16.別荘へ行こう

16.別荘へ行こう






 右、右、左、右。

 必至になってイージスの杖の【盾】を展開し続ける。

 衝撃は吸収してくれるのだが、迫るプレッシャーは半端ない。さすばBランクだ。これでも手加減してくれているのだから、恐れ入る。


 魔力こそ無尽蔵に使えるものの、イージスの杖があっても無敵にはなれない。

 イージスの杖の能力である【盾】は魔力を込めれば込めるほど強固になっていく。俺が使えば、ほぼ貫通不可能だろう。

 しかし、その展開速度は早いとは言えず、それ以前に相手の攻撃の察知に関しては、正直素人同然。

 何度目かの攻撃を受けた後、あっさりと剣先は【盾】の脇をすり抜け、俺の首筋に。

 チェックメイトである。


「まだまだ甘い。【盾】をそれだけ維持出来る魔力は認めるが、剣に目を向けすぎだな。もっと視界を広く使わないとな」

「頭では分かっているんですがね」


 カイサルさんの言葉に苦笑で返す。

 部分ではなく、全体を見る。それが武器戦闘における基本だそうだが。

 ここ数日、カイサルさんから、冒険者ギルドの前庭で稽古をつけて貰っているのだが、結果は芳しくない。


「付け焼刃にすらなってませんね」

「変に付け焼刃になっちまう方が危険だと思うがな」


 先輩の意見は厳しい。まぁ、言葉のわりには表情はしたり顔だが。


「そもそも、お前。後衛タイプだろ。イージスの杖は手札の一つ。そう考えておけばいいんじゃないか?」

「俺もそう思うんですが、やはり自分の身は自分で守りたくないですか?」

「分からんでもないが……。ただでさえお前の力は強大なんだ。後衛火力に徹するのも一つの身の振り方だろう?」

「力と言ってもスーちゃん頼みですからねぇ」


 俺から契約魔物、契約精霊をとったら一般人とさして変わらないのである。


「贅沢な話だ。召還魔術師の連中が聞いたら、夜道で刺されるぞ」

「ここだけの話にして下さいね」


 むろん冗談である。……冗談だよね?


 さて、なぜここでカイサルさんから特訓を受けているかと言うと、次のダンジョン攻略に対する対処方を学ぶ……というよりは保険みたいなもんである。


 〈海岸〉の別荘地下。それが今度の目的地。


 スーちゃんの力を信じてはいるが、ちょっとそこは今までとは違う。

 これまでスーちゃんが相手をして来たのは、近接攻撃オンリーか、または遠距離手段をもっていてもスーちゃんを攻撃してきたか、だ。一応、スーちゃんを避けて俺に攻撃をしかけてきたやつもいたが少数で、あっさりとスーちゃんが対処した。


 が、これから行くところは違う。恐らく、俺を狙ってくる。

 正確に言うなら、弱点を攻めて来る。戦術的な行動をとって来る相手である。

 スーちゃんの防御を抜けられた場合を想定して、付け焼刃でも自分で身を守れるかなと思ったのだが、ご覧の通りである。


 まぁ、俺がヒャッホイと変な自信を持たせぬよう、きっちりと叩き伏せてくれるあたりは、さすがカイサルさんだと思う。


「何にしろ、うちの連中も連れて行くんだ。そこまで気張るな。ランク上の立場がなくなるしよ」


 そう言ってカイサルさんは笑う。

 〈海岸〉の別荘地下は難度ランクC。そして、依頼である呪われた家具の収集もランクC。呪われた家具が欲しいってどんな物好きだ?


