第95話 禁断の恋と雪辱戦


 「ハッ……!! 坊や、何てことを……!!」


 ベガは両手で口元を押さえ目を見開いていた……目の前でエイハブが意識のないシャルロットと接吻を交わしているのだ。

 意識が朦朧としている中、相手がハインツであると信じて疑わないシャルロットは幸せそうに眼を閉じ頬を染めている。

 調子に乗ったエイハブはシャルロットの背に腕を回しさらに激しく彼女の唇をついばんだ。

 さすがにこれは許されない、恋仲でない少女の唇を眠っている時に奪うなど男として最低の行為だ。


「いい加減になさいな!!」


 ベガが間に割って入り物凄い腕力で強引に二人を引き離した。

 見た目は女性的で細身の彼だがやはりこういうところは男だ。

 支えを失ったシャルロットはぱたりとベッドに倒れ落ち、再び眠りについてしまった。


 パァン…………!! 船内にエイハブの頬を叩いたベガの平手の音が響く。


「ちょっとエイハブの坊やどういうつもり!? さっき言ったばかりでしょう!? シャルちゃんにはハインツ君がいるんだって!! それに正気でない女の子の唇を奪うなんて男として最低だわ!!」


 珍しくベガが声を裏返すほど声を張り上げる。

 これは無理もない、恐らくシャルロットに掛けられている女神の祝福が原因ではあったとしてもエイハブの取った行動は到底許される事ではない。

 こと恋愛ごとに関してはベガはとても繊細で敏感なのだ。


「……自分は初めてシャルロット様をお見かけした時から惹かれていたんです、それが既にハインツのものだなんて聞いて胸にナイフを刺されたと思う程心が張り裂けそうだったんです……こんなのずるいじゃないですか!! 自分の手の届かないところで想い人に既に相手がいるなんて……では後から好きになった者は絶対に諦めなければならないのですか!?」


 頬を押さえながら悲し気な表情でベガを見返すエイハブ……その頬には涙が伝っていた。


「坊や……そこまでシャルちゃんの事を……」


 今の独白を聞いてしまってはさすがにベガもこれ以上エイハブを責める気にはなれなかった。


「向こうの世界ではね、ハインツ坊やはシャルちゃんを男だとは知らないで好きになってしまったのよね……改めて聞くけど坊や、あなたはシャルちゃんを男と知って恋愛対象にしたというの? 男のシャルちゃんを愛せるの?」


「恥ずかしながら自分はこの年まで恋愛というものを経験したことがありません、一目惚れは周りにからかわれるほどよくあるのですが……しかしこの胸に湧き上がるシャルロット様を好きだという気持ちに嘘偽りは無いと断言できます、それはシャルロット様が男と分かっていて湧いてきたものですから」


「そう、じゃあ止めないわ……」


「えっ?」


 エイハブは拍子抜けした、てっきりベガに徹底的に否定されるかと思っていたからだ。


「人を好きにある気持ちって理屈じゃないものね、そこまでの覚悟があるのならアタシにあなたを止める権利は無いわ……でもさっきみたいな相手を蔑ろにするのはダメよ? やるなら正々堂々正面からアタックしなさいな……恋愛にも手段を選ぶことは必要なの……さっきのお痛はシャルちゃんには黙っておいてあげるから」


 そう言ってベガはウインクをした。


「あっ、ありがとうございます!!」


 エイハブは深々と頭を下げる。


(恋愛は自由だからそもそもアタシが口を挟むことではないのよね、でもこれでシャルちゃんのハインツ坊やへの愛情の深さが試されるわ……もしもという事は流石に無いでしょうけれど……)


 ベガは一抹の不安を抱えつつも一行の乗るサファイア号は着実にエターニアへと進んでいくのだった。




 約二時間後……。


 「ちょっとあなた達、手を貸しなさい!! シャルロット様をエターニアまで運ぶのよ!!」


「はっ!!」


 廃墟と化しているポートフェリアの港に着くなり、ベガが甲板上からエターニアから出迎えに来ていた王国兵たちに声を掛ける。

 シャルロットは既にサファイア号の甲板にあるクレーンで既に陸に降ろされていた……そう、彼女は未だ目を覚まさずにいたのだ。


「あなた達ご苦労様、いつ戻って来るか分からないアタシたちの為にずっとここに待機していてくれて助かったわ」


「はっ!! これも職務ですので問題ありません!!」


 この隊の責任者に声を掛ける。


「シャルロット様は原因不明の昏睡状態に陥っているわ、王宮に居るアルタイルに見てもらって頂戴」


「はっ!! 承知いたしました!!」


 シャルロットはベッドのまま馬車の荷台に乗せられ早々に王国へ向け出発していった。


「ふぅ、アタシ達は少し休憩しましょう」


「いえ、自分はシャルロット様に付き添います」


「そう、好きになさい」


 エイハブは兵士から馬を借り馬車を追っていった。


「若いっていいわね、アタシには眩しいわ……」


 そう言った直後、ベガは身体をふらつかせ建物の壁に手をついた。


「年甲斐も無く少し無理をしちゃったかしら……でもまだ倒れるわけにはいかない……そうでしょう? パパ……」


 空を見上げ雲の中にデネブの面影を見出し、ベガは一人つぶやいた。




 約半日後……エターニア城内。


 シャルロットは医務室へ運ばれアルタイルの診察を受けていた。

 その様子を心配そうに見守るエイハブ。


「アルタイル様、姫様の容態はどうなのですか?」


「身体に特に異常はないね、しかし相当衰弱はしている……何があったか具体的に聞かせてもらえるかなエイハブ君」


「実は……」


 エイハブはアルタイルにマウイマウイで起こった事を全て話した……無論デネブの死についても。


「……そうか、お師様は逝ってしまわれたか……」


 アルタイルは悲痛に顔を歪ませたがそれ以上取り乱す事は無かった……恐らく彼も【捨てられた世界】から来た男たちが身体が透明化して消えた時から同じ境遇のデネブにもそれが起こりうると想定していたのだろう。

