俺たちを虐げるこの世界。
@ho_nobo_no
出会い
自分以外に不思議な力を持った人間に、俺は会ったことがなかった。
自分が普通でないことは物心ついた時から理解していた。村にいた他の子供や大人でもできないことが俺にはできたから。でもそれは決してたいそうなことではない。
手の平で小さな炎を揺らめかせることができる。
言ってしまえば、たったそれだけのことだった。
捨てられていた俺を最初に拾ってくれた村の人々は、俺がそういう存在であることを知っていた。俺は知らなかった、誰も教えてくれなかった。周りから白い目で見られる理由も分からないまま、俺はその村での生活を続けるしかなかった。
そしてある日、その村の近くで山火事が起きた。
真っ先に疑われたのは、俺だった。
「アルや、済まないがこの村から出て行ってもらう他にない。若い者たちはワシの説得も聞きいれようとはせぬ、このまま居つづけるよりはその方がお前の身も安全じゃろう。せめて次の村まではワシが連れてゆこう。」
自分の面倒を見てくれていた村長に、俺は泣きながら理由を聞いた。そしてそのとき俺は、自分が魔導師という存在であることを初めて教えてもらったのだ。それでも生まれ育った村を出されるのがどうしても不安で、俺は必死になって謝り続けた。
苦渋の末、村長は一度は下していた決断を改める。
しかし事態が急変したのは、そのわずか一週間後だった。
『アル、夕刻になったらワシの家に来なさい。おまえに会いたいと言ってる人がおるんじゃ。』
そう村長に呼び出された俺の心には、少なからず疑心があった。村で唯一自分に優しくしてくれた人を疑う自分を嫌悪もしたが、完全には拭えぬままに俺は村長の家へと赴く。
しかしなだらかで見晴らしの良いこの村で、村長の家が見えたときに俺の足は止まった。家の前には村長と一緒に、見知らぬ二人組が居るのがみえたのだ。
1人は黒いマントを羽織った白髪の老人。身長はかなり高い。
もう1人は隣に並んでいる村長と同じくらいの背丈だが、フードで顔が隠れており特徴は見えなかった。
だが明らかに村の外から来た者たちと分かった。そして俺を見つけた村長がこちらを指さし、2人も俺の方へ顔を向ける。
俺は彼らに背中を向け、全力で村の外れにある森の方へと駈け出した。あの2人は自分をどこか遠くへ連れていこうとしていると、そんな気がしてならなかったから。思い切って振り返ると、やはり2人が村長を置いて俺を追いかけて来ていた。
捕まったら、そこで終わる。何処かへ連れていかれるだけならまだ良いかもしれない。
言いようのない不安に心が押しつぶされそうだった。感じたことがないほど強い動悸がするたび、胸を通じて身体全体が震える。恐怖で身体が硬直しているのか、まったく思うように身体が進まなかった。
大人の脚ではいずれにせよ追いつかれてしまう。そうなる前になんとか森に…!