「カイサルさんは別荘地下って行った事ないんですか?」

「ねぇな。相手が面倒そうだしな」


 カイサルさんをして面倒か。元々は俺の思いつきから決まった事なので、俺自身が文句を言えた立場ではないが、結構大事になりそうだ。


「手続き終わったっすよー」


 ハリッサさんが駆けて来る。その手にもった依頼書がばたばたと音を出して身を捩っている。


「おっしゃ。じゃぁ特訓はこれまでだな。別荘地下じゃ、どうせギルドの事務営業時間には間に合わんから、今日の午後に出発するが、それでいいか」

「いいですよ。じゃ、入口集合で」


 カイサルさんは頷いて、ハリッサさんを連れて前庭から出て行く。スーちゃんが気遣わしげに寄って来るが。


 ああ、心配ないから。全部寸止めだから。


 その寸止めで、ここまで心を削ってくれるのだからさすがBランクといった所だろう。

 スーちゃん、ハウスさん、ゲートさんと、規格外のステータスの持ち主ばかりを見てたけど、カイサルさんも普通に人間卒業してるよな。うん。


 さて、俺もここでノンビリしている訳にはいかない、特訓そのものは結構朝早く始めたつもりだったけど、かなり陽が昇っている。急がないとな。


「じゃ、戻って準備するか」


 そう言って、俺も冒険者ギルドの前庭を後にした。



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 午後。〈海岸〉入口前に集合したパーティは以下の通り。


 俺、召喚師しょうかんし

 カイサルさん、魔装戦士まそうせんし

 ハリッサさん、スカウトへんなひと

 ニコライさん、治癒魔術師ちゆまじゅつし


 ここまでは前回と同じだが、後二人加わる。共にクラン《自由なる剣の宴》のメンバーだ。


 ヴィクトールさん、重戦士じゅうせんし

 リズさん、弓戦士きゅうせんし


 ちなみにヴィクトールさんは犬人族△△で、リズさんはエルフひんにゅうである。


「きゃー、スーちゃん。久しぶりー」


 そう言って、スーちゃんを抱え上げるリズさん。この人はスーちゃんがお気に入りなのだ。食堂でスーちゃんに食べ物をあげる人の内、量と回数ともにこの人がトップだ。

 あのハリッサさんさえ及ばないあたり、《自由なる剣の宴》の人材の豊富さを感じる。


「少年。今何か失礼な事考えなかったか?」

「いえ、特には」


 勘の鋭いカイサルさんの言葉に、俺はそしらぬ振りをする。

 ハリッサさんは、前回と同じく「うー、にゃー。うー、にゃー」と謎儀式をしていたが、俺は他人の振り。冷たいとか言わない。同じクラン自由なる剣の宴の方々も同様にしてるし。


「そんじゃ、行くぞ。お前ら」


 カイサルさんの号令とともに俺達は〈海岸〉へと突入した。

 今回通過する分岐点は、漁村よりもはるかに多い。それだけ距離があるという事だ。

 そして、同時にダンジョンの奥深くへ進んでいるという事でもあり、道中で遭遇する魔物の格も違ってくる。


「カイサルさん。きたっす」

「ああ、見えてるよ」


 ハリッサさんの索敵能力に頼るまでもなく、それの接近はすぐに分かった。カイサルさんの言う通り、丸見えだからだ。

 緑色の肌。ぼろきれ一枚だけを見にまとい、手には棍棒。人間の数倍の大きさを誇る巨人。


「トロールが二体か」


 カイサルさんの落ち着いた声が響く。

 その巨体に怪力。それだけでもやっかいなのに、加えて最大の特徴は再生能力。手足を切り落としても、時間がたてば普通に生えてくるとか。ヒトデかよ。まぁ、2匹に分裂したりしないだけマシなのか?