 思わずエイハブはここでも謝罪に言葉を口にしそうになったが、ベガに釘を刺されているためそれはしなかった。

 恐らく謝ったところでベガと同じ説教をアルタイルからお見舞いされるだけなのは目に見えている。

 皆覚悟を決めている……いかに自分の覚悟が足りていないかを痛感する。


「それにしても三種の神器とは凄まじい物だね、四天王の一人を立ちどころに瞬殺したんだろう?」


「はい、自分は飛び去るシャルロット様を追いかけるのが精一杯で、直接見ていなのですが」


「しかし大したものですよ、同一人物なのにチャールズ様には神器を使う事は出来なかったのにシャルロット様にはそれが出来た……やはり神器は男には使えないようになっているのだろうね。

 魔王の呪いは効果絶大って訳だ……これほど有効な妨害手段は他にないだろうね、自分を傷つける事が出来る唯一の装備を封印出来たのだから」


「しかし何故神器は女性でなければ使えないのでしょうか? そんな縛りが無ければ何も問題は無かったはずなのに」


「それはそうだよね、そこは私も大いに疑問だよ……これは私の憶測だけどその縛りは神器の乱用を防ぐ意味合いがあったのかもね、条件を満たした信用のおける人物のみが使用を許されているとか……とはいえ神器は神が造りしもの、人間の我々には到底考えが及ぶものではないのさ」


「そういうものなのですか? それでいいのですか?」


「そういうものだよ、それでいいのだよ」


 エイハブにはいまいちピンと来ない。

 しかしそれは考えるだけ意味がない事なのだろう。


「話しは変わるのですが、帝国の状況はどうなっているのですか? あの山のような四天王は……」


「ああ、君らが出発する前と何も変わっちゃいないよ……奴に動きは無い、いや動けないと言った方が正しいかな」


「それはどうしてですか? あの巨体で攻め込まれたら今のエターニアは一溜りも無いでしょうに」


「そうだね、あの四天王ベヒモスは謂わば【栓】みたいなものなんだよ」


「栓ですか?」


「そう、栓だ……では君に問題だ、栓って何のためにある?」


「それは容器の中身が出ない様にするため……?」


「それと?」


「えっ? え~と、中身に物が入らないようにするため?」


「ご名答、よく分かっているじゃないか」


「アルタイル様、それがどうかしたのですか?」


 エイハブは少し馬鹿にされた感覚を受けた。


「だからベヒモスは敵である我々をあそこから先に行かせない、入らないようにする栓なんだよ……だから奴はあそこから動きたくても動けないのさ」


「あっ、なるほど!!」


「要するにこちらから手を出さない限りある程度は安全という訳さ……しかしそれが奴の運の尽き、我々に対策の時間を与えてしまった」


 丁度ここ医務室に数人の人物が入って来た。


「お久しぶりですねエイハブ、任務ご苦労様です」


「グラハム叔父上おじうえ!? ご無事だったのですか!?」


 現れたグラハムにエイハブが駆け寄る。


「心配を掛けましたね、しかしよく頑張りました……あなたが立派に成長してくれて私も嬉しいですよ」


「ぐっ……ふぐっ……えぐっ……」


 ポンとエイハブの肩を叩くグラハム……しゃくりあげるエイハブの瞳からは大粒の涙が溢れた。


『アルタイル様、只今戻りました』


「ああ、お帰りサファイア、その子が君の妹かい?」


 肩車するように彼女に担がれているのは黄色いワンピースの足の無い少女だ。


『はい、名前はまだシャルロット様から頂けていなのですが』


『初めまして』


「はい、初めまして私はアルタイルだ、これからよろしく頼みますよ」


 アルタイルは黄色い少女と握手を交わす。


「あふぅ、まだ疲れが取れないわね……」


 ベガが身体を右に左に傾けながら部屋に入って来た。


「お帰りベガ、あまり変な声を出すなよ」


「あら、興奮した?」


「しません」


「まあ、つれないわね久しぶりの再会だっていうのに……」


「まだ五日しかたってないよ」


 アルタイルとベガの漫才のような掛け合い……お互い身体から滲みだす再会の嬉しさを隠しきれていない。


「おっと、ベガの相手はそこそこにして……皆にここに集まってもらったのは他でもない、三日後に四天王ベヒモスの攻略を開始しようと思う」


「酷い……」


 アルタイルのあまりの扱いの酷さにベガが顔を押さえて悲しんでいるがもちろん嘘泣きだ。


「ちょっと待ってください、そんな急な!! シャルロット様がそれまでに目を覚ます保証はないのでは!?」


 声を張り上げるエイハブ、側で眠っているシャルロットはまだまだ目覚める気配はない。


「いいんだよ、それでも……ベヒモスは我々だけで倒すのだから」


 不敵な笑みを浮かべるアルタイル、他の者も表情に自信がみなぎっている。


「何でもかんでもシャルロット様頼みではいけません、この戦いはシャルロット様がこちらの世界に来るまで何も出来なかった我々家臣の雪辱戦でもあるのです……エイハブ、君も覚悟を決めなさい」


「はっ、はい!!」


 本人にそんなつもりはなかったのだがエイハブの自信の無さがどうやらグラハムにはお見通しだった様だ。


 三日後、彼らによるシャルロット抜きの大戦おおいくさが始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る