第63話 偽シャルロット姫奮闘記


 「有ったわ、前に来た時と状態は一緒よ」


『まあこれ程の大きさと重量ですからね、そうそう無くなるものではないでしょう』


 シャルロットとの戦闘後、そこからしばらく移動し、リサとアークライトは海岸沿いでとある物がある場所を訪れた。

 彼らがここに来るのは実は初めてではない。

 金属製か陶器製か判別しづらい材質の黄色く着色された巨大な物体………それは腕と脚に見える、それも一対づつ。

 しかしそれらが四肢だというなら決定的に足りないものがあった………胴と頭である。

 丁度その部分だけが抜き取られたような配置でその物体たちは並んでいた。


『お待たせしましたね、さあ出ておいでルビー』


 アークライトが自身の横の空間を開き、その中から半壊したルビーを引っ張り出す。

 そして砂の上に横たえた。


『ア………アア………』


『やれやれ、破壊された衝撃で言語中枢にも支障をきたしましたか………流石にそちらの方はブラックボックス、私にも直せません』


 うわ言の様に言葉を発する胴と頭だけになってしまったルビーを見て肩をすくめるアークライト。

 

「本当に直せるのかい?」


『さあ、古代兵器の修理なんてやったことありませんから』


「はい!? じゃあ何で修理するなんて言ったのよ!?」


 あきれ顔のリサをよそに、アークライトはルビーを転がっている四肢の中心に来るように引きずっていく。


『ルビーは手足を失い、別の個体の手足はここにある………見たところ構造は酷似しているし何とかなると思うでしょう普通』


「いや、普通かいそれ?」


『初めてやることに対して前例がないのは当たり前、取り合えず何事も試してみなくてはね』


「はあ、まるで教師みたいなことを言うねあんた………元はそういう職業の人かい?」


 リサのその言葉を聞くなりアークライトは手を止め、リサの眼前まで歩いてきた………顔はこれ以上ないほど接近している。

 仮面から唯一覗く、ぎょろりとした不気味な眼球に睨まれリサはたじろいだ。


『リサさん、好奇心を持つのは良い事ですが、世の中には知らない方が良い事もあります………行き過ぎた好奇心は身を滅ぼしかねない』


「悪かったわよ………気に障ったのなら謝るわ」


『いいえ~~~分かっていただけてうれしいですよ』


 それだけ言うと踵を返し、またルビーの元へと戻っていった。


(ホント、何なのよもう………)


 彼に睨まれた事で冷や汗を掻いたリサは先ほどの戦闘でシャルロットたちに対してアークライトが使ったブラックホールの魔法を思い出していた………彼にしてみれば自分なんてたんぽぽの綿毛並みに簡単に散らす事が出来るのだ。

 以降、彼の正体に対して迂闊な詮索はしないように肝に銘じた。

 



 ほぼ同時刻…。


 シャルロットに変装したイオ、ハインツ、メイドに扮したシオンはマウイマウイの王宮、その一室に通されていた。


「それにしてもこのマウイマウイという国は実に神秘に満ちていますね!! 

