8.図書館で色々調べよう
8.図書館で色々調べよう
図書館の外観は洋館風だった。
だが、別に朽ち果てたとかじゃなく、普通の洋館だった。
ただ、ニーナさんが視界に入ると、とたんに初代バイオハザードが連想されてしまうのはなぜだろうか?
入り口前の守衛さんに会釈しつつ中に入る。実はあの人はゾンビだったりしないよね?
ニーナさんと一緒に中に入ると、正面にカウンターがあり、受付の女性がいる。
普通の人だ。大事な事なので繰り返す。普通の人だ。ただ、ニーナさんを見る目が若干怯えて見えるのは……、気のせいだよね、うん。
「すいません。図書館を利用したいのですが」
「登録証をお借りしてもよろしいですか?」
収納ポーチより登録証を取り出して、受付の女性に渡す。
「今日が初めてのご利用ですね。利用料として、金貨2枚が必要ですが」
「はい。あ」
しまった。お金は全部スーちゃんに入れっぱなしだった。何の為に収納ポーチを買ったんだ。
「あの?」
受付の女性の不審そうな声。
仕方がない。スーちゃんにお願いして金貨を出してもらう。当然、受付の女性は驚いて目を丸くしている。
説明をしようとした、その時。
「このスライムのスーちゃんは、グリーンスライムが進化した種なんです。とても賢くて、しかも収納スキル持ちなんですよ」
うぇーい?
ニーナさんが説明してくれた。だがしかし、俺は一度もスーちゃんの事を説明してないぞ?
「あの、なぜスーちゃんの事知ってるんですか?」
「あっ、すいません。差し出がましい事をしてしまいました」
ニーナさんが頭を下げる。そのせいで分けた髪がまた顔を覆ってしまう。
「いえ。それはかまわないんですが。俺、スーちゃんの事、教えてないですよね」
「はい。後ろの方から教えてもらいました」
……後ろの方?
ニーナさんの髪の間から見える目が俺の肩越しに何かを見ている。しかし、俺の後ろには誰もいない……はず。
「冒険者ギルドからずっとついて来たそうです」
うぇーい!!!
なに? ついて来たってなに!? 憑いてきたの!!?
「大丈夫ですよ。優しそうな方ですので」
「いやいやいやいや。全然大丈夫じゃないです。いやマジで本当に俺の後ろに何かがいるんですか?」
「はい」
あっさり肯定されたよ。ちょっ、どうするの? どうすればいいの?
「あ、もう帰るそうですよ」
ほ、良かった。
「他の方々も帰るみたいです」
一体だけじゃなかったの!? ツアーか何かだったんだろうか。俺はツアーコンダクターじゃないんだが。
俺はぐったりしながら、それでも金貨2枚をカウンターに置いた。
受付の女性は気の毒そうに俺を見ている。
目をみれば分かる。この人も苦労しているのだろう。
「では、私はこれで失礼します」
ニーナさんが帰っていった。
「ニーナさんってどういう人なんですか?」
「ああいう人です」
受付の女性から端的な答えが返ってきた。
「それでは改めて。図書館のご利用ありがとうございます。本の貸し出しはしておりませんので、本を当館内から持ち出さないようにして下さい。
基本的に館内の本であれば、どれであれ閲覧は自由ですが、2階の一部には禁書に指定されたものや、貴重な古書がある区画があり、そこへは賢者ギルド登録者しか入れませんのでご了承下さい」
「その2階の区画以外なら自由に見て回っていいって事かな」
「はい、その通りです。ただ、数冊程度ならよろしいのですが、一度に大量の本を確保してから読むような行為は、他の利用者の迷惑になるので、ご遠慮願います」
過去にやった奴がいるんだろーなー。
元の世界にもやたらとキープしたがる奴がいた気がする。
「とりあえず、一般教養的な本が読みたいんだけど、どの辺にありますか?」
