5.冒険者ギルドに登録にいこう
5.冒険者ギルドに登録にいこう
頬をひんやりとした何かがぺちぺちと叩く。
うっすらと目を明けると見慣れぬ天井と、視界の端に半透明の緑の物体。まぁ、見慣れぬといっても、二日ほど森で野宿した記憶しかないんだが。
「ああ、おはよう。スーちゃん」
返事とばかりにスーちゃんが手を上げるように一部を盛り上げる。
森で野宿してた時は、俺が起きるまで待ってくれたのだが、カイサルさんとの約束があるからだろう。
何か、考え事をしながら眠った気がするが、結局結論は出なかった気がする。よく思い出せない。まぁ、重要な事ならそのうち思い出すだろう。
気持ちを切り替えて立ち上がる。
窓の外から漏れる朝日を背に、俺は部屋を見渡した。
とりあえず、顔を洗いたいんだが、洗面所などあるはずもない。昨日カサンドラから部屋を案内された時、裏庭に井戸があるとは聞いているので、そこに向かう事にする。
階段を下りると、カウンターにはすでにカサンドラがいた。彼女もこっちに気付いたようだ。
「おはようございます。マサヨシさん」
「おはよう。カサンドラさん」
「あはっ、さんはいらないですよ。マサヨシさんのほうが年上なんだし」
確かに彼女は俺より二つから三つほど年下に見える。心の中では呼び捨てにはしてたし、ここはその言葉に甘えるとしよう。
「じゃあ、カサンドラ。井戸が裏庭にあるって言っていたよね? 顔を洗いたいんだけど」
「あ、はい。そこの扉から裏庭に出られますよ」
彼女に礼を言って、指し示された扉から外に出る。俺以外にも数名が井戸の前にいる。どうやら同じ目的のようだ。
「おう、ここ空いたぞ。若いの」
「あ、ありがとうございます」
先に顔を洗い終わった男性が場所を空けてくれた。去り際に、スーちゃんを見て首を傾げていたが……気にしないでおこう。その内慣れるだろう。お互いに。
木桶の水はまだ、井戸から汲まれて時間がたっていないのか、冷たさが残っていた。
顔を洗って、意識がはっきりしてくると、自分が失敗した事に気付いた。
顔を拭くものがない。いや、でもそもそもの話。俺って服ぐらいしか持ち物ないんだな。
仕方なく服で拭こうとしたところ、濡れて不明瞭な視界にタオルらしきものが差し出された。ここは遠慮なく借りておこう。
「ありがとうございます」
目元だけを先にぬぐって、その相手に礼を言ったら、カイサルさんだった。
「よお、マサヨシ。早いな」
「早いって、みんな起きてるじゃないですか」
「その言葉、うちの
誰の事だろう。なぜかハリッサさんの事が頭に浮かんだが、口にしないでおこう。
「ハリッサの奴なんだけどな」
あっさりとばらしたよ、この人。せっかく、スルーした俺の立場は?
「まぁ、そうは言っても、あれで仕事の時はしっかりしてるんだから、別にいいんだけどよ」
そうなのか。昨日のはっちゃけっぷりからは、ちょっと想像出来ないけど。一応、冒険者は魔物と戦うのも仕事のようだし、常にいい加減な生活態度だとやっていけないのかもな。
「とりあえず、軽く朝飯食ったら、冒険者ギルドにいくぞ」
「かまいませんけど。そういえば、冒険者ギルドの営業時間ってどのくらいなんですか?」
「開いているだけなら24時間だな。緊急の駆け込み依頼に対応出来るようになってる。そのかわり、緊急性の低い事務手続きや素材の買取は、8時から16時までだな」
どうやら、この世界でも時間は24時間制らしい。そして、時計もあるんだろう。素材を売ったお金で買えるなら買っておきたいところだ。
「俺、朝はあまり食べないほうなんですけど」
「軽くでもいいから口にしとくよう習慣づけときな。冒険者になるんだろう? 腹にものが入ってるか否かで、踏ん張れる限界が違ってくるからな」
「そんなもんですか?」
「ああ。先輩としての忠告さ」
そう言われてしまっては否もない。
食堂で軽く――と言ったわり、カイサルさんはかなり食べた。俺は固めのパンを一切れとオレンジジュースで済ませた。
ちなみにスーちゃんの朝ごはんは裏庭の雑草だった。裏庭の手入れの手間が省けたと、カサンドラに感謝されていた。
宿を出る時に階段から降りてきたばっかりのハリッサさんと出くわした。彼女は昨日飲み過ぎたのか、青い顔をしている。
「あー、しょうねーん。おっはーっす。――うぷぅ」
「ちょ、ハリッサさん。こんなところで吐いたら困ります! 裏庭のスミでお願いします! あと、ちゃんと埋めといて下さいね!」
カサンドラが慌てて、ハリッサさんを裏庭に押し出す。彼女を支えていた男性陣もついていく。
「……マサヨシ。お前さんは、ああなるんじゃないぞ」
「はい」
カイサルさんが、宿の従業員に仲間の人への伝言を頼んでから冒険者ギルドに向かう事になった。
冒険者ギルドへの道すがらアルマリスタの事を色々聞いてみたのだが、聞き捨てならない事が。
この街にダンジョンがあるとか言われた。
まぢで?
