第77話 犠牲と代償


 体表の熱が下がり切るのを待たずにサファイアは地面に横たわるアイオライトの元へと歩み寄る。

 すぐさまシャルロットも後を追いかける。

 

 アイオライトの身体は両腕は完全に破壊され原形を留めておらず、顔の左半分は皮膚に当たる外皮素材がめくれ上がり金属製の頭蓋骨格がむき出しになっていた。


「アイオライトーーー!! ごめんね、僕の所為でこんなになってしまって!!」


 シャルロットの両目から涙が溢れ出す。


『いいのです……これは私の、私の意思でやった事ですから』


「うううっ……!!」


 シャルロットは跪いて顔を手で覆い号泣してしまった。


『よく……やってクレました……もう一人の私、サファイア……シャルロット様を守ってくれタコと……感謝しマス』

 

 途切れ途切れで片言交じりに言葉を絞り出すアイオライト……彼女の受けたダメージは相当のもので、言語発声機能にまで影響を及ぼしていた。

 誰の目にも彼女の活動時間がそう長い事はないのは一目瞭然だった。


『いいえ、礼を言うのは私の方ですもう一人の私、アイオライト……あなたの発する信号がなければ私はこの場所を、シャルロット様の居場所を特定できませんでした……』


 サファイアはアイオライトの傍らにしゃがみ込み顔をのぞき込む。


『戦闘中、あなたの呼び掛けがナケればソレも不可能でシタ……コレハアナタノ手柄デス……』


 アイオライトのむき出しの機会の左目が明滅を繰り返す……次第にそれの間隔は早く短くなっていく。


『ドウヤラ私ノ活動限界ノ時ガ来タヨウデス……サファイア、私ノ最後ノ望ミヲ叶エテクレマセンカ?』


『分かりました』


 サファイアがアイオライトの胸の中心に両手の指を掛けると勢いよく左右に引っ張った……縦に開かれた胸の中には見たこともない無数の機械部品が露になった。


「サファイア!! 何て事をするの!?」


 シャルロットが驚きのあまり声を張り上げる……どう見てもサファイアがアイオライトを破壊しているようにしか見えなかったからだ。

 しかし動揺するシャルロットをよそに、サファイアはアイオライトの胸の中心にある球状の装置を握り締める。


『いま私の手の中にある球状の物体は、アイオライトの魔導力炉と記憶装置に当たる場所……要するに彼女の心臓と頭脳に当たる場所です……これを彼女の機能が完全に停止する前に私に移植します

 それにより私とアイオライトは記憶と経験を共有すると共に私の魔導出力は二倍以上にアップします』


「そんな!! アイオライトはまだ生きているじゃないか!!」


 シャルロットの涙は止まることを知らない。


『シャルロット様……私達ニ命ハアリマセン……ソンナニ悲シマナイデ……

 コノ魔導炉ノ移植ハ、私ガコレカラモアナタ様ト一緒ニ居ラレルタメノ行動ナノデス……ドウカさふぁいあヲ責メナイデアゲテ……』


「アイオライト……ごめん……ごめんね……」


 何度も謝罪の言葉を口にする。

 

『シャルロット様……私ヲ友達ト呼ンデクレタ事……嬉シカッタ……』


 サファイアも自身の胸を右手でこじ開け大きく開く……そしてアイオライトの魔導炉を身体に繋がる配線から引きちぎり、それを自身の右胸に収納した。

 直後、アイオライトの瞳の光が消える……この瞬間、アイオライトという疑似人格はこの世界から消滅した事になる。


『これで私とアイオライトは一つになりました……私は、私達はいつまでもシャルロット様と一緒に居ます』


「サファイア!! アイオライト!! うわああああああん……!!」


 居てもたってもいられずサファイアに飛びつくように抱き着くシャルロット。

 泣きじゃくるシャルロットを仄かに笑みを浮かべ抱きしめ返す。

 この時サファイアは得も言われぬ感覚を覚える……魔導炉の辺りが温かく感じられたのだ。



(これは……何?)


