53.胃薬プリーズ
53.胃薬プリーズ
ダンシングフラワーの後も、魔物との
まぁ、一パーティ分とはいえ、情報があったし、相応の備えは出来ていたしね。
地形的にはかなり多岐にわたっている。
森、平原、湿原、遠目にだが、洞窟らしいものも見えた。
ただ、人工物っぽいのは、今の所は砦くらいだ。
そこは崖を挟んだ天然の要塞とでも言うべきものだった。
砦には正面からしか突入できそうにない。
城門は開け放たれているが、その前をウェルカムとばかりに兵士達と、一匹の異形の巨人がうろついている。
「あれはヤバイな」
カイサルさんがポツリと呟く。
相手に気取られないよう距離をとって岩陰から観察していたのだが、ツイストギガスのプレッシャーがここまで感じられる。
本や事前情報によるステータスやスキル等では把握出来ない。実物を見て初めて見えてくるものがある。
かく言う俺も正直侮っていた部分があった事を認めなければならない。
あれはあかん奴である。
あれと他の兵士を分断しないと勝負にならないだろう。
あれはスーちゃん担当だったが、それはあくまで情報不足による無駄な被害を出さない為だったのだが。たった今、それが危険物処理に切り替わった。
「砦からの援軍はあるのかな?」
ニコライさんは開け放たれた門を見ている。そこを出入りする魔物はいないが……。
「あると考えて行動するべきだろうな。いかに手早く処理するか、時間との勝負だ」
前回のパーティは戦わず帰還石を使用したから、援軍が存在するかは不明だが、まぁ考えても仕方ないし、それはカイサルさんも同じ考えなんだろう。
カイサルさんが剣を鞘から抜き、みんなもそれに習う。
「じゃぁ、いきますよ」
カイサルさんが頷くのを確認してから、俺は【召喚魔法:召喚】を発動する。
安定のスーちゃんダイブ増量版が見事にツイストギガスを直撃する。
まぁ、いきなり真上からの自由落下攻撃なんて、早々かわせるはずもないんだが。
そして、スーちゃんが
よし、引き離した。
向かってきているのは人型の歩兵、騎兵の魔物。
やせ細った体は、スケルトンに皮をつけただけのように思わせる。ただ、目だけが爛々と輝いている。騎兵の馬は口から、絶えず黒い霧のようなものを吐いている。
兵士はホロウウォーカー。馬はナイトメアホース。
歩兵と騎兵は移動速度に差がある為に、両者の距離に差があくが、どちらも隊列自体は移動しながらでも乱れない。
こっちもこっちで侮ると痛い目を見そうだ。
先制攻撃はリズさん。
足を止めてバニシングカノンをぶっ放す。リビングアーマー相手でも大穴を空ける一撃である。
ナイトメアホースの首が消滅し、それに乗っていたホロウウォーカーの上半身のみが落馬する。
しかし、頭を消し飛ばされたはずのナイトメアホースはすぐに頭が再生してしまった。
かまわず、リズさんは二射、三射と続けていく。
騎乗しているホロウウォーカーは攻撃を受けて落馬する奴もいれば、盾スキルと思わしきもので防御しきる奴もいる。
ただ、馬側は例外なく無傷。
ナイトメアホースは馬の形を取る事が多いのでそう呼ばれているが、実はイビルミストのような霧状の魔物なのだ。
「リズ、もういい。次の準備だ!」
接敵するまで、まもなくという所でカイサルさんがリズさんの攻撃を止める。彼女は頷いて弓をおろして再び駆け出す。彼女の場合、接近されても普通に戦える。
ヴィクトールさんはすでにいつでも足止めできるよう、
騎兵のうち、半数はバニシングカノンによって落馬している。倒した訳ではなく、落馬だ。
上半身だけになっている奴も、両手でこっちに体を引きずってきている。歩兵に負けないスピードでそれをやるのだから、かんなりホラーちっく。
ホロウウォーカーは外見的にアンデットを思わせるが、
故に
ナイトメアホースと違って物理攻撃が通用するが、頭か心臓を潰さないと死なない。人型の魔物に多いスキルを駆使してくるタイプで、さらには状態異常の一つである恐慌持ち。
どちらの魔物もランクはかなり高い。
たとえ、砦の中に畑なり、備蓄された食材なりがあったとしても、今後もこのエリアを攻略していくなら、かなり周到に計画を立てていく必要があるだろう。
という事で
ケンザンから悲鳴のような
俺達の目的は砦内にあるかも知れない畑もあるが、同時にここの攻略調査も担ってる。
スーちゃんに
もし、本当にここに
