第41話 疑惑

 夜が更け、 エターニアの城下のとある古びたバーのカウンターで、ベガが一人カクテルを楽しんでいた。


「ねえマスター…最近のこの国はどう?」


「はい…何かと物騒になって来ていますね…国民の間では伝説の魔王が復活するのではなんて根も葉もない噂が立っていますよ…」


落ち着いた口調でベガの質問に答えるマスターと呼ばれた人物は、ロマンスグレーの髪と、揉み上げから繋がる髭を蓄えた初老の男性だ。

見るからにダンディなこのマスターと娼婦的な見た目のベガがカウンターを挟んでこの場に居るだけでとても絵になる…但しベガは年齢不詳のれっきとした男であるが…。

マスターのスーツ姿でシェイカーを振る姿は堂に入っており、見る物にベテランの貫録と安心感を与えてくれる。

出来上がったカクテルをグラスに注ぎベガの前にスッと差し出す。

彼の今夜十杯めのオーダーである。


「シャルロット様の評判は?」


グラスを持ち上げ照明に透かす…淡いピンクのリキュールの中にチェリーが沈んでいた。


「老若男女、総じて人気がありますね…お忍びで街に繰り出して国民と触れ合ったり、子供と遊んだり、何よりあの屈託のない笑顔がいいですよね…ただ一部ではあまり良く思われていないようですが…」


「へ~…で、その一部は何て?」


マスターはゆっくり店内を見回してからベガの耳元に顔を近づけ囁くように言う。

幸い店内に客はベガ一人だが、警戒に越した事は無い。


「…ここ最近の国家を巻き込む程の大騒動が起きているのはシャルロット様のせいだと不満の声を上げる者も僅かながらに居るのですよ…」


「…なるほどね~」


ベガは手にしていたカクテルを一気にあおった。

直後、バーの入り口のドアの来客を知らせるチャイムが鳴る。

入って来たのは黄色いローブを羽織った背の小さな少女だ。


「お嬢ちゃん…ここは子供が入って来てはいけない店だよ…お帰り」


少女はおもむろに顔を覆うローブをはぐる。


「済まないねマスター…私だよ、アルタイルだ」


「アルタイル様?どうしてそんな姿に?」


現れた顔は幼くはあるが紛れもなくアルタイルであった…大袈裟に騒ぎ立てこそしないが、マスターは大層驚いていた。


「まあ色々あってね…ベガ、隣いいか?」


「どうぞご自由に」


アルタイルはベガの隣のカウンター席に着こうとするが、背が低いせいで中々座る事が出来ない。


「アハハハ…!!あら、ごめんなさ~い!!あなたの必死に椅子に腰掛けようとする仕草があまりに滑稽で、余りに愛らしかったものだからつい…アハハハ!!」


「………」


眉間にしわを寄せるアルタイルの表情にさすがに言い過ぎたと思ったベガは咄嗟に取り繕う…が、思い出し笑いを始めてしまい、さらに追い打ちをかけてしまった様だ。

アルタイルはヤレヤレと首を振り肩をすくめた。


「ここに居たか…まだこの国の中に居てくれて良かったよ…お前と来たら三日と同じ土地に居ないからな…」


「な~に?アタシの肌が恋しくなったのかしら?」


「またそういう事言う…私は真面目な話をしに来たんだ」


「あらそう…残念ね…」


心底残念そうに口を尖らせカウンター突っ伏す。


「それはそうとあなたの弟子のあの子…イオって言ったかしら、今日は一緒じゃないの?」


「ああ…今日の話題はイオにはまだ聞かせられる内容じゃないんでな、置いて来た」


「そう…しかしあなたもやるわね~アタシの留守の間にあんな子をはべらしているなんて…ちょっと妬けたわ…」


「お前とはもう終わった事だろう…って言うかお前から私を捨てたのだろうが…」


「…そうだったかしら、忘れたわ…でもあの子を見た時はそれは驚いたわ、何せ昔のアタシにそっくりだったんですもの…」


「…偶然街の路地でボロボロで蹲っていたイオを見付けてね…保護しただけさ」


ふたりの意味深なセリフのやり取り…一体二人には過去に何があったのだろうか。


「その話はもういいだろう?そろそろ本題に入るが…今日、シャルロット様に縁談があり、彼女はそれを受けたそうだ…」


「はぁ!?シャルちゃんは何を考えているの!?だってあの子はおと…」


「馬鹿!!ここでその話は…!!」


口を滑らせそうになったベガの口を慌てて押さえつける。


「マスター、奥の部屋を貸してもらえないかな?」


「分かりました、ではこれを…」


マスターがお盆をテーブルの上に置き、グラス二つとワインのボトル一本、とオレンジジュースの入ったピッチャー、ナッツやスナック菓子の入った小さな籠を次々と載せていった。