それだけを考えて遂にに森のに差し掛かった直後のことーーーー。
「捕まえたー!!!」
勝鬨をあげるような女の声と共に、俺の身体は前のめりに倒される。体勢からして追手は最後、のしかかるように俺に飛びかかったらしく、もう腹の辺りにそいつの腕ががっしりと巻き付けられていた。
「ふふふ…!もう逃さな…あっ、こら暴れるな!!」
俺は身をよじったり脚をばたつかせたりして必死に女の拘束から抜けだそうとした。
そうしている中で俺の口元に女の腕が触れる。俺は咄嗟に口を開いて。ガリッ…
「いだぁ!!」
俺が衣服の上から噛みつき、涙目となって叫ぶ女。そのとき被っていたフードが取れ、結んだ白銀の髪が露になる。しかしそれでも女は俺の身体を離そうとしなかった。
「放せクソババァ!放せ!!」
「なんだと誰がクソババァだ?!私はまだ23になったばかりだぞ!!」
女が俺の頭をポカと殴る中、もう1人の老人の方も追いついてきて。
「アリア殿…、そんな子供を相手にムキになることもないでしょう…。」
「なんだよクザ!それならキミはクソジジィと言われても怒らないって言うんだね!?」
「中傷された内容ではなく、相手の話をしているのです。」
そのとき自分を捕まえていた腕の力がにわかに緩むのを感じて俺は女の拘束を抜け出す。
そして追手の2人に相対した。
「痛いじゃないか、もう…。」
アリアと呼ばれた女はへたり込むように足を崩して座り込んだまま、俺が噛み付いた右腕を摩っている。クザと呼ばれていた老人も物腰穏やかな立ち会いで、俺を捕まえようとする様子はなかった。
2人の雰囲気・会話の内容から、俺は多少なり平静を取り戻していた。
たった今になりふり構わず逃げ出すほど生命の危険を感じない程度には。
「おまえら何しに来たんだよ!村の奴に呼ばれて来たのか!?俺を捕まえに来たのかよ!?」
「うーん、半分正解で半分間違いかな。 そう!私達はキミを捕まえに来たっ!!」
アリアは人差し指を頬に当て押し上げて答える。その表情は腹が立つほど呑気なもので…。
腰に手を当てビシと俺を指さすアリアに、気づくと俺は叫んでしまっていた。
「あの山火事は俺がやったんじゃない!!!」
するとアリアは俺を指したままの姿勢で目をぱちくりし、そのまま腕を降ろして。
「その話も聞いたけどさ。言ったでしょ、半分は間違い。私達は呼ばれてここに来たわけじゃない。」
「じゃあ何で…!」
「キミが私達と同じ人種だからだよ。」
アリアの言った言葉の意味が分からないまま、俺は呆然と立ち尽くす。
「同じ人種…?」
「見てて。」
するとアリアはその場にしゃがんで右手を地面に付く…。
「ほっ!!」
間の抜けたような掛け声。
ところが次の瞬間、付近に生えていた草がまたたく間にその背丈を伸ばし始めて…。
「な…!?」
「キミもできるんだろ? 周りの人間にはできないことが。」
呆気に取られていた俺に、アリアは再びこちらを向いて言った。
俺の脳裏に、このあいだ村長から聞いた言葉がよぎる。
「まどう…し…?」
「その通り、私もクザもキミと同じ魔導師さ。さっきの捕まえに来たって言ったけど、あれも半分嘘で半分本当。」
アリアは再び立ち上がると、そのままゆっくりとこちらに歩みを進めて。
「ここにいるクザや私には、叶えたい夢がある。実現したい世界があるんだ。それは私たち魔導師の心が、さっきまでのキミのように臆病にならなくて済む、そんな世界。そのためにいま私たちは、私たちの仲間を集めている。」
俺の前で足を止め、アリアは俺の両肩に手を置いた。
それから目線の高さが俺と同じになるまで腰を落として。
「私はアリア。キミの名前を、教えてくれるかい?」
アリアの蒼い瞳に俺の姿が映っていた。
人間の瞳がこんなにも透き通っていることを、俺はこのとき知ったのだ。
「…アル。」
今まで誰かと、こんなにしっかり目が合ったことが無かったから。
「アル。私達の夢のために、どうか力を貸してくれないかな。」
誰かから必要とされるどころか、話してさえもらえなかったから。
「俺で、役に立つのか…?」
「当たり前じゃないか!キミは誰かの役に立ちたいと、そう願っているのだから。」
俺の頬にそっと触れたアリアの手は、温かった。
「約束しよう。キミが心からこの村に帰りたいと言ったときは、私がもう一度ここにキミを連れてくる。だから今は私を信じて、一緒に来て欲しい。」
感じていた温もりが離れ、アリアから俺に手が差し出される。
黙ったまま俺の返事を待ち続けるアリア。俺がその手を掴もうと、指先が肌に触れた瞬間のことだった。
アリアが逆に、がっしりと俺の腕を掴んできて。
「よーし!よく言ったぁ!!じゃあキミにはさっそく、」
一応、まだ何も言ってない。そう突っ込む暇もなくアリアは笑みを満面に広げて続けるのだ。
「私の奴隷になってもらおうかっ!!」
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