第83話 敵襲と強者の生還


 「ギャハハハ!! これは燃やし応えのありそうな森だぜ!!」


 醜悪な顔に二本の角と長い牙、全身石のような質感の肌に蝙蝠のような翼を背中から生やした怪物が徒党を組んで空からやってくる。


「あれはガーゴイルか!?」


 迎撃に現れたフランクが怪物の姿を見て正体を特定した。

 ガーゴイルは石像に邪悪な魂が宿った化け物で、その翼で自由自在に飛び回り、火球を吐き出す厄介な存在だ。


「みんな、これ以上奴らを村に近づけるな!! 撃て!!」


 耳長族たちは次々と上空に向け矢を放ち続ける……その様はまるで空が曇ったかと見まごう程であった。


「ゲヘヘヘ、そんなもの効くかよ!!」


 ガーゴイルたちは空中に停滞し矢をまともに身体に受ける……しかし矢はガーゴイルに中っても刺さる事は無く、弾き返されていた。


「なっ!? なんて硬さだ!!」


「馬鹿め!! 今度はこっちから行くぜ!!」


 ガーゴイルたちの上空から森への一斉火炎放射……炎は簡単に燃え広がり、近くに居た耳長族たちに燃え移る。


「ぎゃあああああっ!!」


「ひいいいいっ!!」


 火だるまになり転げまわる者、逃げ惑う者……もうすでに勝負になっていなかった。


「なめるな!! ウインドエレメントアロー!!」


 フランクが弓を番え、伸ばした左手の指先に宿った風の魔法が矢の先端に移っていく……そしてその矢を放つと、目にも止まらぬ速さで飛んで行った。


「グギャアアア!!」


 超高速の矢はガーゴイルの一体に命中、そのまま貫通していった。

 その個体の身体がガラガラと崩れ落ちる。


「へぇ、やるじゃねぇか……てめぇら!! あいつに一斉に襲い掛かれ!!」


 それを見たリーダー格と思しき身体が他の者より二回りほど大きいガーゴイルがフランクを指さす。

 するとフランクをぐるりと包囲した状態で前から後ろから一斉にガーゴイルたちが襲い掛かってきた。


「ケケケーーー八つ裂きだーーー!!」


 鋭い爪をぎらつかせガーゴイルがフランクに迫る……フランクもウインドエレメントアローを放つも連射が利くものではなく、二、三体を打ち落としたころで他の個体の接近を許してしまった。


