36.ブルマの出番は短かった

36.ブルマの出番は短かった






「あ、マサヨシ」


 冒険者ギルド舎の会議室からロビーに戻ると、皆の注目を集めながらふよふよと浮いているエリカ。そして、その腕には立体機動型スーちゃん。


 いや、監視つけとかないとほんと危険だからな。


 しかし、こいつも遠慮なしに飛んでるもんだ。

 飛行に限らず、空中移動スキルはこの世界においてかなりレアな扱いのスキルだ。

 俺の知ってる範囲では、リズさんが二段ジャンプみたいなノリの空中跳躍スキル、【戦技:エアステップ】を持ってるだけだ。それですら結構珍しい部類らしい。


 原因はコスト。空中移動スキルは魔力消費量が多いのだ。

 空中浮遊や飛行になるともはや実戦レベルで使いこなすには、それに特化した職業に就いていないと難しいそうだ。


 エリカの場合、職業もあれなのもあるが、【特殊:高速飛行】がコストゼロという反則スキルだからだ。まぁ、反則度にかけては人の事を言えた訳ではないが。


 しかし、よりによって戦闘機。こいつくらいだろう。元の世界で戦闘機だったからという理由で、この世界での職業にそれを選ぶ奴は。


 エリカは1センチオーバーのエレディミーコアを持つ、通称センチ組。まぁ通称つっても、単に俺達エレディミーアームズがそう呼んでいただけで、正式名称はあるのかも知れないが、正直そんなのしった事じゃない。


 センチ組は10センチオーバーのサイズを持つ俺を除けば、個別仕様の戦闘機や、戦闘車両に搭載されている。各機体が個別仕様というのは、運用コストが馬鹿みたいになるが、それを補ってあまりある戦果を挙げていた。

 戦果を挙げる。つまりそれだけ人間を殺していたという事だ。

 まぁ、所詮は搭載されていただけで、俺達エレディミーアームズの意思で動いていた訳ではないが、それでもカメラやマイクを通じて一方的に送られてくる情報は、本来忌むべきものなんだろうが。


 こいつだけは違うのだ。

 そもそもの話。こいつだけが、エレディミーアームズのうみそだけのそんざいにされた事を恨んではいない。あの国を憎んではいない。

 悪魔との契約で自由を手に入れた時、あの世界の人間を滅ぼしたのは、人間達が俺達エレディミーアームズを見捨てたからじゃなく、俺が決断・・したからに過ぎないのだ。


「マサヨシ、どうしたの? お話は終わったのね?」


 小首を傾げるこいつを、俺は腕を掴んで床に下ろす。そして立体機動型スーちゃんが、ベーススーちゃんに合流する。ご苦労さん。


「とりあえず無闇に飛ぶな。悪目立ちするから」


 エリカはよく分かってない風だったが、とりあえずは頷いた。



 シルヴィアさんは事務員の仕事に戻っている。


「で、エリカで良かったか? 登録はちゃんと出来たのか?」


 あんな事があったのに、カイサルさんはいつもの先輩モードでエリカに接している。さすがとしか。


「うん。難しい説明はマサヨシに聞けばいいと思ったから、聞き流したけど」


 さらっとナメた事を言うな。正座さすぞ。


 ちなみにエリカの今の服装は、俺のようなありふれた冒険者服だ。例の服たいそうぎのままでは色々と問題があるので、ハリッサさん達にお願いして冒険者ギルドの販売部門で一式揃えて貰ったのだ。支払いは俺のギルド預かり金から引かれる予定。

 まぁ、特にお金に困ってないし、なくなったらスーちゃんの収納スペースに魔石を含めた魔物素材が大量にあるからな。


「それじゃ、困るのはマサヨシだぞ。今回は仕方ないが、次はちゃんと聞いておけよ」

「あ、うん。分かった」


 おおっ、すげぇ。エリカを説得したぞ!?


