第11話 眠れる王子を起こすのは……


 「一体どうなっているの……?」


 薄暗い部屋で一人呟く黒い人影。


「確かに姫も紅茶を飲んだはず……なのに何故……? 毒の量が足りなかった……? いやそんな筈はない……現に男の方は倒れたじゃない……」


 ぼそぼそとひとしきり自問自答を繰り返しそしてある結論に達する。


「……毒殺が失敗したのなら実力行使しかない様ね……」


 懐から取り出した小刀が部屋に差し込んだ僅かな光を反射して一瞬鈍い光を放った。




「目を覚まさないってどういうことですか!?」


 物凄い剣幕のシャルロットに詰め寄られタジタジの医者は言いにくそうにこう告げた。


「……ハインツ君の容態は何とか峠を越えて現在は安定しているのですが、何故か目を覚まさないのです、残念ながら原因が分かりません……」


 ハインツが毒を飲んでしまってから暫くはもがき苦しんでいたのだが、一晩が経った今では逆に昏睡状態に陥っていた、ただただ穏やかな寝顔で……。


「ハインツ……」


 哀し気な眼差しでハインツの額を優しくなでる。

 そしてすぐにシャルロットは意を決したように顔を上げる。


「あっ……そうですわ!! お医者様、ハインツの事よろしくおねがいします!!」


「姫様? どちらへ……?」


 あっけに取られた医者をよそにシャルロットはスカートを両手で持ち上げると小走りで部屋を出て行った。


(きっと彼ならこの状況を何とかしてくれるはず……)


 彼女が訪れたのは城の地下深く、衛兵たちでさえ用が無ければ滅多に立ち寄らない場所、薄暗い石造りの通路の先に扉があった。

 ここは王宮魔術師であるアルタイルの魔導工房である。

 以前シャルロットとハインツの決闘に立ち会った魔導士アルタイルはあらゆる魔法に精通しているのは言わずもがな、魔法を用いた薬学の研究もしていたのだ。

 シャルロットはここならもしかしたら解毒の魔法薬か何かがあるのではないかと期待してここに足を運んだわけだ。


「アルタイル……居る!?」


 ノックもせずに工房の扉を開ける。

 シャルロットは幼いころから何度となくここを訪れており、勝手知ったる何とやら、ずかずかと部屋の中を進んで行く。


「あ~~これは姫様、おはようございますです……生憎お師様なら居ませんですよ?」


 赤毛のおかっぱ頭で橙のローブを着たショートパンツの美少年が何やら怪しげなものが詰まった箱を運びながら声を掛けてきた。


「やあイオ、御機嫌よう……アルタイルはどこ行ったの?」


「それがですね、急にが必要になったとかで昨晩から出掛けているのです……それでボクが留守番をしていますです……ボクとしてはお師様とは片時も離れたくないのでとても残念なのです……」


 そう言いながら少年は自分の身体を抱きしめ身体をよじる。

 イオと呼ばれたこの少年はここの魔導工房に努める魔導士見習いでアルタイルの弟子だ。

 ずぼらなアルタイルの為に日常生活全般の世話と魔法研究の手伝いをしている。

 小柄な美少年で、先程の彼の発言から察しがつく様にいつも師匠であるアルタイルにべったりなものだから、城内のメイド達の中ではあの二人はいるのではないかと専らの噂だ。


「そう……困ったね……でもいつも引き籠っている人がこんな時に限ってどうしていないかな……」


「……どうかしましたですか?」


 シャルロットがイオに事の経緯を話す。


「あ~~そうでしたか……確かにこの工房には解毒の薬はいくつかありますですが、ボクの判断でお渡しする事は出来ませんです」


「え~~!? どうして!?」


「ひとえに解毒薬と申しましてもそれぞれ効用がありまして、どれでもいいと言う訳にはいかないのです……しっかりその毒に見合った薬をを使わなければ副作用でどうなってしまうか……そしてそれが分かるのはボクのお師様だけなのです……お力になれずに申し訳ありませんです」