「くっ……!!」


 万事休す……しかしその時彼を取り囲むように半透明のガラスのような壁が立ち並ぶ。

 突然現れたその壁に突き出した爪が防がれ砕け散る、中には顔面から壁に衝突した者もいた。

 ガーゴイルたちは動揺する。


「グゲッ!? 何だこの壁は!?」


「ほぅ、こいつは厄介なのが紛れ込んでいるな……」


 ガーゴイルリーダーが目を向けた先には魔法力を宿した手をフランクの方に向けたアルタイルが居た。


「何とか間に合いましたか……」


「あんた……」


 アルタイルを見つけて驚くフランク……まさか拘束した挙句、罵詈雑言を浴びせた相手が救援に来るなど思ってもいなかったからだ。


「逃げたんじゃなかったのか?」


「まさか、私はこう見えても伝説の女勇者の末裔に仕える者……あなた方を見捨てて逃げたとあってはに叱られてしまいます」


 その直後、夥しい数のウインドエレメントアローがアルタイルの後方から山なりに放たれる……それはガーゴイルたちに雨の様に降り注ぎ、次々と撃破していった。


「なっ、なんじゃこりゃ~~~!?」


「グギャアアア!!」


 今度はガーゴイルたちが逃げ惑う番だ、村の最深部、ご神木目前まで迫っていた敵の前線は一気に後退を余儀なくされる。


「一体どうなってるんだ? あんなに矢が放たれるなんて、どこから援軍を?」


「援軍など居ませんよ?」


「はっ!? そんな馬鹿な!! あの数はティーナ一人では無理だ!!」


 フランクは動揺する……ウインドエレメントアロー自体はティーナ程の使い手ならば問題なく扱える、しかし撃てても十発連続で発射するのが関の山だ。

 だが今の攻撃はそれをはるかに上回っていた、合点がいかない。


「これは回復薬の力です、ティーナさんには限界まで魔力を使ってから回復薬を使って回復して再び魔力を使って……を数回繰り返してもらいました」


 アルタイルがフランクに超回復薬の薬瓶を見せつける。


「これの何倍もの効力を持った超回復薬はここに一本だけ完成品がありますが、それでは足りません……量産するにはあなた方の協力が必要なのです」


「むむっ……」


 何とも複雑な表情を見せるフランク……しかし回復薬の効用を目の当たりにした以上、意地を張っている場合ではないのも理解している。


「いいだろう、こいつらを排除した後に考えてやってもいい」


「分かりました、交渉成立ですね」


 駆け付けてきたイワンとティーナに目で合図を送り、アルタイルは杖をかざす。


「『ファイアボール』!!」


 杖の先から放たれた火球がガーゴイルを襲う……魔力の籠った火の玉は易々とガーゴイルの石のように硬い身体を貫いていく。


「はあっ!!」


 ファイアボールが翼などに当たって地面に落下してきた者をイワンがミドルソードで切り裂く……斬撃を食らったガーゴイルは瞬時にバラバラになり石ころへと姿を変える。


「ウインドエレメントアロー!!」


 更にティーナが追い打ちの一斉射撃をお見舞いする……ガーゴイルたちは徐々にその数を減らしていった。


「もう一発!!」


 ティーナがガーゴイルリーダー目がけ、ウインドエレメントアローを放つ……その矢は確実にガーゴイルリーダーの頭を貫く軌道を描いていた。

 見事命中……中った時に炸裂した風魔法の衝撃波が奴の頭を覆い隠す。


「やった……!?」


 歓声を上げるティーナ……しかし風が晴れるとそこには無事なガーゴイルリーダーの顔があった。

 何とウインドエレメントアローの矢を噛みつくことで防いだのだ。


「他の雑魚と一緒にするなよ? これでも俺は魔王様に四天王と同等の信頼を得ているのだからな」


 スティック状の菓子を食べるように矢を噛み砕き飲み込む。

 硬いはずの奴の口角が笑ったかのようにつり上がった気がした。


「これならどうだ!! ファイアボール!!」


 アルタイルが上空のガーゴイルリーダー目がけファイアボールを連発する。

 連射するために一発一発の火球に込める魔力は抑えているが。、当たればガーゴイルリーダーにもダメージは通るはずだ。


「フン……こんな物、止まって見えるぜ」


 身を翻し大きく移動することなく最低限の身のこなしで全て避けてしまう。


(流石ガーゴイルの統率者、一筋縄ではいかないか……)


