一舌惚れ

 初めてあなたが料理を振舞ってくれた日。

 胃袋を掴まれる、という慣用句が正しいことをこの身で実感したよ。身体の中からあなたの虜になっていく気がしたんだ。

 この慣用句って、もともとは英語のことわざらしいね。

 “The way to a man's heart is through his stomach.”

 男の心は胃に繋がってる、って意味らしいよ。これって世界共通のことだったんだね。


 あなたが料理をしているとき、どんな風に作ってるのかなって見に行ったら、キッチンに入って来るなって怒られた。座って待ってろって、子どもみたいに叱られた。

 仕方ないから大人しく待ってたら、魔法みたいにいろんな料理が出てきた。一品、また一品、そしてまた一品。キッチンから次々と出されてくる手際に見蕩みとれていたら、今度は早く食べなさいって怒られたよね。

 あなたと向かい合って食事をしながら、一汁三菜なんていう概念があったことを久しぶりに思い出したよ。


 食物は、生き物の身体を構成する元になるもの。

 そして、細胞はどんどん入れ替わっていく。

 肌は一ヶ月くらいで。筋肉や内蔵は二ヶ月くらいで。血液は半年くらいで。骨は三年くらいで。

 そうやって時間をかけて、細胞が全部入れ替わるんだって。

 それならば。

 これからの僕は全部あなたの手で造られていくのかな。

 あなたと僕は全部同じモノで出来ていくのかな。

 身体の中から、あなたとお揃いになっていくのかな。

 そんな空想をしていたよ。


 この現象のことを、なんて呼べばいいかな。

一目惚ひとめぼれ」じゃないから。

一舌惚ひとしぼれ」とでも呼ぶことにするね。



 とにかく。これが。

 僕があなたと一緒に暮らしたいと思ったときのこと。

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