俺は驚いたが、そんな俺にカイサルさんが逆に驚く。
「そりゃ街なんだから、ダンジョンの一つや二つはあるだろう。アルマリスタの場合は四つだが」
街にダンジョンがあって当たり前らしい。
さすがファンタジー。って、いやいや。いくらなんでもそれはあんまりだろう。
しかし、俺がかつがれている訳ではないようだ。
「お前さんがどんな小さな村にいたのか知らないが、街規模でダンジョンがなかったら、維持出来ないだろうが」
ダンジョンがないと街が維持出来ない? 街とダンジョン、どう関係するのだろうか?
この件に関しては、これ以上下手に突っ込んでボロが出るのも嫌なので、適当なところで打ち切った。
図書館が利用出来るようだったら、調べてみよう。カサンドラに聞いてもいいけど、冒険者志望者が人に聞くような事なのかどうか、いまいち分からない。
やがて、冒険者ギルドが見えてくる。
が、俺の想像していた外観とはちょっと――いや、実はかなり違っていた。
どこかで見たような……。
記憶を探ると、答えはすぐに見つかった。
校門、グラウンド、丸い時計が張り付いた校舎。わずかな元の世界の記憶の中に残る学校の風景と重なった。
「どうした? マサヨシ」
「あ、いえ。見た事ない光景だったもので」
いやいや、見た事ありまくりすぎです。これを建築した人って、実は俺と同じ世界出身じゃないか?
ただ、さすがに元の世界の学校と違って、グラウンド――もとい前庭には的と思わしきカカシに練習用の木製武器を打ち込んでいる姿や、講師と思わしき人の言葉に教え子達が頷きながら、何かを押し出すように手を動かしている。
って、炎が噴き出した。魔法っ、魔法だよねっ、今の!
