50.物資が足りません
50.物資が足りません
まぁ、見ているだけでは仕方ないので、俺は別館から出て二人の元へと歩いていった。
「マサヨシ殿」
「マサヨシ君」
エトムント村長もラヴレンチさんも俺に気付いた。
ふむ、やはり口論とかそんな感じではないな。というよりも、二人とも困っているような感じだが。
そもそも、ラヴレンチさんがここにいるのがおかしい。
仮にも商人ギルド長だ。ニーナさんがそうであるように、この人もヒマではないはず。
裏庭の存在だって、冒険者ギルドとのバランスをとる為に知ってもらっただけで、本来なら知らないままだったはずだ。
まぁ、当人達を前にして考え込むくらいなら聞いたほうが早いか。
「どうも。何かありましたか?」
「ああ、何かというか。今、冒険者ギルドを通じてここの作物を多めに流してもらっているだろう?」
ああ、確かにランク昇格があった際にシルヴィアさんから頼まれて、エトムント村長に予定よりかなり多く売ってもらっていたけど。
あれにトラブルになるような要素ってあったかな?
俺の考えを読んだのか、ラヴレンチさんは手を振って否定する。
「ああ、違うんだ。多いのが問題じゃないんだ。それでも、
うぇーい?
「……つまり、もっと出せと?」
「平たく言うとそうなんだが」
「さすがにもうこれ以上はのう。今すぐではないとはいえワシらの食い扶持まで影響が出るからのう」
困ったようにエトムント村長は言う。
まぁ、困るわな。
基本的にゴブリン達が農業をしているのは自分達の食料確保の為だ。裏庭に村を移してからは、売り物としての計画を立てているし、試験的な出荷もしているが、それは将来の話。今現在売りに出しているのも、元々備蓄用の余分に育てていたものだ。付け加えるなら、さらにそこにシルヴィアさんの要請で、次の作物が育つまでの繋ぎを削ってしまっている。いずれダンジョン事情が落ち着いたら、アルマリスタから買い戻す予定で、だ。
つまり、すでにゴブリン村は未来の食い扶持に手をだしているのだ。そこからさらに売りに出す?
無茶な話だと思うし、それゴリ押しするようなラブレンチさんだとは思えない。
だが、その無茶を頼まざるを得ないとしたら?
「もしかして、もう資源が。いや、食材がやばいんですか?」
「……正直言って厳しい。今日明日飢えるという事ではないが。どの資源でもそうなんだが、流通が細ると住民の不安を煽るんだ。
ただでさえ、ダンジョン改変期にドラゴン族と立て続けにきたんだ。これ以上の不安要素を重ねると暴動の可能性まで考慮にいれなくちゃいけなくなる」
「冒険者ギルドから食材は流れてないんですか? 調査に入ったパーティで帰還石を使わず突破したのもいました。俺達も結構な数の食肉を冒険者ギルドの買取部門に買い取ってもらいました」
「ああ、その件は聞いてる。スタンピートラビットの肉が大量だったそうだね。だが、問題は野菜類、果物類なんだ。畑のあるエリアはまだ発見されてないそうだし、植物系の魔物との遭遇も報告にない」
かつてのゴブリン村の逆パターンか。
いや、暴動の可能性という点からして、こっちの方が問題か。
「他の街から輸入じゃだめなんですか?」
「もちろん、それも一つの方法だ。……最悪の場合だが」
そこまで困る事か?
ミスリルだって、元々アルマリスタのダンジョンではとれないから輸入に頼ってたんだ。ミスリルゴーレム素材があるから、当分は輸入量を絞る事になっているみたいだけど。
「別段、無いものをある所から買うというのは、ごく当たり前だと思うんですが。何が問題なんですか?」
「何が問題、か……。あえて言うなら元々あった問題を放置してきたツケが回ってきただけなんだが」
ラブレンチさんがため息をついて顔を抑えた。
うぇーい?
