第73話 予期せぬ訪問者


 ティーナの案内で森にある岩場に空いた洞窟を奥へ奥へと進む。

 途中から急こう配になっていてかなり危険だ。


「足元が滑るので気を付けてください」


 松明をもって先導するティーナが注意を促す。


「はい……うわあっ!!」


 足を滑らすシャルロット、ゴツゴツした岩がむき出している洞窟の底面におもいきりお尻を打ち付けてしまった。


「痛た~~~」


「気を付けなさいな、お尻が割れてしまうわよ」


「もう割れてるよ!!」


 このふざけたやり取り……シャルロットは本当にベガが返ってきたのだと実感する。

 こちらの世界に来てからも気丈に振舞っていたシャルロットも心に余裕がなくなり始めていた矢先に四天王バアルとの戦いに敗走……冷静さを失った彼女は案の定、すぐに再戦を提案した。

 同一人物とはいえ付き合いの短いアルタイルでは彼女の強情な性格を諫めることが難しくなったところに良いタイミングでベガが現れた。

 彼が居なければ今頃どうなっていたのか分からない。


「まるで螺旋階段ね、こんな洞窟見たことないわ」


 洞窟内は左巻きにねじれており、下方向へと続いていた。

 どれだけ回らされたか覚えていない。


「もう少しなので頑張ってください、そろそろ楽になるので……」


 ティーナの言う通り洞窟が水平になり随分と歩きやすくなった。

 横穴は今までの螺旋状の通路とは違いかなりの広さがあった。

 心なしか奥がぼんやりと明るい気がする。

 いや、気がするのではない……歩を進めるたび確実に明るさが増していく。


「着きました、ここです」


 洞窟の途中、極彩色に輝く光の壁が行く手を阻んでいた。

 ただ、この位置は洞窟の最奥ではないようだ、時折透けて見える光の壁の奥にもまだ横穴は続いている。


「これは一体……?」


 博識なアルタイルやベガですら驚愕の表情を隠しきれない。

 彼らですら目の前のこの現象を見るのは初めてだった。


「あなた方へのお願いというのは、この光の壁を取り去っていただく事なのです」


「これを?」


「あっ!! 触らないでください!! 危険です!!」


 差し出したシャルロットの手を慌てて掴むティーナ。

 それを受けアルタイルが下に落ちていた石ころを拾い光の壁に向けて放り投げる。

 すると石は光の壁に触れた途端、火花を上げながら砕け散った。


「危なかった……触っていたら今頃……」


 シャルロットの顔が見る見る青ざめていく。


「見ての通りこの光の壁はあらゆるものを通しません……私も弓矢に魔法と色々試しましたがどれも効果がありませんでした」


 目を伏せ拳を握り締めるティーナ。

 身体が微かに震えている。

 それをベガは見逃さなかった。


「ねぇ、ティーナさんっていったっけ? あなたはどうしてそこまでしてこの光に壁を破りたいのかしら? それを聞いておかないとアタシのやる気にも影響するのよね~~」


「それは……この先に私の愛する人が囚われているからです……」


「えっ……?」


 シャルロットは両手で口を覆う。

 

「何でそんなことになったのかしら?」


 ベガが更にティーナに質問を続ける……その口調は妙に落ち着いていて、まるでティーナに敢えて経緯を語らせようとしている感じだ。


「言いづらい?」


「いえ、協力してくれる方々に隠し事はしたくありません……

 私と彼は愛し合っていました、しかし私は耳長族、彼は人間……周りは私たちが結ばれるのを許してはくれませんでした……

 その内、耳長族と人間は私たちのことで争うようになっていきました

 私たちは二人で逃げました、この断崖まで……しかし尚も追手が掛かり遂に崖の先端まで追い詰められてしまったのです

 観念した私たちは崖から身を投げました、この世界で結ばれぬのならあの世で結ばれようとしたのです」


「そんな……」


 シャルロットの目には涙が溜まっていた。


「でもあなたは生きているわね」


「はい、落下の途中、彼だけが突然崖の中腹から発せられた謎の光に引き込まれてしまったのです……私は海に落下するも奇跡的に命を取り留めました

 それから死に物狂いで崖を昇り、彼が消えた辺りまで来ると横穴があり、そしてこの光の壁があったのです」


「そう……これはもしかすると空間を遮断したり取り込んだりする魔力暴走現象かもしれないわね」


「そんな事があるの!?」


 ベガとアルタイルが首を縦に振る。


「土地に宿る魔力……アタシたちはマナと呼んでるのだけれど、それが不安定な場所に稀に起こるわね、しかも一応自然現象だからいつどこで起こるかははっきりしないし……」


「以前、私の師である大魔導士デネブが研究していたテーマに召喚術や別次元への転移というのがあったんですが、ティーナさんが遭遇したようなトラブルが起こったことがありました……

 その事故の所為で師は光に飲み込まれ消息不明になってしまったんですよ」


「それじゃあそのデネブというお方は……」


「今も行方不明のままですよ……」


 アルタイルは力なく首を横に振った。


「話しに横槍を入れてすみません……ティーナさん続けてください」


「はい、ほとぼりが冷めたころ私が崖の頂上に戻ると、もう両種族の争いは収まり、誰もいなくなっていました

 その後も私はこの崖の近くに人知れず居を構え、風の魔法を使って今私たちが居るここ場所まで穴を掘りました

 この光の壁をいつか打ち破り、彼を取り戻すために……」


「えっ!? まさかここまで降りてくるのに通った洞窟や横穴は……!!」


「はい、すべて私が掘りました、長い年月をかけて」


「………」


 一様に顔を見合わせるシャルロットとアルタイルとベガ。


(あっそうか……ここって……)


