9.怪しい依頼を受けてみよう

9.怪しい依頼を受けてみよう






 食堂に来てメニューを見て俺は困った。


 何の料理か分かんねぇ……。


 そうだよな。和洋中でもなく異世界なんだよな、ここ。

 メニューは【無:万能言語】のおかげで読めるが、読めたからってどんな料理かってまでは分からないんだ。

 適当に頼むという手もなくはないが……。万が一にもゲテモノ系が出てきたらどうする?

 俺がメニューと睨めっこしてると、肩を叩かれる。カイサルさん達だ。昨日よりも人数が多い。


「どうしたマサヨシ。そんな悲壮な顔をして」


 そんなに表情に出ていたのだろうか?


「いや、何を頼んだらいいのかと思って。メニューに書いてある料理がどんなものか分からなくて」

「そんな事で悩んでたのか?」


 う、呆れられた。


「適当で問題ねぇよ。いったろ、ここのメシはうまいって。基本的にハズレはねぇよ。さすがに好き嫌いの問題までは保障しかねるが」

「そんなもんですか? ゲテモノ系とかないですか」

「ん? まぁ、その手のものが食いたい奴は他所にいってるな。後は食材の持ち込みをするか」


 食材の持ち込み?


「なんですか、それ」

「基本的にメニューに書いてるのは、安定して手に入る食材ばかりだ。それはここだけではなく、他の店でも似たようなものだ。メニューに書いてあるものがしょっちゅう品切れになっても困るだろ?」

「そりゃ、そうですね」

「だから、レアな食材の料理が食いたい場合は、持ち込み有りの店に食材を持ち込んで調理してもらうか、後は自分で料理するかになる訳だ」

「なるほど」


 そういえば、まだイノシシの肉が残ってたよな。スパイクボアだったっけ?


「スパイクボアって魔物の肉があるんですが、皆さんも食べます?」

「お、まじか?」

「少年っ。ふとっぱらっすー」


 あいかわらず、ハリッサさんはテンション高いな。


「この場合、料金はどうなるんですか?」

「食材によりけりだが。肉系ならそんなに手間はかからんから、安いだろう。でも、いいのか? 高級食材だぞ、それ」

「また、狩ればいいだけですから」

「あっさり言うなぁ。一応Cランクの魔物だぞ」


 そう言われても、スーちゃんダイブにあっさりやられてたけど。


「カイサルさんはBランクでしょ。勝てるんじゃないですか?」

「まともに戦えば勝てるが、こっちの方が強いと分かると逃げるんだよ、奴ら。その意味もあっての高級食材だ」


 俺の時は、俺がルアーになったから狩れたって事か。


「まぁ、とにかく。せっかく食事時に会えたんだし、一緒に食べましょう」

「そうか。じゃぁ、お言葉に甘えて。おら、お前ら。マサヨシに感謝しろよ!」


 カイサルさんが後ろの仲間に言うと、お礼の言葉が次々と届いた。


「昨日、見なかった方もいますが、そちらももしかして――」

「ああ、こいつらも《自由なる剣の宴》のメンバーだ。他にもいるが、今日はダンジョンに入ってるな」

「うちは人数多いっすよー。ギルドじゃ2大勢力って言われてるっすーっ」

「2大勢力?」


 カイサルさんは苦笑しながら言った。


「うちと《オモイカネ》だな。まぁ、人数はともかく質はうちが上だと自負してるがな。と、身内自慢になるからやめて、メシにしようぜ」

「そうですね」


 スーちゃんの収納空間から、スパイクボアの肉を取り出す。……実は腐ってないか心配だったが、色や匂いからすると大丈夫そうである。

 給仕の人に調理を頼むと、快く肉を奥へと持っていってくれた。


「ところで、収納スキルとか収納の魔法具に入れた食料とか食材って腐るんですか?」

「まぁ、普通はな。ただ、理屈は知らないが、入れないよりも長持ちするようだな。後、保存機能付きの収納の魔法具ってのもあるらしい」

「そんなのあるんですか?」

「ああ、あいにく持ち運び出来るサイズじゃないらしいぞ。厨房専用って感じだ」


 業務用冷蔵庫みたいな感じかな?


「高級食材を提供してくれたんだ。他の料理は奢らせてもらおうか」


 カイサルさんはそう言って、給仕に注文を出す。ただ、酒類に関しては、俺だけ果汁ジュースにしてもらった。


「酒は人生の友だぜ、坊主」

「そんな悪友はいりません」


 今朝のハリッサさんの様子を見てると、飲む気になれない。そのハリッサさんはさっそく来たお通しをスーちゃんにあげてる。いや、ハリッサさんだけでなく、別の女性も面白そうにそれにならってる。

 耳が長い……。もしかしなくても貧乳派が愛してやまない、エルフの人だと思われる。


「キャー、かわいい。ペットに欲しい」

「ダメです。スーちゃんは俺のです」


 可愛がってくれるのはありがたいが、これは譲れない。俺が巨乳派だからではない。


「そういえば、マサヨシ。図書館の件はどうなった」

「ギルドには入らず、利用登録だけしましたよ。確かに高かったですね」

「だろう? でも、結局利用するんだな」

「まぁ、勉強は大事ですから」

「くー。聞いたか、お前ら。少しはこいつを見習え」


 カイサルさんの言葉に、数名があさっての方向を向く。勉強嫌いなんだろうか?