 弱点は頭。というかそこ以外を攻撃しても再生されるそうな。


 かなり強力な魔物だが、これはダンジョンの奥深くに行くとそれだけ強い魔物が出る傾向にある。それこそ、他のエリアの守護者クラスが、普通に道中に出てくる事もあるとか。


「ヴィクトール、リズ。それとマサヨシ。お前らだけでやってみな」


 カイサルさんの無茶振りがとんで来た。


「トロールってCランクですよね。俺、まだDランクなんですけど」

「出し惜しみすんなよ。二人にもお前がただのDランクじゃないって言ってあるし」


 まぁ、元よりカイサルさんを、ひいては《自由なる剣の宴》を信用してるから、おかしな事になる心配はしてないけど。

 俺の我がままを聞いてくれたんだ。指示に従うとしよう。

 まぁ、実際は俺がダンジョンの準備をしてるのを、カイサルさんが嗅ぎつけたってのが真相なんだが。どちらにしても難度Cランクエリアに入るには、規則的にCランク以上の冒険者がパーティ内にいないとダメ。俺が頼めるのはカイサルさん達しかいなかったのだが。


 ご指名組が前に歩み出る。トロールの歩が早くなる。獲物を一匹も逃がすものかって所かな?


「少年、左は俺達がやるから、右を頼めるか」


 低く渋い声でヴィクトールさんが聞いて来る。この人、犬耳△△なのに、なんか格好良いぞ。


「分かりました。そちらは大丈夫ですか?」

「おいおい、誰に言っているんだ? Dランク君」


 そうですね。失礼しました。

 もっとも、嫌味の類ではなかったんだろう。彼の口角が釣りあがっている。


「心配無用! 先輩の腕前を見せてあげるわ。そっちが手こずるようなら、手を貸してあげるわよ」


貧乳リズさん、もといリズひんにゅうさんが、自分の薄い胸を叩いた。


「キミ、何か失礼な事考えてなかった?」

「いや何も」


 俺は降参の意味で両手を上げる。だから、俺の方を向いて弓を番えるのはやめて下さい。トロールはあっちです。


「リズ。遊ぶな。カイサルからのご指名だ。無様な戦いをしたら拳骨食らうぞ。そっちの少年の心配もいらん。奴は出来ない奴には仕事はまかせん」

「はいはい、では始めますかね」


 リズさんは番えた矢をトロールの方へと向ける。と同時にヴィクトールさんが走る。金属製の全身鎧を着ているとは思えない速度だ。どうも、そういうスキルがあるようだが、知らなければ目を疑っていただろう。

 おっと、俺の方もやる事をやらなければ。とは言ってもやる事はいつもどおりだ。



【召喚魔法:召喚】



 必殺、スーちゃんダイブ。これを初見でかわせた奴はいない。

 案の定、俺担当の右側のトロールが、あっさりとスーちゃんに取り込まれた。どれだけの再生能力を誇ろうと、3種の状態異常を受けつつ溶かされていくのではたまらないだろう。逃げようにも自慢の怪力など、スーちゃんのステータスから考えればないも同然。


 トロールの素材になる部分が分からないので、とりあえずスーちゃんに捕獲に留めておいてもらって、残った方を見れば。

 トロールが穴だらけになってた。しかもその穴がボーリング玉が余裕で通過できるくらいのサイズである。何すればそんな状態になるんだ?

 しかし、さすがは自慢の再生能力というか、それでもトロールの動きは多少鈍る程度。いやまじすげぇ生命力だ。空いた穴もじょじょに小さくなっていく。

 と、棍棒を持ってない左手が地面に落ちた。やったのはリズさん。そして、恐らくはトロールの穴を作ったのもこの人だ。単なる矢であんな事は不可能だからスキルによるものなんだろうな。

 ここに至ってはさすがにトロールも不利だと理解したのか、逃げようとするがそれをヴィクトールさんが阻む。トロールが方向転換する度に光の障壁が行動を阻む。あれは【盾:防壁】だな。俺もイージスの杖の能力、【盾】が使えるので分かるが、かなり使い方がうまい。恐らくは強度的にはそれほどでもないんだろうけど、行動の阻害効果としては十分だ。下手に障壁を破壊しようと動きを止めれば――。

