第84話 急がば遠回り


 「困ったね……あんな山のような怪物、どうしたら倒せるんだよ……」


 シャルロットは自室で頭を抱えていた。

 そうかと思うと席を立ち、行ったり来たりを繰り返し、実に忙しない。


「少しは落ち着きなさいな、アタシたちも色々と考えているのだから」


「けど、そうのんびりもしていられないよ?」


 シャルロットが焦るのも無理はない……四天王『激震のベヒモス』の戦いで敗走してから三日、何の打開策もなく今に至っていたのだから。


『私が巨大化して戦いましょうか? 今の私の魔導出力は以前の四倍ほどに上がっていると思われますが』


「それでもベヒモスは巨人のサファイアより何倍も大きいんだよ? また君に何かあったらアイオライトに顔向けができないよ」


『私はあなたの目的達成のためならこの身が破壊されようとも問題はありませんが』


「とにかく駄目なものは駄目なの!!」


 そんな中、おもむろにデネブが口を開いた。


「なあ姫さん、実は方法が無い訳では無いんじゃ……」


 その言葉を受け、シャルロットが色めきだつ。


「デネブ!! それは本当!? 勿体ぶらずに教えてよ!!」


「厳密に言うとベヒモスを倒す方法ではないんじゃが、言うなれば『倒さずして倒す』とでも言うのかのう」


「えっ? どういう事?」


 デネブのいう事は理解不能だった。


「パパ、それはベヒモスを魔法でどこかに送り飛ばすってこと? 例えばパパたちが居た『捨てられた世界』とか……」


「ほう、さすが我が娘ベガ、察しがいいのう……いや息子だったか

 儂が『捨てられた世界』に飛ばされたのは召喚魔法の実験中であった……逆に引っ張られたのだな、『召喚』が『逆召喚』……いや『転送』、『送還』と言った方が良いかな?」


「でもその作戦には重要な欠陥があるわね……送還魔法とやらを発動するにしても魔方陣はどうするの? あんな一か所に居座った挙句、動かない奴の足元に魔方陣を描くのは不可能だわ」