 俺の驚愕に気付いたカイサルさんが苦笑する。


新人ルーキーには問題児も結構いるからな」


 慣れてると言いたいのだろうが、それでもエリカに言い聞かせるツボをすでに掴んでるっぽいのは凄い。

 そのカイサルさんが、エリカの全身を見やり首を傾げる。


「武器は買わなかったのか?」

「えーと。何使っていいか分からなかったの」


 まぁ、職業が戦闘機だもんな。ミサイルや機銃はさすがに売ってない。

 エリカが変な事を言い出す前に俺が補足する。


「エリカは【戦技:格闘技】持ちです。素手でも戦えます」

「ああ、リズみたいな戦闘スタイルか」


 リズさんの職業は弓戦士だが、その本領は蹴りを主体とした近接型だ。職業サギに近いように思える。


「て、事はストライクかバッシュあたりを持ってるのか?」

「【戦技:バッシュ】をもってますね」


 バッシュとは要は強打スキルだ。攻撃時に打撃の威力を増幅させる。斬撃を増幅させるスラッシュと並んで、近接系職業の初級スキルの代名詞的なものだ。

 戦闘機が近接職かどうかまでは知らん。


「何か武器持たせたほうがいいですか?」

「通常は格闘技とか徒手空拳の類はサブ的な扱いが多いんだ。ニコライの杖術がそうみたいにな。リズみたいにメインとサブが逆転してしまってる例もない訳じゃないが。

 実戦に必要かどうかはともかくとして、変に勘ぐられないように何か持たせた方がいいんじゃないか?」


 ああ、なるほど。

 カイサルさんはエリカがドラゴンを突き飛ばした現場を見ている。が、普通の初心者冒険者ルーキーは武装してて当たり前って事か。


「じゃぁ、何か持たせます。防具もいります?」

「それは好みだな。頑丈なものはどうしても重くなるし、動きを制限される。鎧や盾のスキルがあるなら別だが、ないなら結局は動きやすさと防御力のトレードオフになる。

 今お前らが着ている服だって、普通の服よりは丈夫で多少の防御力はあるしな」

神明かみ様の加護付きですからね」


 その神明かみ様は、今は悪魔が代行しているようですが。


「じゃぁ武器はあとで適当なモノを持たせる事にします。カイサルさんはこの後、どうするつもりですか?」

「他のクラン連中との折衝になるだろうな」


 カイサルさんは、ロビーとラウンジそれぞれを見やる。こちらを見る視線はエリカへの好奇の視線だけではない。

 ドラゴン達の咆哮は、きっちりとアルマリスタに届いていた。単なる街の住人ならいざ知らず、冒険者があれを普通の獣のものと思うはずもない。

 名声を求めるめだちががりタイプには、垂涎モノだろう。龍殺しドラゴンスレイヤーの名誉は。

 この世界のドラゴンの扱いは獣。ゴブリン族の時と違い、彼らドラゴンを殺したところでどこからも非難は来ない。少なくとも表向きは。


 だが、俺とカイサルさんの思惑は、血なまぐさい事を避けるという点で一致している。

 高圧的で一方的。だが、戦う意思のないものを虐げる事をしない。それがドラゴンという種族。

 だからこそ、双方の強者を立てて決着をつけようという話に乗ってきた。これはその場しのぎだったわけではなく、あらかじめ街として許容できる話の行き先の範囲内だったのだ。そうでもなければ、さすがにエリカを受け入れるなんて許してくれなかっただろう。

 まぁ、最善から程遠いケースであったのは否定出来ないが。


 決闘をするにあたって、ドラゴン族側からはいくつかの権利が与えられた。余裕のつもりなんだろう。日時や審判、細かいルールもこちらで決めて良いらしい。まぁ、前提として決闘は戦闘によって決着をつけるという釘は刺されたが。さては、過去に頭脳戦とか持ち出した奴がいたんだな?