ごめん、わけわかんない。
「うん、そうだね。マサヨシ君にとっては、いきなりこんな事言われても分からないか」
おっと、ここにも
それとも、そんなに俺は顔に出やすいのか。
「商人ではないマサヨシ君にこんな事聞くのもあれなんだが。街同士で交易を行うにあたって、もっとも大切な事は何か分かるかい?」
「分かりません、先生」
ラヴレンチさんの言うとおり、俺は商人じゃないし。
即答する俺に彼は苦笑する。
「相手の強み、そして
では、
二度続けて、
……が、思いつかない。
俺が商人でないというのもあるが。いまでこそ改変期で右往左往してるが、元々は4つのダンジョンを持つ街。それも、それぞれのダンジョンで採取できる資源があまりかぶっていない。資源的な不自由は特にない。
あえて、少ないものをあげるなら
「思いつきませんね」
「いや、それで正解なんだ」
うぇーい?
どういう事? 解説求む。
「アルマリスタには弱点がない。4つのダンジョンが豊富な資源を提供してくれるからね。たいていのものは自前のダンジョンで手に入る。
……が、その弱点がないという事実そのものが大きな弱点だったんだ」
うーん。
「弱点があるっていうのはね、欠点ばかりではないんだ。相手にまったくスキを見せないなんて、個人の取引ならともかく、街レベルでの外交ではマイナスなんだよ。
こちらの弱みをさらしてこそ、相手も開襟を開いてくれる。実も蓋もない言い方をするなら、お互いの弱点を握り合ってこそ強固な繋がりをもてるのさ」
あ、それは分かる。
かつて、ラブレンチさんの隣にいるエトムント村長相手に
「ところが
「考えすぎな気がしますが」
俺の素直な感想に、ラブレンチさんの肩が下がった。
「えーと?」
「実は……先代がやったんだ」
なぬ?
「先代というと、先代ギルド長?」
「そうだ。といっても、私からみても些細な要望だったんだが。ただ、この場合やられた方がどう受け取ったか、だ。
正直、私もこの問題を軽く見ていた。弱みの一つくらい作っておくべきだったんだが」
「……弱みって作るもんなんですか?」
「まぁ、それも交渉を円滑に進める手段という事さ」
わからん。
たぶん、俺には商人も政治家にも向いてねぇ。
「現状、どの街に助けを求めても手を貸してくれるだろう。ただし、それなりの条件を飲む事になるだろう。改変期がすぎれば、また
「それ受けちゃダメなんですか?」
「まぁ、今のままだと最悪そうなる。ただ、状況次第だが私の首が飛びかねないな」
首が飛ぶって……。
「物理的な意味じゃないですよね」
「いや、それもありうるね」
うぇーい!?
なぜに!!?