「一般教養……ですか。そうですね、後世の為に現代の文化や一般常識的なものをまとめたものなら、あちらの方にありますが」
「ありがとうございます」
受付の女性が手で示した方へ行く。彼女が怪訝な表情をしているのは、わざわざ高い金を払ってまで図書館に来るような人間が、当たり前な知識を求めた事だろう。
だが、俺にとっては当たり前じゃないんだな。歩きながら書架の本の背表紙を流し読む。どうも、この一角は時代々々の文化や生活様式などの資料類コーナーらしい。奥へ行くほど時代が新しくなっていくようで、一番奥の書架は空いている部分も目立つ。
本と言っても、読み物というよりも本当に単なる資料なんだろうな。
読んでると眠たくなりそうな気がするが、高い金を払ったんだから、無駄にしないようにしないと。
手始めにアルマリスタの街史というのを手にとってみる。この街の冒険者になったからには、俺の活動の中心はこの街になるだろう。知っていて損はない。ただ、歴史というのは一部の愛好家を除いては、催眠効果が高いことで有名だ。
この世界にコーヒーはあるのだろうか? まぁ、言われなかったが、普通に考えれば飲食不可だろうけど。
『アルマリスタ。それは未開の地の探索をしていた冒険者達が4つのダンジョンを発見したのが始まりだった』
前言を撤回する。掴みからダンジョン出てきましたよ。というかどこまでダンジョン一般的なんだよ。
とりあえず、眠くなる心配は大丈夫そうだ。ただ、別の意味で心配になってきたが。
しかし、読み進むにつれて、まずこの本に目を通したのが当たりだった事に気付いた。
カイサルさんは言った。街はダンジョンがなければ維持が出来ない。その理由が書いてあった。
結論から言うとダンジョンとは資源の供給を担っているのだ。
そもそも、ダンジョンとは何か。それは広域かつ濃密に魔力が密集し、空間すら歪めた事によって発生する異界。そこは濃すぎる魔力により、常に魔力より生まれる生命体。すなわち魔物が徘徊する。そればかりか、現実世界のどこかの地形を模する性質があるらしく、坑道や人のいない農村、深い森。他にも俺のイメージするような石造りの迷宮のものもあるらしい。
そこから得られるモノは膨大だ。まずは魔物素材、農村には畑があったりするので農作物が取れる、海岸や川があるなら魚が、坑道なら鉱物。
そういった幅広い資源が入手出来るからこそ、ダンジョンには街がある。そう、街にダンジョンがあるのではない。ダンジョンのある所に街が出来るのだ。その恩恵に預かる為に。
同時に冒険者という存在の必要性も理解出来る。魔物素材以外の目的であるならば、魔物と戦う必要はないのかと言えば、そうではない。
魔物とは魔力溜りから自然発生する生命体。それが獣との違いであり、特大の魔力溜りであるダンジョンで遭遇しないはずもない。
冒険者とは魔物素材を含めたダンジョン資源の採集係なのだ。それ以外にも役割はあるが、これは未開の地を探索していた頃の名残と、その高い能力を他の事に活かしているだけだろう。
スーちゃんはダンジョンではなく、アルマリスタの北にある、アルマリアの森の魔物だが、アルマリアの森はダンジョンではない。ただ、ダンジョン程ではないものの高濃度の魔力溜りが森の中央を中心として存在する。あの森に魔物が存在するのはその為だ。
魔力溜りが濃密な程、強力な魔物は発生する。そして、強力な魔物程、生命を維持する為にはより高い魔力を持つものを摂取しなくてはならない。
街から近いアルマリアの森に、強力な魔物が存在しているのにかかわらず特に警戒されていないのは、魔物が森の外に出てこないからだ。
そして、それはダンジョンにも言える。安全で、無限の資源を供給してくれる夢のような存在。
本当にそうなのか?