「ありゃ、ランクFさ」
「ランクF?」
俺の様子が余程面白かったのか、カイサルさんは笑いを堪えながら説明してくれた。
「冒険者と一口に言っても、階級があってな。最高位のAから最下位のF。原則的には冒険者ギルドの登録した時点ではFランク。まぁ、
Fランクは実力的にこなせる依頼はそう多くないんでな。依頼が見つからなかったり、時間がある場合は、こうして腕を磨いてるって訳だ」
「Fランクはみんなそうなんですか?」
「いや、強制って訳じゃないからな。怠ける奴もいる。ただ、EとFランクは一定期間内に昇格しないと、資格取り消しになる。再登録も出来ない訳じゃないが、怠けるような奴は、まず戻って来ないだろうな。周りの目があるからな」
「……たしかに周りの目が厳しいとキツそうですね」
建物の中に入ると、周りの視線が俺達に一斉に集まった。……いや、正確にはスーちゃんにだが。
「ああ、やっぱり思った通り、注目されたか」
「思ったのなら、先に教えて下さいよ」
「教えても現実は変わらないだろ」
確かに事前にこうなると知っててもスーちゃんを連れてきただろうけど。一緒にいないと不安だし。でも、心構えってものもあると思う。
だが、カイサルさんはどこ吹く風。カウンターの一番端に俺を誘導する。
「おはよう、シルヴィア」
「あら、依頼かしら。カイサルさん」
カイサルさんが声をかけた受付の女性に俺は目を奪われた。
なんというか……。
△△
ネコミミな人だった。良く見ると瞳も人間のものと違って獣っぽい。
「そちらの子はどなた?」
「ああ、冒険者志望だってんで連れてきたんだが……。何みとれてんだ? こんな年増に――」
瞬間、カウンターにペンが突き刺さる。寸前までカイサルさんの手が置かれていた。
「たぶん、猫人族が珍しいのよね。私は職員のシルヴィアよ。よろしくね」
何事もなかったかのように、ペンを引き抜くシルヴィアさん。
今の、カイサルさんが手を引っ込めなければ、刺さってたよな……。
「マ、マサヨシです。あの、登録したいんですけど」
「他のギルドの登録証や、住民登録証はあるかしら」
「いえ、ありませんが」
「なら、こちらの用紙の項目に記入してもらえるかしら。分からない事があったら、そこのカイサルさんに聞いてね」
「おい、それって職員の仕事――いや、なんでもない」
反論しようとしたカイサルさんは、射竦める視線に回れ右をした。俺も地雷を踏まないようにスルーする。
用紙を受け取って近くの台で記入しようとして、シルヴィアさんの視線が俺の足元。スーちゃんに注がれているのに気付いた。
「この子は俺が召喚契約した魔物なんですが。連れてきたらまずかったですか?」
「いえ、そんな事はないけれど。ずっと呼び出しっぱなしかしら?」
「はい」
「魔力が多いのねぇ。スライムとはいえ、常時召喚維持出来るなんて」
実はスキルのおかげだったみたいです。
「でも、連れ歩くならトラブル防止の為、タグをつけて欲しいわね」
「タグですか?」
「ええ、それをつけていると冒険者が管理してる魔物だという事の証明みたいなものね。よければ、登録証と一緒に発行できるけど」
「それでお願いします」
「ただ――普通は首とかにかけるんだけど……」
シルヴィアさんはちょっと困ったような顔で、スーちゃんを見ている。当たり前だが、スーちゃんに首はない。
「見えていればいいんであれば、スーちゃんに取り込んでもらえば落とす事もないと思いますが」
「一応金属製だけど、溶けたりしないかしら」
「溶かすものを選択出来るんで大丈夫です」
「あらあら。スーちゃん、利口なのね」
スーちゃんに微笑みかけるシルヴィアさん。しかし、実はスーちゃんは利口どころか、俺より賢いのだが……。それと、スーちゃんの名前を普通に受け入れてるな。この人。
もらった用紙を見ると、記入項目はかなり少ない。特に書けない所はなかったのだが。
性別が4択だったり。年齢の記入桁数が3桁まであって、1000才以上の人は999を記入だったり。種族の一覧の中にサイタマンがあったり。
いるの!? 彩ノ国戦隊サイタマンいるの!? サイタマンって種族なの!!?
