第94話 眠り姫シャルロット
「どう? 終わった? サファイア」
『はい、無事起動に成功しました……Y3には、妹には初めから私がラーニングした言語情報をインストールしたので日常会話には問題ないと思います』
「そう、初めましてお嬢さん、アタシはベガよ」
ベガは岩を背に寄り掛かって座っているサファイアの少女形態によく似た少女に話しかけた。
似ているとはいえサファイアの瑠璃色の髪とは対照的に金髪で瞳は琥珀色……ただし彼女には足が無く、大腿部の所から機械の部品が見え隠れしている。
『初めましてミスベガ……私はY3《ワイスリー》です』
「あなたにも新しい名前が必要ね……だけどあなたの主人となるべきお方は……」
ベガは視線を地面に移す、そこには敷かれたシートの上で寝息を立てているシャルロットの姿があった。
彼女はスキュラを倒した戦闘が終了と同時に意識を失い、そのまま眠り続けていたのだ。
「ベガ様、シャルロット様は大丈夫なんでしょうか……」
「はっきり言って何とも言えないわね、アタシにも三種の神器がどういった物かを詳細に把握している訳じゃない、すべての神器を装着した状態で男であるシャルちゃんが戦ったらどうなるかについては全く予測不能だわ」
「そう……ですか」
エイハブは心配そうにシャルロットの寝顔を覗き込む。
傍から見てただ眠っているだけの様に見えるシャルロットだが戦闘後にデネブの事をベガに話そうと感情が昂ったタイミングでシャルロットが卒倒したのが気になっていたのだ。
「それにしても美しい……」
「ちょっと坊や、お痛はダメよ?」
上気した顔を寝ているシャルロットに近づけるエイハブに釘をさす。
自分が何をしようとしていたか気づき慌てて顔を離す。
「あっ、当たり前じゃないですか!! 姫と自分では身分違いも甚だしい!!」
かなり同様している様だ、目が泳いでいる。
「それにしては恋する少年の顔をしていたわよ? あなた」
「何を馬鹿な……からかわないでください……」
「言っとくけどシャルちゃんにはあちらの世界で既にいい人が居るのよ」
「知ってますよ、ハインツですよね?」
「それはそれはお熱いカップルでね、誰も見てないと思ってお部屋でこっそりキスをしていたりするの……もう初々しいったらないわ~~~」
「……見てたんですか?」
「あら~偶然よ? 偶然」
ベガは舌をペロッと出してウインクし、頭を自分でコツンと叩いた。
「あちらの世界での話しを聞いても自分にはピンときませんね……
こちらで言うところのチャールズ王子様とハインツが恋仲とは何の冗談かと」
実はエイハブとハインツは武芸の修練所で同期であった。
二人はお互い切磋琢磨して力と技を磨いたライバルの様な関係だった。
「それはそうよ、同一人物とは言え片や生まれた性別の通り男として育ったのと片やそれに反して女として、姫として育てられたという違いがあるんですもの
シャルちゃんは身体は男の子だけれど今や立派な女の子よ」
「ははっ……」
それはそれでどうなのかとエイハブは理解に苦しみ苦笑いを浮かべるしかない。
「今更ながらお聞きしますが、あちらの世界では何故そんな妙な事になっているんです?」
エイハブの疑問は誰しもが持つものであろう。
「【
ただ真意は未だ不明よ……あなたも知っての通りこの世界は約二千年前に魔王を倒した女勇者ダイアナによって救われているの、その時死に際に魔王は自身の復活を宣言するとともにダイアナに呪いをかけた……自分の復活の時に彼女の家系に男が生まれるように……女勇者の装備、三種の神器はその血を引く女性にしか扱えないからね」
「えっ? それが全ての理由では無いのですか? 男として生まれてしまったシャルロット様を女として育てれば神器を使い熟せると……」
「でもそれっておかしいと思わない? それなら女神たるもの、その御業を用いてシャルちゃんを女に変える事だってできたはず……それをしなかったのは何故?
それに実際のところそれで神器を使い熟しているとは言えないのよね、坊やも見ていたと思うけれどシャル様が神器を使える時間は極僅かだわ」
「そっ、それは……」
エイハブは言い淀む。
「向こうの世界でアタシもその事に関してアルタイルと議論したことがあるのよ……彼ったら性転換薬まで作ったんだけれどシャルちゃんに使うのをアタシが止めたりしてね」
「えっ? しかし姫様にその薬を飲ませていればそれで万事うまくいったかもしれないのでは?」
「そうかもね……でもその逆もありえるでしょ、もしそれを実行してしまって取り返し付かない状況になったら困るでしょう?