 決闘をする代表者の人数を決めるのもこちら側だ。だが、これはほぼ5対5の個人戦にする事が決定している。



 スーちゃん、ケンザン、クロさんの桁溢れオーバーフロー組で3勝とれるからである。

 卑怯とか言うなし。力は使ってこそ意味があるのだ。後、殺さずに、そして殺されずに済ますには確実な方法だ。



 ただ、これをするには今回の件を《自由なる剣の宴》で独占しなければならない。俺の力はあまり人に知られていいものじゃないし、何よりも龍殺しドラゴンスレイヤー機会チャンスを奪うものでもある。


 いくらアルマリスタ冒険者ギルドにおける最大手クラン、《自由なる剣の宴》だからといって、周りは簡単に納得しないだろう。

 ダンジョンに入れない鬱憤も溜まってるだろうしな。早く、改変期が終わって欲しいものだ。



 他のクランの説得はカイサルさんに任せるしかない。俺は一介のクラン員にしか過ぎないし。ただ、他のクランから条件を出された場合は協力する事になる。まぁこれはクラン員として当たり前だしな。



「じゃぁ、俺はエリカをハウスさん家に案内してきます」

「ん? 剣の休息亭じゃないのか?」

「まぁ、つもる話もありますしね」


 それは建前で、剣の休息亭でトラブルを起こされても困る。


「了解。じゃぁ何かあったら連絡するわ」

「頼みます」



 俺はエリカを連れてギルドを後にした。

 ハリッサさんも着いて来ようとしたが、カイサルさんに『久しぶりの昔なじみとの再会を邪魔するな』と襟首を捕まれていた。


 猫人△△族より猫っぽいよな、あの人。



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「ふわー。これがマサヨシのおうちなの?」

「まぁな。色々あって、普段住んでる訳じゃないけどな」


 エントランスでエリカがクルクルと周りを見渡している。


「目を回すぞ。ほら、こっちだ」


 俺は応接室として使ってる一室へと案内する。ハウスさん家は空き室は多いが、空き室は本気で何もない。それだといざという時に不便なので、いくつか家具の設置してある部屋を用意してある。


 まぁ、家具なんて、ハウスさんにかかれば【工芸:家具作成】で一瞬なんだが。

 家具職人は泣いていいと思う。

 たまに変なものピギーマンを作る事があるのが玉に瑕か。


 そのハウスさんには、お茶とお茶菓子を用意してもらってる。


 エリカにはソファーに座ってもらって、俺は専用の椅子に座る。ハウスさんが俺の体型に合わせて作ったため、とてもすわり心地がいいのだ。


「改めて久しぶりだな、エリカ」

「そうだねー。半年ぶりだね」


 ……半年?


『貴方が意識を閉じてから、復旧するまでに数ヶ月かかりましたので』


 うぇーい!?

 まじで!!?


 半年もこいつを放置しっぱなしだったのか。


「向こうは大丈夫だったのか?」


『まぁ、死人は出なかったからのう』


 苦笑するようにガイドさんが言った。

 死人は出なかったとの言葉に、かろうじて・・・・・が見え隠れしている。


「悪かったな。エリカの事を考えていなかったのは俺の失敗だ」


 エリカはトラブルを良く起こす。だが、それはある意味仕方ないのだ。

 心の在り方が俺達とは違うのだから。



 サイコパス。



 もっとも、学術的にはそう称するのは間違ってるらしいが。

 エレディミーアームズには元医者もいたのだが、あいにく専門家はいなかった。

 本来サイコパスは反社会性が特徴であるが、エリカは社会性を備えている。

 つまり、サイコパスではなく、サイコパスに近い何か。


 それがエリカだ。


 そして、サイコパスに近い何かである事が問題をややこしくしている。

 こいつは社会性を有しているが、その反面。その社会性の枠を逸脱するのに抵抗を感じない。

 本来、理性がストップする部分が、知識レベルに留まっているのだ。だが、こいつの持つ社会性が、枠からはみ出る事を良しとしない。


 想像して欲しい。


 人間は歩くのに右足、左足を交互に前に出す事を意識しているか? 両腕の上げ下げをいちいち腕に命令するか? もしそういったものをいちいち意識して生きなければならないとしたら、それはどんな苦行だろう。


