青なじみ、愛なじみ。
相田 渚
青なじみ、愛なじみ。
すれちがった女子大生からふんわりとバニラの甘い香りがした。
女の子らしい香水を纏っている彼女に、小腹空いてるけどバニラって気分じゃないな、と綾は勝手な感想を抱いた。
チョコでもないし、レモンや抹茶系も違う。
あ、お茶と一緒に乾燥芋食べたい。
乾燥芋独特のもっそりした食感と、しっとり優しい甘み。
おやつにも食後のデザートにもぴったりの乾燥芋は、地元の茨城にいた頃は親戚から箱一杯貰っていたこともあり、よく食べていた。しかし、身近であったはずの乾燥芋は、東京では高価格だ。自然、綾が乾燥芋を食べる機会は実家から送られてきた時のみとなってしまったのである。
2週間前にお母さんから送られてきた乾燥芋が後少しあったっけ。
既に口の中は乾燥芋の気分でいっぱいだ。早く家に帰ろうと、綾はせかせかと歩き出した。
しかし、乾燥芋に気を取られすぎていたのが悪かったのだろう。
曲がり角で勢いよく人にぶつかってしまった。
「わっ、いたっ」
「うわっ、いってぇ」
ごちんと脳天に響いた音と共に、じんじんと鈍い痛みがやってくる。
打った頭をさすりながら顔をあげると、そこには口元を押さえて悶絶している同じゼミ生である亮がいた。
大学生特有のノリでなんとなく名前で呼んでいるものの、亮とは数回会話しただけの仲だ。さほど仲良くない相手にぶつかってしまったことに、綾はさぁっと体温が下がったのを感じる。
「ごめん亮君!私石頭だがら痛かったっぺ?!だいじ?だいじ?」
「え、いや…」
おろおろとした綾の勢いに気圧されたのか、亮は口元から手をおろし、ぽかんとした表情で目を瞬かせた。
相手の様子に気付く余裕のない綾は、彼の表情に注目するよりも先に、彼の口元が打ち身のために青く変色しているのを発見してしまった。
「青なじみができてる!本当にごめんなさい」
綾は胸に顎がくっつくほど深く項垂れた。乾燥芋に浮かれてふらふらと歩いていた自分が悪いのだ。
肩を竦めて亮の言葉を待っていたが、数秒たっても彼は何も言ってこなかった。痺れを切らした綾が顔をあげると同時に、彼女は亮に両手をがしりと掴まれた。
「えっ」
「好きです!俺と付き合ってください!えっと、君、名前なんだっけ?」
名前も知んねえ人になーに告白してんだ!
綾は衝撃のあまり口をはくはくとあけるだけで声にすることができなかった。
◆◇◆◇
「まじで好きなんだってば。俺とつきあってよ綾ちゃん」
「しつこい!」
突然の告白から1週間。綾は亮のアピールを振り切るのに必死だった。
つれない反応をするからか人目を憚らずに幾度も告白してくる亮に、綾はいらいらと彼を睨んだ。
「からかうのもいい加減にして。大体名前も知らない女にいきなり告白って、ありえないから」
「からかってなんかないよ。あの時、焦って思わず方言漏らしちゃった綾ちゃんに一目ぼれしたんだから。そういえば、なんであれ以来方言使わないの?」
「標準語しか使わないって決めてるの」
そう呟いた綾に亮は大げさな驚きの声をあげた。
「方言で話してるのがかわいいのに!」
「嫌。京都弁や博多弁ならともかく、茨城弁なんて全然かわいくないし」
なんせ語尾が“だっぺ”だ。一人称にいたっては“おら”。
「確かにはんなりとした方言って癒される」
頷く亮は、京都弁から連想したのか京都の観光がしたいと漏らした。
夏に貴船の川床で涼んだり、神社仏閣巡りをしたり、嵐山に紅葉狩りしたりしたい等1人で盛り上がっている。
綾は自分の発言を棚にあげてむっと眉を寄せた。
「茨城だって、偕楽園で四季を楽しめるし、関東で1番大きい土浦の花火大会だってあるし、奈良の大仏よりずっと大きい牛久大仏だってあるし、三大稲荷神社に入る笠間稲荷神社だってあるし、大洗のアクアワールドや宇宙センターで遊べるもん」
ただし、観光場所は点在しており、なおかつ移動距離がある。電車は本数が少ないため車での移動が必然だ。しかし、運転するなら県民に合わせて上級者レベルの技術が求められる。そして、行く先々のコンビニには必ず未だにリーゼントのヤンキーがいるだろう。
後半は心の内に留め、綾はふん、と鼻を鳴らし捲くし立てた。その様子に亮はくすりと笑みをこぼした。
「やっぱり地元大好きじゃん。安心しなよ。京都弁は癒されるけど、俺は綾ちゃんの話す茨城弁が好きだ。この間のだいじってのもきゅんときたし、青なじみって言葉もいいよね」
「青なじみって方言だったの?」
「東京では青痣だよ。でも“痣”って言うと単なる傷だけど、“なじみ”って言われるとなんかほっこりしないか?またおなじみで出来てしまったよ、治るまでの数日間よろしく、なんてイメージ持つなあ。語源は知らないから俺の勝手な想像だけど」
今時の学生によくいるちゃらついた格好の亮が真面目に言うものだから、綾は噴き出してしまった。
「あはは、なにその想像。おもしー!」
亮のイメージならば確かに青なじみという言葉が急にかわいらしく思えてくる。
けらけらと笑い声をあげる綾に、亮は眩しそうに目を細めた。
「やっぱり方言で喋る綾ちゃんのこと、好きだな」
「…東京出身の亮君は知らないだろうけど、地方出身だからって皆が方言喋るわけじゃないんだからね。私だって所々の単語は茨城弁だけど、1人称“おら”じゃないし」
「そうなんだ。大丈夫、俺綾ちゃんが喋ってる茨城弁が好きだから」
釘を刺した綾にもどこ吹く風の亮はさらりと告げる。
そういう風に簡単に好きって言わないでほしい。心がむず痒くなってしまうから。
綾が内心そう思っているとは知らない亮は、青なじみはしばらく俺の目標だ、と続けた。
「目標?」
「そう。またおなじみで大好きな綾ちゃんのところに来ちゃったよ、って言う“なじみ”の俺に綾ちゃんが応えてくれるまでね」
亮に、そうやって優しく笑いかけられた綾は心がざわつくのを感じた。
照れ隠ししながら“好きだっつってぺ”なんて言う日は、案外、近いのかもしれない。
青なじみ、愛なじみ。 相田 渚 @orange0202
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます