第10話 犯人は私!?


「ねぇねぇどう…?作戦は上手くいってる?」 


 グロリアがレイピアの稽古を始めてから二週間が経った頃…。

早朝、稽古の為中庭に向かう途中の廊下で先輩メイド、リサが話し掛けて来た。


「…えっ?作戦…?」


 グロリアには何の事だかさっぱり…と言った表情だ。


「…ちょっと!!姫様とあなたのお兄さんの恋路の邪魔の話よ!!忘れちゃったの!?」


「あっ…あ~~…」


 ポンと手を打つ。


「もう…しっかりしてよ~…それで…どうなの!?首尾は…!?」


 リサは鼻息荒くグロリアに返答を迫る。


「…えっとね…?剣の稽古があまりにも楽しくてね?その事をすっかり忘れてたの…」


 そうなのだ…剣の稽古を始めてからあの胸の締め付けは起らなくなっていた。

 グラハムの指導が厳しくてそれ所ではなかったと言うのもあるが、やはり稽古に没頭していたのが原因だろうか。


「え~~~~っ!!?」


 色恋沙汰とゴシップネタが大好きなリサは心底がっかりな顔をした。

 しかしまさかグロリアがここまで武芸の鍛錬にのめり込むとは周りの人々は当然として本人も驚いていた。

 最初の数日は剣を構えたまま立っているだけだったが、いざ実技練習が始まるとグロリアは師匠であるグラハムが目を見張る程メキメキとその腕前を上達させていった…どうやらグロリアには武芸の才能が眠っていた様だ。

 兄のハインツが槍の才能がある以上、彼女にも剣の才能があっても何ら不思議ではない。

 今ではシャルロットと実戦形式の試合の相手が務まる程の実力だ。


「…あれから胸も痛まなくなったから…もうこのままでいいかなって…」


「そんな~~~…」


 リサはアヒルの様に口を尖らせ残念がる。

 気まずさから会釈をしてそそくさとその場を走り去ったグロリア。

 もう少しで中庭と言う所で又してもグロリアを待っていた人物が居た。


「…シオン…さん…」


「グロリアさん…あなた…メイドの仕事を何だと思っているの…?」


 グロリアに冷たい声と高圧的な態度で迫る、白に限りなく近い薄紫色の髪を頭の両側で纏めた目付きの鋭いメイド服の少女…。

 シオンと呼ばれたその少女はグロリアにとってはリサ同様、メイドの先輩にあたる…こちらは三つ年上でハインツと同い年だ。


「…あの…その…」


 口ごもり中々言葉が発せられない。

 シオンは普段から無口で気難しい性格なのでグロリアは彼女とはあまり話した事が無い…ハッキリ言って苦手な相手だ。

 にじり寄って来るシオンに圧倒され後ずさり、とうとう廊下の角に追い詰められてしまった。


「あなた…ちょっと家柄が良くてシャルロット様から気にいられているからって調子に乗っているのじゃない…?」


 グロリアの顔を挟み込むように両腕を壁に着くシオン。

 お互いの顔がすぐ目前にある敵意の籠った壁ドンだ。


「…そんな事…言われても…」


 シオンの鋭い眼光を直視できず目を逸らし、そう言うのが精一杯のグロリア。


「最低限メイドとしてやるべき事はやって頂戴…それと、自分が周りからどう見られているかを常に気にしていなさい…いいわね?」


 それだけを言い放つとシオンは壁から手を放し、グロリアを睨みつけながら去っていった。


「…何なのよ…もう…」


 これから折角朝練だと言うのにグロリアのテンションはすっかり下がってしまった。




 別の日の午後…。


「グロリアさん…」


「…はい」


 廊下を歩いていると後ろから呼び止められた…又してもシオンである。

 グロリアは背中越しにあからさまに嫌な顔をしたが瞬時に造り笑顔で振り返る。

この辺…グロリアもある程度したたかになってきていた。


「何でしょうか…シオンさん…」


「そろそろシャルロット様のお茶のお時間でしょう?用意はしてあるからこれを運んで頂戴」


 シオンはカートを押していた。

 その上には美しい模様の入った磁器製のティーカップとソーサーとポット、

 大きい皿にはクッキーなどの色とりどりの焼き菓子が乗っている。


「あっ…」


 しまったと言う顔のグロリア。


「そもそもこの仕事は姫様の専属であるあなたがやるべき事でしょう?…今回はリサさんが準備してくれましたけど…明日からは気を付けて下さいね…」


 またしても冷徹な視線で睨みつけてくる。

 何故シオンは自分を目の敵にするんだろう…まだ人生経験の浅いグロリアには理解が出来なかった。


「…済みませんでした」


 グロリアが頭を下げたのを見届けるとシオンは又しても流し目でにらみを利かせつつ振り返り、その場を去っていった。


(あの…睨みつけてから振り返るのやめてくれないかな…)