 そして、それに近い人生を送ってきたのがエリカだ。


 理性があてにならない為に、常に意識を社会性の枠に注視しなければならない。そんな生活を続けていけば、いつかは破綻する。


 だから、エリカは決断を他人に預けるという方法を選択した。自分は他者を傷つける刃。ならばけつだんを誰かまっとうな人間に所持してもらおうと。


 最初、それは両親だったらしい。だが、それはすぐに両親失踪という形で終わりを告げる。それからは親戚間をたらいまわしになりながら、色々な人に決断を預けたが、ほとんどがもたなかったらしい。

 まぁ、普通は人間なんて自分一人で精一杯だ。他人の分まで背負い込める奴はそうそういないのだろう。


 そして、そんな日々は終わりを告げる。

 あの国に誘拐され、エレディミーアームズにされたのだ。

 だが、エリカはこの時、安堵したそうだ。やっと開放されたのだと。

 だから、エリカはあの国を恨んでいないのだ。


 だが、エリカの安堵は早計だった。

 確かに、肉体を失ったエリカは物理的に何かを傷つける事はない。もちろん、兵器としては人殺しもするが、それはエリカの意思とは無関係だ。

 しかし、エレディミーアームズのリンクシステムは、強制的にエリカの意識をエレディミーアームズのコミュニティに参加させた。

 こいつも馴染もうと努力はしたんだが、理性ではなく意識で言動を制するなんて真似はストレスマッハである。そして、結果として努力は破綻し、コミュニティは荒れる。


 ……で、なんでか当時みんなのリーダー役になってた俺が、間に入った訳だ。


 事情をこいつから聞いて、こいつの決断を引き受ける事になった。周りから押し付けられたとも言うが、脳みそだけになった俺達にとって、コミュニティは最後の砦みたいなもんだったからな。ほっとく訳にもな。


「結局、向こうに俺がいないのが問題になったのか」

『その件ですが』


 ん? ヘルプさんが割って入った。


『私は事前に今回のことを聞いていなかったのですが。これを承認したのは誰なのですか?』

『ん? イグドラシルとアルラウネには言っておいたぞ』

『神明組ですか。しかし、私には連絡が来ていないのですが』

『ああ、儂らをコンバートした後、リソース使いすぎたとかでしばらく連絡が取れないと言っていたな。ヘルプさんにもよろしくと言っていたが』

『またですか、あのあくま達は……』


 ヘルプさんの意思こえには呆れた響きがあった。

 まぁ、召喚師強化パック(改)の時も似たような事があったしなぁ。


『こちらも何かとトラブルが起きるようじゃしな。エリカなら戦力としても申し分ないじゃろ』

「力には自信があるよー」


 エリカが胸を張る。うん、見かけは日本人っぽいが出るところは出ている。

 しかし、戦力として来るのはいいが、自らトラブルを起こすのはどうなんだ。まぁそこら辺も、俺不在が原因なんだが。



「しかし、よくあれを持ち込んだな」


 あれ。すなわちエリカの所有にあった絶対矛盾。これがドラゴンを突き飛ばすという離れ技を可能にしたもの。


『本来はスキルとやらになるようだったようじゃが、無理があったようじゃ』

「そらそうだろ」


 あんな、反則な力。スキルの枠にはおさまらんだろう。また神系統スキルとか作られても面倒の火種になるだけだしな。


 絶対矛盾。


 字面からどういったものか推測するのは困難だったはずだが、エレディミーアームズとしてのエリカを知っている俺には、すぐにそれがなんであるかわかった。



 エレディミーは電気と似て非なるエネルギー。

 そして、非に当たるのは、エレディミーを発生させるエレディミーコア毎に個性と呼ぶべき性質が存在する事。

 もっとも、それの影響力はエレディミーのエネルギー量に対して小さく、センチ組でようやく実用に足るほどだ。

 だが、実用レベルに至った個性は強力だった。それ故にセンチ組が搭載された機体は全て個別仕様だったのだ。個性を活かす為に。



 絶対矛盾。


 その正体はエリカの持つエレディミーコアの個性。

 国連に空の悪夢と恐れられ、撃墜不可能と断じられた、最強の戦闘機が持つ力だ。


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