俺の様子にラヴレンチさんは苦笑する。
「マスター権限者なんてそんなものだよ。街に不利益を与えたとなったら、その責任は取らされる。大きな権力に比例して、逃れられぬしがらみに囚われる。他の街が引き換えに出す条件は当然アルマリスタに厳しいものになるだろうからね。
この件に関しては
おおう……。
「まぁ、そういうわけでして、こちらとしても無下にも出来ずどうしたのもか考えていた次第でして」
エトムント村長の言葉に俺は頷くしかなかった。
……断ったら相手の死亡フラグとか、さぞ後味悪かろう。
さて、どうしたものか。一応、肉類は結構あるはずなので飢えるという点ではしばらく問題ないはずだ。問題は品目が足りない事による不安、か。
ふと、思いついたのはペイのおにぎりの具である。
「エトムント村長。取引の品目の中に漬物類はありますか?」
俺の言葉にエトムント村長は首を傾げた。
「いいえ。街の人々には必要ないと思いまして」
まぁ、通常。漬物
アルマリスタではちょっと日持ちのする程度のものはあっても、長期保存食はあまりない。
需要がないのだ。
必要になったらダンジョンで取れば良いし、
今回の問題は、栄養面というよりも食事の彩りだろう。ならば、受け入れてもらえるかどうかはともかくとして、試してみる価値はある。物珍しさもあって、しばらくの間は住人の目を誤魔化せるかも。
「エトムント村長。漬物や干した保存食は出せますか? あと、それらをおいしく食べられる為のレシピもあれば」
保存食はそれ単体では味がきついか味気ないかのどちらかだ。塩漬けの類はおにぎりの具にしたり、乾物なら水に戻したりと、工夫が必要なのもあるだろう。
「出せない事はないですが、それらもやはり将来への備え。ただでさえ、通常の作物の蓄えが少なくなっている現状を考えますと」
まぁ、そうか。彼らにとってその手の保存食は本当に保存の為のものなのだ。俺が地球でまだ人間だったころ、ご飯のお供に出てきてたようなものではないのだ。
しかし、困った。そうなると話は滞る。
と、急にラヴレンチさんが両膝を折った。
急な事に目を丸くする俺とエトムント村長。
彼は両手を地面へとついた。
ここは裏庭。舗装された石畳でも、室内でもない。おそらくは安くないであろう彼の衣服が汚れるであろうに、それを意に介さない。
「あなた方をここに押し留めておいてこんな事を言うのは恥知らずであるというのは重々承知の上。
ですが、恥を忍んでお願いいたします。
あなた方ゴブリン族のお力をお貸し願えないでしょうか? 商人ギルド長としてはあなた方にお約束できるのは、ゴブリン族の名誉回復に全力を尽くす事くらいですが。
なにとぞ、なにとぞ!」
……何がこの人をそうさせるのか。
命がかかっているから? 使命感から?
俺には理解出来ない。だが、俺はこの人に借りがある。
ハウスさんの土地と家屋を買う時に折れてくれた。
リガスの件に協力してくれた。
だから、俺は彼に習って、膝を折った。
「マサヨシ君!?」
「マサヨシ殿!?」
二人は狼狽するが、俺は気にしない。
他に方法がない訳じゃなかった。
他の街で仕入れるのが困難なのは
俺が個人で動くには問題ない。一つの街で買占めとかしたら、身バレして
街の近くに
だが、たぶんそんな事じゃない。
ラヴレンチさんは、商人ギルド長として膝を折り、ゴブリン族の長であるエトムント村長に頼み込んでいる。
もしも、借りを返すという事なら、彼と同じ場で膝を折るのが一番だろう。先程の解決案は本当ににっちもさっちもいかなくなってからでも、間に合う。
「俺からも頼みます。エトムント村長」
俺の言葉に、しかしエトムント村長はためらいがちに。
「しかし、たとえこの村のそういったものをお分けしたところで、そこまで大きく状況はかわらないのでは?」
正論だ。
アルマリスタは大きな街だ。俺の出した案は、ほんの少し破綻を先延ばしにするに過ぎない。
「その間に、
信用の担保は何もない。だが、そもそもラブレンチさんが
「マサヨシ殿にまで、こうこられては仕方がありませぬな」
苦笑しつつエトムント村長はそう言った。
「なんとかやりくりはしてみましょう。どれだけ出せるか、今は確約できませんが、可能な限り努力はさせていただきましょう」
「……ありがとうございます、エトムント殿」
「いえいえ。我々はアルマリスタ住人ではありませぬが、近い立場。やはり、ここは協力するのが筋でしょう。