俺はそれに歪なものを感じずにはいられない。それは恐らく、この世界で生まれこの世界の常識に染まった者ではないからこその考えだろう。
――いや。
この本を書いた著者が最後の辺りで書いてあった。
もしも、ある日。ダンジョンがその機能を失った時、我々はどうなるのだろう、と。
恐らく、これを書いた人は真に知識と知恵を兼ね備えた人だったんだと思う。
この本を読んで分かったのだが、この世界の一次産業の技術水準は、一部を除いて恐ろしく低い。
農業も、漁業も、畜産も、林業も、鉱業も、様々なものを必要としない。ダンジョンに行けば手に入るのだから。
必要は発明の母というが、この世界では必要ではなかったので発展しなかったのだ。ダンジョンのない田舎では、かろうじてほそぼそと農耕などが行われているらしいが、自給自足出来るか否か程度でしかなく、しかも度々訪れる行商が、ダンジョン産の資源を売りに訪れるのだ。
これでは産業は発達する訳がない。どうも、俺は非常に危うい世界に来たようだ。初めはスーちゃんが居ればどうとでもなると思っていたが、それも怪しい。
ただ、それは俺が悩んでも仕方がない事でもある。
ダンジョンが機能を失ったら? 俺に何が出来る? 俺自身はちょっと凄いかも知れないスキルはあっても、数日前までただの高校生だよ?
こんなものはブン投げるに限る。
さてさて、ダンジョンについては分かった。たぶん、冒険者として生計を立てるには避けて通れない部分だよな。正直、好奇心的なものがあるのも否定出来ない。
ただ、せめて最初くらいは経験者が同行してくれないと、心細いかな。それにダンジョンに入る手続きも良く分からない。たぶん、冒険者ギルドで依頼を受ければいいのだろうけど、登録にいった時には色々と聞ける空気じゃなかったしな。
一通り、一冊目に目を通し終わった後、パタンと本を閉じる。
結構、集中していたようだ。おかけげ、隣でスーちゃんが何をしているのか気付かなかった。
パラララララッ、パタン。パラララララッ、パタン。
触手を伸ばして本を取り、凄まじい速度でページをめくっては閉じる。そして本を入れ替えて、再びそれを繰り返している。
雑誌の広告ページにたまにある速読の怪しい宣伝、あれを極めたとしても今のスーちゃんの速度はたぶん無理。というか、速読通り越して動体視力の問題な気がする。本当に読んでいるのかと疑問に思わなくもないが、知力:60は伊達ではないのだろう。
スーちゃんはずいぶんと知識欲旺盛なようで、次々と本を交換していく。しかし、スーちゃんとは意思の疎通は出来るけど、言葉としてのやりとりは無理なんだよな。スーちゃんが覚えた事を俺も活用出来ると便利なんだけど。……欲ばりすぎか。
≪実績:連携を意識 を達成しました≫
≪アンロック:スキル【契約魔法:知識共有】を習得しました≫
謎お告げがきたよ。
しかも、やけに都合のよさそうなスキルが来た。
せっかくなので実行。
【契約魔法:知識共有】
………………。
あれ?
何も起きない。字面からして、スーちゃんが得た知識を俺も知る事が出来るっぽいと思うんだが。
こういう時はあれだ。ヘルプさん。出番だぞ!
≪ぞんざいな扱いだったので、スキル【無:素敵で便利なヘルプさん】の好感度が2下がりました≫
ヘルプさん、好感度あるの!?
だが、まだロックまでいってない。かろうじて致命傷で済んでいる。
ヘルプさん。お願いします!
『【契約魔法:知識共有】
契約した存在が持つ知識を調べる事が出来る。
ただし、許可したものだけに限る。また、知りたい知識を指示する必要がある。
スキルの恩恵をありがたく思うように』
……最後、私信が入ってなかったか?