「ああ、そうそう。食材の鮮度が気になるなら、保管屋を利用するといい。あそこには冷凍保存機能付きの収納の魔法具があるからな」

「そんなのがあるんですか?」

「依頼で取りにいったんなら、依頼主にそのまま渡せばいいんだろうがな。自分用にストックしておくなら便利だぞ」


 やはり、知識は有用だな。図書館に関しても、これからも活用しないと。


 そして、料理が運ばれてくる。メインのスパイクボアの肉もだ。

 森では焼いて野草だけ巻いて食べても十分おいしかったが、調味料を効かせてとろみのついたソースのからまったそれは格別だった。


 これは食材集めの為に、魔物を狩るのもありかも知れない。

 そんな事を言うとカイサルさんは、自分用の食材目当てで冒険者をやっている人もいると教えてくれた。

 元の世界と違って娯楽が少なそうだったので、生活の充実度の内で食事が占める割合はかなり高いのだろうと思われる。


 そして、気付けばかなりの人数がスーちゃんに色々とあげてた。スーちゃん大人気である。俺も負けじとスパイクボアの肉をあげる。


「おいおい。スライムに食わせるようなものかよ」

「一応、狩ったのはスーちゃんですしね」


 あるいはこの場の誰よりも食する権利があるかも知れない。


 その後、昨日のようにハリッサさんのスイッチが入った頃を見計らって、俺は一足先に退散して、自室に向かった。




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 長期滞在者用の部屋と言われたが、入ってみると多少広くなってはいるものの、昨日泊まった部屋と大きな違いはなかった。小物入れや棚が追加されたくらい?

 まぁ、特に不満がある訳ではないし。


 俺は問屋で買った部屋着に着替える。これもデザインが違うだけで、普段着と同じく神明様の加護がかかっている。

 ベッドで横になるにはまだ早いし、それにやる事もあった。

 召喚スキルの確認である。昨日は後でやるつもりでそのまま寝ちゃったし。


 とりあえず、スーちゃんをベッドにポスンと置く。



【召喚魔法:召喚】



 すると、俺のすぐ足元にスーちゃんがワープした。ベッドとスーちゃんのいる位置には一瞬だけ魔方陣らしきものが現れて消えた。

 成功した訳だが、あっさりしすぎて感動もなにもない。



【召喚魔法:送還】



 今度はスーちゃんがベッドに戻った。やっぱり魔方陣が出た。

 とりあえず分かった事は、召喚にしろ送還にしろスーちゃんを見知らぬ世界に行き来させるのではなく、単に移動させるだけのものという事だ。いや、十分凄いんだけどね。

 そして、もう一つ確認する。



【無:ステータス解析】


 魔力:66666/66666



 ……あれ?

 魔力が減ってないぞ。

 【特殊:無限契約】のコストゼロはあくまで召喚維持のはずなんだけど。

 ふと思いついて、もう一回試してみる。ただし、今度は召還で。



【召喚魔法:召還】

【召喚魔法:送還】



 連続して使い、すぐさまステータスを確認する。魔力の現在値が確かに減っていたのだが、数値を確認する前に最大値に回復してしまった。魔力消費を多くする為にあえて召還の方を使ったんだけど……。