「いや、仕方が無いさ……お邪魔したね……」


 すっかり肩を落としてしまったシャルロット、力無く振り返り部屋を出ようとしたその時……。


「さしずめハインツさんは眠れる王子様ってところですね……絵本の眠れるお姫様だったら王子様のキスで目覚めたりするのですが……逆ですものね……」


 イオの何気ないつぶやきが耳に入った。


「ちょっと君!! 今、何て言ったの!?」


「はっ……!! ごめんなさいです!! 不謹慎でしたです!!」


 怒鳴られたのでてっきり怒られたと思って頭を下げるイオ。


「いや~ありがとう!! まだ僕にもやれる事があったよ!!」


 シャルロットはイオの両手を掴んで上下にブンブンと振った。

 そして軽やかな足取りで疾風のように工房を出て行ってしまった。


「え~~と……今のは何だったのでしょうか……?」


 顎に人差し指を当て小首を傾げるイオであった。




「ハインツ……!!」


 再び彼の部屋を訪れたシャルロット。

 大汗を書いているが先程までの悲壮感は微塵も感じられない。


「眠れるお姫様が王子様のキスで目覚めるなら……眠れる王子様がお姫様のキスで目覚めても問題ないよね!?」


「ちょっと……姫様!?」


 シャルロットの突拍子もない発言に驚く医者。


「さあ……目を覚まして……ハインツ……様」


 彼女はハインツの傍らまで近ずくと目を閉じ、何の躊躇いもなく彼と唇を重ねた。




「えっ……あれっ!? ここは……!?」


 次の瞬間、シャルロットは真っ白な空間に居た。

 何故こんな所に、と思い辺りを見回す。


『汝……何故こんな所にるのだ……?』


 突然声を掛けられる……美しい女性の声だ。

 その声のする方向を見るとそこには一人の妖艶な美女が立っていた。


「初めまして、私はシャルロット・エターニア……エターニア王国の王女です」


 スカートをつまみ上げ、優雅にお辞儀をする。

 シャルロットはすぐに目の前の女性が只者ではない事を見抜いていた。

 そして公的な場ではしっかりとした美しい女性的な言葉遣いに変わるのだ。


『我はモイライが一人、ウルト……実は我々が合うのは初めてでは無いぞ? エターニアの王女……』


「まあ、そうなのですか? これは失礼いたしました」


『いや、気にするで無い、会ったのは十年前であるからな、汝の記憶にあろうはずもない……』


 自分が産まれた直後に祝福を授けに来たモイライの話は断片的に聞かされていたシャルロットではあったが、その祝福の内容や女性として育てよとのお告げなど、詳細は聞かされてはいない。

 モイライとの誓約でシャルロット本人にこの事が知れた場合受けた祝福は全て無かった事になるからだ。


「あの、ここは一体何処なのでしょう……私、気が付いたらここに居ましたの……」


『あ~~~……うむ、そうだな……何と説明してよいのやら……』


 頭を掻きながら必死に説明しようとする女神ウルト。


『シャルロットさん、ここは何処かであって何処でもない場所……しいて言うならあなたの『精神の中』ですわ』


 するともう一人、優し気に話しかけてくる声があった。

 豊満な胸をたたえた母性溢れる女性。


『御機嫌ようシャルロットさん……お久し振りね~~~私はベルダンデよ』


「ご……御機嫌よう……あの……ここが私の『精神の中』とはどう言う事なのでしょう……?」


 シャルロットはベルダンデの説明で益々混乱してしまった。


『だから~~~ここはシャルちゃんが自分で造り出した空間だってこと!』


 更に別の声がする……今度は活発そうな少女の声だ。


『やほーーーっ!! スクードだよ!! シャルちゃん元気にしてた?』


「はぁ……お蔭様で……」


 スクードのあまりのハイテンション振りに気圧されるシャルロット。


「私が作った……? 何故……? どうやって……?」


 話を聞けば聞くほど彼女の頭の中はさらに混沌を極めていった、首を傾げ考え込む。


『汝……よもや無意識でやったと申すか? 一介の人間である汝が……?』


『お姉様……ゴニョゴニョゴニョ…』


 ベルダンデがウルトの耳に口を近づけ何やら話している、口元は手で隠されているので何を話したのかは分からない。


『そうか、そうであったな……なら何ら不思議では無いか……』


「あの~~~……」


『ああ、済まぬ、こちらの話だ気にするな』


 そう言われると益々気になるのが人の常であるが、恐らくここで問い詰めた所で彼女たちははぐらかすのが落ちであろう。

 なのでシャルロットはそれ以上の詮索を辞めることにした。

 やがてモイライが話を切り出す。


『我々は汝がこの空間を作り出した事を咎めに来た訳ではない、むしろ我々はここに呼び寄せられたのだからな』


「えっ……?」


『そうよ~~~私達女神を呼び寄せるなんてちょっとびっくりしちゃった……一種の召喚術の様だったわ……それも何の触媒も儀式も無しにやるなんて、あなたは凄いわね~~~』