女神の神託には何かしら理由があるとアタシは考えているのよ」
「自分には計りかねます」
「アタシもよ」
エイハブはそんな無責任なと言いたげな表情をベガに向ける。
『皆様、エターニアに帰還する準備が整いました……私にお乗りください』
気付けばサファイアは既に船に変形して砂浜に佇んでいた。
既に甲板にはY3が乗っている。
「あら、流石はサファイア手際が良い事、それじゃあ乗り込むわよ坊や」
「では姫様は自分が……」
エイハブはシャルロットの身体に手を回し抱え上げる、俗に言う【お姫様抱っこ】である。
三人がタラップに乗るとそれは自動で甲板まで上がっていった。
そして船室に入りシャルロットをベッドに寝かせた。
『出航します、皆さま準備は宜しいでしょうか?』
「いいわよ、やって頂戴」
船体から直接聞こえるサファイアの声にベガが合図を出す。
サファイア号はゆっくりと動き出し、次第に砂浜から離れて行く。
そして徐々に加速してエターニアのある大陸に向かった。
マウイマウイから離れて一時間ほどが経った。
「ふう……ここまでくれば後は時間の問題ね」
「しかし目的は達しましたが犠牲は大きかったです」
エイハブの膝の上の手に力が入る。
すると背中に突然衝撃を感じた。
ベガが思いきりエイハブの背中を引っ叩いたのだ。
「痛っ!! 何をするんですか!?」
「いつまでも気にしないの!! 王宮付きの騎士であるなら任務を完遂することを第一に考えなさい!!」
「しかし……」
「パパの弔いは平和になってからやればいいわ、葬儀にアタシが参加できるかどうかは分からないけれど」
「そんなこと冗談でも言わないでください!!」
「ウフフ、本当に真面目よね坊やは……そういうところ嫌いじゃないわよ」
「またそうやってからかうんですから」
「ごめんなさいね、アタシの性分なの……湿っぽいのは苦手でね、でもありがとう」
ベガはエイハブの隣に座り優しく頭を撫でた。
「……うう……ハインツ……」
ふと眠っているシャルロットの口からうわ言が聞こえた。
表情は苦悶に歪んでいる。
「悪夢を見ているのね、この昏睡状態が続いているのは単に神器を使った事で体力を消耗しただけでは無いのかもしれないわね」
「どういうことですか?」
「それはもちろん身体も消耗しているけれど心の方も消耗しているってこと……
アタシたちが付いていたとはいえ並行世界に飛ばされてからのシャルちゃんの心への負担は相当なものだったはずよ……特に一番の心の支えであるハインツの坊やが側にいないのはとても心細かったはず……なのにシャルちゃんは弱音を吐かず諦めずに戦ってきた、それがパパの死を自分の所為だと思い込むことで張りつめていた物が一気に崩れてしまったのよ、きっと」
「ではどうすればいいのです?」
「アタシにも分からないわ……彼女が自然に目を覚ますのを待つしかないのかもしれない」
「そんな……!!」
エイハブの顔色がみるみる青ざめていく。
「ハイン……ツ」
昏睡状態でもシャルロットの手が宙に伸びて来る……きっとハインツを求めているのだろう。
「姫様!! 頑張ってください!!」
エイハブは堪らず彼女の手をギュッと握った、すると彼女の方からも力強く握り返してきたのだ。
「ああ、ハインツ……ここにいたのね……」
「はい、ハインツはここに居ます!!」
虚ろな瞳を半開きにしてエイハブを見つめるシャルロットだったが意識が戻っている訳では無く、エイハブをハインツと誤認している様だった。
「ちょっと坊や……」
エイハブの取った行動に戸惑いを隠せないベガだったがシャルロットをこのままにしておく事も出来ずただただ状況を見守る事しか出来ない。
「お願い……キスして……」
シャルロットが瞳を閉じ唇を突き出してきた。
その艶めかしい仕草にエイハブの理性が遂に吹き飛ぶ。
「ちゅっ……うん……うむっ……」
なんとエイハブはシャルロットと唇を重ねてしまったのだ。
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