、動くのが億劫だ。


大きな荷物を抱えて、千鳥足で一人夜道を歩く

自分を想像して、情けなくなる。


だけど壮介と彼女が仲良く寄り添っているあの部屋には戻りたくない。


なんで私がこんな惨めな思いをしなくちゃいけないんだろう?


誰も支えてくれる事のない、行く宛のない体を冷たい壁に預けた。



「ずっと一人だね。どうしたの?酔った?」


見知らぬ男が隣の席に座った。


男は私の足元のボストンバッグを見て、ニヤニヤ笑う。


「もしかして家出?行くとこないなら、うちに来る?泊めてあげるよ。」


馴れ馴れしく肩に手を回して耳元で囁く男の手を振り払おうとしたけれど、酔いが回って力が入らない。


「ほら、かなり酔ってる。ね、悪いこと言わないからうちにおいでよ。」


誰が行くかと言いたいのに、頭がぼんやりとして、言葉も出なかった。


私が酔って抵抗できないのをいいことに、男は肩に回した手をするすると下の方に滑らせ、私の胸をまさぐった。


「俺んち行こう?荷物持ったげる。」


「や…めて…。」


随分長い間壮介に求められなかった体は、私の意思とはうらはらに、好きでもない見知らぬ男の手に過敏に反応している。


「やじゃないんでしょ?俺んちおいでよ。もっと気持ち良くしてあげる。」


どうせ行く宛もない。


婚約者にさえ求められず、突然捨てられた自分を、今だけは誰でもいいから慰めて欲しいような、めちゃくちゃに壊して欲しいような気持ちになる。


今の私を必要としているのは、所詮性欲を満たしたいだけの、この程度の男しかいないんだ。


もう抵抗する気力すらない。



どうにでもなれ。



私は男に引きずられるように席を立った。





そこから先の事は、よく覚えていない。


目が覚めたら、見知らぬ天井の下で、毛布を掛けられて横になっていた。


昨日来ていた服をキッチリ着ている。


一体何が起こったんだろう?


ぐるりと見渡すとそこは、事務机とソファーが置かれた殺風景な部屋だった。


誰もいない。


ここはどこなんだろう?


うずくまってぼんやりしていると、誰かがドアを開けて入ってきた。


「目が覚めた?」


「ハイ…。」


その人は、バーのマスターだった。


「夕べは飲みすぎたみたいだね。変な男に連れて行かれそうになってたよ。」


「あ…。」


思い出すと恥ずかしい。


いくらやけになっていたとはいえ、知らない男について行こうとしてたなんて。


「ご迷惑お掛けしてすみません…。」


「いや、たいした事は何もしてないよ。うちのバイトくんが阻止して、ここに運んだだけだから。でも、次から気を付けるんだね。」


「ハイ…。」



マスターがコーヒーを注いで差し出したカップを受け取り、その温かさにホッとする。


「ごめんね、インスタントで。」


「いえ…。」


マスターも自分のカップにコーヒーを注ぎ、一口飲んだ。


「いつも夕方にここのカフェでカフェラテ飲んでるよね。名前は?」


「堀田 朱里です…。」


「朱里ちゃんね。俺はここのオーナーでバーのマスターやってる梶原 早苗です。朱里ちゃん、家はこの近く?」


今はもう私の家じゃない。


だけどそんな事を言って何になるだろう?


何も答えられずうつむいている私を見て、マスターがため息をついた。


「その荷物、なんかわけありなんだろ。行くとこあんの?」


私はカップの中のコーヒーを見つめながら、小さく首を横に振った。


「俺で良ければ話してごらん。商売柄、人との繋がりは多くてね。何か力になれるかも知れない。」


マスターは優しい顔で微笑んだ。


弱っている時、人の優しさはどうしてこんなに染みるんだろう。


気が付けば私は、マスターの穏やかな人柄に誘導されるように、事の一部始終と、これから実行しようとしている企てを話していた。



「なるほど、それはきついね。」


「置いてきぼりにされた感じで…。まだ気持ちがうまく整理できてません。」


「そりゃそうだよ。それで、ホントにそんな嘘ついてやり過ごそうと思ってる?」


「結婚してみてうまくいかなかったから別れたのなら仕方ないけど、結婚式の直前にこんな事になったなんて…やっぱり言いづらいです。」


「そうかな?正直に話せばわかってもらえるんじゃないの?」


マスターはカップにコーヒーのおかわりを注いでくれた。


「私の身内はあれこれうるさくて…。ここ何年かは顔を合わせるたびに、結婚はまだかってずっと言われてきたんです。やっと結婚が決まったのに、結婚式の直前に相手に捨てられたなんて言えません。」


マスターはコーヒーを飲みながら眉をしかめた。


「相手の男が事実を話して詫び入れるのが筋だと思うんだけどな…。それじゃダメなの?」


「私が親戚にいろいろ言われるのは同じだし…両親に肩身の狭い恥ずかしい思いをさせたくないです。」


「そうか…。朱里ちゃんは両親を含めた周りの人たちを騙す覚悟はできてるんだね?」


「ハイ。」


「なら、ここに相談してみるといいよ。」


マスターは事務机の引き出しから名刺を一枚取り出した。


「佐倉…代行サービス…?」


「俺の古い知り合いがやってるんだ。そこで、うんと男前の偽花婿を紹介してもらいな。」














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