野菜類、果物類の緊急性が高い以上、俺達にしかできない攻略法を持って帰っても仕方ないのだ。
騎兵先頭数体が、地面から生えた石の槍に貫かれる。
やったのはクロエさん。右手に剣、左手に杖、しかし職業は治癒魔術師という色々とカオスな人だ。
決闘の時もそうだったが、この人は土魔法もかなり使える。
土の槍に貫かれた騎兵は、
ホロウウォーカーはともかく、ナイトメアホースに普通の物理攻撃は効かないが、当然あの石の槍は普通ではないんだろう。
ナイトメアホースのような物理攻撃が効かない相手の対策はいくつかある。
そのうちでもポピュラーなのが属性攻撃である。
ただ、属性攻撃と聞いて魔法による攻撃が有効なのかと勘違いしそうだが、それは俺が異世界の出身で、ゲームの知識に偏っているせいだろう。
たとえば、クロエさんが使ってる石の槍は土魔法だが、土魔法
俺が覚えたての【風魔法:電撃】、【火魔法:炎撃】、【水魔法:冷撃】も純物理攻撃だ。
スキルの仕様に明確に属性攻撃となっていない限りは、魔法スキルだろうが、武器スキルだろうが、物理攻撃になる。
クロエさんの石の槍が通用しているのは、さらに何かのスキルを乗せているからだろう。
ミスリルゴーレムの時は、物理無効に加えて本体が頑丈という反則クラスであったが、さすがにあのクラスがそこかしこにいられては、冒険者あがったりである。
石の槍から逃れた騎兵達のうち、兵士を失ったナイトメアホースの一体に、リズさんがエアステップで横合いから接近し、蹴りを放とうとする。
なんとなくナイトメアホースが笑った気がした。
実際、蹴りに対して無防備だったので、油断していたのだろう。
結果として、ナイトメアホースの胴体が寸断される。それだけならば、まだ理解の範疇だったろうが、そのナイトメアホースが形を失い、魔石を落下させて消滅した事に魔物達は動揺する。
魔石は魔物が死ぬと発生する。
魔石は魔物が死なないと発生しない。
つまり、ナイトメアホースはリズさんの蹴りで間違いなく死んだのだ。
リズさんが属性スキルを使えない事は事前のミーティングで自己申告済みである。しかし、それは物理無効な相手に戦えない事とイコールではない。
タネは彼女のブーツだ。彼女の蹴りが生み出した光の尾の先端に魔石が埋め込まれている。
冒険者の装備でも高級品になると、純粋な性能以外に様々なギミックが付いているものが存在する。
そのギミックの一つが、アタッチメント
アタッチメント機構用に作られた魔法具や加工魔石をアタッチメント、又はアクセサリ。装備の着脱する部分をスロットと呼ぶ。
汎用性が高いギミックなので
今リズさんがブーツのスロットに挿している魔石は、魔力に強い風属性が込められたものだ。本来は、危機時のブースト用で、エアステップの移動力や蹴りの威力を上げる用途らしい。
その魔石の魔力を使う事で蹴りに風属性が付加される事になる。そしてそれは当然属性攻撃。ナイトメアホースにも通用する。
ただ、コストパフォーマンスは悪いらしい。魔石も使い切りで充電不可のシロモノ。だからこその
あくまでリズさんのブーツが対応してないだけで、スロット付きの弓もあるらしいが。
「合わせろ、ヴィクトール!!」
「まかせろ、カイサル!!」
クロススリング状態の十装から、球体が放たれる。それの軌道は低く、騎兵の間のすり抜け後部に着弾する。
瞬間。地面が焼けた。
いつも使ってる爆裂玉だが、今回は指向性をもっている。騎兵集団の後方から地面を舐めてこちらに向かってくるが、ヴィクトールさんの【盾:防壁】によって阻まれる。
爆裂玉は地球の兵器である榴弾を思わせるが、あれも使い捨てであるがれっきとした魔法具。そして、カイサルさんは魔法具を使うのを得手とする魔装戦士。爆裂玉が持つ火属性を強化し、指向性を持たせるのもお手の物だ。
残った最後のナイトメアホースもリズさんの一撃に散り、残るは落馬組と後方の歩兵組、ともにホロウウォーカーだけになった。
だが、後方の歩兵組も実はすでに無傷ではない。
スキル隠遁により騎兵組をすりぬけたハリッサさんと、飛行により飛び越えたエリカによる二人によって混戦状態になっている。
「向こうも援護はいらなさそうだね」
「まぁ、いざとなったら、エリカも絶対矛盾を使うでしょうし」
ニコライさんの言葉に俺はそう返した。
エリカはホロウウォーカー相手に絶対矛盾を使っていない。