  もちろんこれは魔導炉が稼働して起こる熱の発生とは別のものだ……戸惑うサファイア。

 だが芽生えた感覚とは逆に、彼女の身体は既に人が触っても差し支えない程冷めていた。




 「おいお前たち!! 大丈夫か!?」


 先の戦いでバアルに傷を負わされた男たちの身体の異変に気付き声を上げる。

 何と、地面に横たわるその男たちの身体がどんどん色を失い透き通っていったのだ。


「あれ? あはは……どうやら俺はここまでのようだな……身体に力が入りやがらねぇ……」


「しっかりしろ!! 折角あの生き地獄のような世界から抜け出せたというのにこんなところで消えるな!!」


 イワンが必死に男の身体を揺さぶるが、彼の意識は既に朦朧としていた。

 その様子を横目に同じ症状の別の男が話しかける。


「そっとしておいてやれイワン……最後に一旗上げられてきっとそいつも本望だ、俺もな……

 一時とはいえ一国の姫様に仕えられたんだ、末代まで自慢できるぜ……まあ前代未聞の男の姫様だがな……へへっ」


「お前たち……」


 程なく数人の男たちは光の粒子になって掻き消えてしまった。

 イワンはやるせない気持ちで空を仰いだ……涙が流れ落ちないように……。


「イワン……」


 ティーナがイワンの背中に優しく寄り添う。


「ティーナ済まない、心配かけたな……」


 ティーナが無言で首を横に振る。


「今起こったことは姫様には言わないでくれるか?」


「えっ?」


「きっとあの姫様だ、アイオライトの事と同様に自分を責めるだろう……そんなことは誰も望んじゃあいない」


「でも……」


「頼むよ、この事はデネブ殿に私から言っておくから」


「分かった……これ以上彼女に要らない心配を掛けたくないのは私も一緒……秘密は守るわ」


 サファイアに泣きながら抱き着くシャルロットを遠めに見ながらイワンとティーナは決意をあらわにした。




 『嘆きの断崖』、地下洞窟内。


「どうやら上は片付いた様じゃな……」


 デネブたちは魔法力の放出を止め、魔方陣は光を失った。

 魔法を封じた対象であるバアルが消失したことを魔方陣を通じて感じられたからだ。


「ふぅ……流石に老骨には堪えるわい……」


「大丈夫ですかお師匠様?」


「見くびるなよアルタイル、久々じゃから少々疲れもしたが、まだまだお前たちには負けんからの!!」


「はいはい、パパはすごいわねぇ~~~」


「ベガお前、儂を馬鹿にしておるな?」


 緊張感が途切れ三人が憎まれ口を叩きあっていると、そこにイワンが現れた。


「デネブ殿……」


「おお!! イワン殿、無事じゃったか!! んっ? どうしたそんなに神妙な顔をして……」


「実は……」


 イワンが先ほど起こった傷を負った男たちが消えてしまった現象の事をデネブに話した。


「儂にも原因を断定できぬが、それはきっと儂やお主を含む『捨てられた世界』に居たものに起こりうる現象かもしれぬな……」


「お師匠様、それはどういった事でしょう?」


「『捨てられた世界』は時間の流れが存在しない世界じゃ、その中では普通に生活できるが身体は年を取らない……しかしじゃ、『捨てられた世界』とこちらの世界が繋がり、儂らがこちらに来たことにより儂らにも時間経過が戻ったという事じゃな……」


「それがどうして消えてしまう事に繋がるので?」


「考えてもみろ、長期間時間が止まっていた身体に急に時間経過という力が流れ込むのじゃ……何か異常が起こってもおかしくはないじゃろう? そう、例えば身体が耐えられなくなって消滅するとかな……」


「デネブ殿!! それって!!」


 イワンが過剰に食いつく。


「それじゃあ、今回の消失事件は……」


 アルタイルが固唾をのむ。


「恐らくそういう事じゃろうな……切っ掛けは戦闘で傷を負わされた事じゃろうが、他にも起点になる事象があるやも知れぬな」


「成程、パパの推理は流石ね……きっとそれで間違いないとアタシも思うわ」


 ベガが胸の前でポンと手を合わせる。


「それで私は、この事はシャルロット様にはお教えしない方が良いと思うのですが……」


「そうじゃな、儂も賛成じゃ……なにせ儂もイワン殿もいつ消えてもおかしくはないんじゃ、このことを知れば姫様は儂らを特別扱いするじゃろうて」


「それではいけないのですか? 私はお師匠様にまた消えてほしくはありません……あんな思いは何度もしたくありません」


 アルタイルは沈痛な表情で顔を伏せる。


「何を言っておる、儂はそもそもいつお迎えが来てもおかしくない歳じゃろう?

 いつまでも儂の弟子に甘んじているからそんな甘えた言動が出てくるのじゃ!!

 あ~~そうじゃな、この件が落ち着いたらお前も弟子を取れ……そうすればお前も成長するであろう」


「考えておきます……」


「まあ戦いは終わったことですし、いつまでもこんな薄暗いところで立ち話も何でしょう? そろそろ上に上がって姫様たちと合流しましょうよ」


「それもそうじゃな、お前らもここで話したことは他言無用じゃぞ!!」


「はい」


 こうして四人は地下洞窟を後にした。

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