色々と突っ込みたい。だが、あの刺さったペンを見た後ではそんな勇気はない。
大人しく書き終わった登録用紙を提出する。
「これでいいですか?」
「ちょっと待ってね。……あれ?」
シルヴィアさんは首を傾げた。
「あ、何かおかしいですか?」
「おかしいというか。職業に召喚師とあるけど、召喚魔術師の事かしら?」
そういえば、職業を聞かれる度にそう言われるな。
「えーと、そうなんでしょうか? スキルでのステータス表示には職業は召喚師となっているのですが」
「ステータスをスキルで確認したのね?」
シルヴィアさんは少し考え込んだ後、立ち上がった。
「少し待ってね」
そう断って背中を向けて、脇机を中腰で探り始める。何をしているのだろう。
そして、見てしまった。見えてしまった。
思わず視線をそらして、――カイサルさんと目があった。
「坊主、そいつはエチケット違反だな」
何も言えない。
視線を戻せばすでに目当てモノが見つかったのか、シルヴィアさんが席に戻ったところだった。
「気にする事ないわよ。私も元冒険者だったんだけど。ちょっとドジ踏んでね」
彼女の右足は義足だったのだ。
気を使ってくれてるのか、気にしていないのか。シルヴィアさんは笑顔だ。
「で、ちょっとお願いがあるんだけど。職業だけでいいからステータス開示許可が欲しいんだけど」
「ステータス開示許可?」
「ええ、これはステータス解析スキルと同じ事が出来る魔法具で、ステータス測定器と呼ぶものよ。もっとも性能が低くて、対象の許可がないとほぼ失敗するんだけど」
それは、薄い金属の板だった。何か紋様のようなものが彫られている。
【無:ステータス解析】と同じ機能だとすると全部見られるとまずいのだけど。職業だけ許可って出来るのだろうか。
『可能です。【無:ステータス解析】は表示フォーマットを自由にカスタマイズ出来ますので、その応用で職業だけを表示するようにして許可をすれば問題ありません』
ヘルプさんのフォローが入った。つまりあのステータス表示は自由に変更出来るのか。
念のために試してみよう。
【無:ステータス解析】
名前:マルイマサヨシ
種族:人族
職業:召喚師
よし。これならいいだろう。
「どうすればいいんですか?」
「ステータス測定器に手を載せてくれるだけでいいわ。結果はこっちで見れるから」
シルヴィアさんが指差したのはカウンターの内側にある水晶のような板だ。その隣には水晶のような玉が置いてあり、彼女はそれに手をかざしている。
さしずめ、水晶玉が入力装置、水晶板が出力装置なんだろう。
俺は言われた通りに手を置いた。水晶版が微かな光を放っている。
「確かに召喚師になっているわね」
「あの、召喚師だとおかしいんですか?」
「そうね、少なくとも冒険者時代から今まで、そんな職業は見た事も聞いた事もないわ。念のためにギルドの記録を確認するから、もう少し待ってね」
彼女の手が水晶玉の上で微かに動く。それにあわせて水晶板が明滅する。それを何度か繰り返した後、彼女は水晶玉から手を離した。
「現在のシステムに残っている最過去の情報から検索してみたけど、見当たらないわ」
「他の街のギルドはどうなんだ?」
横からカイサルさんが口にする。
「同じよ。基本的にシステムの情報は、各街のギルドと定期的に同期がとられてる。数日レベルならまだしも、古い分には差異はないわ」
「……という事はだ」
「ええ」
シルヴィアさんとカイサルさんが同時に俺を見る。
え? 何?
「ユニーク職業か」
「その可能性が高いわね」
ユニーク職業?
「なんですか? それは」
「職業ってのは、通常特定の条件を満たした時に就く事になる。条件ってのは主に適性とその職業にかかわる技能の鍛錬だな」
「そうね。マサヨシ君は今回職業持ちだったけど、登録時は無職で冒険者ギルドで修行して職業に就く人もいるわ」
「ただ、適性ってのは絶対条件じゃなく、努力次第では克服出来るものだ。例えば適性は戦士系であっても、魔術師系になれない訳じゃない」
「ただ、まれに適性が絶対条件の職業が存在するの。生まれつきだったり、知らないうちに職業に就いていたり。それがユニーク職業と呼ばれるものよ」
二人はかわるがわるに説明してくれる。
ユニーク職業。俺の場合は原因がはっきりしている。あの職業パックを実行したせいだ。
「えーと。で、そのユニーク職業だとどうなるんでしょう」
「ギルド的には何も。そういう職業として登録されるだけよ。ただ、ユニーク職業はほぼ例外なく強力なスキルを持っているそうよ。私も話だけで、実際に会ったのはマサヨシ君が始めてだけどね」
シルヴィアさんが肩を竦める。
強力なスキルと言われて、【特殊:無限契約】が思い浮かぶ。確かにあれは反則級だ。後、俺の魔力が異常に多いのももしかしたら職業の影響か?
「じゃぁ、これで登録するわね。ユニーク職業といってもFランクからの開始というのは変わらないから――」
「ちょっと待った。こいつは特別にDランクからスタートさせてくれ」
え?
カイサルさんがとんでもない事を言い出した。
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