虐殺の戦浄者【ロンダリンガー】
小村計威
第1話 血と槌
昔々、人類は全ての感情を寸分の狂いも無く伝達し合い、今では考えられない程ありとあらゆる物を創造していたと言う。やがて人類は天を目指した。何百億何千億、或いは数十人かも知れないが世界中のあらゆる建造物を持ってしても到達し得ない天空へ続く塔が建設され、そのあくなき探究心が転じて災いをもたらしてしまった。
神が怒りの鉄槌を天空から振り下ろしたのだ。
それにより人々は神の存在を改めて目の当たりにし、二度と逆らわないと誓い、それぞれが再生の為、生きる為に思い思いに生き抜いた。故に言語は派生し、小さなコミュニティが生まれては歩んで来た僅かな歴史の違いから人と人との間に争いが生まれ、生き残る為に国と言う形に落ち着いたのだ。
言語が人を殺し、言語が人を生かす。僕等にはもう既に関わり合いのない事ではあるけれど、かつてそういった時代が確かに存在し、虐殺の限りを老若男女問わず、誰もが尽くしたのだ。それは正に虐殺の黙示録。
「未曾有の大混乱って訳だ」
思わず口から漏れた言葉。槌を片手で握り締め、少しづつ前進する。異臭と呻き声が辺り一帯を支配している中、此方によたよたと向かって来る人影が二つ。
「そして僕達は御先祖様達の尻拭いをする、と」
呻き声と異臭がハッキリとした殺意を持って此方に向かって来ているのが分かる。地面はこの数週間、立て続けに降った大雨のせいでまだ泥濘んでいて少しばかり足を捕られてしまう。が、それは彼等も同じで何時もよりも歩行が覚束ない者が目立つ。
[チャールズ、手前の二体はくれてやるよ。奥の三体は俺が頂く]
脳に直接響き渡る声、その主はアビゲイル。僕の同僚だ。
昨日、浴びる程酒を飲み、今朝、作戦開始ギリギリに到着した彼は、この日を待ち望んでいたと言う。
[別に構わない。けれど、頼むから近づかないでくれよ?君の酒気に当てられたくない]
僕は下戸だ。二十歳を迎え、初めて酒を飲んだ時は身体中がドクドクと鳴り、まるで全身が心臓になったのかと思った位だった。気が付けば日付も変わり二日酔いに悩まされる一日が始まって散々な目にあった。それからと言うもの、僕は酒を飲む、という事に何の生産性もないと思う様になり、今に至る。
アビゲイルから言わせればこの異臭の方が耐え難いのだろうが、僕からしてみればこの異臭も酒の匂いもそう大差はない。酔うか酔わないか、それだけの違い。
[ぼやくな、ぼやくなよチャールズ。仕事を始めるぞ]
呻き声が近づく。さぁ仕事だぞ。チャールズ。槌を振り上げる。声の主が微かな音に反応し、僕の方向へ走って来る。
間合いを詰め、掲げた腕を鞭の様にしならせ槌を振り下ろす。ごきん、と鈍い音が鳴るのとほぼ同時に床にめり込むかの様に彼女は突っ伏した。間髪入れずに二体目が向かって来たが、ガールフレンドに引っかかり不様に転んだ。瞬間、眼が合ったと思う。とても虚ろな瞳。口の周りが腐敗し、歯茎からは血をだらだらと流し、何日も剃らずに蓄えた髭の黒と混ざり合い、異様なカラーリングと化している。
彼の胴体を足で抑えつけ、天に届かんばかりに振り上げた槌。
「彼女によろしく」
神が振り下ろした怒りの鉄槌の如く躊躇なく、慈悲も無く機械的に振り降ろす。
ごきん。鈍い音がまた一つ。
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