一言惚れ

 あなたも知っての通り、僕は専門書の営業をやっていて、よくわかんない難しそうな洋書なんかを売って回ってるんだけど。慣れてきたせいか、その仕事にも飽き始めていた。もっと率直に言うと、ちょっとたるんでたね。

 あなたに逢ったのはそんな頃のこと。


 僕がどんな仕事をしているのか、あなたに聞かれて説明したとき、あなたが言ったことを覚えてるかな。


「きみの仕事は、本を売ることなの? それとも本を読んでもらうことなの?」


 そんなことを、なんでもないようにポツリと言った。きっとそれは純粋な疑問だったんだろうね。だけど、あなたのその言葉を聞いたとき、僕はなぜだか涙が出てきて止まらなくなった。


 感動とは違う。

 感激とも違う。


 悔しかったわけじゃないし。

 嬉しかったわけでもない。


 心を動かされたわけじゃなくて。

 心に突き刺さった。

 そう、刺さったんだ。

 上司からされる叱咤よりも。同僚との切瑳よりも。後輩からの期待よりも。

 友人がくれた激励よりも。家族からの応援よりも。恩師が送る鼓舞よりも。

 ずっと奥の方まで、刺さったんだ。


 動かされたのなら、いつかは戻ってしまう。

 影響されたのなら、いつかは消えてしまう。

 感動したのなら、いつかは忘れてしまう。

 でも、突き刺さった言葉は、もう抜き取ることはできない。これからは、この言葉と一緒に生きていくしか、なくなったんだよ。


 おかげで仕事中ですら、あなたのことが頭から離れなくなってしまった。

 今日の仕事は、あなたに誇れるものだろうか。

 今日の仕事は、あなたが楽しく聞いてくれるものだろうか。

 今日の仕事は、あなたに笑って話せるものだろうか。

 そんなことをいつも考えてしまうようになった。


 あなたは僕よりも、僕のことを知っていた。僕のとても深いところを。

 をあなたは理解していないんだけれども。


 この現象のことを、なんて呼べばいいかな。

一目惚ひとめぼれ」じゃないから。

一言惚ひとこぼれ」とでも呼ぶことにするね。



 とにかく。これが。

 僕があなたに敵わないと思ったときのこと。

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