 そんな事を考えつつカートを押しているといつの間にかシャルロットの部屋の前に来ていた。

 この部屋は姫とその友人や来客用に設けられたお茶会専用の部屋で寝室などとは別のスペースである。

 ノック後、部屋に入ると中にはシャルロットとハインツが居た。

 シャルロットは既にテーブルに着いており、ハインツは窓際で外を眺めていた様だ。


「ご苦労さまグロリア…時間通りだね」


 そう言われてはにかむグロリア…しかし自分で準備していない事が後ろめたかった。

 多少ぎこちない手つきでポットからカップに紅茶を注ぐ。

 ベテランのメイドならポットを頭上位まで上げながら注ぐ者もいる…

 そうする事で茶葉が開き、紅茶がより味わい深いものになるらしい。

 しかしメイド見習いとして日の浅いグロリアが出来るようになるには時間と経験が必要だろう。

 カップは二つ…シャルロットの分とハインツの分だ。


「グロリア、君も飲んだらどうだい?」


「いえ…メイドの私がそんな…」


「じゃあ今は僕の友達として一緒に飲もう…それならいいでしょう?」


「シャル様がそう言うなら…」


 一瞬、『グロリアさん…あなた…メイドの仕事を何だと思っているの…?』

というシオンの言葉が頭を過ったが次から気を付けようと思い自分の分の紅茶を注ぎ始めた。


「シャル様どうぞ…お兄様も…」


 二人の前にカップを差し出す。


「いただきま~す」


「ああ…俺も頂こう」


 シャルロットがカップに口を付ける…続いてハインツもソーサーごと持ち上げ立ったままカップを口元に運ぶ…が、彼は一口紅茶を含んだ時点で異変に気付く…不自然な苦みとした先が痺れる様な感じがしたのだ。


「飲むな!!この紅茶…何か入っているぞ!!」


 グロリアが丁度カップを持ち上げた所でハインツが手でカップを払いのける…

 そのままの勢いでシャルロットの方へ進み、彼女の持っているカップも叩き落とした。

 床の上に落下したカップは四散、紅茶が飛び散り絨毯を濡らす。

その直後、ハインツは強烈な目まいに襲われそのまま膝を着き倒れてしまったのだ。


「ハインツ!!ハインツ!!どうしたの!?」


「お兄様…!!」


 心配して駆け寄る二人、ハインツは息も荒く苦しそうだ。


「…この紅茶には…毒が入っている……」


 そう言い残すとハインツは意識を失ってしまった。


「グロリア!!誰か呼んで来て!!」


「お兄様…!!お兄様…!!」


 グロリアはパニックを起こし取り乱し始めた。

 シャルロットの言った事も聞こえていないらしい。


「グロリア!!!」


 頬をはった音が部屋に響く…シャルはグロリアの平手で殴っていた。


「ここで泣き叫んでいてもどうにもならないだろう!?早くしないとハインツが死んじゃうかもしれないんだよ!?」


 あまり負の感情を露わにしないシャルロットが本気で怒っていた。

 頬を打たれた事よりもその事にグロリアは動揺を隠せなかった。


「…はい!!すぐ誰かを呼んできます!!」


 我に返ったグロリアは急ぎ部屋を出て駆け足で助けを呼びに行った。




「…このままでは危険ですな…何とか解毒をしなければ…」


 ハインツを診察した医者は深刻な表情で部屋から出て来た。

 その廊下にはシャルロットとグロリア、そして数人のメイドと衛兵たちがいた。


「なら早く血清か何かで解毒してよ!!」


「それが姫様…彼の飲んでしまった毒の種類が分からないのです…これでは手の打ちようがありません…」


「そんな…ハインツ…」


 顔を手で覆いしゃがみ込むシャルロット…その様子を哀しそうな表情でグロリアも見つめていた…すると突然グロリアは二人の衛兵に左右から腕をガッチリと掴まれてしまった。


「…何をするんです!!?」


「グロリア・サザーランド…あなたを暗殺未遂の容疑で拘束します」


「暗殺…!!そんな!!私じゃない…!!私はやってない…!!」


 何が起きたか分からないグロリアは必死に身体をよじるが、鍛えられた衛兵に押さえ付けられて身動きできなかった。


「ちょっと!!あなた達…!!グロリアに何してるの!?」


「彼女は今回の暗殺未遂事件の重要参考人です…なのでこれより連行して取り調べを行います」


「グロリアはそんな事をする子じゃないわ!!その手を放しなさい!!」


「例え姫様のご友人でも特別扱いは出来ません…誠に申し訳ないのですが…失礼します!!」


 そう言うと衛兵たちはグロリアを連れて留置場や取調室などのある軍施設に向かって城の奥へと進んで行く。


「そんな!!待ちなさい!!待って…!!」


 シャルロットが呼び止めるも衛兵たちは脚足を止めようとしない。


「違う!!違うの!!信じて!!シャル様!!シャル様!!助けて…!!」


「グロリア!!」


 連れていかれる際に上げたグロリアの悲し気な声だけが廊下に響いていた。


「…上手くいった…いい様だわグロリア…」


 廊下の曲がり角の陰から覗き込んでいた影だけが一人、ほくそ笑んでいた。

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