 あ、やっちゃった。苛立ちより混乱からだろうけど、トロールは障壁を破壊しようと棍棒を振り上げた。当然足は止まる。

 瞬間、トロールの頭が爆ぜた。

 見事なコンビネーション。ヴィクトールさんは戻ってきてリズさんとハイタッチをする。

 身を守る為じゃなくて、相手の行動を制限する為の壁か。勉強になるな。


「少年もお見事。話には聞いていたが、本当に俺達の出る幕がなかったな」

「本当。スーちゃん強いのね」

「まぁ、スーちゃんは強いんですけどね」


 俺は苦笑して肩を竦めた。カイサルさんには、スーちゃんを使うのも俺の力の内とは言われているけど、慢心するつもりはこれっぽっちもない。


「で、トロールって魔石以外の素材あるんですか?」

「角が取り易い部分だ。後は死体を持ち帰って、解体屋に頼む事になるな」


 俺達の方へ来たカイサルさんが説明する。


「……まさか、肉を食べるとか?」

「……食いたいのか?」

「遠慮します」

「まぁ、前のサハギンもそうだが、基本的に人型の魔物の肉は普通食わない。というか食いたくない。いくら魔物って言ってもな」


 同感です。


「サハギンの場合は皮が素材だったろう? だが、冒険者の中にはそれにも拒否反応を示す奴もいるくらいだ。やっぱ人型つーのは何か特別なんだろうな」

「トロールも皮ですか?」

「いや、さっきも言った角と、後は骨だな。ただ、角はまだしも骨はさすがに手間がかかるので、普通は解体屋に手数料を払ってやってもらうか、死体を買い取ってもらう。まぁ、その肉を食いたい奴はそっから流れる事になる」


 いるんですね。そういう人。


「なんでしたら、スーちゃんにやってもらいます? スーちゃんならいるものだけを残して消化できますよ」

「お、そうだったな。じゃぁ、頼めるか?」


 許可が出たので2体ともスーちゃんの収納スペースに入れる。スーちゃんにはそこでじっくりとお食事してもらう。俺達はグロいものをみなくて済む寸法だ。


 そして、先に進もうとした矢先だ。


「おかわりが来たっすよ」


 ハリッサさんの言葉どおり、トロールがさらに3体きている。


「どうしますか? 団長」

「まぁ、3人ともお互いの実力が分かったろうからな。後は普通にいこうか」

「了解っす」


 どうやら今度は総力戦になりそうだ。






 トロール戦はあっさり終わった。まぁトロール2体に対して3人で楽勝だったのだ。3対6では勝負になるはずもない。

 スーちゃんの収納スペースに荷物が増えただけだった。


 分岐を通過するにつれて、丘をあがる道になっていく。

 途中をさえぎるものがないので、目的地が見える。

 別荘。そこは冒険者からそう呼ばれている。このルートの最後の分岐点でもある。


 かつてのハウスさん家を思わせる、荒れ果てた屋敷。

 その門の前を守る甲冑を着た騎士がいる。いや、甲冑だけの騎士だ。中身はない。


 リビングアーマー。意思ある鎧。


 別荘にいるのは、この手の意思ある武器や防具類だ。基本的に破壊しないと死なない為、そのまま使う事は出来ないが、残骸は鉄くず類として売る事が出来る。価値が低いのは否めないが。

 ここでの主な収入は魔石となる。〈岩山〉と同じように思えるが、こっちは魔石のグレードが高い為、かなり高額で取引される。


 向こうもこちらの気付いたのか、剣を抜く。問答無用ですか。

 さらになんらかの連絡手段があるのか、当初4体だったのが、8体に増えた。まだ増える可能性もあるな。


「これ以上増えても面倒だ。さっさと中に入るぞ」


 俺と同じ事を思ったのか、カイサルさんが剣を抜いて駆け出した。彼の剣はいつの間にか、身の丈程の大剣に変化している。


「了解っす」


 ハリッサさんのダガーが薄く発光している。それがスキルによるものなのか、魔法具の効果なのかは分からない。

 そして、全員でリビングアーマーとぶつかる事となった。


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