「済みません、私には全く心当たりがないのですが……」


 恐縮して頭を下げる。


『別にいいよ怒ってないから……たださ、直前に何をしてたか教えてもらえるかな?』


 スクードの問いに改めて先程の事を振り返り、昨日起きた事すべてをモイライに説明した。


『何!? 何!? そのハインツって男の子を目覚めさせようとしてキスしたらこうなっちゃったって訳!? 超ウケるw』


 スクードが腹を抱えて笑い出した、目尻には涙が溜まっている。

 シャルロットは恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。


『何と言う事だ……そんな事で女神である我々が振り回されるとは……』


 額に手を当て頭を振るウルト。


『まあまあみんないいじゃないの、シャルロットさんに純粋な乙女心が育っているいい傾向だわ……この分なら……あっといけない……』


 慌てて口に手を当てるベルダンデ。

 何か含みがありそうだが、今のシャルロットにはそれを気にする余裕がなかったのだった。


『しかし汝よ……接吻で状態異常を治そうとは……よもや自分に掛けられた祝福の事を知っておるのか?』


「はい? 祝福ですか? 何の事でしょう……?」


『……なん……だと……? 汝、知らずにそれをやろうとしたのか?』


 ウルトは呆れた、てっきり自分ががシャルロットに掛けたあらゆる状態異常を正常な状態に戻す『過去の祝福』を理解してやった事だと思っていたからだ。

 しかしそれを知らないとなると何を根拠にキスという手段に出たのかが理解できない。


『シャルちゃんって天然って言われるでしょ~~~』


「そ、そんな事は!! ………あります」


 スクードにからかわれて意気消沈するシャルロット。


『それだけハインツ君の事が好きなのね、ウフフ……』


「はい、私はこれからの未来をハインツと一緒に歩みたいのです」


『はいはい、ごちそうさま……』


 打って変わって瞳を輝かせるシャルロットの返事に優しく微笑むベルダンデ。

 ウルトとスクードもやれやれと言った風な表情だ。


『祝福は本来そう簡単に他人に分け与えられる物では無いのだが……良い、今回に限り我の力を使う事を許そう……』


「えっ……? それはどう言う……」


『つべこべ言わずもう行け、さらばだ……』


「待ってください!! まだ色々と聞きたい事が……!!」


『汝は今ここで起こった事、話した事はすべて忘れる、聞いても無駄だぞ……まあ、あと六年もすれば分かる事だ、そう焦るな』


 そう言うとウルトはスゥっと姿を消した、他の二人も続いて消えていった。

やがてシャルロットの視界もホワイトアウトしていく……。




(はっ!? 私は何を……?)


 気が付くとシャルロットは元の部屋に戻って来ていた。

 いやその表現は正しくない、キスしてからモイライに会い、戻って来るまでに全く時間が経過していないのだから。

 但しウルトが言った通りあの精神空間で起こった事は何一つ覚えていない。

 そう言う訳で現在もシャルロットとハインツの唇は重なったままだ。

 しかしそこで変化が現れた、二人の唇の合わさった所からあわい桃色の光が発せられたのだ。


「一体これは……!?」


 傍らで見ていた医者も目を丸くする。

 程なくその発光現象が収まると、シャルロットはハインツから唇を離した。

 そしてじっとハインツの顔を祈るような気持ちで覗き込む。


「……う……ん……」


 ハインツの口から声が漏れる、そして……遂に目蓋が上がり始めたのだ。


「あれ……? ここは………」


「ハインツ……!!!」


 シャルロットが物凄い勢いでハインツに跳びつき、そのままギュッと力強く抱きしめた、目には大粒の涙をたたえて……。


「……良かった……本当に……もう目を覚まさないかと思った……」


 力いっぱい頬ずりをし、そして頬にキスをする。

 医者は見なかった事にして顔を背けた。


「済まない……心配かけたな……」


 ハインツはすすり泣くシャルロットの頭を優しく撫でる。

 こんな時だ、流石にハインツがシャルロットを邪険に扱う事は無かった。


「……チッ……」


 ドアの隙間から覗いていた人影が心底悔しそうに舌打ちをしてその場を去っていった。

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