飛行状態から加速し、リズさんから習ったエアステップでジグザグに相手に飛び込み、短剣でのバッシュの一撃。
ただし、残念ながら威力が足りない。皮が裂け骨を砕くが、攻撃を受けたホロウウォーカーがエリカの方を向き、さび付いた槍を向ける。エリカは悔しそうにしながらもホロウウォーカーの追撃を逃れるために再び宙に逃れる。
というか、
まぁ、短剣向きの
しかし、エリカはある意味役目を果たしていると言えた。あいつは言わば囮。
本命がホロウウォーカーの間を縫うように疾走している。遅れて次々と彼らの首が落ちていく。
ハリッサさんのスラッシュだ。これはそれこそ、物理無効でもないと防ぎきれない。なにせ、ケンザンの分体すらたやすく一刀両断するのだから。
カイサルさん達によって騎兵――いや、元騎兵だったホロウウォーカーは全滅し、その勢いのまま歩兵のホロウウォーカーへと突撃をかける。
後は時間の問題だった。
歩兵、騎兵と全滅させた後に残ったのは魔石だけだった。
霧状のナイトメアホースはともかく、ホロウウォーカーも死骸は崩れていって消えてしまった。そういった存在だからこそ、ナイトメアホースに騎乗する事が出来たのかもしれないが。
「さすがに魔石の価値は高そうね」
どちらの魔石か分からないが、リズさんが魔石を目の高さまで持ち上げてる。
スーちゃん情報によると、確かに魔石の価値は高いらしい。魔石に込められた魔力も相当なものだ。ただ、性質が特殊らしくて需要があるかどうか微妙らしい。
……ダンジョンから出るまで黙っていたほうが良さそうだ。
今までアルマリスタに出回ってない魔石だから、案外賢者ギルドあたりが研究の為に欲しがるかもしれないしな。
さて、と。
残るは――。
魔石の回収もそこそこに、全員の視線がスーちゃんに拘束されたツイストギガスに集中していた。
つまり、まだ生きている。というか、情報収集の為になるべく手のうちを出させるようにスーちゃんに頼んでいたのだ。
しかし、何と言うか。
「キモいな」
ヴィクトールさんが
うにうに、ぐねぐね。
なまじ、巨人とはいえ人型をしているだけに関節を無視したもがき方が胃に来る。大正漢方胃腸薬かガスター
スーちゃんによるともう勝負は終わりかけらしい。
聖印を除いた5種の状態異常がじわじわとツイストギガスを蝕んでいる。
まぁ、よっぽどの継続ダメージでもないと、スーちゃんの自然治癒速度を上回るなんて無理なんだがな。
まぁ、いつまでも苦しめるのもあれだし、……ついでに視覚的にもキツイので終わらせてやって。
そう指示した瞬間、視界の端にハリッサさんの姿が。
うぇーい!
なんか、鼻歌まじりに
スーちゃんからの警告。だが、それを俺が口にする前にハリッサさんのいた位置にツイストギガスの拳が叩き込まれた。
そして、次の瞬間。その腕に紫電が打ち込まれる。ツイストギガスが悲鳴をあげて拳を引っ込める。
「大丈夫ッスよー。そこがぎりぎり攻撃できる距離みたいッスから」
拳が飛んできた瞬間後ろに飛び下がったのだろう。すぐ前で帯電し威嚇しているケンザンをなだめてるハリッサさん。
恐らく、ツイストギガスの攻撃圏の把握の為にやったのだろうが……。いくら【特殊:第六感】持ちとはいえ無茶をする。
「今のはなんだ?」
カイサルさんの問いはハリッサさんの行動ではなく、ツイストギガスの攻撃の事だろう。
ハリッサさんが攻撃された位置は、明らかにツイストギガスの腕よりも遠い。
「推測でいいですか?」
「……頼む」
「今見た通りではあるんですが、
「確かに見た以上は否定出来ないが……。正直考えたくないな」
「確か、奴の肉って素材になるんですよ」
「……食材じゃないだろうな?」
「もし、そうであっても俺は食べませんね。そうではなく、どうも強靭なゴムとして使われるらしいです」
この世界にもゴムは存在するが樹脂由来で、時間経過で劣化するし、脆いため大型のものはみかけない。
しかし、
ハリッサさんは恐らく、まだ奥の手を隠し持っていると見抜いて行動したのだろう。
だが、これで正真正銘
スーちゃんとしても俺の仲間を危険に晒してしまって、矜持をいたく傷つけられたのだろう。聖印まで使って速攻でツイストギガスの息の根を止めた。
……スーちゃん。聖印はばれると色々な方面でまずいのでなるべく使わないでね。
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