「それも考えておる……儂の身体を媒介にし、ベヒモスに接触して魔法を発動すればよい」


「でもそれって、パパも一緒に送還されるのではなくて?」


「そうじゃな、じゃがそれ以外に方法がないじゃろう」


「ちょっと待って!! それは許可できないよ!! 何で自分を犠牲にするようなことを言うんだい!?」


 シャルロットの顔色が青ざめる……先ほどまでの明るい顔は瞬時に消し飛んでしまった。


「ではあのまま、あの化け物をのさばらせておくおつもりか? 通せんぼを許し敵に時間を与えては取り返しが付きませんぞ?」


「でも、それだけは駄目……もう大切な人を失うのは僕はご免だよ……」


「姫様……」


 重苦しい空気の中、今度はサファイアが口を開く。


『シャルロット様、一つ宜しいでしょうか?』


「何……?」


 心底落ち込んだ顔でサファイアの方を見る。


『二日前、遥か南の方角からとある魔力を検知しました……それは私の妹、Y3ワイスリーから発せられたものでした……』


「えっ? それはつまり三体目の巨人のことでいいんだよね?」


『はい、何らかの要因で行動不能に陥っているようですが無事と思われます』


「そうか、いずれその子も仲間に出来たらいいね……」


『いえ、今すぐ仲間に入れるべきです』


「それはどうして?」


Y3ワイスリーには高出力の魔導砲が装備されているのです……私の魔導炉と連結すれば恐らくあのベヒモスを消滅させることが計算上可能です』


「何だって!?」

「まぁ……」

「ほぅ……」


 シャルロットだけではない、ベガやデネブも驚きを隠せない。

 俄然やる気が出てきたシャルロット、上がったり下がったり感情の起伏が激しい。


「それで居場所は特定できたの!?」


『はい、南方の国家マウイマウイのある島にいると思われます』


「ねぇ、それって向こうでは壊れて砂浜に倒れていた黄色い巨人よね? アタシは前に見たことがあるわ」


 ベガが話に食いついてきた。


『はい、しかしこちらでは完全破壊を免れています』


「そう言えばベガ、君は以前にそんなことを言っていたね……確か虹色騎士団レインボーナイツが帝国へ向かう前の会議で」


「ええ、そうよ……よく覚えていたわね」


 忘れもしない虹色騎士団レインボーナイツの初陣に向けて騎士団としての初めての会議……ベガはその時、黄色い巨人について言及していた。


「マウイマウイはと言えば三種の神器『現在の盾』があるよね、帝国の後に行こうと思っていたけど黄色い巨人の事もある、そちらを先に回収しよう……

 とは言え困ったね、マウイマウイに行くには船が必要だよ……前みたいに船を一から作っている余裕はないし……」


 シャルロットは腕組みをし考え込むが良い案が浮かばない。


「シャル様、取り合えずポートフェリアに行ってみましょうよ……あの町も魔王の襲撃を受けているでしょうけど、まだ無事な船があるかもしれないわよ?」


「そうだね、よし!! これから僕たちはポートフェリアに向かうよ!! みんな準備して!!」


「はい!!」


 シャルロットたちは一路、ポートフェリアへ向かう事となった。




 数時間後……シャルロットたちと入れ替わる形でアルタイルたちがエターニアに帰国した……フランクたち『最古の接ぎ木』の生き残った者たちを連れて。


「さあ着きましたよ、ここが私たちの国エターニアです」


「人間の国に来るのはこれが初めてだが、奇妙なものだな」


 表情は硬いままだがフランクは嘗め回すようにエターニアの外観を見回す。

 珍しくて仕方がないのだろう。


「これはアルタイル様、任務お疲れ様です!!」


「やあ警備ご苦労様、ちょっと外国のお客様をお連れしたんだけどシャルル様に入国とお目通りの許可を取って来てくれないか?」


「はっ!! 暫くお待ちください!!」


 アルタイルの命を受け門番の一人が王宮目がけて走っていく。


「大丈夫、すぐに許可が下りるはずだからそのベンチで休んでくれ」


「ああ……」


「しかしよく決心してくれたよ、君たちの協力が得られればこちらとしても心強い」


「あんたたちのおかげで村の外の惨状が分かった……もう自分の村だけを守っていられる段階はとうに過ぎていたのだな……我が故郷グリッターツリーまでもが滅んでいたのだから……」


 ベンチに腰掛けうな垂れるフランク。

 『最古の接ぎ木オールダーグラフト』での戦闘後の話し合いで、その情報を出した時は中々信じようとしなかったのだ。




 「そんな馬鹿な!? グリッターツリーが滅んだだと!?」


 フランクが声を荒げる。


「紛れもない事実ですよ、私とシャルロット様が行った時には既に一面焼け野原でしたから」


「あそこはここより数段上の隠蔽魔法が掛かっていたんだぞ!? それが滅んだなどと……信じられるか!!」


 取り乱すと同時にフランクは内心理解していたのだ……先の戦いで自分の村もいとも簡単に焼き払われてしまったのだから。

 ただそれを認めてしまったら耳長族としての心の拠り所が無くなってしまう……それが例え昔、自分を追放した故郷だったとしても。


「ここで提案なのですが、我々は超回復薬の材料を分けてもらう代わりに、あなた方にはエターニアに避難をしてもらうというのはどうでしょう? 」


「俺たちが人間の国にだと……?」


「ええ……悪い話ではないと思うのですが」


 フランクの人生経験上、簡単には人間を許すことはできないだろう……しかし森の半分以上を焼失してしまった『最古の接ぎ木オールダーグラフト』でこれまで同様に生活するのは不可能だ。


「村長……」


「お前たち?」


 村人たちがフランクの元に集まってきた。


「あんたの深い恨みは理解しているつもりだ、でもこのままでは我々は野垂れ死んでしまう……ここは一先ずこの方のお世話にならないか?」


「そうだ、グリッターツリーが滅んだ今、我々が耳長族を再興させなければ……そのためには石にかじりついてでも生き残らなければならない」


「村長!! 決断を!!」


 口々に声を上げる村人たち……フランクは一度ティーナとイワンを見据えた後、深呼吸してこう言った。


「あーーー分かった分かった!! お前たちの言う事はもっともだ、耳長族が絶えてしまうのだけは防がなければならない……

 あんた、アルタイルといったか? よろしく頼む」


「ええ……喜んで」


 周りから歓声が上がる……きっと心の奥底ではティーナとイワンを完全に許していないだろうが、和解の上で大きな一歩といえよう。


「アルタイル、オーディン草が必要といったな? こっちだ付いてこい」


 フランクの案内でアルタイルたちは焼け残った木々のある森の奥へと進んでいく。

 やがて庭園並みに手入れされた区画へと差し掛かる。


「ここだ、この森を離れることになる以上好きなだけ持っていくといい」


「ありがとうございます」


「なぁあんた、もうそんなかしこまった話し方はよしてくれないか? 俺はあんたに一族の命運を預けたんだ、これからはため口でいい」


「そうですね、じゃなかったそうだな、分かったよ」


 アルタイルとフランクは固く握手をした。




 薬草を摘みながら庭園を見渡すと、奥にはひと際高くて太い大樹がそびえ立っているのが見える。


「これが『最古の接ぎ木オールダーグラフト』……」


「そうだ、ご神木が焼け残ってくれたのがせめてもの救い……この大樹は元々原木の枝が育ったものだ、新たなご神木にはうってつけだろう……」


 そう言うとフランクは懐からナイフを取り出し、枝の一本を切り取った。


「ここから『輝ける大樹グリッターツリー』の復活が始まるんだ……そして俺たち耳長族も……」


 両掌に切り取った枝を乗せ、ご神木に深々と頭を下げる。


 こうして超回復薬の材料の調達完了と耳長族の移住が始まったのだった。




「お待たせしました、シャルル王がお会いになられるそうです」


「ありがとう、みなさん行きますよ」


 アルタイルの先導で一行は王城へとやってきた。


「フランクは私達と一緒に……他の皆は済まないがこの中庭で待っていてくれ」


 中庭にはテントやベッドが置かれていた、これはシャルロットたちが使っていたものだ……耳長族には怪我人も多い、それをそのまま利用してもらう事にして一同はシャルルの待つ謁見の間を目指す。


「おおっ!! グラハムよ、お前は無事であったか!! 良く帰って来てくれた!!」


 謁見が開始されるなり、シャルルは玉座から下り、グラハムの元へとやって来て彼の手を取る。


「勿体なきお言葉……不肖グラハム、生き恥を忍んで帰ってまいりました……」


 そのまま膝から崩れるグラハム、声は震えていた。


「何を申すか、お前ほどの男が」


「私はチャールズ王子をお守りできませんでした!! この罪は万死に値します!! どうかこの私に重い罰をお与えください!!」


「落ち着けグラハム!! まずは何があったのか申してみよ!!」


「はっ!! 仰せのままに!!」


 このあと、グラハムの口から驚愕の事実が語られる事となる……。

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