 建物も人も見るものすべてが初めてのものばかり!! これがエキゾチックというものなんですね!!」


 イオはマウイマウイの領内、この王宮に来るまでの街並みや景色に興奮していた。

 日差しが強く温暖な南の地ゆえ国民は皆肌が褐色であり、派手な色使いと奇抜な模様の織物を巻くように身体に纏い町中を闊歩している。

 建物もよくしなる植物の骨組みに布を張るテントのような構造をしている。

 これは風通しを良くするためであり、雨の少ないマウイマウイにおいてはこれで十分なのだ。

 当然それ相応の施設はしっかりレンガ造りではあるが。


「ほら、この調度品なんてどうしてこんなデザインなんですかね!! エターニアにはこんなセンスを持った人はいないでしょう!!」


 壺に人が抱き着いた奇妙なデザインの置物………顔は白目を剥いて大口を開けている、何とも言い難いものであった。


「おい、少しは落ち着いたらどうだ?」


 やれやれといった表情のハインツ。


「これが落ち着いていられますか!! マウイマウイなんてめったに来れないのですからね!!」


 イオの好奇心はとどまるところを知らない、控え室の隅から隅までなめるように見渡していく。


「………」


 目の前にシャルロットと瓜二つの存在が目を輝かせて元気に動き回っているのを見てハインツは複雑な心境になっていた。


(あいつ、今頃どうしているだろう………あんなに落ち込んだあいつを見たのは長い付き合いだが初めてだった………)


「イ………シャルロット様、はしたないですよ? 仮にも一国の姫君なのですからもう少しお立場にふさわしい振る舞いを心がけてくださいまし」


 シオンにそう言われたイオは一瞬きょとんとしたが、あっ………と思い出したように我に返った。


「そっ、そうですわね………少々はしゃぎすぎましたわ、オホホホホ!!」


(シャルロットはそんな笑い方しねーーーよ!!)


 声に出して突っ込みたかったハインツであったが、折角シオンが軌道修正してくれたことを無駄にしたくなかったのでここは大人しく口をつぐんだ。


(ハインツ殿も………姫様が心配なのは分かりますがここはしっかりしてくださいね………)


(おっ、おう………)