さ、いつまでもそうしてないで、立って下さい。ほら、マサヨシ殿も」
エトムント村長はせかすように、俺達のそれぞれの手をとった。
立ち上がった、ラブレンチさんは名刺を取り出した。
「せめてこれを受け取って下さい」
「商人の名刺ですか」
エトムント村長が目を細める。
商人にとって名刺とはただの紙切れではない。自分の信用を預けるようなものだ。
……まぁ、知らずに収納ポーチに入れっぱなしにしていたのが俺だが。
「ありがたく、頂戴いたします」
そう言って、恭しくエトムント村長が受け取った。
さてさて、俺も動かないとな。
彼の名刺を持つ者として、この人の首を飛ばさせるわけにもいかない。
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「っち、水臭い奴だ。俺に相談しろっての」
「まぁまぁ、ラヴレンチさんにも立場があったんでしょ」
俺は裏庭での出来事を、ハウスさん家に戻って来たカイサルさんに相談する事にした。
ちなみに、当然カイサルさんもラヴレンチさんの名刺持ちだ。というか、ラブレンチさんが最初に渡した相手がカイサルさんだったらしい。
時刻的に夕食の時間だったので、会議室に食べやすいものをハウスさんに持ってきてもらった。他の人達は食堂のはずだ。
「それより、ギルドで他のクランの報告を聞いたんですよね? それらしいエリアはありました?」
カイサルさんは軽いため息をつきながら頭をかく。
「直接的にそれってのはないな」
「……直接的とつけるのは、つまりは当てはあるって事ですか?」
「まぁ、確実という訳ではないがな」
そういって、カイサルさんは紙を広げた。恐らくダンジョンの地図だ。
色々、細かくかかれている。途中で×マークがついているのは帰還石をつかったか……、そこで終わってしまったかだろう。
カイサルさんはその×マークの一つを指差した。
「砦?」
地図にはそう書かれている。
「畑があるのは村タイプのエリアってのが相場だがな。まだそういったものが見つかっていないので、次点でありそうな場所だ」
「それが砦ですか?」
「ああ、ダンジョンは過去に実在した地形を模倣するらしいからな。今のようにダンジョンが当たり前になる以前は、砦や城には篭城にそなえて、畑があったらしいし、食料も備蓄があたり前だったそうだ。
実際、他の街のダンジョンだったんだが、城型のエリアには畑があったし、乾物の類も手に入った」
だが、地図上には砦と×マークしかついていない。
「ここのパーティは砦に侵入できなかったんですか?」
「ここに辿りつくまでに結構負傷してたらしくてな。さらには砦の守りが厳しそうだったので諦めて帰還石を使ったらしい」
まぁ、それは責められないだろう。命は大事にだ。
「守ってる魔物の構成とかも分からないままですか?」
「一応、表を守ってるのは報告にあったが、それで全部かどうかだ。後、正体不明でやばそうなのがいたそうだ」
確定情報じゃないからなのか、魔物の一覧は別紙になってた。
数が多いな。対策もしてないだろうから、これは引き返して正解だろう。
後、正体不明の魔物は、ラフなスケッチで書かれていた。普通にうまいな。
それは頭と四肢を持つ二足歩行の巨人。しかし、人とは似てはいない。
なぜならば、頭も手足も胴もネジくれていたからだ。
「俺も記憶にないんだが……。マサヨシはわかるか?」
「はい、たぶん。図書館の本に載っていました」
もし、本の記述が正しければ本当に引き返して正解だった。
「ツイストギガス。たぶん守護者ですね。レア守護者かどうかは分かりませんが」
カイサルさんが目を細めた。
「つまり、レア守護者であってもおかしくないって事か?」
「ミスリルゴーレムより多少マシってくらいですかね」
「おいおい。まじかよ」
「カイサルさん。ここの攻略って
畑の件を抜いても、他のクランには任せたくない。
ここは
「誰も進んではやりたがらんだろうから、ウチがやる事に反対する奴はいないだろう。……やるんだな?」
「はい。すいませんが
カイサルさんは笑って俺の頭をワシャワシャかき回した。
「ばっかやろう。Cランクがナマイキ言ってんじゃねぇ。言われなくてもついていくさ」
俺はカイサルさんの手を逃れながら、その笑顔に心地よいものを味わっていた。
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