 どうも、俺。魔力が高いだけでなく、回復も異常に早いようである。いや、そうじゃなくて、回復が固定値ではなく最大値の割合である可能性も否定できないが。

 これはその内、何かのスキルを覚えたほうがいいかも知れないな。どんなスキルも魔力を消費するのなら使い放題だ。



『スキルの使用回数は無限に近いですが、召喚師という職業上、多くのスキルは習得しても弱体化します』


 ヘルプさんに水をさされた。確かにスーちゃん情報にもそんなのあったな。


『ユニーク職業は強力なスキルが使えますが、適性以外のスキルはほぼ弱体化するという尖った面があります』


 えーと、ピーキーとがってるって事ね。この世界の右も左も分からない俺が、なんでそんな職業やってんだよ。


『選んだのは貴方です』


 ……ごもっとも。

 まぁ、ピーキーとがってるだからこそ、見知らぬ異世界でもやっていけそうなんだけど。


 ちょいちょいと、スーちゃんがズボンの裾を引っ張る。


 うん、それはもちらん。スーちゃんがいるからこそだよ。


 スーちゃんはぽよんぽよんと、嬉しそうに跳ねた。



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 翌朝、俺は冒険者ギルドに向かった。

 依頼というのを見る為である。受けるかどうかはまだ決めてない。ただ、どういったものがあるのかという視察だ。

 校門――もとい、ギルドの門を抜けて建物の中へ入る。俺とスーちゃんに視線が集まるが昨日ほどではない。

 依頼書を貼ってある掲示板は昨日、登録時に説明を受けている。


 Fランクの依頼は少ないと聞いていたけど、確かにDと比べると一目で分かる程の差がある。まじでスーちゃんが本気狩りとかしたら、全部なくなりそうだな……。


 さてさて。それは置いておいてDランクの依頼はどんなのかな。順番に目を通していく。とにかく目につくのが依頼の場所。ほぼダンジョン。

 うーん、やっぱりダンジョンが中心になるか。ぱらぱらと郊外の害獣駆除もあるが、たいていEランク以下。採取系もほとんどがダンジョン。それに採取系は道具が必要そうだ。ツルハシとかシャベルとか。


 カイサルさんに頼んで、ダンジョンに一緒に入ってもらおうか。

 そんな事を考えていると、一つの依頼書に目が止った。


 場所はアルマリスタの中央地区。つまり街中。依頼内容は調査。依頼ランクはD。

 もう少し詳しく読んでみる。依頼者は商人ギルド。ある家屋の異常を調査との事。


 なんだこれ? 街中でそうそう危険があるとも思えない。ただの調査でランクD? ただ、異常についてはどんな事か記されていない。


 気になる。元々は様子見のつもりだったが、気付けば依頼書を掲示板からはがして依頼受付カウンターへと向かっていた。


「あら、マサヨシ君。さっそく依頼?」


 △△


 もとい、シルヴィアさんだった。


「この依頼なんですが」

「え? あら、これを受けるの? てっきり初めては基本のダンジョンからだと思ったのだけど」


 ダンジョンが基本なんですか。

 いやまぁ、昨日の街史を読んだ限りではそうかも知れない。


「ちょっと気になって。この異常って何の事か分かりますか?」

「うーん。先に依頼を受けた子の話だと、幽霊って言うんだけど……」

「幽霊!?」


 脳裏にニーナさんが思い浮かぶ。実はあの人が……。なんて事ないよね?

 依頼書に添付されてる簡易地図を見るに、図書館が近いんだけど……。


 シルヴィアさんの説明はこうだった。

 元々、この依頼はFランクだったらしい。ある家の住人が死んで、相続人もいないので商人ギルドが土地ごと接収する事になったそうだ。なぜ、商人ギルドかというと、土地の管理は商人ギルドの管轄らしいからだ。

 だが、家屋の価値を調べに入った調査官達が逃げ帰ってくる。幽霊がいると。初めはそんなものを信じていなかった商人ギルドではあるが、それが何度も続くので、冒険者ギルドに調査を依頼という流れになったらしい。

 当初の依頼ランクはF。元々依頼書の少ないFランクでは、依頼の取り合いになるような状態で次々とその家屋に行ったらしい。しかし、彼らも逃げ返ってくる。しかも、負傷したような状態で。そして、ランクをEに上げる。だが、それも同じ結果に。そして、現状に至る。


「ただ、Dランクにしては報酬が少ないのよね。元々がFランクだから仕方ないんだけど。商人ギルドに報酬の増額を要請しても予算を理由に断られるし。これがダンジョンとかなら、ついでに受けてくれる人もいるんでしょうけど」


 どうやら、店晒しになっていたらしい。

 しかし、なんだろう。不思議と琴線に触れるものがある。


「この依頼受けたいんですけど」

「え、いいの? 本当に報酬安いわよ」


 シルヴィアさんは驚いた顔をしているが、だったらなんで依頼掲示板に貼ってあったんだろうか。


「正直、興味本位ですね。当分、お金には困ってませんし。慣れる意味でもいいかなと」

「ずいぶんと欲がないのね。冒険者はDランクからが一人前とされていて、そこからグンと報酬が上がるから、EやFの子はがんばってランクを上げようとしてるのに」

「別に望んだDランクじゃないですからね」


 がんばってる人には悪いけど、他人の都合でDランクになっただけだしね。


「えーと、依頼を受けたら依頼人、この場合商人ギルドに行かなくちゃいけないんでしょうか?」

「依頼にもよるけど、今回は会う必要はないわ」

「依頼に失敗したらペナルティとかあるんですか?」

「それも依頼によるわね。今回は冒険者への依頼というよりも、商人ギルドからの依頼を冒険者ギルドが受けたって感じで、冒険者個人へのペナルティとかはないわね。ただ、当然だけど、経歴とかにはキズがつくわよ」

「なるほど」


 要は今回の依頼は、ギルドが親会社で冒険者は下請けって事か。


「依頼を受けますので手続きお願いします」

「仕方ないわね。登録証貸してもらえるかしら」


 俺が収納ポーチから登録証を取り出すと、シルヴィアさんは例の事務水晶セットで手続きを始めた。


 さて、どうなるかな。

 実はこの時、俺は少しわくわくしていた。冒険者という仕事は、案外俺の性に合っていたのかも知れない。


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