 シオンはハインツの耳元でそう言って離れていった。

 どうやら心境が所作と表情に出ていたらしい。

 頬を軽く手のひらで両側から叩き、気合を入れなおす。


「あれ? そういえばツィッギーはどこ行ったんだ?」


「はて、王宮に向かう街道を歩いているときまでは一緒だったはずですが………」


 今更だが先ほどからツィッギーに姿が見えない、シャルロット(イオ)の奇行のせいですっかり失念していたのだ。


「彼女なら出掛けていますですよ、ボクが用をお願いしましたので…」


 ある程度落ち着きを取り戻したシャルロット(イオ)が不敵な笑みを浮かべる。


「何故、このタイミングで!? 危険じゃないか!!」


「備えあればなんとやらです…しいて言うなら保険ですよハインツ殿」


「そっ、そうか…ならいいんだ」


 シャルロット(イオ)の言動にいささか腑に落ちないところがあるものの、ハインツはそれ以上詮索をしなかった。


「お待たせしました、マウイマウイ王カロン様がお会いになられます、さあこちらへ」


 侍女と思われる褐色の肌の美しい少女が彼らの控室に現れた。


「分かりました、では参りますよ二人とも」


「はい」


 侍女に導かれ、廊下に敷き詰められた美しい絨毯の上を歩く一行。

 廊下の両脇には王宮の従者だろうか、物凄い人数が正座して並び、一行が歩みを進めるとそれに連動するかのように深々とお辞儀をした。

 さながらお辞儀のドミノ倒しだ。

 圧倒されつつも平常心を保ち廊下を歩いていく。

 心配されたイオの立ち居振る舞いも今のところ問題なさそうである。


 ほどなくしてカロン王の待つ謁見の間にたどり着いた。


「これは遥々遠方からよう来なさった、儂がマウイマウイの王、カロンじゃ」


 一段高くなっている豪奢な装飾の台に胡坐をかいているのは頭にターバンを巻いた褐色の肌の恰幅の良い髭の人物………カロン王が居た。

 その横には肌の色こそ健康そうなのにひょろひょろのガリガリなひ弱そうな少年が正座で座っている。


「第一王子のカルネ………です………どうぞよろしく………へへっ」


 よく耳をそばだてていないと聞き取れないほどの小声でカルネ王子は自己紹介した。


「お初にお目にかかります、エターニア王国王女、シャルロットでございます」


 片足を引き、腰を落とし、スカートの両端を掴んで優雅にお辞儀するシャルロット(イオ)。

 ダメ押しに小首を傾げて「ウフッ」っとほほ笑んだ。

 途端に周りの側近からため息交じりのざわめきが起こった。

 皆、シャルロット(イオ)の所作と美貌に心を鷲掴みにされてしまったのだ。

 本物を見慣れているハインツですら一瞬ドキリとしてしまったほどだ。

 前方のカロン王とカルネ王子も例外ではなく目じりが下がり口元が緩んでいる。


「素晴らしい!! 噂に違わぬ美しさじゃ!!」


「お褒め頂きありがとうございます」


 直後、カルネ王子がカロン王ににじり寄り何やら耳打ちしている。

 その間見ちらちらとシャルロット(イオ)の方を見ている。


「早速じゃが本題に入ろうと思う、祝言はいつが良いかな?」


「えっ?」


 聞き間違いかと思ったがカロン王はいきなり祝言の日取りの相談に入った。

 どうやら先ほどのカルネ王子の耳打ちはシャルロットを嫁にするとカロン王に告げたのであろう。


「そんな急な………まだ私は結婚をお受けするとは言っておりません」


「何じゃと!? お前さんはこちらに嫁ぐつもりで来たのではないのか!? 神器はいらんと申すか!?」


 今まで上機嫌だったカロン王の態度が一変する………神器でこちらの弱みを握り強引にシャルロットを嫁がせようと強要してきたのだ。


「やれやれ、そんな事だろうと思ったよ………」


 前へ出ようとするハインツ、しかし彼をシオンが腕をつかみ引き留める。


「なぜ止めるシオン? ひとこと言ってやらないと気が済まないぜ」


「およしなさい、あなたのような従者が口をはさんでよい状況ではありません………場合によっては不敬罪で処刑されますよ?」


「ぐっ………じゃあどうするんだよ」


「ここはイ………シャルロット様に任せるしかない」


「本当に大丈夫なのか?」


 二人はシャルロット(イオ)に視線を移す。


「ではお聞きしますが、その神器は本当に本物なんですか? まさか私との縁談を強引に取り決めるための方便なのでは無くて?」


「疑うというのか!? このマウイマウイ王カロンの言う事を!!」


「そこまで言うのならその『現在の盾』、見せていただけますか!?」


 シャルロット(イオ)は敢然とカロン王に立ち向かっている………その勇ましさは戦っているときのシャルロットそのものを思い起こさせた。


「いいだろう!! こちらへ参れ!!」


 勢いよく立ち上がったカロン王はドスドスと不機嫌そうな足音で玉座を降り、その後を金魚のフンの様にカルネ王子が付いていく。

 側近たちのざわめきの中、 シャルロット(イオ)たちもその後に続いた。


「こっちじゃ」


 先ほどいた王宮の煌びやかさとは打って変わって土壁の飾り気のない廊下を進んでいく。

 そこは常夏のマウイマウイとは思えないほどひんやりとしており肌寒ささえ感じる。

 しばらくして大きな鉄の扉の前に辿り着いた。

 扉の中央には大きな錠前が掛かっていた。

 それを腹巻から取り出した大きな鍵を差し込み取り外す。

 耳障りなきしむ音を響かせ鉄扉が開いていく………中の部屋の中央には外周に備え付けられたおびただしい数の蝋燭の明かりに照らされた、傷一つない美しい鏡のような円形の盾が浮かび上がる。


「これが『現在の盾』………」


 シャルロット(イオ)はゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らす………先ほどは目新しいものを見るたびはしゃいでいた彼だが、この盾に至ってはそんな気にはなれなかった。

 只々神々しい………いつまでも時間を忘れて眺めていたい、そんな衝動に駆られる。


「触っても?」


「特別に許可しよう、盾に認められた者にしか持つことが出来ぬからな、持ち逃げなど出来ぬよ」


「そんな盗人のようなことはしませんわ」


 毅然とした態度でカロン王を睨みつけるシャルロット(イオ)。


(おい、どうするつもりだ? 神器の判別は女勇者の末裔………シャルロットにしか出来ないんじゃなかったのか?)