そしてそれをアルタイルとベガに差し出す。


「ありがとう」


そのお盆を持ち、カウンター横のドアの奥に進む。

短い廊下を抜けると、余り広くない小部屋に四~五人で囲うと一杯になりそうな円卓があった。


「ここなら人に聞かれる心配はないな…いいよ話して」


「え~と…そうそう!!シャルちゃんは男の子でしょうに…もし縁談が纏まっちゃったらどうするのよ!?」


「そうだな、お前の言う通り…しかし今回のシャルロット様の決断も分からなくはない…」


「らしくないわね…何だって言うのよ…」


いつものアルタイルなら間違いなく異議を申し立てそうな案件なのに妙に物分かりが良いのがベガには引っ掛かっていた。


「…『現在の盾』が見つかったそうだ…マウイマウイ公国でな…いや正確には所持していた事を公言していなかったというべきか…」


「何?その奥歯にものが挟まった様な言い方は…それがシャルちゃんの縁談と何の関係があるのよ」


「マウイマウイは『現在の盾』の所有権をエターニアに譲渡するのを条件にシャルロット様を嫁がせろと言って来たんだよ…」


「何ですって…?」


ベガの放浪の旅には二つの理由があった…一つは彼自身の知的好奇心を満たす為…そしてもう一つは今話題に上がっている『現在の盾』を捜索する事であった。

彼の趣味である古代遺跡や古代文献、古代魔導兵器の探求はそのまま『現在の盾』の発見に繋がることになると、彼が世界を放浪する事を許す代わりに前女王がベガに課した国家の任務であったのだ。


「カロン王め…アタシが何度も顔を出してるのにそんなそぶりを見せなかったなんて…あのオヤジ、とんだ狸ね…今度会ったら地獄を…いえ天国を見せてあげるわ」


ベガが右手の指を妖しく動かし舌なめずりをする。

カロン王とはマウイマウイ公国の国王である、

エターニアとマウイマウイは表立っての国交は無いが、ベガは古代遺跡調査の為、特別にカロン王と何度か謁見していたのだ。

これもすべてベガの色仕掛けと話術の賜である。


「だから姫は縁談を受ける振りをしてマウイマウイに渡り、盾を無条件で受け渡す様に交渉しようとしている様だ…」


「…上手くいくと思う!?」


「簡単じゃないだろうな…もし姫が拘束されるような事があればシャルロット様が男とバレてしまい、この時点で我がエターニアへの他国の信頼は地に落ち、世界が纏まる事無く魔王に対抗できずに滅ぶだろうな…」


部屋を沈黙が支配する…。


「あっ、ちょっと待ちなさいよアルタイル…その縁談はどういう経路でエターニアに伝わって来たのかしら?」


「どうって…マウイマウイから一通の書簡が届いてだな…」


「本当にそれだけ?」


ベガは考えた…いくらシャルロット姫が絶世の美貌の持ち主で、尚且つドミネイト帝国の侵略行為を抑え込んだ立役者だとしても、その伝聞だけでいきなり婚礼を前提とした縁談を一国家が持ち込んで来るとは思えなかったのだ。


「あっ、そうだ…フランソワ様が窓口になって話が進んでいたと言っていたな…」


「フランソワ…」


腕を組んで何やら考え込むベガ。


「アナタ憶えてる?エリザベートが結婚にあたって女王制を廃止して男も王位につける様に法律を変更した時の事…」


「ああ…フランソワ様がえらい剣幕でエリザベート様の元に乗り込んで来たっけな…それがどうかしたか?」


「あの時は伝統を重んじるだけの頭の固い女だと思っていたのだけど…あれには他に理由があったんじゃないかしら…」


「例えば?」


ベガはすぐには答えない…思わせぶりにアルタイルを見つめている。

いつに無く真剣な眼差しの彼にアルタイルは息を呑む。

まるで自分で答えを出せと促すかのように。

そしてある結論が彼の頭に思い浮かんだ。


「あっ…自分の王位継承順位がさがるのを嫌がった!?」


ベガが静かに頷く。

元々の女王制のままだったら、エリザベートが王位に就いた時点でフランソワは継承権一位だ…仮に娘が生まれた場合は二位に落ちるが、それはその時にならなければ分からない。

しかし女王制が廃止された場合はどうだろう…エリザベートの結婚相手が国王の座に収まると、エリザベートが継承権一位、これから生まれてくる王子ないし王女が二位、そしてフランソワの継承権は三位以下が確定してしまうのだ。


「縁談を口実にシャルロット様を排除できればあの女の継承順位は上がるわ…」


「おいおい…王族をあの女呼ばわりか…」


「フン…アタシは昔からあの女が気に入らなかったのよ!!」


ツンと顔を背けるベガ…これにはアルタイルも苦笑いしか出来ない。


「じゃあお前はこれがフランソワ様の差し金だというのか!?」


「勿論いま思い付いたアタシの仮説だから裏が取れている訳じゃない…あくまで可能性の一つと言う事よ…」


「だがもしそれが当たっていたとしたら、フランソワ様は将来クーデターを起こす可能性がでてくるぞ…!!」


「…敵は外にも内にも居るって事ね…アタシもあまりフラフラ旅をしている場合じゃなくなったかしらね…」

(しかし一つだけ分からないのよね…あの女、いつマウイマウイと直接繋がりを持ったのかしら?この辺もいずれハッキリさせないといけないわね…)


話が急にきな臭い方向へと発展していく。

果たしてシャルロットと虹色騎士団レインボーナイツの面々は前途に掛かる暗雲を掃う事が出来るのだろうか…。

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