 アルタイルが心の中でつぶやく。

 通常、飛行タイプの敵と弓兵や魔導士では後者の方に分がある……しかし相手が強者であった場合はその相性は覆ってしまう。

 どうやらガーゴイルリーダーは動体視力がかなり良く、こちらの放つ攻撃を見切ってしまっているようなのだ。

 加えて空中を自由自在に飛び回れる機動力と俊敏性……矢を番え、魔法の詠唱をしている間に間合いに入られてしまう。


「そろそろ飽きてきたな、ここで終わらせるか……死ね!!」


 ガーゴイルリーダーは突如急降下を開始、ティーナ目がけて襲い掛かってきた。


「危ないティーナさん!!」


 アルタイルが先ほどフランクにしたように、少し離れた彼女に対し遠隔で防御魔法を展開した。

 しかしガーゴイルリーダーは空中で急に軌道を変えた……その先にはフランクが居たのだ。


「………!!」


「馬鹿め!! フェイントをかけたのだ!! まずはお前からだ!!」


 急なことで誰もが反応出来ない……ガーゴイルリーダーの爪がフランクに迫る。


「はあっ!!」


「グヌゥ……!?」


 突如割って入ったイワンが剣で爪を弾く……しかしその際に左腕に掠ってしまった。

 ガーゴイルリーダーは体勢を立て直すべく再び上空へと逃れる。


「あんた……何で俺を庇った?」


 フランクが背中越しにイワンに問う。


「目の前に襲われている人が居て放っておけないだろう……」


「今助けてくれた事には礼を言う……だがお前の全てを許してはいないからな?」


「分かってる……その話はみんなで生き残った後だ」


 四人はガーゴイルリーダーに改めて対峙する。


「チッ……さっさとやられればいいものを!!」


 次第にイライラを募らし上空へ舞い上がるガーゴイルリーダー……しかし冷静さを欠いたことにより周囲への警戒が疎かになっていた。


「グレートスラッシュ!!」


 森の中から一条の衝撃波が飛び出した……それはガーゴイルリーダーの右の翼の付け根に中り、切断する。


「なっ!?」


 一瞬何が起きたか分からないガーゴイルリーダーは錐揉みしながら落下……樹をなぎ倒し地面に強く叩きつけられた。


「何だ!? 何が起きた!?」


 そこへ一人の人影が近付いてきた。


「多少卑怯かと思いましたが後ろから狙わせてもらいましたよ……でもあなたには私を責める事は出来ませんよね? それだけの事をあなたは仕出かしたのですから」


「おっ……お前は!?」


「私はグラハム……エターニアの戦士です……これで冥途への土産になりましたか?」


「ちょっ……待ってくれ!! まっ……!!」


 ガーゴイルリーダーの命乞いもむなしく、グラハムは剣を振り下ろし首を刎ねる。

 直後、そこには直前までガーゴイルリーダーだった無数の石ころが転がるのみであった。

 それと同時に他のガーゴイルも動きを止め次々と地面に落下し砕け散る……どうやらガーゴイルリーダーが全てのガーゴイルを制御していたようだ。


「あなたは……グラハム殿!! ご無事でしたか!!」


 ガーゴイルリーダーが落下した場所を探って移動したアルタイルたちはグラハムと接触した。


「これはアルタイル様、何故あなたがここに?」


「実は話せば長くなりますが……」


 アルタイルはシャルロットがこちらへやって来てからの顛末を要点だけ抽出しグラハムに話した。


「成程、そんな事があったのですか……」


「はい、チャールズ王子とあなた方が行方不明なのもあって我々は彼女に賭けることにしたのです」


「………」


 考え込むグラハム……しかしアルタイルは彼から得も言われぬ雰囲気を感じ取っていた。

 それは殺気……以前の、魔王の討伐へ王子と向かう前の彼は、卓越した武芸とその気高い精神性でエターニアのみならず周辺の国にもその実力が知れ渡った人物だった。

 しかし今のグラハムは戦闘が終わったというのに、以前のような温和な表情には戻らず、目つきが鋭く険しいままだった。


「グラハム殿、今度はあなたの話しをお聞かせください……何故チャールズ王子に同行していたあなたが一人でいるのか……一体何があったのですか?」


 戦いにおいては常に正々堂々、敵対した者にも敬意を表すほどだった彼が今はどうだ……いくら味方が危機だったとはいえ背後から不意打ちという手段をとったのはアルタイルには違和感でしかなかったのだ。

 

「申し訳ありませんが今は申せません……最初はエターニア国王の御前でお話ししたいのです」


「分かりました、そういう事でしたら今はこれ以上望みませんよ」


 今の沈痛な表情のグラハムを見ておおよその事情を察し、アルタイルはそれ以上彼を追求することはしなかった。


「そうだイワン殿……先ほどの戦闘で左手を怪我していたね、治療するから傷を見せてくれないか?」


「いや……それは……」


 何とも歯切れの悪い返答をするイワン……あからさまに左腕を隠しているように感じられる。


「ちょっと傷口を見せてくれないか?」


 半ば強引にイワンの左手を引っ張る……すると傷を受けた部分が透き通り、奥の景色が見えていた。

 これは四天王バアル戦でダメージを受けた【捨てられた世界】から来た男たちが

 消滅する時に起こったとされる現象に酷似していた。

 イワンは力いっぱい腕を引き離し、すぐさま右手で隠す。


「イワン殿、これは……」


「大丈夫、まだ消える様子はないんだ……この事は皆には、特にティーナには内緒にしてくれないか?」


 ちらりと背後に居るティーナを見る。


「それはよいですが、隠し通せるのですか?」


「彼女にはこれ以上余計な心配を掛けたくないんだ……頼む」


 イワンの眼差しから強い決意を感じる……これ以上は野暮であろう。

 彼らは皆、思い現実を背負っているのだ。


 ガーゴイルの襲撃で起きた被害を確認し怪我人の介抱を済ませた後、一同はフランクの元に集まった。

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