 ハインツはシャルロット(イオ)に耳打ちする。


(大丈夫、以前姫様に神器の剣を触らせてもらった事がある)


(ただ重いだけの盾でもお前じゃ持てないだろう)


(そうですけど、あれは重量で重くなってるんじゃないんです、神器そのものが持とうとしている者を選んでいるから認められないと持ち上がらないようになっているから感触でわかりますよ、文字通りびくともしない………剣の時はそうでしたから)


「何をこそこそ話しているのじゃ?」


「いいえ~~~なんでもありません事よ?」


 引きつった笑いで誤魔化す。


「では………」


 緊張の一瞬………シャルロット(イオ)の手に力が籠る。


「これは………本物です!!」


「本当なのか!?」


「間違いないです!! この台座と一体化したかのように微動だにしない感触………これは本物の証拠です!!」


 ついいつもの言葉遣いになってしまっているシャルロット(イオ)。

 

「ちょっと待ちなされ、動かないとは? 女勇者の血を引くお前さんなら軽く持ち上げられるのではなかったのか?」


 カロン王の指摘にハッとする一行、興奮のあまりつい事実を口走ってしまっていた。


「いえ私、長旅で疲れているので調子が悪くて………ですからわざと血の力を出さず、もう一つの判別方法を試してみたのですわ!!」


 口から出まかせの苦しい言い訳………完全に目が泳いでいる。


「ほう、そういう判別方法もあるのですかな? それは知らなんだ」


 どうやらカロン王は信じたようだ、危ないところであった。


「では神器も本物であったと証明されたわけだし、息子の嫁になってくれるのであろう?」


 やはりそこに話が戻る………どうあっても結婚をしなければならないのだろうか?


「実は今日こちらに伺ったのは縁談を正式にお断りするために参ったのです」


「この期に及んでまだそんな事を!! そなたには世界を救うために身をささげる覚悟は無いのか!?」


 再び激昂するカロン王………頭から湯気が立ちそうな勢いだ。


「人の弱みに付け込もうとされるあなた様にだけは言われたくありません事よ?

 惚れた女に自分から声も掛けられないお坊ちゃんなんてこちらから願い下げですわ!!」


「無礼な!!! 女勇者の末裔だからと下手に出でていれば付け上がりおって~~~!!!」


 こめかみの血管が破裂しそうに脈打つ。 

 カルネ王子は床にへたり込んで放心状態だ。


(あちゃ~~~イオの毒舌がこんな時に絶好調とは………)


 ハインツは頭を抱えた………これだけの発言をしたのだ、ただで済むわけがない。


「それに私、すでに心に決めた殿方がいらっしゃいますの」


 そう言ってシャルロット(イオ)はハインツの側に歩み寄った。

 そして正面からハインツの肩に両腕を回すと顔を寄せ………


 チュッ………。


 互いの唇と唇を合わせた。


「なっ………!!?」


 突然のことに何が起こったのか分からないハインツ。


「という事で私はこのハインツと恋仲なのです、将来も誓い合ってますのよ」


 唇に人差し指を添えて妙に艶めかしい表情をするシャルロット(イオ)。


「ひゃっ!! ひゃああああああっ!!」


 それを見て錯乱したように叫ぶカルネ王子。

 余程ショックを受けたようだ。


「何たる破廉恥な!! 者ども!! この痴れ者どもをひっ捕らえよ!!」


「「「はは~~~~!!」」」


 三人はあっという間にマウイマウイの衛兵に取り囲まれてしまった。


「あれ~~~!? こんな筈では………」


「バカヤローーーー!!!」


「はぁ………」


 シャルロット(イオ)は首を傾げ、ハインツが叫ぶ。

 シオンは呆れてものが言えなかった。

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