ま、まぁ、それはともかくとして。スーちゃんが知られたくない事は知りえないという事か。
ただ、さっき反応がなかったのは、何を知りたいか具体的な事を考えずにスキルを実行したからだろうな。
さて、じゃぁ。改めて試してみよう。スーちゃんが読み終えたものの中にステータスに対する考察に関するものがあった。ヘルプさんにお願いするという手もあるが、新しいスキルを試す意味でやってみた。
【契約魔法:知識共有】
スキルについて。
スキルとは有する魔力を、現実世界に影響を及ぼす何らかの力に変換する能力である。いつごろから、このような能力を生命体が有するようになったかは定かではないが、太古には存在しなかったのははっきりしている。
原則的に、スキルに必要な魔力はスキル所有者のもののみである。例外としては、魔石による補給、スキルによる供給がある。
職業について。
己の持つ能力を特定の形に最適化させる為の、魂の鋳型。
最適化された方向性の能力は、さらなる高みへと昇る。
反面、最適化の方向性から外れた能力は、その方向性から外れれば外れるほど、劣化していく。
うーん、いまいち良く分からない部分もあるけど。
まずスキル。今まで魔法関連以外のスキルは、精神力や体力あたりを消耗すると思っていたけど、どうやら全て魔力であるらしい。
というよりも魔法という括りが間違っていて、全てスキルの1系統に過ぎないように思える。あるいはスキル
職業はさらに分からん。魂の鋳型ってなんか怖いんですけど。
スキルのブースターと考えればいいんだろうか?
ユニーク職業についても気になるけど、それはどうやらスーちゃんの読んだものの中にはなかったようだ。
まぁ、あせる必要はない。図書館の利用は期間制だし。スーちゃんの読解速度を考えるとかなりの量の知識を溜め込める。30日で足りなければ延長すればいいんだし。
スーちゃんを酷使するつもりかって?
頼ってるのは事実だが、一応色んな知識を知りたいというスーちゃんの要望もあるんだ。俺はそのお零れを与るに過ぎない。
自分で言ってて小物臭が半端ないが、実際小物だからと納得するしかない。
その後、俺は数冊を読んで図書館を後にした。スーちゃんが読んだ量は……たくさん。そうとしか言えない。
陽もだいぶ傾いてきた。
俺は道行く人に剣の休息亭の場所を聞いて向かう。
別に宿は剣の休息亭である必要はないのだが、ほとんど冒険者用だと聞いているし、実際居心地は悪くなかった。カイサルさん達《自由なる剣の宴》の常宿だし。
もちろん、単に快適性をもとめるならもっとグレードの高い宿はあるだろうし、お金は払える。
しかし、これからこの街で冒険者として生活する事を考えると、実際に冒険者が泊まっているような宿を選ぶべきだし、それならわざわざ知らない宿を探すのも馬鹿々々しい。
俺が剣の休息亭に入ると、カサンドラは笑顔で迎えてくれた。
「あ、マサヨシさん。聞きましたよ。いきなりDランクになったって。前代未聞ですよねっ!」
あー。そこはあまり触れられたくないかな。俺は苦笑しながら、流す。
「俺が泊まった部屋。まだ空いてるかな。それとしばらくの間キープしときたいんだけど」
「えーと。それ自体は可能なんですけど。長期滞在者用の部屋もありますので、出来ればそちらでお願いしたいですね。マサヨシさんなら、急にいなくなる事もないでしょうし」
「なにそれ」
「
まぁ、一応生死のかかった仕事ですもんね。
「前払いだからか、何も言わずに去る人もいるんですけど。部屋の稼働率の問題もありまして。一応、お金はすでにもらっているので、戻ってくる可能性を考えると、勝手に他の人に貸す訳にもいかないので」
俺より年下なのに、やけに所帯じみたため息をつく、カサンドラ。
長期滞在用というと、宿というよりもアパートな感じかな?
「うん。分かった。そこでいいから。とりあえず期間は一ヶ月でいいかな? その後はその都度延長という形で」
「部屋のグレードはどうします?」
「俺が泊まった部屋と同レベルくらいで頼む」
「では、階段を上って3階の左手の奥がちょうど空いてますので。ちょっと待って下さいね」
カサンドラは後ろの壁にかけられた鍵の束から、一本を取り出す。
「これが部屋の鍵です。持ち歩いてもいいですし、外出する時は私か宿の人間に渡していただければOKです。ただ、食堂側は担当が違いますのでそっちの人は受け取ってくれないので注意して下さい」
「了解」
俺は受け取った鍵を収納ポーチに入れ、宿代として金貨一枚を支払った。
そして、夕食を食べる為に食堂に向かった。昼間は図書館で過ごしたために今まで何も食べていなかったのだ。お腹減ったなぁ。
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