 ここが崖上でアイオライトが空間転移の反応があるといった場所の丁度真下辺りに当たるのをシャルロットは気がついた。


「いくら寿命の長い耳長族といえ大した執念だわ、通りで洞窟が人為的だと思った……でも残酷なようだけどこれだけは言わせてもらうわね

 それだけ時間が経ってしまって彼がまだ生きているとは限らないと思うのだけれど?」


「それでもいいのです、彼の亡骸があったのなら弔ってあげたい」


 ティーナの目から溢れた涙は頬を伝い地面に落ちる。

 それを見てシャルロットは決意した。


「分かったよ、僕たちに出来ることなら何だってしてあげるよ!!」


「あっ……ありがとうございます……!! うううっ……!!」


 シャルロットに肩を抱かれてティーナは堰を切ったように泣きじゃくった。




 シャルロットが光の壁に対峙し、未来の剣を構える。

 いつになく気合が籠った眼差しだ。

 何故彼女が未来の剣で切り掛かろうとしているかというと……

 それはティーナが泣き止んだころ。


「シャル様に声を掛けた切っ掛けは?」


「はい、彼女が四天王イグニスを一刀両断したのを目撃しまして、その斬撃が走る刹那、時空が切り裂かれたのが一瞬ですが見えました

 もしあの剣でこの光の壁を切り裂けば或るいは……と」


「なるほど、ありえない話しではないわね……シャル様、ちょっと未来の剣であの光の壁を切ってみてくれないかしら?」


「はっ……!!」


 暫く睨みつけた後、シャルロットが縦一閃に剣を振り下ろす。

 切っ先が触れた途端、半透明だった光の壁は眩く白色に発光、金属同士がぶつかったような甲高い音を立てはじかれてしまった。


「あれれっ!?」


 反動でバランスを崩す。

 

「どういうこと? 剣が通らない?」


 シャルロットは剣を離し自分の掌を見つめる……先のイグニスとの戦いで自分は伝説の武具を使い熟したのではなかったのか……もしやあの力は一時だけのものだったのだろうか。


「もう……しょうがない子ね」


 ベガは悲痛な表情をしているシャルロットの後ろの回り込み、背中側から抱き付いた。


「ちょっ……こんな時に何を!?」


「駄目でしょう? そんなに思いつめちゃ……ほらリラックスリラックス……」


 ベガが吐息をシャルロットの耳元に吹き付け身体をまさぐる、胴に腕を回し内腿に指を這わせる。


「あっ……本当に……やめてっ……」


 顔を上気させて恥じらうシャルロット。

 ベガの顔も恍惚とした表情に変わっていくが、ふと我に返った。

 

「あら、危なく夢中になってしまうところだったわ、シャルちゃんがあまりに可愛いからつい……」


 手を離すとシャルロットは力なく地面にアヒル座りして自分の身体を抱きしめる動作をした。


「もう……何だっていうんだい!?」


 涙目でキッと上目遣いでベガを睨む。


「悪かったわよ~~  それじゃあもう一回アレを切ってみて頂戴」


「まったくもう……」


 ブツブツ文句を言いながらもう一度光の壁の前に立つ。

 

「はぁっ!!」


 今度は横一線に剣を振る……するとどうだろう、今度は光の壁は発光こそすれ、火にあぶったナイフがバターを切るがごとくすんなりと刀身が入っていくではないか。


「はっ!! はっ!! はーーーーっ!!」


 連続で何度も切りつけ、光の壁はすべて取り払われた。


「何で今になって切れるようになったんだろう?」


 シャルロットは小首を傾げる。


「なあ、これはどういう事なんだ? 私にも分からないんだが……」


 アルタイルがベガに耳打ちする。


「そんなの簡単よ、あの子、身体に力が入り過ぎている……だから少し悪戯も兼ねて身体をほぐしてあげたの」


「………」


「いやぁね冗談よ、少し女性的に扱って心身に刺激を与える事で伝説の装備がまた使えるようになるんじゃないかと思って試してみたのよ」


「それもどうかと思うがね」


 一方、ティーナは感涙に咽び泣いていた。

 

「やった……遂に……遂にこの先に行けるのですね……」


 ティーナの頬に涙が伝う。

 結果が出るとも分からない孤独な挑戦を続けてきたのだ、無理もない。


「これはどうしたことだ……?」


「どうしたのアルタイル……あっ」


 新たに開けた洞窟の奥を観察していたアルタイルが動揺しているのでシャルロットが駆け寄る。

 すると奥は明かりが点いている訳でもないのに明るく、そこから複数人の人影がどんどん大きくなってくる、近付いて来るのが分かる。


「気を付けて、何者か分からないからね」


 一行は身構える。


「何じゃ? 突然空間に裂け目が出来たから来てみたが、どこじゃここは?」


 白髪に城髭を蓄えたボロボロのローブを纏った老人が数人の男を従えて現れた。


「まあ!! パパ!?」


 ベガが素っ頓狂な声を上げる。


「おおっ!? そこに居るのは我が娘ベガではないか!!……いや息子だったか!? どっちだったかのう……」


 その老人もベガを見つけ驚いているようだった。


「ベガ!! このご老人と知り合いなの!? それにパパって……」


「ええ、シャル様紹介するわ!! アタシのパパ、大魔導士デネブよ!!」


「ええええーーーーーーーーーーーーっ!?」


 突然の出来事に頭が追い付かないシャルロットであった。

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